第四十九話 真夏の罠
金沢の白石家では、辰夫と幸枝、美紀と佐紀がホッとしてくつろいでいる。
四人の主な関心は真司の出来だった。
真司が辰夫と幸枝の眼鏡にかなわなければ、夫妻は孫二人、美紀と佐紀を養女に出す気持はなかったし、美紀と佐紀も兄と呼ぶに値しない男と一緒に暮らす気持などなかった。
これでは話が振り出しに戻ってしまう。
ところが上手い具合に真司は白石夫妻の目に適い、美紀と佐紀の兄貴採用試験にも合格した。
この点がホッとしたわけだ。
修司と真夏とも上手くやっていけそうだ。
美紀は、修司の『ヤバいもんは仏壇とか鏡台には隠すなよ』に少々面食らったが、実際に懐剣を鏡台に忍ばせていたので納得だ。
他の妙なアドバイスにも嫌悪感はなく、むしろ久々に見る大人の男という感じで頼もしく感じたし、何よりも彼の妻である真夏をとにかく気に入った。
佐紀は真司さえまともならばそれでよかったが、姉の美紀に興味が向いてしまった。
心配していたのは、真司が上級生の男子のようにチョロかったケースだけだ。
しかし、山元家と対面した時の紅潮した美紀の顔を見て、好奇心が抑えられなくなり、そんな心配事は消し飛んでしまった。
「それにしても美紀ちゃんさあ、真夏さんみたいな人がタイプだったなんて……えへへ」
「……」
(佐紀さんたら、わたくしが一番に触れられたくないところをイジリ出したわね……この子のこういうところ、何とかならないものかしら)
「ねえ美紀ちゃん、どうなのよお?」
「……」
(鬱陶しいわね……)
「ん? ん?? 美紀ちゃんったらあ」
「……知、り、ま、せ、ん。そのようなことより、お部屋、何とかしておきなさいよ、佐紀さん。お客様がお見えになるのというに……。わたくしの方が恥ずかしかったわよ」
「最初は真司さんかと思ったよお。フォーリンラブの瞬間見ちゃった! って感激したのになあ」
「さ、お箸とお玉の毛づくろい、お手伝いしましょ。佐紀さん」
美紀が席を立ちあがりかけると辰夫が制した。
「家具を選んでおけ、美紀、佐紀」
「家具……をですか?」
「そうじゃ。お前たちは来年六年生、すぐに中学高校と上がって成長していくじゃろう。この機会に新調しておきなさい」
「お爺ちゃん、真夏さんは部屋の家具、向こうのお部屋に全部入るって言ってたよ」
辰夫の言葉に美紀と佐紀がそれぞれ返答を返した。
「それはな、真夏さんの罠じゃ」
「罠とは……?」
美紀が聞き返したが、佐紀がその解説を行った。
「あー確かに、家具持ってっちゃったら帰る部屋ないよねえ」
「真夏さんに悪気はないかもしれんがの。は、は」
真夏の本気に辰夫は気付いていたので、これは孫たちを少しからかっただけだ。
「お爺様ったら、もう」
(もしも本当にそれが罠だとしたら……。真夏さんはそれほどまでにわたくしたちを気に入って下さったのかしら……?)
美紀の顔がまた赤くなった。
「あ、美紀ちゃん。うれしい罠だね?」
「知りません!」
「里帰りはいいものよ。美紀ちゃん、佐紀ちゃん。お部屋はそのままに残しておきなさい。そうしましょ」
幸枝の言葉に美紀の表情が変化し、瞳から涙が零れた。この白石の屋敷を離れる、その日が間近に迫っている。
佐紀は美紀の肩に手を載せて、
「美紀ちゃん、家具のリストアップ、お箸とお玉の手入れが終わってからやろうよ」
明るい声で美紀を励ました。




