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無色の白花と聖なる黒騎士  作者: 古川一樹
6/11

スノードロップになるということ

静寂な図書館中でその雰囲気に似合わない大きな音を立てて黒谷は倒れた。俺は彼女を支えながら気が動転していた。ついさっきまでは元気いっぱいで毒づいていたのに、突然おかしな言動と共に崩れ落ちたのだ。


まずは救命処置をするべきか? それとも救急車か?

次の行動が頭がパンクする程浮ぶのに足に根が生えたように張り付いて動けない。

すると事態を察した信が駆け寄ってきて言った。


「おい、どうした?」


「黒谷が倒れた。きゅっ、きゅうしゃ! 呼んで。」


"その必要はないですわ! どこか人気のない所に連れていってほしいのですわ!"


焦りから声がひっくり返って間抜けな声を上げるのとほぼ同時に頭に誰かの声が響き渡る。

あまりに非日常的な状況が同時に起こり俺の頭はパニックだった。ただ唖然としてまじまじと信を見つめる。どうやら信の方も目を見開いて驚いていた。だが信はすぐにハッとなって落ち着きを取り戻した。

その表情からこの声の主に心当たりがあるのだろうと想像できた。


「桂、今のは前に話した精霊の声だ。精霊から指示があるってことはもしかしたら黒谷は魔法でこうなったのかもしれないな。」


精霊という言葉にいつの日かの信の説明が蘇る。確か精霊からヒーローの説明や力を与えられるとかだったはず。


「じゃあ、今はとりあえず精霊の言う通りにする?」


幸なことに近くには俺たちしかおらず、黒谷が倒れたことはこのまま静かにしていれば誰にも気づかれないだろう。


「ああ、それがいいと思う。」


信が頷きながらそう言うと俺の腕から黒谷を回収してそのまま背負った。

おんぶする形となりそのまま何事もなかったように図書館を後にした。


そして図書館から一番近いという理由で俺の自室へやってきた。

玄関を開ければいつも通りのこじんまりとした部屋が映り、そして和室の独特の香りが立ち込めている。

俺は近場にあった座布団を数枚引く。信は黒谷をその上へゆっくりとおろして何もない空間に向かって言った。


「おい、シルフィいるんだろう。」


「ぽんぽかぽーん。シルフィだよ! やぁ久しぶりだね。信くん。」


陽気な口調で突如虚空から真っ白の毛並みにまんまるフォルムの生物が出現した。

頭に小さな耳とお尻に尻尾が渦を巻いている。

その姿は、そう豚のようだった。


「ぶ、ぶたぁ!?」


「豚じゃないのん! うさぎだのん!!」


どう頑張ってみても豚にしか見えない。

それが俺の第一印象だった。


「ちょっと君失礼だのん。これでも立派なうさぎなんだのん。」


おっと声が出ていたようだ。

おそらく目の前のぶたうさぎが精霊と呼ばれる存在なのだろう。

俺の勝手な想像だがこういうヒーローのマスコットキャラってもっと可愛らしいものじゃないのだろうか。全然ブサイクなんですけど。


「さっきの念話の件だが何の用だ? なぜ俺たちを人気のない所まで誘導した?」


「それは江莉ちゃんが魔法で幻覚を見せられてただけだからのん。病院に行っても健康体だから意味ないのん。」


幻覚を見ていたのか。確かに倒れる前の黒谷の行動はおかしかった。俺を見ているようで別の誰かに語りかけているようだった。

そんな事を考えていると背後からのっそりと気怠そうに黒谷が起き上がると言った。


「まほう? 私がいつ? どこで?」


黒谷は驚きと怒り半分で聞き返す。


「真っ白な女の子と戦ったときのん。」


真っ白な女の子? 誰のことを言っているのだろう。

そもそも黒谷が誰かと戦った? それってつまりコイツもヒーローなのか?

疑問がぐるぐると頭に渦を巻いて俺の思考を鈍らせる。


「くそっ。あの女。よくも私にあんな幻覚を見せてくれたな。」


黒谷は恨めしそうに口調で強く拳を握り締める。その手には少し血がにじんでいた。


「幻といっても魂を見せたっていうのが正確のん。」


「魂だと。じゃあ何か。愛美の魂は佐藤の魂にあるってことか?」


デブうさぎの話を馬鹿馬鹿しいと鼻で笑って一蹴する。


「そうだのん。正確には愛美ちゃんの魂に桂くんの魂がのまれ始めているのん。だから今日は直接僕がきたのん。」


「どういことだ!」


唐突な話に信が語気を荒げて言った。

俺も自分に話題が移るとは思っていなかったので目をパチクリさせて呆然としている。

するとデブうさぎが俺の方をじっと見つめて言った。


「スノードロップ。いや桂くん。君は愛美ちゃんから力を譲り受けたんだね。本来ならそんな事はあり得ない。なぜならヒーローの力はそれぞれの魂と直接契約しているからのん。だから他人の変身具をもらっても変身できないのん。でも君はできた。」


ヒーローは魂で契約しているとか。変身するときに使っていた腕輪が変身具という名だったのかとか。色々な情報が一気になだれ込む。最後に頭に過ったのは"力の譲渡が基本的にはできない"という事実だった。ならどうして俺は力を譲り受けることができたのだろうか?

俺の疑問を見透かしようにデブうさぎが答えた。


「原因は僕もわからない。魂の質が似ていたのか。たまたま共通する強い想いがあって受け取れたのか。ただ一つ言えるのは桂くんは愛美ちゃんから力と一緒に彼女の魂も受け継いでいるのん。だからあと数回変身したらどうなるかわからないのん。命の危険もあるかもしれない。だから忠告にきたのん。」


「忠告?」


思わず聞き返した。自分がイレギュラーな存在なのは理解できた。でも力を譲り受けた事にリスクがあるとは思わなかった。魔法という摩訶不思議な力を授ける精霊という存在に、死ぬかもしれない可能性を提示され俺は驚きと恐怖に心を染めあげられていく。

覚悟を決めてヒーローになったつもりだ。でもそれは命をかける程強いものではなかったようだ。


「そうだのん。今ならまだ間に合う。ヒーローの力を僕に返すのん。本当は強制的に君の力を回収したいけど、今その力の所有権は桂くんのものだ。だから君の意思で力を返してもらわないと僕には何もできないのん。」


ヒーローの力を精霊に返せば俺は助かるらしい。まるで雲の切れ間から光がさすような思いだった。


「いやだ。」


小さく口を紡いだのは俺の意思とは別の言葉だった。

それを聞いた信が諭すように言った。


「桂。精霊の言う通りだったら死ぬかもしれないんだぞ? 元々他人から譲り受けたヒーローの力なんだ。返した方がいいよ。命より大切なものなんてないんだから。」


確かにその通りだと思った。それに変身すると女の子になってしまう力だ。無くなって困ることはない。元々俺はただの一般人だ。力がないのが当たり前。そう考えると胸を深く抉られたような感覚に襲われた。


「でもいやなんだ。ここでこの力を手放しちゃいけない気がする。」


「そのなんとなくの気持ちで死んでもいいのかよ!? 俺は嫌だよ。お前が死ぬのなんて見たくない。」


悲痛な表情で俺を説得する。

信は幼くして母親を亡くしている。だから自分に近しい人が亡くなるかもしれないという事実に人一倍思う所があるのだとわかる。


「信くんの言う通りだよ。愛美ちゃんの力を返してくれれば桂くんには新しい力をあげるから。君は何も失うものはないのん。」


デブうさぎが信に賛同して言った。

俺は他人から貰ったヒーローの力ではなく自分だけの力を手に入れることができる。そうすれば信と一緒にヒーローの活動をすることもできる。もちろん命の危険もなくなる。メリットしかない選択肢だ。

自然と口が開いて言葉を発しようとしたその時だった。


"私を受け継いでくれるんじゃなかったの?"


頭の中に声が聞こえた。聞きなれた女の子の声だ。そう、あの日。力を譲り受けた時に聞いた少女の声だった。その問いかけに心が大きく揺さぶられる。そうだ力をもらう時に約束したんだ。彼女の意思を受け継ぐって。その意思はこんなに軟弱なものだったのか。彼女は命をかけて守ってくれたんだぞ? それを引き継ぐと言ったのに俺は命をかける覚悟もない? それでいいのか?


「信、ごめん。でも本物のスノードロップは命をかけて俺たちを守ってくれた。彼女から力をもらう時に約束したんだ。彼女の意思を継ぐと。」


「その子はやむ終えない状況で自分を犠牲にしてお前を助けたかもしれない。でも桂。お前の行動は自分から破滅の道に進んでいるだけだ。」


信は語気を強めて俺を言いくるめようとした。親友はただひとえに俺の身を案じている。とても嬉しく思う。その一方で信の想いと逆の道を進もうとする自身の決断に胸が痛むのを感じる。


「それでも俺はこの信念を変えられないよ。進むと決めた道を進もうと思う。それに最悪死ぬかもしれない。でもまだどうなるかわからないだろ?」


どうか俺の進む道に共感してくれないだろうか。そんな淡い期待を込めて強張る表情筋を動かして必死に笑みを浮かべて言った。

確証がなかったので言葉にはしなかったが俺はある疑念を抱いている。

目の前のデブうさぎの話が少しきな臭い気がするのだ。まるで俺がこの力を手放すよう誘導しているような気さえしてくる。


「桂の馬鹿野郎。なんで自殺するような道を選ぶんだよ! 」


だが信に俺の想いは届かず彼は行き場のない怒りに身を震わせてドカドカと音を立てながら出て行った。


「桂くんの覚悟はわかったのん。なら僕からは何も言わない。でも気が変わった呼んでね。"シルフィ"と呼べばいつでも来るのん。」


そう言うと豚うさぎはその場から消えた。

後に残された俺はただ立ち尽くしていた。自身の決断に悔いはない。だがその決断のせいで親友を失ってしまったかもしれない。俺は信が去ったドアを無心で見つめていた。


「ねぇ、ねぇってば。佐藤!」


身体を揺すられていると気が付き俺が振り返ると黒髪の少女がそこにいた。


「えっ、な、なに。黒谷。」


俺は慌てて答えると黒谷はもじもじと恥ずかしそうに見つめてか細い声で言った。


「あ、あのっ。ごめん。」


言葉は聞こえた。だがこれまでの黒谷の印象から怒りっぽくて暴力的な印象が強く、か弱い印象で謝れた今の状況を頭が理解できなかった。失礼だと思いながら聞きなおしてしまう。


「えっ!? なんて言ったの?」


顔をうっすらと紅潮させて上目遣いで黒谷が口早に言った。

その姿は可憐な少女そのものだった。


「聞こえたでしょ! ごめんなさいって言ったの!! 私あなたのことダークヒーローと思ってひどいことしたでしょ? これで許されるとは思ってないけど、せめて気持ちだけでも伝えておこうって。」


精霊との話で俺が愛美ちゃんからヒーローの力を譲り受けた事をようやく理解したようだ。精霊の言葉はそれだけ信用できる情報のようだ。


「別にもう気にしてないよ。誤解が解けたなら何よりだ。」


「えっ。いいの?」


意外そうに驚きの声を上げて聞き返す。


「ああ、それより愛美ちゃん? 本物のスノードロップの死について調べてるんでしょ?

俺たち…… 。 俺も調べてるんだ。協力しない?」


信は今後協力してくれるかどうかわからないから言い淀んだ。でも一つ確かに言えるのは協力者は多いに越したことがないというこだ。



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最後まで御覧いただきありがとうございます。

よろしけば次回もお読みいただければと思います。


# 更新頻度は遅めです。


次回更新は12月中までには更新予定。

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