表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/86

第四十一話 鉄礫

「あれってMLB?」

「そうですよ、エンジェルスとウィザーズとマリナーズです」

「ウィザーズって魔法使いが野球かよ。体力が持つか心配だ」

「あはは、そんなこと言ったら壁から魔法ぶち込まれちゃいます。ジョークにしたらバカウケですよそれ、あはははは」

佐紀(さき)の方とはウマが合いそうだな……)

 真司(しんじ)は慣れない佐紀の部屋で、適当に会話をしながら時間を潰していた。美紀(みき)の方が帰ってこないことには話が進まない。

 お互いの『呼び名』を決めたいのだ。双子から見ると真司一人しかいないが、真司から見ると顔つきの似た姉妹が二人いる。どちらに話しかけるにしても、その姉妹を区別する呼び方が必要だった。今まで『お前ら』と呼んでいたのはそのためだ。

 手持ち無沙汰になって机の上を見てみると、立体図形のモデルのような円錐が何個も転がっていた。算数で使うにはずいぶんと年季が入っていて、

「おい、これなんだ?」

「それは手裏剣です。鉄礫(てつれき)っていうんですよ、危ないので置いといてください」

「じゃあしまっとけよ!」

(手裏剣か……想像してたのとは違うな……)

「うわこれマジか痛ったそ……」

 見た目よりもかなりの重量がある。真司がよく見ると、円錐状の先端には()()が付いていて、その役目は容易に想像がついた。

(引くわー……)

「……これ、お前ら使えるの?」

「使いませんよ、そんな物騒なもの」

「ふーん……」

(尖ってるけど、先端が折れたりしねーのかな……?)

「これって命中するとホローポイントみたいに先端が潰れるんかな?」

「潰れたことはないです。たまに折れますけど。ハローポイントって何ですか?」

(……使ってるじゃん)

「ハローじゃなくてホロー。ググっとけばいいよ」

 佐紀はノートパソコンを起動させて、『ほろーぽいんと』と入力する。佐紀のキーボードは速く、パスワードの最初の一文字も判別できなかった。佐紀は日本語で表示されたウィキペディアのページを英語に切り替えて読んでいる。

「うわあ、これヤバい弾じゃないですか。ハーグ陸戦条約に抵触するとか書いてありますよ。……鉄砲の弾って結構種類あるんですね」

「……らしいな。おれもよくは知らん」

 美紀がお盆を持って戻ってきた。その上には緑茶が載っている。

「あら、佐紀さんはどうして鉄砲の弾など見ているの?」

「ホローポイントって何かなーって」

「……戦時国際法で使用禁止になっている弾よ。どうしてそんなものを?」

「鉄礫の先っちょが潰れるかって話で……てか美紀ちゃん、なんでそんなこと知ってるの?」

「いいじゃないそんなこと。で、それのことね。真司さん、先端が折れたときはヤスリで削り出してまた使えるようにするのです。そのために先端は鋭利にしていますの。損傷した部位が小さいほど、攻撃力に影響も少ないですから」

「なるほどなあ……」

 この姉妹が祖母に例の手裏剣術を相当に仕込まれていることは間違いないようだ。手裏剣の他に剣はどうかと気になったが、ここはまず懸案の呼称を優先しよう、と、お茶に一口付けて真司が切り出そうとしたとき、

「わたくしたち、滅多に鉄礫などは投げませんわ。大抵は小さな石ころとかビー玉、あとは()()です。鉄礫など投げてしまったら、わたくしたちのような子供でも家裁送致になってしまいますもの。フフフ……」

 ()()というところで、美紀はネックレスの真珠にしては大き目な粒を指さした。真司はそれを大きな真珠かと思っていたのだが、どうやら真珠ではないようだ。

 よく見ると質感が確かに真珠とは違っている。鉄球に塗料をコーティングしてあるようだ。ビー玉ほどの大きさのそれは、あちこちからの光を反射しながら、数珠つなぎとなって美紀の首周りから胸元を飾っている。

(……親父……あんたやっぱすげえよ。正解だったよ、ビー玉が飛んでくるの……)

「家裁はヤバいもんな。で、お互いの呼び方なんだけど、どうしたらいい? お前ら」

「え?」

 これは佐紀の声だ。慌てて口元を手で押さえている。その仕草が真司には笑えたが、真司は真剣な表情を作って言葉を続けた。

「おれは一人しかいないからお前らの呼び方は適当でいいだろ。でもそれだけだとおれが困る。いつまでもお前らお前ら言ってられねーしな」

「わたくしは美紀でかまいませんわ」

 美紀は呼び捨てにされても構わないようだ。一方の佐紀はどういうわけか難しい顔をしている。

 この二人は似ているが、中身までもが似ているわけではないのだ。今後は双子とは言わない、真司はそう決めた。

「うーん、美紀ちゃんは美紀だからいいよなあ。あたしは佐紀だからさあ。どうしよっかなあ……」

「なにそれ?」

佐紀(さき)の佐って、補佐とか大佐とか、なんとなく一番じゃないイメージじゃないですか。どうもそれが引っかかるのですね……。うーん、どうしようかなあ」

「佐藤さんとか佐の付く苗字もいっぱいいるだろう。全国の佐藤さんに謝ったほうがいいぞ」

「苗字はいいじゃないですか。名前です、な、ま、え」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ