真実を追うものたち
「おい、おいってば。」
スピーカーから6限目の終了を告げるチャイムが鳴り、静寂な教室が一瞬で騒がしくなる。
信は、いの一番でクラスメイトでヒーローオタクの国武の元へ向かうと、机に抱きついて舟を漕ぐ男の身体を揺すった。俺は信の横で国武が目を覚ますのを待ったが一向に起きる気配がない。
痺れを切らした信が国武の顔を持ち上げて無理やり身体を起こさせてみるが何事もなかったようにスヤスヤと深い眠りについている。その姿にため息を漏らして言った。
「こりゃ駄目だな。いつにも増して馬鹿面だ。」
普段であれば天然パーマの黒髪が唯一の特徴でその他は至って平凡な奴だが今日は口の端には涎が垂れて渇いた跡があり表情筋が弛んで口を開けている。
「こういう時はケツにネギ入れるんだっけ?」
「いやそれは風邪ひいたときじゃないか?」
「あっ、そっかー。」
「ちょっと!! "あっ、そっかー。"じゃないよ。ソレネギじゃないし鉛筆だから。そんなもん刺したら肛門が大惨事だよ!?」
ガバッと起き上がると尻を両手で守りながら国武は俺たちに猛抗議する。
「おっ、やっぱり聞いてたのか。」
「人が気持ちよく居眠りしてたのにひどい言われようだぜ…… 。」
俺たちが本当に寝ているのか顔を持ち上げて確認したあたりで起きていたような気がする。なぜなら時折耳がピクピクと動いていたからだ。俺と信はコイツ寝たふりしてるんじゃないか? と疑いながらわざと国武の近くで話し込んでいた。
「狸寝入りしてるからだろ。それより相談があるんだが。」
「それは謝るよ。ちょっと将来の事考えてて集中してたんだ。悪いが今は誰かと話す気分じゃない。別を当たってくれ。」
いつもの国武らしくない心ここに非ずで虚空を焦点の合わない視線を泳がせる。
「お前が将来のこと考えてたのか。てっきり自宅警備員になるのかと。」
その姿に信がポロッと口走りすぐに口を押えて気まずそうにそっぽを向いた。
一方の国武はそんな言葉など右から左へと流れていたようで平然としている。
「いやそれもありなんだけど。それよりも僕、気が付いたんだよ。僕ってさヒーロー好きじゃん。」
「うん、知ってる。」
国武の問いかけに俺たちは揃ってそう答えた。
てか話したくない気分じゃなかったのか! と言いたくなるくらいの鳥頭で自分語りを始める国武。
ある意味ではいつも通りでホッとするような自己中な態度でうざいような…… 。
「特に魔法少女が好きなわけよ。可愛い女の子たちが力を合わせて悪を倒す。その姿、その心はとても美しいものだろ!? そんな魔法少女の情報をただ集めてきたがふと思ったんだよ。魔法少女なら誰でもいいのかって?」
「誰でもいいんでしょ?」
あきれた気持ちが思わず口を滑らせる。前に見せてもらった国武のノートには事細かく魔法少女の情報がまとめられており、だれか一人の魔法少女が好きというよりは魔法少女という存在が好きだという印象だった。
「違うわ!!! 昨日隣町で爆発事故があったのは知ってるか? 僕、あの現場にいたんだよ。信じられないかもしれないが、初めて生の魔法少女見たんだ。僕はその魔法少女に助けられたんだがその子がすごく可憐でね。一人の魔法少女を一途に追うべきなんじゃないかって。そう思ったんだ。」
隣町っていうと昨日俺たちがヴォイドマンと戦ったところか。俺たち以外にもヒーローがいたんだな。
「へぇー、そうなんだ。まぁ一途に何かを想うのは魔法少女と同じだね。」
一方は正義のためという高貴な想いで、もう一方はただのストーカー的な感情な気がする。今更遅い気もしつつ、頼み事をする予定なのでご機嫌を取って話を合わせてみる。
「その子。まだ小さいのにすごくかわいくてね。まるで大人みたいに冷静で的確な判断もできるんだ。大勢の被災者を指示して誘導したんだ。時にはすごい力で瓦礫をどかしたり救助者のために自分の服を破いて止血に使ったりさ。」
いいヒーローもいるんだよな。昨日みたいな鬼みたいなヒーローにはもう会いたくないぜ。思いだすと腹のあたりがじくじくと痛い。それになんでだろう? いい話を聞いてるのに背中がぞわぞわする。
「大人みたいな判断力を持ってるけどやっぱり所々年相応で無防備なんだよね。昨日なんて綺麗な髪にふわふわのドレスをヒラヒラ揺らして、時おり中の白いものまで見えて…… 。 ハァハァ、今でも鮮明に思いだせるよ。ハァハァ。」
ん? 何かが引っかかるんだよな。その特徴を持った人物に心当たりがある気がする。答えは喉元まで出かかっているのに答えを知りたくないというか、わかりたくない。
そんな考えが頭を駆け巡り放心していると信が言った。
「ちょっと落ち着けっていつも以上に気持ち悪いぞ。」
「さっきから思うけど二人とも僕の扱い雑じゃない。」
国武が腕を組んで不貞腐れ始めたのを尻目に考え込む。
よくよく考えてみれば今の国武の情報だけでヒーローを特定するなんて無理だ。綺麗な髪に救助活動をしたヒーローなんていっぱいいるだろう。そうだよな、うんそうだとも。
頭の中で水面に波紋が広がるように浮かび上がった答えを無理やり振り払うと言った。
「そ、そんなことないよー。それよりその魔法少女だっけ? そんなに幼いの?」
「ああ、小学生くらいだな。あれは。」
ほら、きた。俺の変身時の姿は小学校低学年くらいだし、場合によっては幼稚園児に見えてもおかしくないと思う。国武の小学生という範囲ではないはずだ。うん。
国武はいやらしい事を考えてますと顔に書いてあるような同性でも嫌悪感を抱くような表情で固まっている。
見かねた信が社会の一般通念から逸脱してしまった友人を救うべく世間の道理を説く。
「お前そんな小さい子のパンツみて興奮すんなよ。」
だが紳士の道を貫く男の意志は固く、更生させることはできなかったようだ。
「おまっ、幼女のパンツだぞ!? 興奮するに決まってるだろ!!!!!」
「その子も小さいから気にしてないだけで知ったら傷つくぞ。ちなみに好奇心なんだが名前は知ってるのか?」
「なんだよ。お前も仲間じゃねーか。その子はスノードロップと名乗ってたよ。」
その瞬間俺の時間は止まった。
世界は凍てつき冷たくなる自分の身体を両腕で抱きしめるようにして、ひとしきりその寒さに震えている。また一人、俺の変身後の姿を知る者が増えてしまった。その事実が俺にはとてもショッキングだった。
憂鬱で絶望的な気分に舌が硬ばり、口を開くことができない。
「おーい。大丈夫かー。」
ようやく信が俺の異変に気が付いて目の前に手を翳してきた。
俺はびっくりして声を裏返して言った。
「ひゃ、ひゃい。あっ、俺じゃないよ!」
「何が?」
国武が怪訝そうな面持で首を傾げて言った。
気が動転している俺は自分の意志とは関係なく言葉が紡がれていく。
途中まで言いかけたところでいつの間にか背後を取った信に口を抑えられた。
「いやだから俺がすの、どぶふぁらふじゃあい。」
「どうしたんだ? 今日は二人ともおかしいぞ?」
口をふさがれ俺は言葉にならない音を漏らす。代わりに信が答えた。
「なんでもないんだ。そ、それより話が逸れたが相談があるんだ。」
「今、とても気分がいい。何でも来い!」
「おお! じゃあ単刀直入に聞くがダークヒーローについて何か知らないか?」
「なんだい? 藪から棒に? ダークヒーローなんて調べても何も面白くないぜ。それとも、あれか。厨二病的なサムシングで興味を持ったとか?」
国武の言葉は信の一番弱い部分を狙い澄まし、一瞬のうちに短い言葉で刺し貫いた。
「違うわ! ちょっとした好奇心だよ。そんな存在がいるのかとか、ダークヒーローは何しているのかとか。」
「まぁその程度の情報なら僕じゃなくてもググればでてくるけど…… 。」
国武の頭上にクエスチョンマークが見えた気がする。
ここまでの返答は予期していたようで信が力強く言った。
「お前の意見が聞きたい。」
「まぁ、あえて言うならダークヒーローはいると思うよ。やっぱりそういう情報を集めている人もこの業界にはいるからね。ちょっと聞いてみるよ。」
「お、頼めるか。」
「ただし何か奢れよ?」
「ああ、もちろんだ。それと一つ追加というかこいつをメインで調べてくれ。」
信は静かに国武の元へ歩み寄ると耳打ちする。
「ビル崩落事故? それなら桂の方が詳しいだろ? って、ああ、なるほど。それでダークヒーローか。桂、お前よく生きてたな。あっ、てことはもしかしてヒーローに助けられたのか? おい、僕にも教えてくれよ。どんなヒーローに会った? 魔法少女か!? 女の子だったのか!」
俺は話すべきか少し躊躇ったが情報を得るために真実を伝えることにした。
「ああ、さっき話に出たスノードロップという魔法少女だよ。」
「本当かよ!? やっぱりあの子はすごいなダークヒーローとも戦うなんて。ちなみにダークヒーローの特徴は?」
国武は喜々とした表情で今にも飛び跳ねそうな勢いで身を乗り出して問う。
俺はバラバラに散らばった記憶の欠片を必死にかき集めてあの日の記憶を再構築する。
非日常的な出来事に遭遇したにも関わらず思い返してみると曖昧な情報ばかりだった。
「白髪の老人で顔は皺があるが体つきはしっかりとして機敏な動きだった。服装は黒を基調としたスーツに帽子。黒いフレンチコートを羽織ってた。」
「名前とか、わからないのか? ヒーロー名みたいな? ダークヒーローにあるのかわからないが…… 。」
俺無言で首を横に振った。
「わかった。もらった情報で調べてみるよ。でも情報少ないからあまり期待するなよ?」
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淀んだ紙の匂いが立ち込める室内には足音を立てることすら憚られる雰囲気だ。
辺りは身の丈より大きな棚にびっしりと並べられた多種多様な本たち。
俺と信は近くの図書館まで足を運んだ。
「これも外れか。」
信が宗教の棚にある英雄伝を元あった場所へ戻すと言った。
かれこれ1時間近く探しているが心理学的な書物や昔の英雄の物語ばかりで俺たちの求めるような情報はまったくなかった。
「探してみるとヒーローの情報ってないもんだね。」
「一応はヒーローの正体は隠すのが基本なんだよ。」
「へぇー、やっぱりそうなんだー」
驚いてきょとんとしていると信は脚立から降りながら一瞬俺を凝視すると言った。
「って、やっぱり知らないのか。お前、ほんと精霊から何も説明受けてないんだったな。」
「そうだよ。力を譲り受けただけだからね。てか精霊ってなに?」
「俺たちをサポートしてくれる存在だよ。うちの地区は太ったウサギみたいのが担当してるよ。」
「ほうほう。てかその精霊に聞いた方が情報得られそうな気がするんだけど。」
ヒーローをサポートするような存在がいるならば、そいつの方がダークヒーローのような雲をつかむような存在の情報を持っていると考えるのが妥当ではないだろうか?
「それは最終手段だ。まずは調べられることは調べないと何が真実かわからないだろ? それこそありえないけど精霊が間違ってた情報を持ってたとしても俺たちは気が付く術がない。」
信の言っていることはごもっともだがなんでわざわざ大変な方の道から進もうとするのだろうか。先に精霊に聞いてからその情報の真偽を調べればもっと楽なのでは…… 。
いくら探しても有力な情報を得られない疲労感から楽な方、楽な方へと思考が向かってしまう。
せっかく図書館まで足を運んだのだからしっかりと情報を収集しなければと再び自身を鼓舞する。
「そうだね、あっ、この棚は調べ終わったから俺は裏の方調べてくる。」
俺は二人で同じところを調べるよりも分かれて探した方が効率がいいと気が付いたので信と別行動を始めた。
「了解。俺は反対側の棚を見てみるわ。」
「う、うーん。うーー。届かない…… 。」
反対側の棚に着くとステップ台の上で背伸びをしている女子生徒と出会った。つま先をピンと伸ばして腕を目的の本を取ろうとするがあと一歩のところで届かない。丈の短いスカートがその中のモノが見えるか見えないかギリギリのラインを行ったり来たりする。
俺は揺れるスカートを追ってしまう自分に嫌悪感を覚えつつ必死に本を取ろうとがんばる女の子へ声をかける。
「この本ですか? 俺が取りますよー。」
近くにあったステップ台を移動してその上に登った。そして女の子が取ろうとしていた本をひょいっと取るとそのまま渡した。
「はい、どうぞ。」
吸い込まれてしまうほどかわいい満面の笑みに仄かに頬を染めた姿はとても可憐だった。そして女の子は透き通る綺麗な声で言った。
「あ、ありがとう。」
一泊おいて女の子は雷を打たれたみたいに顔色を変えて言った。
「ってあなた佐藤 桂!」
そう言われて改めて女の子を見るとうちの学校の制服に身を包む見慣れた顔の女子が立っていた。
前に会った時はすごい剣幕で問い詰められたからか、表情豊かに話されると同一人物とは思えなかった。
「あっ、黒谷さん。どうしてここに?」
俺が問いかけるとすぐに可憐な少女はいなくなりムスッとした表情で覇気を纏い始めた。
「なんだっていいでしょ。私が放課後に何をしようと私の勝手。」
冷たくそう言い放つ黒谷の言葉を聞き流しながら先ほど自分が手渡した本の表紙に目を向ける。
「『現代におけるヒーロー研究』? 黒谷もヒーローの事を調べてるの?」
「私がヒーローの事を調べてると何かおかしい? それより"黒谷も"って。あなたも調べているの?」
「俺がヒーローを調べてると何かおかしいか? ただヒーローが大好きなんだよ。国武みたいに。」
「わかったわよ。そんなあからさまに嫌味を言わなくてもいいでしょ。前にも話したと思うけど私は神崎ビル崩落事故を調べてるの。」
いつもぶっきらぼうな態度を取られるので意趣返しに言い返した。すると意外にも微笑の後に幾分柔らかくなった口調で言った。
「そういえばどうしてその事故を調べてるんだ。お前には何も関係ないだろ?」
「いいえ、あるわ。あそこで親戚の子が亡くなったのよ。」
背中から水を浴びせられたような感覚と同時に思わず声が上がる。
「あの子の!?」
あの事故で亡くなったのは二人。一人はダークヒーロー。もう一人は俺に力を託した少女だった。
つまりこのどちらかが黒谷の親戚ということになるが、どちらかは明白だった。
「そうよ。あなたが抱きかかえて救急車に運んだ子よ。ねぇそろそろ隠していたこと教えてくれてもいいんじゃない?」
黒谷は弱々しい笑いを頬に溜めている。その表情は笑っているのにどこか悲しげだった。
ヒーローのことを軽く話すわけにはいかないし、今回の事件はヒーローが一人亡くなっている。一般人を巻き込むことはできない。でもそんな理由が霞むぐらい黒谷の顔みたら言ってはいけないと余計に思えた。
「きっと言っても信じてもらえないと思うよ。」
「信じられるかどうかは私が判断する。話して。」
少し強い口調で俺の両肩に手を置いて説得する黒谷。
次の瞬間だった。急に黒谷の目の焦点が合わなくなり焦点の合わない空虚な視線で俺を見る。
それはまるで壊れた人形のようにぎこちない動きで俺の頬へそっと手を添えると今にも涙を零しそうな震える声で言った。
「あぁ。愛美。あなたなのね。なんでお姉ちゃんに言わなかったの? ヒーローになったって。約束したじゃない。一緒にヒーローになろうって。どうして一人で危険なことするの? 私を頼ってよ。あなたは何を探していたの?」
それは後悔。それは疑問。誰かに問いかけたかった言葉が次々と漏れ出てくる。ついには瞳から大きな滴が頬を伝って地面にとめどなく落ちる。
俺は状況が掴めず考えるほど頭の中は収拾がつかなくなり、事柄と事柄を結ぶ糸が絡み合ってパンクしそうだった。黒谷は誰と話しているんだ? 確かに俺を直視しているがまるで亡くなった親戚の子。つまりは本物のスノードロップ。愛美ちゃんに問いかけているように思えてならない。でもそんなことあり得るのか?
頭の整理がつくより早く黒谷が糸が切れたように崩れた。
俺は咄嗟に黒谷を抱き寄せて支えると細い体は力なくしなやかに湾曲した。
「おい! 大丈夫か!?」
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