第三十四話 フラワーガール
この双子は三歳の九月に金沢の白石家へ来て以来、甲斐甲斐しくいじらしく、家の手伝いに励み始めた。
翌年の三月三十一日、四歳の誕生日を迎えるころには、掃除洗濯炊事などの家事はもちろん、屋敷内に併設された道場の備品整備や門人たちの世話までこなして回り、春先に山菜を竹籠一杯、土や葉にまみれて摘んできた段階で、遂に門人の一人が意を決して口を開いた。
「先生、いい意味でなんですが、お嬢様方、ちょっと普通じゃないですよ」
「なんだと貴様?」
「いい意味ですって、先生!」
可愛く不憫な孫のことだ。普通じゃないの方に反応し、普段の辰夫らしくなく、彼は門人に目を剥いた。
「普通じゃない?」
一人が口を開くと、次々に他の門人も続ける。
「双子ってやっぱり興味深いらしくて、国立の小学校でも、故意に双子を集めているところあったようですよ。双子のほとんどはまあ、平均的かそれ以下なんだそうですが……」
「あいつらは違うと?」
「思いませんか先生。あの年頃は保育園で寝るか食うか遊ぶかしてるもんです。それが山に入って、食用の木の芽や葉っぱ、キノコまで採って来るんですよ。普通はそんなこと出来ないんじゃないですかねえ?」
「そうですよ先生、お嬢さんたち、真冬に竹刀や防具、道場の羽目板まで分解して掃除しようとしてましたよ。羽目板の方はさすがに止めたんですが。すげえなあと思っていたんです……まだ一年も経ってないじゃないですか」
「うーむ…………」
言われてみれば、確かに辰夫にも思い当たる点があった。
保護されていた日本大使館の前で、当時三歳の美紀が警備担当の指揮官に一言二言、何かを囁いたことがある。美紀が何を言ったのか辰夫には聞き取れなかったが、直後にその指揮官は美紀の前に跪いて泣き始めた。
帰りの航空機が日本領空に入ると、佐紀は英語の使用をやめて流暢な日本語を話し始めた。美紀の日本語は主に佐紀から教わったものだ。
この姉妹は両親を同時に失った。普通はしばらくの時を悲しみに暮れて過ごすはずだ。
それがこの姉妹は、屋敷に到着したその日から家事に励み、時間を見つけては百科事典の類を読み耽っている。
門人たちに促され、辰夫は妻の幸枝と共に、思い切って尋ねることにした。
「美紀、佐紀、辛くはないか? 家事は大変ではないか? そんなにしなくてもいいのだ」
「平気です。だって佐紀とわたくしはひこうきの中でそうだんをして、おじいさまたちとこのお家を守ると決めたのです」
「……」
「……この娘たちったら」
「よく分かった。好きに過ごしなさい。但し、いつの日か、わしがお前たちの今後を決めることがあるかもしれん。その時は、きちんと話を聞くのだ」
「きめるとは、なにをですか?」
「……他家に預けることも、あるやも知れぬ」
「そんな、あなた……」
「おじいさまあ……」
「可愛い孫を、誰が好き好んで追い出すものか。そうではない。可愛いお前たちを、徹底的に鍛え上げるためだ」
「……ならば仕方ありません。美紀ちゃん、佐紀ちゃん、ここは聞き分けて。おばあちゃんも悪いようには決してしないわ」
辰夫の話を聞いて、幸枝もまた覚悟を決めた。彼女も武家の娘として育てられたのだ。
不安そうにしていた二人は、無言で祖父母に頷いた。
翌日、美紀と佐紀は根岸流の手裏剣術で使用される、蹄と呼ばれる小さいが重みのある石ころのような金属の塊をそっと幸枝から手渡された。
「これ、おばあちゃん得意なの。時々教えてあげる、お弟子さんたちには内緒よ」
その後、美紀と佐紀は白石の屋敷で順調に成長を遂げた。
小学校に入学する前、どこからか見つけてきた結婚式場のフラワーガールに応募して、姉妹はアルバイト代までをも稼ぐようになった。
この姉妹には人気が集まって、月に数回は依頼が入ったが、最近は背が高くなってしまったためにその依頼を断り続けている。
そんな二人が五年生となってすぐ、学校生活で初めて問題らしい問題を起こした。
同じクラスになった美紀と佐紀は、知らず知らずの間に、学校全体を掌握してしまったのだ。
二人は日々の学校生活を楽しんでいただけなのだが、この大人びて聡明な姉妹を周囲がもてはやし、何かにつけて指示を仰いで来たため、
(ここは気を利かせて、言われる前にわたくしたちが言ってあげればいいのだわ……)
数週間後、姉妹は女王蜂のようにクラスメイトはおろか下級生、上級生さえもわらわらと行き来させる存在となった。
その後もこの姉妹は態度を変えずに他の児童の世話を焼き続け、児童と教師との関係までも取りもったため、翌月には学校自体がこの姉妹を頼るようになってしまった。
(十歳だぞ……)
教師たちはため息を漏らしながらつぶやいたものだ。
美紀はこの状態をこう思っていた。
(わりとこういうの、嫌いじゃないわね……むしろ好きだわ……フフッ)
佐紀はこの状態をこう思っていた。
(意外とチョロかった)
美紀と佐紀の養子縁組はこれが原因だ。
学校が機能を果たせなくなったため、夏休みに校長が泣きついてきた。
辰夫と幸枝は当初反論したが、双子の幼い日々を思い出し、
(うーむ……好きにさせたツケが回ってきたか……)
あの言葉が現実味を帯びてきたのである。
近くの親戚では現状とさしたる変化は望めない。そこで、遠縁の山元家を辰夫は頼ることとした。
(あの家なら都内でこことは環境がまったく違う。無理は承知の上だ……都合のいい時期まで預けるなど虫の良い話。養女に出すしかあるまい……)
思い極めた上での苦渋の選択だった。
電話の向こうにいた修司は冷静で、大阪で対面した真夏も若くは見えたが同様だった。
養育費や持参金の話を辰夫が切り出すと、
『一切不要です。娘として育てるなら、自分たちが食わせていきます』
『あたし女の子が欲しかったんです。こちらがお支払いしたいくらいです』
『真夏。そういう言い方はちょっとまずいと思うぞ』
ここで辰夫は腹を決め、孫娘の特性を語り始めたのだが、修司も真夏も彼女たちの知性について特に興味を示さなかった。学校での出来事についても気にする様子がなく、
『とにかく会ってみたいです。あたし』
この真夏の一言だけだった。
(美紀や佐紀と同じで慣れているのだろう。警察官僚と女医、この夫婦もまたそういう世界に育ってきたのだ……)
修司と真夏の名刺を見ながら辰夫はそう結論付けた。
真夏の発案で、美紀、佐紀と真司の対面は、今年十二月に一発で決めてしまおうということになった。
それから幾たびか電話で両家の意思が確認されたが、双方にその変化は見られなかった。




