ヴォイドマンの正体
灰色の弾幕が傾き始めた夕日の淡い色に染まり、空気中を舞う埃に照らされて光が降り注ぐようだった。無骨にむき出しになった鉄筋は骨組みだろうか。かつてビルだったと事を伺わせる形になっている。
通常であれば工事現場独特のコンクリートを砕く音や鉄筋を解体する際に発生する甲高い音、
そしてそれらの作業をこなう者たちの声が入り混じった大合唱が鳴り響いているはずだが、今はただ甲高い金属が鳴り響き時折ビル全体が大きく揺れるだけだ。
「スノードロップ、気を付けろ!」
信をはマントを翻して俺の肩を抱くとそのまま俺を力強く引き寄せた。
直後俺がいた場所にはコンクリート片が落下し、砕け散った。
「ありがとう。ん? どうした?」
俺は信を見上げて俺を言うとなぜだか気恥ずかしそうにそっぽを向く。
「あ、いやその。なんでもないんだ。」
そう言うと信はすばやく俺の肩から手を離して焦りながら言った。
急にどうしたんだろうか? 俺は疑問に首を傾げながら周囲に気を配り続ける。
シートに覆われている室内にも関わらず不自然に風の奔流と油断していると頭上から鉄くずやら鉄筋やらが落ちてくる。俺は軽やかにステップを踏んで避けながら言った。
「江莉は上みたいだね。」
信は静かに頷くのを確認すると俺たちは跳躍して静かに上層へと向かった。
鉄筋から鉄筋へ。時には崩れそうなコンクリートを足場にしながら上を目指す。
そしてようやく江莉とダークヒーローを視界に捉えた。
すると江莉は左腕で右腕を庇う様にしている。よく見れば右腕は力なく揺れている。
そしてわき腹からは多くの血が流れて地面に滴っていた。
対するダークヒーローは漆黒のスーツに多少の損傷はあるものの目だったダメージは負っていない。
勝利を確信したダークヒーローは"虚空を眺めながら"片手でたばこを燻らせ一息つている。
目尻やほうれい線がくっきりと現れ老いを感じさせる一方で動きはキレがあってまだまだ現役だと思わせる。
俺たちよりも年上でありながら若さと老いが両立した姿はカッコいいとさえ思う自分がいる。
「さぁ。これで終わりだ。小娘よ。お前の復讐とやらも所詮子供の戯言にすぎなかったな。」
「だまれ! お前に私の何がわかる。」
江莉が苦しそうに血を吐きながらも叫んだ。
「力なき信念になんの意味がある。弱き者は強き者に支配される。ただそれだけだ。お前もすぐに理解するだろう。」
一見すると片手がふさがったダークヒーローの方が不利だと思う。戦闘は手数が物を言う。それなのに片手を余計なもの《たばこ》で使ってしまうのは愚策以外のなにものでもない。
だがそれでも覆せないほどの力量の差が存在している時、この行動相手に対する最上級の侮辱になる。
"お前には片手で十分だ"とそう言っているようなものだった。
江莉の方を見れば歯を食いしばって力を失った右手を命一杯握りしめている。
どちらが優勢なのかは一目瞭然だった。
俺は一瞬のうちに信とアイコンタクトを取る。そしてそのままダークヒーローの背後から忍び寄り、自身の最大の力を込めて右ストレートを放った。
すると男は背後に"目でもあるかのように"俺の攻撃をかわそうと左に回転するように身体をねじった。
そして不意打ちにも関わらずダークヒーローは冷静沈着にたばこを投げ捨てながら俺に反撃を試みようとしている。
すかさず俺も相手の攻撃を封じるべく反対の手で再度攻撃を仕掛けた。
このタイミングなら俺の攻撃の方が早く相手に届く。
俺の攻撃は当たらなかった。そしてすぐに気が付いた。
しまった。フェイントか!
ダークヒーローはコマのように身体を反対方向に回転させると勢いをそのままに肘を俺の顔面に叩き込む。だが俺もそのまま受けるつもりはないので身体を回すように蹴りを入れた。
ん? 何かおかしい。あいつ《ダークヒーロー》は何をみているんだ?
視線が俺を見ているようでどこか別の所を見ているような気がしてならない。
だが一度放った技を途中で止めることもできずそのまま放つ。
回転蹴りというやつだ。この技ならば頭を低くすると共に攻撃を加えられるため、
相手の攻撃を避けてカウンターが可能となった。
「ぐあっ。」
脇腹からの蹴りを受けたダークヒーローは苦悶に表情を歪めたまま、吹き飛ぶとコンクリートの支柱にぶつかった。白いコンクリートの粉が舞い上がると男の姿を隠してしまう。
俺は警戒を怠らないように江莉の方を見ると信が介抱に向かっていた。
江莉は吐血を繰り返し、重傷だと遠目にも理解できた。
信も江莉程ではないがダメージを負っているため満足に動けないだろう。
現にここまでの移動も俺の方が早く移動できていた。普段であれば信の方が素早い動きをしていただろう。認めたくはないが女の子になった俺よりも身長差があり身体能力も信の方が上だ…… 。
そんな思案をしていると白い噴煙が突如形を乱した。何かが飛来してくることを察知した時にはすぐ目の前に鉄の棒があった。まずい直撃を避けようと左腕を犠牲にして回避を試みると、風圧によって鉄の棒は地面に乾いた音を立てて転がっていた。
直撃を覚悟した次の瞬間には何もなかったことに驚きを隠せないまま、背後に視線をやれば江莉が俺の方を指さしていた。真横を見れば信が立ち上がると参戦するぞと言いたげなようすで拳をバキバキと鳴らす。
俺は江莉が魔法で助けてくれたのだと理解し、次の行動に移した。
即座に白煙の中に突入し風圧で視界を確保する。それと同時にダークヒーローと対面すると右のストレートをお見舞いする。
男が回避の行動に移った事を確認した。次の瞬間、腕を引っ込めて左から蹴りを放った。
フェイントをかけることで相手の動揺をつく作戦のようだ。
相手は俺の攻撃を見きっている。かなりの強敵だと理解しているのでこちらも直線的な攻撃を避けることにした。
だが男は俺の蹴りを片腕で防御するとそのまま反対手ので反撃を試みる。
蹴りは強力だが隙がでかい。そこを狙われたようだ。
「そうか。君がスノードロップか。」
攻撃が当たる瞬間俺は両手で顔面を庇うと相手の攻撃を受けてそのまま吹き飛んだ。
ダークヒーローの呟く声が徐々に遠ざかりっていく。
あのダークヒーローはなぜ俺を知っている?
それとほぼ同時だっただろうか。雷鳴が轟きダークヒーローが青い光に包まれた。攻撃の直後の隙を狙った信の魔法である。
俺は腕の重い痛みに耐えながら腕の隙間からその状況を眺めていた。
そして地面に足を突き刺すように付けると転がりながら勢いを殺した。
そうでもしなければこのまま工事現場から吹き飛ばされてしまう可能性があった。
「うぅ。ぐ。」
一撃もらっただけなのに重い痛みが両腕に広がっていく。苦痛に声を漏らしてしまうが必死に口をつぐむ。声を上げれば相手はどの程度ダメージを受けたか悟られてしまうし、無駄に信や江莉を心配させてしまう。
ダークヒーローの方を見れば信が近接戦でぶつかり合っている。信が蹴りを入れれば相手がするりとかわして反撃に移る。殴りかかればこれまた避けられて信が攻撃されている。
観察して見れば信の攻撃は直線的なのだ。
振りかぶり殴る。ただそれだけだ。対魔物戦のような知性のない相手にはそれで十分だが対人戦ではそんな動きは見きられる。特に今回のような格上なら尚更だ。
「ダークナイト! 直線的な攻撃は読まれる。一度引け。」
そう叫びながら蹴り飛ばされた信と入れ替わるようにダークヒーローと相対する。
俺はわざと直線的に突進するとそのまま右ストレートをお見舞いする。
「"止まれ!"」
俺は魔法を発動し相手を制止する言葉を紡いだ。これでダークヒーローは動く事ができずにそのまま棒立ちになるはずだ。効果時間はどの程度かはわからない。だから最短距離で仕留める必要があった。
そのための直線的動きだった。
だが想像通りに現実はいかなかった。ダークヒーローは俺の攻撃をかわすとそのままそのまま外側から肘を叩いた。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ。」
俺は痛みに絶叫した。肘を逆方向から攻撃されればどうなるか。あり得ない方向に腕がひん曲がってしまった。その激痛は脳に直接棒を突っ込まれてかき混ぜられているようだった。
あまりの痛みに力なく跪く俺に対してダークヒーローは髪を力強く握りしめるとそのまま無理やり立ち上がらせるとそのまま持ちあげた。ぶちぶちと淡いピンクの髪が抜ける音が聞こえる。
「お前には排除命令が出ている。恨みはないがここで死んでもらう。」
ダークヒーローが左手を上げると背後から鉄の棒が浮き上がる。
この男の能力は鉄を操る能力だ。その力で急所に鉄塊を放たれれば命はないだろう。
死ぬ―――――――――――
そう思った次の瞬間だった。
「桂に何するんだああああああああああああああああああああああああああああ。」
信が横からダークヒーローを狙って殴りかかる。だが直線的な攻撃は重心の移動だけで躱されてしまう。
俺は信がくれた隙をついて蹴りを入れようとするが宙に浮いた状態では満足に力がでず防がれた。
ダークヒーローは俺たちを馬鹿にするように笑うとドスを利かせた声で言った。
「無駄なあがきだ。お前たちがどうあがこうがコイツは死ぬ。」
「その子は絶対に守るわ。」
江莉は巫女服の白い部分が赤く染まりこれ以上の無理は命に関わる状況でも気丈に両の足を地面につき刺すと言った。
その左手には矛鈴を振り下ろされる瞬間だった。
そしてソレは起こった。ダークヒーローは何を馬鹿なことをと思ったのだろう。江莉の言葉気にせず俺に鉄の槍を放った。だが男の顔は呆れた様子からすぐに一変した。しわくちゃな顔を余計に歪めて飛びのいたのだ。
「ぐああああああああああああああああああああああああああああ。貴様あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」」
何が起きたのかわからないがダークヒーローの右腕が肘から無くなっていた。
俺はダークヒーローの腕と一緒に落下する。
男の怒りと痛みの絶叫を耳にしながら俺の脇腹を鉄の棒が掠めていった。
腕の痛みに感覚が麻痺しているのか。痛みを感じなかったがわき腹が熱くなるのは感じていた。
両の足に力が入らずそのまま崩れ落ちるとすかさず信がダークヒーローに追撃を加える。
「よくも! よくもやってくれたな!」
信が鬼のような形相で連撃を加える。攻撃の度に甲高い音が鳴り響いている。
直線的な攻撃は軽く避けられてしまうが、なぜかダークヒーローは徐々に疲弊しているようだった。よく見れば信が殴った後には雷撃が残っている。雷を拳に纏って戦っているのか?
しかもダークヒーローは江莉が放った一撃で片腕を失い出血している。
このまま戦えば勝てるそう思った。その時だった。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお。」
急にダークヒーローが雄叫びをあげると衝撃波が走り信が少し吹き飛んだ。
すると男の身体に黒い紋様が浮き上がり紋様は赤く発行を始めた。
腕からの出血もなぜか止まり瞳は紅蓮に染まる。
男の周囲からはヴォイドマンのような黒い邪悪な煙のようなものが立っている。
「ぐぅ。まだだ。まだ早い。話が違うぞ。いやだ。いやだぁ。」
ダンディな男が急に子供のように恐怖に怯えて駄々をこねるように叫んだ。
その間にも男の身体は黒くなり紋様の赤が強く発光し、最後には黒に包まれていった。
その姿はヴォイドマンそのものだった。
「なっ!? 人がヴォイドマンになった? やっぱりアレは人間だったのか。」
信は驚きに後ずさりながら言った。かつて隣町で倒したヴォイドマンがまるで人間のような動きをした。
その時にヴォイドマンは人間なのではという問いが生まれたが、その答えを今まさに見てしまったようだ。
意識が薄れゆく中、俺はこの状況に焦りを覚えた。
心優し信のことだ。人間は殺せないと躊躇うことだろう。だが相手は理性を失った敵なんだ。
もしかしたら元に戻せるかもしれないが、戻ったとしても俺たちの敵に変わりない。
俺たちはほとんどが重傷を負っている。時間が経てばおそらく死ぬだろう。特に江莉が心配だ。
さっきの攻撃は最後の力を振り絞ったようだった。その最後の力が命まで燃やしているとも限らない。
幸俺は痛みをもう感じていない。徐々に体温が抜けていくのは感じるがたぶん大丈夫だ。
だがここで信が迷えばそこで俺たちは全員死ぬ。現状戦えるのは信だけなのだから。
だから一ミリの躊躇いなく倒さなければならない。それが信にできるか不安だった。
おかしいな。瞼が重い。それにすごい怖いんだ。目を閉じちゃいけない気がする。
なんで寒いんだろう。見届けないきゃいけないのに。
俺は外界の音が静かになるのを感じながら意識の海に身を落としていった。
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次回更新は1月下旬更新予定。