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第二十九話 無外流

 月水金の塾通い、その後のお楽しみとなった優子(ゆうね)との駅ソバ屋デートを楽しんだのち、優子をタクシー乗り場で見送ると、真司(しんじ)は電車に乗りなおして、一つとなりの武蔵小山で改札を出た。

 別れ際に優子のキスを頬に受け、今日も上機嫌だった。

 真司が帰宅すると、父親の靴があった。

「ただいまー、親父いんのー?」

 真司の父・修司(しゅうじ)は、九州管区の県警本部で刑事部長をしており、目下、単身赴任中の身だ。

 母親は真夏(まなつ)といって、近所の病院で眼科医をしている。

「おかえりー!」

 真夏の元気な声がする。

 リビングに入ると、

「よお!」

 修司がビール片手に手を上げた。

「休暇?」

「ああ、ちょっと重要な案件でな。真夏と話してた」

 修司が戻ってくることは珍しい。

 一方の真夏は休暇をしょっちゅう取って、そのたびに修司の赴任先にそそくさと飛んでいくものだから、

「そんな急ぎなの?」

 興味が沸くのも無理はない。

「とりあえずメシを食え。話はそれからだ」

「あいよ」

 真司は三階にある自室に赴くと、優子の自宅に電話を入れる。

 優子の両親から、家に着いたら必ず電話をするように言いつけられているためだ。

『娘を見届けてくれている真司君に、もしものことがあったらお詫びのしようもない。無事に帰宅したことを必ず連絡して欲しい』

 優子が出た。代わった優子の母親に帰宅を告げる。感謝の言葉を聞いて電話を切り、リビングに戻ると、

「真司、お前、双子の妹、欲しくないか?」

 修司が真面目な顔をして聞いてきた。

「おっと母さん子供出来たの? おめでとう!」

 真夏の顔を見て言うと、

「それが違うのよお、もう生きてるの、双子のお姫様よ」

 妙なことを言い出した。

 両親の娘、つまりは自分の妹かと思っていたが、どうも違うようだ。

(まずは話を聞くか……)

 真司は席に着くと、

「……生まれるんじゃねーの?」

「うん、あたしたちもけっこう頑張ったんだけどなかなか出来ないじゃん。いい機会だから貰っちゃおうかなって。すごい子みたいだし」

「……」

(……せっせと九州に通っていたのはそれかよ)

 心の中でツッコミを入れつつ、修司の顔を見ると、修司は目を逸らせて後頭部を指でポリポリとかき始めた。確かに頑張ったようだ。雰囲気に気付いた真夏の顔が赤くなった。

「いやそれってアリなの? もっと頑張ればいいじゃん。他所から貰うってことだろ?」

 当然だ。真司は真夏が十九歳の時の子なのでまだ頑張れるはずだし、そもそも養子をもらうことに抵抗がないのか気になる。

「え? いいじゃん、むしろ欲しい。あたしももっと産みたいし」

 抵抗はないようだし、頑張る気もあるようだ。

(親父はいいのかよ?)

 聞こうとしたが、さきほどの修司の言葉を思い出して飲み込んだ。修司は真司の同意を求めてきた。つまり、修司も真夏と同じ考えというわけだ。

(いや……これはまずい……)

 修司は単身赴任中で、いつ戻るかも次はどこかもわからない。真夏は病院勤めで帰りが遅く、休暇中は九州へ通い妻。必然的にその双子の面倒は真司が見ることになる。

「そいつらいくつなの?」

「十歳だ」

「マジかよ。嫌だぞそんなガキの面倒見るの」

 自分も十分ガキだと分かってはいるが、子供時代の二歳差は大きい。大げさに嫌な顔を見せてみた真司に、修司は姿勢を改めて、警視正・県警本部刑事部長の顔になって言い切った。

「いいか真司、その双子、絶対に、絶対に甘く見るな」

 修司が続ける。

「その子たちな、三歳までニューヨークにいたんだが、あのテロで両親をやられてな。母方の祖父母に引き取られた。あの白石(しらいし)家だ、お前も一度行ったことがあるだろう」

 あの事件は覚えている。大騒ぎだった。

 そして白石家というのは、この山元(やまもと)家の昔の本家筋にあたる金沢の旧家で、あのテロがあった後、真司もお悔やみを述べに訪れたことがある。

「あ、あん時のガキ二人か。覚えてるわ」

 印象深い双子だった。両親を失ったばかりにもかかわらず、三歳という年齢にもかかわらず、黙々と家事をこなしていた。

「……真司、そのガキってやめとけ。世が世なら、このウチにとってもマジもののお姫様なんだぞ」

「……で?」

「でな、そのガキ、いや二人なんだが、最近学校で問題を起こしていてな。ちょっと金沢に置いとけないってことになったらしい」

「あいつら……。(たち)の悪いガキになったんか……」

「ちょっとしゅうくん、真司、ガキってやめなさいってガキって。問題って言っても二人のせいじゃないのよ」

 真夏が口を挟む。

「そうだ、真夏の言う通り悪ガキじゃない。むしろいい子だ。学校のことなどそんなことはぶっちゃけ構わん」

「じゃなに?」

「その白石の爺様な、無外流(むがいりゅう)って知ってるだろ? あれの遣い手だ。範士(はんし)八段でもある」

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