プロローグ
神が統べる神界。
魔王が統べる魔界。
龍が統べる天界。
そして、見捨てられた人間が暮らす世界。
この四つの世界は人間界を軸に存在し、お互いの世界。人間界以外にはできる限り干渉しないようにして存在した。
海が7割、大地が3割の平坦で魔力が循環している世界。ソレが人間界。
魔獣が大地を我が物顔で歩く大陸の約三分の一を締める帝国とよばれる侵略国家から最南端に位置する大森林の中央。
そこは狩猟民族が暮らす小さな村があり、狩りを行い、星と共に暮らす人々の顔には笑顔が浮かんでいた。
そんな村の外れに位置する所に一軒の家が建っており、家からは今日もいつものように子供たちの声が響いていた。
「センセー、わかんない!」
「先生。ここがわかんない」
「…せんせい、おしえて」
ノーツウェル塾となぞり書きのような字で書かれたそこには勉強をするために3人の子供たちが集まっていた。
週に何回か村の子供たちを集めて勉強を教えるのではあるが、村の仕事があり、来ることができない子が多く、いるのはお馴染みの顔である。
中には読み書きを少し覚えると来なくなる子もおり、長く残っているのは今ここにいる3人と残りのあまり顔を出すことはない二人だけとなっている。
「先生、早く!」
「センセー、はやく! 俺のやる気があるうちに!」
「はいはい、とりあえずはミリスから見るから、ルカはやる気をできるだけ温存しておいてくれ」
子供たちに急かされ、メガネをした若い青年は苦い笑いを浮かべつつも丁寧に一人ずつ問題を教える。
「じゃ、最後はユリだね、どこがわからないのかな?」
「…ここ」
ユリと呼ばれた少女が指差した問題に教師であるハル・ノーツウェルは落ちかけたメガネを正し、的確にポイントを教えていく
「―――で、ここをこうするんだよ。あとは前に教えたのを使えばできるよ」
「…うん。わかった」
教えられた事を理解してすぐに問題を解いていく姿にハルは微笑みながらその姿を見つめる。
「センセー、次ここ」
「……ルカ、もう少し自分で考えてから聞くように」
「考えたよ……一秒は……」
言っていて自分でも恥ずかしかったのか語尾が弱弱しかったため、もう少し頑張れ。と言いたいのを飲み込みハルはルカと言う少年の問題をかみくだいて説明する。
「センセー! やっぱり外で体を動かしたい! 剣を教えてよ、剣!」
「分からないからって逃げるな。大体それは明日。今日は座学がいいって多数決で決まったんだから文句は言わない」
「ぶー、ケチ」
駄々をこねるルカを軽くあしらい、時計に目をやるハル
「おっと、もうこんな時間か。皆今日はここまで、キリのいいところで終わって」
夕日が丁度、差し込む時間となり。これ以上は村との約束があるので授業をハルは切り上げ、明日のことについて説明する。
「「「さようなら!」」」
「はい、さようなら」
説明も終え、生徒を見送ったハルは、先程まで生徒たちと勉強していた部屋で横になる。
――疲れた……。明日は朝から塾だから今日は早く寝ないと……ああ、でも、ひとつやることがあるか……。
体に鞭をうち立ち上がる。メガネを外して、部屋の壁に立てかけられた木剣を手に持ち外に向かう。
「ハル先生。遅いですよ」
そこには15~17歳ほどの少女が白くきめ細やかな長い髪を風に揺らしながら立っていた。
「悪い、悪い。塾の方が忙しくて……」
「私も塾の生徒の一員ですけど?」
「そうは言われてもお前と彼らを優遇も差別もできないからな。どうしてもと言うなら君があの時間に来ることだよ」
「……ハル先生って時々意地が悪いですよね? 私があの時間にあそこに行けないのを知っていて言っているんですから」
「うーん、人が悪いとはよく言われるけど、意地が悪いと言われたのは初めてだよ」
「それもっと質が悪いですよ?」
呆れた顔で少女はハルを見据え、いつの間にか握っていた真剣をハルに向ける。
「まぁ、私はハル先生の本性が知れたらいいので、別に構いません」
「本性って…」
――相変わらず、人聞きの悪い奴だな。
と思いながらも木剣を構える。
「じゃ、授業を始めるぞ。ベルベット」
「はい!」
そして二人は夕暮れ時の光を浴びながら授業を始めた。
これがとある教師の日常。
23歳独身にして、全てを救いたいと願いながらも救えないと理解させられた。青年の“それでも”と願う理想と少年少女の成長の物語。