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第十三話 人事異動

 帰国した翌日、父・修司(しゅうじ)は九州へと旅立って行った。例の巾着袋に、真夏(まなつ)からなにやら品物を多数、詰め込まれている。

 前回は外務省に出向して約三年のワシントン勤務を行い、今回も単身赴任で九州へと修司は向かう。

 なんともブラックな人事異動に思えるが、これは修司が出世コースを外れてしまったというわけではなく、警察庁人事課が適材を適所に派遣しているだけだ。

 修司はキャリアの警察官である。将来は要職を任されることになる。警察組織の頂点に立つ可能性も十分にあり得る。

 国家の治安、その一翼を担う人物が、十年やそこらの単身赴任で音を上げていたら、その国の治安がどうなるか、これは想像に難くない。

「気を付けてな」

「お元気で」

「おう」

 真司(しんじ)とアイリーンは、それぞれ一言だけを修司に伝えて玄関先を後にした。

 留学中は修司を独占したのだから、少なくとも三年弱は真夏に修司を譲るつもりでいる。

「シンジのご両親て、ウチのパパとママみたいだわ」

「そういやそうだね」

 真夏は去年、出身大学での研修医プログラムを修了し、現在近所の病院に眼科医として勤務している。


 昨日、真夏の白衣姿をアイリーンと共に真司は目にしたのだが、女医のコスプレにしか見えず、怒り出した真夏に大笑いしながら謝ったものだ。アイリーンも同様である。

 真夏は不機嫌な顔をしながらも、真司の健康状態を自身の目で確かめると、アイリーンにも同じ検査を行った。

「アイリーン。凄いカラダね。アスリートなの?」

「……チアガールをしていました。ハイスクールで」

「へーえ……ハード(バッキバキ)だけど……手触りがいいわね……」

「……やめてください。ここまでで」


 味噌汁、焼き鮭、サラダ、卵焼き、ミニトマト、白米を口に運び終えると、真夏は出勤の準備に取りかかった。修司の朝食は弁当として先ほど渡してある。真夏はコソコソと隠れて作業をしていたので、その内容は真司とアイリーンには分からなかった。

「あ。そうだこれ。アイリーンと出かけるんでしょ。はい。三万円。クレカ使っていいよ。上限は……、そうね、五十万円。領収証なくさないでね。ない分は徴収するよ」

(……査察かよ)

「そんなに使わねえよ」

「あと学校。前のところに書類出しといたから。週明けくらいから通ってね。ちゃんと卒業してよ。こっちの学校も楽しいから。中学高校もね。じゃね。行ってくるね。アイリーンもまた後でね。楽しんでって。行ってきまーす!」

「……?」

 真夏は玄関を開けると、静謐な冬の冷気と朝日の中に出ていった。セミロングの髪がコートとマフラーに包まれている。その後ろ姿を眺めていると、開いていた玄関が静かに閉じた。

 アイリーンは、今回も真夏の早口を理解できていない。真夏が自分の目を見て何か喋っていたように見えたので、真司に通訳を促した。

「楽しんでくれってよ。あと、おれの学校のことも言ってた」

「シンジの学校? 日本の大学?」

「ん? 小学校に決まってんだろ」

「小学校!?」

「え?」

「何で小学校に? 今さら?」

「こっちはこういうもんなんだよ。飛び級なんてねえから」

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