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無色の白花と聖なる黒騎士  作者: 古川一樹
7/11

不協和音

精霊から魔法少女になるリスクを告げられてから数日が経った。

魔法少女の力を手に入れてから非日常な出来事が色々あったが、この数日は別の意味でいつもと違った。まず黒谷と俺は協力して毎日図書館に通っては"あの事件"を追っている。


協力者が増えたのはうれしい事だが、一方で信との仲は微妙な距離感のままだった。

あれ以来まともに話すことはなく一言二言事務的な会話をしたぐらいだ。


あいつ《信》とこんな喧嘩をしたのはいつ以来だろうか。確かに幼い頃はよく喧嘩をした。その度に信のお母さんが仲裁に入ってくれた。でも大きくなるにつれてそうそう揉めるような事は起きなかった。


だからこそだろうか? どうすれば信との仲を戻せるのかわからない。

子供の喧嘩と違って善悪を決めてくれる大人もいなければ、どちらか一方が悪い事をしたわけでもない。

むしろ両者ともに正しい事をしていると思う。正しい故に落としどころがない。


「おい! 桂。見てくれよ。この写真を!」


ある日の昼休みを告げるチャイムと共に今にも舞い上がりそうな程嬉しそうな表情で国武が手帳を片手に近づいてきた。

口元はニタリと笑みを浮かべてクネクネと身体をくねらせながら迫ってくる姿に言葉が詰まる。


「どうしたの? そんなに興奮して。」


ようやく紡ぎだした言葉に真横に座る黒谷が嫌悪感を露わに辛辣に言った。


「桂。そうい時は正直に言った方がいいわよ。気持ち悪いって。」


「ちょっとぉ! 言うに事欠いてひどすぎやしませんか!?

でも美女に言われるのは少し嬉しいっす。」


冗談でお道化ているのか思ったが国武の表情を見て悟る。こいつMな属性でもあったのか。黒谷からなじられて嬉しそうに頬を染めている。ごめんよ。国武。さすがに同性でもキモイわ…… 。


「てか桂! いつから黒谷と親しくなったんだよ。ここ最近いっつも飯食ってんじゃん。しかも呼び方も下の名前だし。」


国武が目ざとく黒谷と俺の関係を追及してきた。こいつからそんな話題が出るのも予想外だったがそれ以上に俺は驚いていた。それは黒谷が俺の下の名前を呼んだことだ。まさか急に呼ばれるとは思わずドキッとした。


「ちょっとな。共通の目的があって意気投合したんだよ。」


俺が正直にそう答えると国武は首を傾げてクエスチョンマークを頭上に浮かべている。

これ以上追及されるの困るので話題を変えようと考えていると真横から視線を感じた。

横を向けば黒谷が伏し目がちにこちらを見てしおらしく言った。


「あれ? 馴れ馴れしかった。ごめん。」


「いや気にしてないよ。黒谷が呼びやすいように呼んでくれればいいよ。」


「そっか。ありがと。私も江莉でいいんだよ?」


「えっ? いや遠慮しとくよ。」


女の子を名前で呼ぶなんて恥ずかしいじゃないか。まるで彼女みたいだし、ついこの間まで女の子と話すことすらなかった人間からすると踏み入れられない一線だった。


「なんで? やっぱり私の事嫌い?」


俺の思いが通じるわけもなく親しい呼称で呼ぶことを拒否したことで黒谷が勘違いしたようだ。

仕方なく自尊心がじくりと傷むのを感じながら俺はありのままを伝えた。


「そんな風には思ってないよ。ただ女の子の名前を呼ぶなんて、はっ恥ずかしいじゃないか。」


顔が熱い。きっと今俺の顔を見たらゆでだこのように赤いのだろう。


「嫌じゃないなら呼んでよ。ほら?」


退路が断たれた気持ちだった。確かに黒谷のことは嫌いじゃない。色々あったけど勘違いだったわけだし相手も謝罪してくれた。だから黒谷に対して何か思うことはない。ただのクラスメイトだ。

でも、いやだからこそだろうか。ただ下の名前で呼ぶだけ。なんてことはない。ただそれを阻むのは俺のちっぽけな羞恥心だった。ええい、俺も男だ言ってやるさ。


「え、えり。」


「ふふ。可愛い。冗談よ。私も好きに呼んでいいよ。」


黒谷。いや江莉がお腹を抱えて笑い出す。

純情な男子をからかわないで頂きたい。すごく緊張したんだぞ。いいようにからかわれたままなのは癪なので下の名前で呼ぼうと心に決めて言った。


「からかったのかよ! 俺は江莉が本当に落ち込んでるのかと思ってがんばったんだぞ!」


俺がそう叫ぶと背後から国武が恨めしそうに睨みつけてながら言った。


「俺の目の前でリア充トークを繰り広げやがって。嫌味か。嫌がらせですか!

って、そんなことはどうでもいいんだよ。それよりこれを見てくれ!」


右手に持っていた手帳を俺に手渡してくる。

黒谷も興味を持った様子で俺の身体にくっつくギリギリの距離感で覗いてくる。

ちょっと黒谷の顔が近くて俺はドキドキしながら国武から受け取った手帳を静かに開いた。


「うわぁ! ちょっと待ったあああああああああああああああああああああああああああ。」


気が付くと俺の手から手帳が消えていた。前方の国武を見れば手帳目がけて地面にダイブすると両手を伸ばしてソレをキャッチした。

コンクリートの地面に顔面をぶつけて鈍い音が教室に広がった。


「ふぅ。ギリギリだったぜ。おい、黒谷俺の家宝になんてことをしてくれるんだ!」


黒谷の方を見れば顔を赤く染めて何かを全力で投擲した態勢だった。


「変態! 」


「違うわ! 節度は持って趣味に生きる紳士さ!」


胸を張って言い直すが黒谷がプルプルと震えながら叫んだ。


「女の子の下着ばっかり映ってるただのエロ本じゃない。しかも幼女ばっかり。」


教室内の空気が一気に氷点下になり国武に向けられる視線が鋭いものになっていた。

特に女子は汚物を見るような目でひそひそと話している。


「これを見てみろ。魔法少女が戦う凛とした姿が映ってるだろ。なぁ桂もそう思うだろ?」


手帳をめくりながら俺に火中の写真たちを見せてくる。ペラペラとページが移り変わる。そこには先日の隣町で爆発事故の様子と共に数人の魔法少女が映し出されていた。黒谷が変身した姿ももちろん映されていたが特にスノードロップが多い。何かの嫌がらせだろうか。


しかも構図に悪意しか感じない。例えば段差を飛び降りる瞬間や走り抜ける場面。瓦礫を撤去するために腕を大きく動かしているシーンが多く撮影されている。


改めて見ると俺はこの時腕の服を止血用の布にするために千切っていた。大きく腕を動かすと脇のあたりから下着が見えていた。そういうシーンを狙っていたと嫌でも理解できる。俺はため息をつくように言った。


「ああ、お前は変態だわ。」


望まぬ姿だとしてもヒラヒラの服を着た自分が純白の下着をチラチラ見せながら動き回る姿。そんな写真を見せれれば、心の中は羞恥心でいっぱいになって男の自尊心音を立てて崩れ落ちる。


「おい、桂はこっち側の人間だろ。この裏切り者め。」


俺はいつからお前と同類になったのだろうか。そんな振る舞いは俺の過去に存在しないはずだ。

そう考えていると黒谷が国武に聞こえないように耳打ちしてきた。


「桂! あなたもあなたよ。無防備にもほどがあるわ! 私の可愛い愛美の姿をしているのだから変身中くらい気を付けないさい。」


そう言われてもどう気を付ければいいんだろうか。


=============================================================================


「今日の放課後。暇?」


そう黒谷から問いかけられた。ここ最近は黒谷と"神崎ビル崩落事故"を調べていた。

今日もその件だと思いすぐに快諾した。


「今日は事故現場に行って、桂。あなたの口から"あの時"のことを聞きたいわ。」


愛美ちゃんが亡くなった事件。その事件の当事者の一人である俺と共に現場《神崎ビル》に向かい、状況を聞きたいらしい。確かに意味はあると思う。あの時はまだ力を持っていない一般人だった。突然のダークヒーローの登場でパニックになっていた部分もある。冷静に現場を見てみれば新たな発見があるかもしれない。


俺と江莉は学校を出るとそのまま神崎ビルまで向かった。

今日も信とうまく話すことができなかった。仲直りするのは時間がかかりそうだ。

少し落ち込みながら歩いていると俺の心を見透かすように江莉が言った。


「信君とまだ仲直りできてないの?」


「うん。信の言ってることも正しいし、俺も愛美ちゃんから託された力を手放せないし。本当にどうしたらいいんだろう…… 。」


「そういえばどういう経緯で愛美から力を譲り受けたの?」


「話してなかったっけ?」


江莉が小さく頷く。俺は神崎ビルでダークヒーローに襲われ愛美ちゃんことスノードロップに助けれたこと。そして戦いの中で愛美ちゃんが重傷を負ってしまった。このままでは全員生き残れないと悟った彼女は俺に力を託した。


そして俺と信はあの事件は何か裏があると確信し、調査していることを伝えた。

江莉もどうやら俺たちと同じように思っていたらしく特に驚いた様子はなかった。


「そっか。愛美の意志を引き継いでくれてありがとう。でもこれだけは言わせて桂があの子のために犠牲になる必要はないんだよ。」


江莉が立ち止まると笑みを浮かべてやさしく俺を見つめて言った。

それは暗に俺はここまででだと言われているような気がした。だがここで引きさがるくらいなら信と喧嘩なんてしていない。


「俺、嫌いなんだ。一度決めたことを途中で投げ出すなんて。」


「意外。二人とも意地っ張りなんだね。桂の覚悟はわかったわ。もうこの話聞かない。行くわよ。」


黒谷が駆け出したので俺も後を追う。

後悔するつもりはない。俺の心が。魂が愛美ちゃん《スノードロップ》と共に進めてと告げている。だから俺はその直感に従うだけだ。


神崎ビルまで着くと工事現場の灰色の幕に覆われて安産第一の看板が立てかけれている。薄い膜の隙間から中を除けば骨組みは解体され今やかつての面影すらない。


「やっぱりおかしいわね。」


江莉がそう呟いた。事件から数週間しか立っていない。死人が出た事件なんだ。実況見分から調査で現場の保存に最低でも一か月以上かかるはずだ。なのにもう取り壊しの工事が始まっている。進捗具合からして最近始めたわけではなさそうだ。


「取り壊しが決まるのが早すぎるね。」


「そうね。それに見てこの工事を推し進めているのは新エネルギー開発機構みたいね。」


江莉がスマホの画面を見せてくる。そこには新エネルギー開発機構《New Energy Development》の文字があった。通称NED。


新エネルギーの研究を進めている団体で国からは独立しているものの民間には任せられないような業務を行う組織である。つまりは独立行政法人だ。


「ここに研究所でもあったのか?」


「いいえ、ただの社宅らしいわ。でも見て。」


グー○ルマップで建物の外観の写真を見てみると、とても社宅とは思えない光景だった。

玄関にはスーツを着たサラリーマンが出入りし、1階には受付の人間がいるようだ。

ここまではNEDの社員が帰宅し、1階には寮母さんがいると考えることもできる。


「ん? なんか変だな。」


だが2階より上の階の窓を見ればその考えを改めざるおえない。

なぜなら広々としたフロアにデスクが点在し、パソコンに向かって仕事をするサラリーマンの姿が映っていた。

不自然としか言いようがなかった。表向きは社宅と言っているが実際はどう見ても会社があったようにしか見えないのだ。何かあると言っているようなものだった。


「でしょう? 何かあるわよ。ここ。何か後ろめたいことがあるから早く証拠を隠したいってところかしら?」


事件の現場を早々に壊してしまいたい理由。そんなものはそうそう思いつかない。そう黒い理由以外には。


「何かあるのは間違いないだろうね。でもどうする? 俺たちはこれ以上何もできないよ。」


「何言ってるの? 侵入するに決まってるじゃない。」


「いやいや。さも当然のごとく犯罪行為をするんじゃないよ。」


「見つからなけれな問題ないわ。」


いやいや、見つからなくても問題だからね。その理論だとバレなきゃなにやってもいいことになりますよ。それに絶対見つかるに決まっている。工事現場にはパッと見るだけで20人は軽くいる。そんな俺の心のツッコミを見透かすように江莉が言った。


「なんのための力よ。こういう時に使わないでいつ使うのよ。」


携帯ストラップを左右に揺らしながら俺に見せる。

そして人目がない場所へ向かっていく。俺はヒーローの力を私的に利用していいのかよと思いながら代替案も思いつかないので江莉の後を追った。


裏路地まで移動すると江莉の身体を淡い光が覆い、いつか見た魔法少女の姿になっていた。薄い金髪を風になびかせ赤と白を基調とした巫女服を身に纏っている。


「桂。あなたはここで待ってて。私が偵察してくるから。」


「いや俺も行くよ。」


女の子一人で危ない場所に行かせるなんて真似できるわけがない。

すると江莉が呆れた様子でピシっと指を指して言った。


「忘れたの? 次変身したらどうなるかわからないのよ? ここぞという時まで取っておきなさい。」


べ、べつに忘れてなんかいないよ。本当だよ!

反論しようと思った。その時だった。工事現場から人が駆け出して行った。それも一人二人ではなく大勢の作業員が早く外に出ようと押しかけているようだった。


「ん? なんか工事現場から人が出てきたぞ。」


「そうね。休憩なのかしら。」


急な状況の変化に理解が追いつかず首を傾げる。とりあえずは状況を把握しようと工事現場まで歩きながら言った。


「時間的には仕事終わりじゃない? にしてもみんな慌ててるな。」


「何かあったのね。チャンスね。混乱に乗じて警備の薄い所を突きましょう。」


ニヤリと不敵な笑みを浮かべて江莉が言った。今日の江利さんは犯罪者のようなセリフしか言ってないよ。


「桂。ちょっと見てくるからここで待ってて。」


そう言うと江莉は駆け出して言った。



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最後まで御覧いただきありがとうございます。

よろしけば次回もお読みいただければと思います。


次回更新は年内に1話更新予定。

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