第三十五話 雪の金沢
十二月二十日、金沢はすでに雪景色だ。
「すげえなこりゃ」
白石家ご訪問ということで慎重に支度を整えてきたのだが、真司は現在、左手に旅行カバンを二つと、右手には土産袋を持たされている。
剣道用の武器防具も持ち込もうとしたが、母親の真夏からお願いされた。
「今回だけはやめといて」
「今回だけは?」
先方のお姫様二人とケンカになっては困るらしい。ケンカというのは言い過ぎにしても、つまりは先方も武器と防具で戦えるということだ。
(じゃあ家でやればいいか……)
素直に従いここに至っている。
真夏は先ほど電車内の何もない平坦な通路で転倒してストッキングを伝線させてしまい、慌てて化粧室で履き替えているところだ。
修司は一旦九州に帰り、残務整理の後にここで合流することになっている。
目的の白石家は金沢の隣町、津幡町にある。車が見つかればすぐの距離だ。
ホームでは発着のメロディが雑踏に混ざり合っている。単調と長調の二種類が発着番線によって使い分けられているようだ。
「ごめーん、お待たせ」
バタバタと真夏が戻ってきた。
(ホントにこの母さんの運動神経が遺伝しなくてよかったわ……マジで……)
運よく真司は真夏の知能を受け継いだ。真夏には土産袋だけを渡し、真司が旅行カバンを二つ持つと、
「ありがと。じゃあいこっか」
「どこ?」
「まずはアレ」
「鼓門か」
「そそ、見ておこうよ」
金沢には他にも兼六園や茶店街があるし、津幡町の先には倶利伽羅峠もある。雪が積もっていなければ、という以前に真司は観光でここに来たかった。
「わあすごーい!」
「うおすげえ!」
鼓門は想像を超えていた。
真夏に連れられて一通り東口近辺を探索すると、回れ右して再び駅構内へと向かい、広めのレストランに落ち着いた。
「はー、おつかれ。荷物ありがとね」
「もっといい時期に連れて来いよなー」
「あら、今日だって素敵じゃない。気に入っちゃった」
「春先とかさ、もっとこう、あちこち行ける時期に来たかったけどな」
「あちこち行っちゃったらお見合いにならないでしょ」
今日は両家初の対面だ。修司と真夏はその爺様に一度会ったことがあると言った。両家にとっては一生ものの大問題、親同士の先駆けに、真司はいちいち口を挟まなかった。
「とにかくね、白石のお爺様は立派な方だわ。間違いないの」
白石の爺様、辰夫氏は四十に差し掛かった頃、
(やはりおれには剣の道しかないのだ……)
勤めていた県警を退職し、屋敷内に道場を建てて剣道教室を開いたそうだ。
門人は当初警察関係者が多く、稽古後に居酒屋で、
『白石さんは刃物を持ったチンピラ六人を警棒一本で叩きのめしたんだぞ』
『金沢では剣で白石さんの右に出る者はいないだろうな』
騒ぎ立てている噂を耳にした人々が集まって繁盛したらしい。
「そんな爺様ならもっと早くに紹介してくれればいいのに」
「ウチだって年賀状を送る程度の付き合いだったのよ。あんなお方だなんてこと知らなかったし」
「なんだかなあ……」
注文は軽食だけにしておいた。どんなもてなされ方をするか分からない。腹は減っていても満腹でも戦は出来ないのだ。
「双子ちゃんもきっといい子よ。真司も見習うことね」
「Whose side are you on?(どっちの味方だよ?)」
「Look on the bright side.(いい方向に考えてね)」
(金沢かあ、また来たいなあ……)
真司は真夏のにやけ顔を見ながら考えていた。




