第十話 警察官僚
平成二十年一月六日、午後五時。
山元真司はアイリスを連れ、目黒の家に到着した。
(思ったよりキレイにしてるな……)
サンゲート型のシャッター、格子部分の金属パイプが夜景を反射して輝いている。門も整備されていた。
(母さんの手柄じゃないよな……)
真司はそんな推測をしたがこれは誤りで、夫・修司の帰りを待つ間、手持無沙汰となったその妻・真夏が一念発起して、この寒空の中をピカピカに磨き上げた結果である。
カードキーを門に突き刺すと、ピン! という小気味の良い音が響いてロックが解除された。
「ステキなお屋敷ね」
「お世辞はいいよ」
アイリスの国ではよくある規模の住宅だ。現に、アイリスの自宅の規模はこの山元邸よりも二倍はある。
「クルマがないわ」
「ないよ」
「……どうやって生活するの?」
「分からん。つか覚えてない。どうやってたかな?」
「……思い出して。早めに」
真司の父・修司は、普通乗用車の免許も大型二輪の免許も持っていたが、真司が生まれてからは、自家用車を所有していない。
警察官僚によくみられる特徴だ。仕事の移動では運転手付きの公用車となり、プライベートでの移動は電車やバスで済ませている。
ただ、この傾向は警察官僚に限らず、他の中央省庁の官僚や法曹関係者にもよく見られるもので、裁判官や検事、弁護士の一部も自家用車を避けることが多い。
そもそも、運転免許自体を取得していない人物も多く、筆者の知り合いの中では、その数およそ十数名にまで及ぶ。
国家総合職試験や司法試験に合格するような人々が、運転免許の学科試験にも挑まないというのは面白い話だと思うのだが、現実の中では、街中で高級車を乗り回しているような官僚、法曹関係者などはほとんどいないということだ。
真司は敷地の内部を進み、玄関の鍵を開ける。この扉は二重ロックとなっていて、玄関そのもののキーと警備会社のカードキーが解除に必要だ。カードキーを紛失した場合は、あらかじめ定められた十二桁の暗証番号を入力する必要がある。これを失念した場合、家人であっても玄関の扉を開くことはできず、警備会社の正規の手続きを経て、翌日の午前中に解除されることになっている。
(うお、中もキレイにしてあるな……)
医院として設計されている一階部分から、リビングや客間のある二階に上がろうとすると、
「エレベータ……」
アイリスが小さな声を上げた。
「乗りたい?」
「ノーよ。珍しいなと思ったの」
真司はリビングへとアイリスを案内した。




