第二十話 Robert Edward Lee
多数のクラッカーがけたたましく鳴ったのち、拍手を終えた女子生徒がテーブルに向かってペットボトルを開けていると、騒ぎを聞きつけたのか、隣のクラス、六年生の女性講師が怒鳴り込んできた。
「何やってんのあんた達まで! ここはキャバクラじゃないのよ! もう勝手にしなさいっ!!!!」
「……」
「ということだ。許可が出た。みんな、静かにな」
クラスメイトはさすがにトップ集団ということか、立ち居振る舞いに隙がなく、左右の教室に気を遣いながらパーティを楽しんでいる。
この集団では、真司が永井に次いで二番目に背が高いようだ。
各生徒の胸に名札がぶら下がっていることも手伝って、顔と名前は比較的短時間で記憶に残すことができている。真司がこの点を永井に尋ねると、発案者は遠山春香という女子生徒、とのことだった。
助かった点は事実なので、真司がその女子生徒に礼を述べる。
「名札、助かったよ。遠山さん」
「あら。手が早いわね、こいつ」
「え?」
「こいつ速攻で女に声をかけて来たわ。優子、気を付けるのよ」
「春香……やめなって」
優子が春香に注意を促すが、春香は聞く耳を持たない。
「私、竹を割った女なの。いくつか質問するわ。いい?」
「いいけどさ。竹を割った女って、誤解受けないかな?」
「お父さまの職業は?」
「警官だよ」
「お母さまは?」
「眼医者」
「名車?」
「……眼科医だよ」
「TOEIC何点?」
「受けたことないけど、ワシントンに約三年いたよ」
「南北戦争時代の南軍指揮官は?」
「ロバート・エドワード・リー。千八百七年、バージニア生まれ。千八百二十九年、ウェストポイントを次席で卒業。少尉に任官したのち、職業軍人となった。千八百五十二年、ウェストポイントの校長。千八百六十一年八月に南部軍大将。千八百六十五年四月、北軍に降伏。同年十月に恩赦を受けて、ワシントン大学の学長就任。千八百七十年、死去。これくらいでいいかな。腹を立てたわけじゃないんだ、遠山さん。質問の意図がおれには分からない。おれの頭を疑っているなら、もっと続けてくれ。気にしないぞ。さあ、来い」
「山元君。合格よ。あなたを真司って呼び捨てにしてあげる」
「え?」
「優子、真司は合格。会話をしていいわ」
「春香……やめてって」
「……見上げた根性じゃねえか遠山。おれもこれから呼び捨てだ。よろこべ春香。おれがファーストネームで呼ぶ奴なんか、滅多にいねえぞ。上遠野、You are equally to blame , too . いいな? 優子」
「……強気なのね。あたしもそういうの嫌いじゃないわ。よろしくね。真司君。教えてあげるから、よく聞いて。あたしの名前はゆうね。ゆうこじゃないの」
真司にとっては痛恨のミスだった。
授業の終了時刻になると、日村が帰ってきた。休講のお詫びに来たのだ。
(アレ? こんなんあったか?)
扉の目隠しがそのままになっている。日村が扉を開けると、そこは異世界だった。
「ごめんよ、って何やってんだ! お前らアホか?!!! キャバクラじゃねえんだぞ馬鹿野郎! さっさと片付けろ! ホント毎回どうしようもねえな! 怒られんのは俺だぞ馬鹿野郎! これで本日二回目だ! え……おま! 天井にダーツ打ち込むバカなんていんのか?! 初めて見たぞ! あ、このお菓子俺大好き。じゃねえよ! 誰だ? 永井! やっぱお前か馬鹿野郎! ちょっと来い! あれ? おい! ……っざけんなよLEDにダーツ刺さってんじゃねえか! 誰だおい! マジかよお……」
「日村先生。おれ達で片付けます。お座りください」
「……早めにね。もう疲れたよ俺。お前らとこれから二年とか? マジかあ……アンビリーバボーだよ……。高城と志村がいた頃の方がまだマシだよ……。で、何? パーティやってたの? 俺も呼んでくれればいいじゃん。めっちゃ怒られたんだよ。聞いてる? おい、永井」
「次はお呼びします。日村先生、またあの歌、聴かせてくださいね」
「うん。じゃあ、夏期講習でね。隣がいない時に。お前らもネタ作っとけよ。面白くなかったら処刑ね。顔面パイ。電気式の反応めっちゃ速いやつ。用意すっから、俺。マジだよ? いいね? 女にも容赦しないよ。言っとけよ。聞いてっか? おい、永井」
「ははは。はい。すっげえ楽しみです。さすがです。日村先生。このクラス、面白くなりますよ。楽しみですね。あはは」
「段取り俺が決めとくね。次の授業の後に打ち合わせ。いいね? マジでやるよ。お前らもマジでやれよ。本気で処刑すっからな。逆の場合はなんかあげる。楽しみにして。ちゃんと伝えとけよ。特に保護者にな。署名捺印貰っとけよ。訴訟嫌だから。でもあれか。保護者も呼べばいいのか。だったらいいよね。ちょっとその方向も視野に入れて。となると……。準備期間が結構いるな。……ま、三か月もあれば大丈夫だな。塾にもエンタメは必要だし。盛り上げようぜ。あ、一応女子代表も選んどけ。セクハラ言われたくないし。俺、ロリコンでもないしな。そこはしっかり頼むよ。永井」
真司が帰宅すると……。
「え! 日村先生まだあれやってるんだ! めっちゃ面白いよ、それ。この間、飲みに行ったときはそんなこと言ってなかったな。あたしが五年生の時もあったよ、それ。由美ちゃんは逃げたんだけどね。あたし、その顔面パイ喰らっちゃった。意外とおいしいの。保護者も参加していいの? 行きたいな、あたしも。夏休みでしょ? それの日程決まったら教えてね。真司」
「あ、母さん。日村先生の歌って何なの?」
「真司知ってるかな? 前ね、『飾りじゃないのよ〇は』って歌があってね。その替え歌。面白いよ。たしかね、『ロリコンじゃないのよ俺は』ってタイトルだったかな? 笑っちゃってさ、内容覚えてないけど」
「こないだ飲みに行ってたろ? そん時は?」
「新曲だった。バカウケ。みんなスタンディングオベーションだったわよ。面白かったなあ。あたしと由美ちゃん、笑い転げてひっくり返っちゃったわ。ホント」
「すげえな。あの先生」
「ふふふ。塾、面白くなるね。ふふふ」
「だね。楽しみだよ」
「楽しみなさい。真司」
日村のそれは恒例行事らしかった。




