第十一話 peuple français
リビングテーブルにはチャーハンの大盛りが二食用意されていた。
(母さんの手柄か……)
門前での推測を真司は修正した。
アイリスの手荷物は玄関ホールに置いたままとなっている。アイリスにソファを勧めて、真司は玄関へと降りていき、自分の荷物とも合わせて階段を二往復する。
真司は自分の荷物の中から、修司から預かっていたえんじ色の巾着袋を取り出した。
アイリスは紅茶党だが、あいにく真司は紅茶に詳しくない。
これを聞いたアイリスは、ソファから立ち上がって手際よく、真司の分まで紅茶を淹れた。
(まったく分かんねえ……)
「美味いよ、アイリス。ありがとう」
「お世辞はいいわ」
「……チャーハンっていうんだけど、これ。食ってみる?」
「ご両親を待つわ」
「たぶん、遅くなるよ」
昼間、ここにいたはずの真夏がいないということは、今頃、修司と久々の逢瀬を楽しんでいることだろう。
テーブルに用意されたこのチャーハンは、きっと真夏の詫びの気持ちだろう。真司は母親のこういうところも気に入っている。
リビングのテレビをつけようとしたときに、エアコンを入れ忘れていたことに気が付いた。
アイリスはソファでくつろいでいる。白人女性にしては小柄で、その体のどこからあれだけのパワー、すなわち、激しいチアダンスを踊れるパワーが出てくるのか、真司には不思議でならなかった。
(ひいき目とは言え、やっぱ綺麗な部類だよな……)
「レディに失礼よ。シンジ」
(バレたか……)
「ごめんよ」
真司の視線に気がついたアイリスは、『男性の視線に対して女性がいかに敏感か』、ひとしきり真司に説教を行うと、バスルームへの案内を求めた。
本来、こういう点もホストが行うものらしい。思い返すと、ピートの母にもそうされていた。
「気に入ったわ。ステキね。お世辞じゃないわよ」
「ならよかったよ」
「これ、使い方に作法があるの? 教えてくれない? 一緒に入ってもいいわよ」
「ジャックに殺られたくない」
アイリスが見ているのは浴槽で、これには二畳ほどの面積がある。一般的な浴槽に比べると大き目で、泡があちこちから噴き出してくるジェットバスの構造になっている。
真司は外国人が日本の浴槽に入ろうとする動画をネットで見つけ、その工程に誤りがないことを確認してからアイリスに見せた。
浴槽を使おうとしているフランス人らしき人物が湯の熱さに驚いて笑っている。
「ハローとは発音できないのに、笑うときはハハハって言えるのね、あの人たち」
言われてみればその通りなことをアイリスが口にした。




