第二十四話 Prom Night
「そうしたら真司君、あたしの肩に手を乗せて、『大丈夫。心配するな。俺が優子を守ってやる』って。超かっこよくてあたしもう感動して。結局、追ってこなかったんだけど……。もう店員さんとか他のお客さんとかに注目されて大変。恥ずかしかったけど、嫌な気分ではなかったわ。たまにはああいうのもいいわね」
(おい、優子。おれは肩に手なんか乗せてねえし、そんなことも言ってねえよ……)
駅の化粧室に籠ったとき、優子は下着をはき替えていた。始末に困ったが、持ち合わせていた生理用品の入っているポシェットに仕舞いこみ、局部用の専用のクリーナーを取り出した。
(あたしでもこうなるのね……)
濡れていた部分をクリーナーで拭き取ると、身体だけではなく心もスッキリしたような気分になってくるから不思議なものだ。
気分よく化粧室を後にした優子は、真司を自宅に招き入れ、今日の出来事を両親に報告している。
優子の家でもてなしを受けながら、真司はやや脚色された優子の話を聞いている。彼女の両親の前なので、迂闊なことは口にできない。
優子の話を否定することなく、真司は彼女の話を黙って聞いていた。上遠野家特製のカレーライスが美味いので、真司はそちらに集中することにした。
優子の父、上遠野英雄は娘の話を熱心に聞いている。英雄はイケメンを通り越してやや強面な印象だ。セーターを着こんでいるが、その下に隠れているはずの鍛え上げられたであろう筋肉が十分にその存在を主張している。
「というと真司君は、なにか武道の心得でもあるのかい?」
「有賀先生の道場に通っています。期間は半年を少し過ぎたところです。先生や兄弟子さんにいつもコテンパンで……。腕前はからっきしです、お恥ずかしいです」
「有賀さんの道場か。あそこ、キツイって有名だよ」
「キツイです。ご存じなのですか?」
「うん、若い頃に数年間通ってね。私もさんざんシゴかれたものだよ。ははは」
英雄の顔は笑っているが、目は真剣そのものだ。なにせ、小学校六年生になろうという娘が、ボーイフレンドを我が家に連れてきた一大事である。
娘を持った父というのは悲しい存在で、娘の成長を確認するたびに、自らの若き日の悪事を鮮明に思い出し、
(俺はなんてカスだったんだ……神様、お慈悲を……)
と、当時の女友達や恋人に詫びるものだ。英雄も例外ではない。目の前のこの真司という男が、自分の行った悪事の数々を自分の娘に働くかも知れない。そんなことが頭をよぎり、食卓に上っているカレーライスの味など全く分からなかった。
「でもよかったわ。優子ったら最近どうにも浮ついていて。お化粧まで始めてね。年頃なのは分かるのよ。でももっと年相応にして欲しいわ。真司君からも言ってあげて」
「ぼくからはそんな……。優子はもともとがいいですし、似合っていると思いますよ」
優子の母、壽子の言葉に真司がそう答えると、英雄の眉がピクッと動いて上に上がる。優子を呼び捨てにした点か、化粧を否定しなかった点か、真司は迷ったが、英雄のフォローに回ることにした。
「また今日みたいなことがあったら困りますしね。優子、お母さまの言いつけ通りにしておけよ」
「そうだね。そうするね真司君。ママ、大丈夫だよ、もう。なんか今日のでスッキリしたの。あしたから勉強も頑張る、安心していいわよ」
(ボーイフレンドの言うことは素直に聞くのか優子。俺の言うことなどもう聞かないのに……汚いものを見るような目で見るのに……。今、パパって優子は言わなかったし……、ちくしょう……)
英雄がカレーライスを口に運ぶ。真司のフォローは、逆に英雄の心の傷を広げてしまったようだ。
優子は小さめの皿に盛られたカレーライスを少しずつ口に運ぶ。このカレーライスは香辛料が効いていて非常にスパイシーだ。
これは英雄の策略で、これを二人に食べさせておけば、真司を送りに出た愛娘・優子が彼氏と妙なマネをしないだろうということである。
決して許さないというわけではないのだが、その相手となるこの真司という少年がどのような人間かを確認できるまでは、父親として娘の貞操を守り抜かなければならない。すでに唇くらいは奪われているかもしれないとは言え、両親の面通しに耐えられない程度のガキに、それ以上のことを許す気など、英雄にはさらさらないのだ。
「真司君はずいぶん優秀なんだってな。聞いたぞ。もう高校のところまで終わっているとか」
「はい。ワシントンにいた頃に終えました」
「ん? あっちで高校を卒業したのかい?」
「はい。九歳の時です。プロムにも参加できましたし、よかったです」
「え?」
「え?」




