特訓前
――あなたのおかげで助かりました!
誰かがそう言う。言われなれない言葉だ。
――お前のせいだ! お前がもっと早く来れば!!
誰かが叫ぶ。その通りだった。
――お前は悪くない。お前はいつも通りやったよ。
誰かが慰めてくる。じゃ、だれが悪いんだ?
――オーダーだ。「 」。英雄様の出番だぞ。
いつものようにそれは笑う。やめろ! もうやめてくれ!!
怒りに任せて叫ぶと世界が反転した。
思い。じゃなくて重い。
寝ている体の節々にかかる重み。
夢を見ていた気がするがぼやけて思い出せない。けれど、いいものではなかったのだろう。目を閉じていても体が痛くなるぐらいなのだから。
今何時だ?
目を開けて確かめるのも……面倒だ。動くのも……だるい。
……寝るか。もう一度いやな夢を見ることはあるかもだが、覚えていないものを恐れるのは柄ではない。
「――い。―――せい」
体が揺れる。
誰かの声がするが体を動かしたくない。
「センセッ!」
布団を顔まで被せようとしたところで耳元につんざくような声
「っ!!」
反射的に体を起し、耳元で叫んだ対象を組み伏せる。
……? 小さい?
組み伏せた存在の小ささに疑問を抱きながらも辺りを警戒すると――
「……あれ? ミニスとユリじゃないか。どうしたんだいこんな早くに?」
何故か部屋の端に呆然とたたずむ二人を見つけて、声を掛ける。
「……え? あー、先生その……」
「…せんせい。した」
いつもはミニスがユリをリードしているはずが、何故か今日はユリがリードしているのには少し嬉しさと言うか、なんと言うか…とりあえず疑問を抱いた。
「……? とりあえず二人共、今不審者を捉えたから村まで戻ってグラードさん読んできてくれないかな?」
二人をできるだけ安心させる声で村にいる猟師頭のグラードさんを呼びに行かせようとするが、二人は呆れたように動かない。
「先生……ルカがそのままだと気絶しちゃう」
「……もう、……ムリ…」
組み伏せている者から何とも気の抜けた声が出たと思うと、ルカだった。
「え、あっ!? ちょ、ルカ!? 大丈夫!」
急いで拘束を解く
「…せんせい。ドジっ子」
おい、ユリ。なんて不名誉な称号を与えやがる。お前の今日のメニュー倍にするぞ? と、思いながらもそれは心の中だけにしまい、表ではきちんと先生モードで対応した。
「……で、なんでこんな早くに来たんだ。お前らは?」
気絶から優しく(俺の中では)回復させたルカと他二人を正座させながら、状況の整理をする。
「…待ちきれなかったんだよ」
「うん?」
「特訓が待ちきれなくて…来たんだよ! 察しろよ!」
逆ギレだ。だが、正直なので許したくなる。
「はぁ……まぁいい。ユリとミリスは?」
「…ルカにさそわれて」
「私も、私も!」
ユリの答えにミリスが弁上する。
「取り敢えず…朝ごはん食べてないからそのあとでいい?」
三人は呆れ顔だったが気にしない。
昨日の残りまだあったような……。
「ごちそうさまでした」
「…先生がそれ作ったの?」
「……? いや、コレはおすそ分けで貰ったんだよ。それがどうかしたかいミリス?」
「ううん。先生にしては妙に凝った料理だったから」
「…せんせい。手抜き料理よく食べてる」
悪かったな、日頃はお茶漬け一択だよ。三日に一回あるベルベットの稽古の時にベルベットの“余った料理”をお裾わけで貰うのが密かな楽しみだよ。
塾のお金はほとんどお前らのために消えているんだよ。月に一度の商隊から物資を買うのだが……高い。帝都の倍は取られている気がする。
仕方ないとはいえ……。
と、10歳以上も離れた子供に言えるわけもなく、モヤモヤしたまま三人の稽古が始まった。