第三十一話 要塞・山元邸
この家、と表現するよりもこの要塞は、真夏の両親が彼女の妊娠・結婚・出産祝いにと贈ってくれたものだ。
真夏の両親は、東京目黒の武蔵小山駅近くに所有していたコインパーキングを、一年七か月の歳月をかけて地上三階地下一階エレベータ付きという巨大な一戸建に改装した。
敷地の半分が邸宅で、残りの半分は倉庫やガレージ、ランドクルーザーの四台程度は優に保管できる広さの駐車場となっている。
敷地の境界部分は赤茶色のレンガが高く積み上げられている重厚な塀となっており、出入り口となる都道に面した部分には、そのレンガをくり抜いてサンゲート式のシャッターが二枚組み込まれている。そのシャッターの数メートル横に大きな鉄扉の門があった。
そのサンゲート式のシャッターがなければ、そこは邸宅というよりも刑務所、見る人によってはそんな印象ともなり得る高い塀である。
付け加えておくと、その塀のレンガは数十か所、所々を歯抜けの隙間状態とすることができ、その状態となった隙間は銃眼として利用できる。
サンゲートの上下左右に走る細い金属パイプの隙間から敷地内部の様子を窺おうとしても、駐車場の奥に数本立っている桜の木に阻まれて、邸宅の一、二階部分をその視界に収めることは困難だ。各部屋に専用のベランダが付いている三階部分が辛うじて見える程度だろう。
邸宅の壁面には塀と同じ色の建築材が外観として貼られているが、その内部にある厚み二十センチ余りのコンクリートは二重になった二本の太い鉄筋を包み込んでいる。
塀はもちろんのこと、敷地内部と邸宅外壁には多数の監視カメラが設置されていて、そのカメラが捉えた映像は、各階の全ての部屋だけではなく、リビングやキッチン、バスルームにまで取り付けられたモニターで常時確認することができる。
表向きは真夏が将来開業するはずの小さな病院として設計されていたが、実際のところは、中世の様式を模した現代の最新型要塞として建築されたわけだ。
その地下部分には、熱核戦争にも数年は耐えられると評価された1DK風呂付きのシェルター区画まで設けられている。
さきほど、妊娠・結婚・出産と述べたが、これは出来事を実際の順番通りに記述したものである。
真夏は高校三年生の春頃から夫となる修司と交際を始め、その傍ら受験勉強にも精を出した結果、都内にある医科歯科大の医学部に現役で合格した。
結婚して山元と姓が変わる前、つまり、この当時の真夏の苗字は高城だった。
入学金や初年度授業料を納入し、入学式に着るための派手な振袖も準備して、友人たちとの卒業旅行も楽しく過ごし、美容院に数回通ってあとは半年分の学割定期券の購入を残すくらい、となった三月も終わりかけたある日、
(ん……?)
妊娠に気付き、婦人科で検査を受けると真夏の妊娠はすでに三か月だった。
これを知った真夏の両親、特に父親・高城博の対応は迅速だった。
(……修司君も真夏も覚悟を決めたのだな。半年以上の期間をかけて二人で話し合った末の結論だろう。妊娠・出産は結婚式の後にしてもらいたかったが、真夏は医学部に進むのだ。学部の期間からから研修終了まで八年は確実に必要となる。その時の真夏は二十六。医師としての将来に備えて出産など考えられない時期となっているはずだ。長い人生を考えれば今がベストのタイミングとも言える。大学ごときは一年二年の休学で済む。さすがは俺の娘、さすがは真夏の選んだ相手。祝福せねばなるまい。俺はこの時のために生きてきたのだ。……ただ、もう少し、もう少し長く、真夏を手許に置いておきたかった)
こう考えた真夏の父・博は、検査の翌日昼から夕方にかけて、家族会議と称して妻・純子と真夏の兄にあたる長男、次男を説得した。
このとき、当の本人である真夏には何も伝えていない。博のその覚悟は固かったが、修司と真夏の将来は修司と真夏が当人同士で決めるものである。博はその二人の結論を待ったのだ。




