幻影を追う者
昨日の騒動から一夜明けて俺は学校へとやってきた。
もちろん男の姿でだ。俺本来の姿は170cmの中肉中背の一般男子だ。
顔も普通であると思う。異性と付き合ったこともないけど…… 。
静寂な教室は4限目が終わりを告げるチャイムの音が校内に鳴り響くと途端に騒がしくなった。
太陽は真上にきている頃だと言うのに日差しがガラス越しに照り付ける。でもその光は夏の荒々しいものではなく、秋の日はどこまでも純粋でやさしい暖かさがある。
窓際の最後尾の席に陣取った俺は心地よさを感じながら夢とうつつの間をぼんやりと彷徨う。
「おい、桂!」
聞きなれた声と共に身体が力強く揺すられる。前後左右に大きく揺れ動いて強制的に覚醒した。
欠伸を噛み殺しながらゆっくりと瞼を開けば目の前には長身の男子学生がいた。
こいつは真藤 信。小学校の頃からの友人でまぁ親友と言える存在だ。
昔はよくこいつの家に行ってゲームをしていたものだ。
ミドルくらいの髪がウルフカットのような形で整えられ顔は目鼻立ちは少しはっきりしいる。
同性から見たら普通だ。だが奴は女子からラブレターや告白されたことがあるらしい。羨ましい…… 。
体つきは細いが筋肉質で細マッチョというやつだろうか。こういう奴がワイシャツの第二ボタンまで開けて格好つけているのは少し腹立たしい。
なんかちょっとイライラしてきたので軽くあしらうつもりでぶっきらぼうに返答する。
「なんだよ?」
「冷たいなー 。何か俺悪いことした? まぁいいや。それより飯にしないか。」
大きく腹を鳴らす親友にやれやれと学食に向かうべく立ち上がるが、バランスを崩して尻もちをついた。
「最近よく転ぶな。まだ治ってないんじゃないか?」
信は心配そうに見つめながら俺に手を差し伸べると言った。
俺はつい最近ある事件に巻き込まれ、そのせいで少しの間入院していた。
信はその時に負った怪我の影響を心配しているようだがそれは違う。
これは魔法少女になった代償みたいなものだ。
変身時の俺は小学生並に身長が縮む。元の姿と比較すると30~40cm単位で身長が違うと身体の平衡感覚がおかしくなる。ただ不思議なことに変身時は何も問題なく感じるにも関わらず、元に戻るとバランス感覚が悪くなるんだよな。
「一応は健康体そのものだよ。さぁ腹減ってるんだろ。早く学食に行こうぜ。」
医学上は健康なので嘘はついていない。その言葉を聞いて神妙な面持ちで少し考え込んでいるが、すぐに切り替えたようで手に持っていた袋からパンと飲み物を俺の机に無造作に置くと言った。
「今日は俺が奢るからここで食べようぜ。」
「どういう風の吹き回しだ。何を企んでる? 今なら許してやるからさぁ吐け。」
「いやいや。まだ何もやってないわ! ちょっと相談があってね。前金みたいなもんさ。」
"まだ"って何。ちょっと怖いんですけど…… 。真剣な表情で頼み入る様に俺を見つめているので本当に何かの相談のようなので素直に聞く事にする。
手短にあったいちごミルクといちごホイップパンを手繰り寄せながら言った。
「まぁ聞いてやらないこともない。」
いちごミルクにストローを刺すとゆっくりと飲む。
砂糖の強い甘みとミルクの濃厚な味が広がり所どころいちごの酸っぱさが際立つ。
俺がいちごミルクを飲み始めると信は近くにあった椅子を寄せてそこに座った。
そして余った焼きそばパンの袋を開きながら言った。
「なんで偉そうなんだ…… 。まぁいいか。で、だな。桂はヒーローは存在していると思うか?」
唐突に何を言いだすかと思えばヒーローか。
「アニメのヒーローか? それなら最近は見てないな。」
「いいや違う。本物のヒーローだ。」
ヒーローの存在は一般的にはUFOや幽霊と同じように実在するかしないか曖昧な存在として認識されている。
災害の現場ですごい力を持った人に助けてもらったとか。変な怪物に教われたときに颯爽と現れ人々を救ったとか。
探せば数多くの噂が転がっているだろう。
「存在したら夢広がるな。俺もいたらいいな、とは思うが実際には存在しないって認識だ。」
「そうだな、でも俺は信じてる。正義の味方はいるって。」
力強く自信に満ちた表情で言いきると一冊の本を取りだして俺に手渡す。
「国武から借りたこの辺りを中心に活動している魔法少女をまとめた本だ。この本にのっている子の他に知っている子はいるか?」
ヒーローは正式名称ではなく正確には魔法戦士と呼ばれている。そしてその中でも女の子の魔法戦士のことを一種のアイドルのように魔法少女と呼ぶ。例えばアイルドルオタクのように魔法少女を追っかける人もいる。
この本はうちのクラスの魔法少女オタク遠藤 国武が集めた魔法少女の一覧のようだ。中を見れば魔法少女の写真と性格が細かくまとめられている。だが俺にヒーローの知り合いはもういないので見覚えのある顔はない。
最後にそっと一覧に自分がいないことを確認すると本を信に返した。
「いや知らないな。てかそんな話なら国武に聞いた方が情報もってるだろ。」
「ああ、念のため聞いたが知らないようだった。」
どうも何かが気がかりなことでもあるのか曇った表情で俯いている。
信は魔法少女を探しているようだがその目的がわからない。
「なんだ? 魔法少女にハマったのか?」
「い、いや違うよ。」
短くそう答える。だとするとなぜ最初にどもったのかが気になる。
「そんなにキョドられると嘘に聞こえないぞ。」
「好意とかそういうのじゃないんだ。ただちょっと話したいことがあるだけだよ。」
魔法少女と話したいことか。
一般人と魔法少女が接点を持つ状況というのは限られる。
必然的に信の目的は絞れる気がするがぽつぽつと仮説が頭に浮かんでは消えていく。
国武のリストがどの程度信憑性があるのか疑問だがどちらにしても探すのは難しいだろうな。
魔法少女を始めて一週間になるが俺以外のヒーローに会ったのは昨日のダークナイトとかいう奴が初めてだった。ヒーローでも同業の士に会うことが少ないのだ。一般人ならなおさらだろう。
「何を話すんだよ? 告白か?」
「本当に違うってば。詳しくは放課後話したいんだが空いてる?」
「ちょっと予定があるな。」
「そこをなんとか。今の話は前座なんだ本題は別にあるんだ。なぁ、頼むよ。」
「今話せないのか?」
妥協案を提案してみたが「ああ」と首を横に振る。
仕方がないのでこちらが折れることにした。親友がこんなに頼んでいるのに無下にできない。
「わかったよ、付き合ってやる。」
そう言うと喜びに耐えられない様子で立ち上がると俺の背中をバンバン叩いた。
「おい、やめろ。痛い痛いって。やっぱ行くのやめるぞ!」
「あなたち何やってるの? ホモなの?」
不意に女性の声が聞こえる。
「ホモちゃうわ!!!!」
俺と信は情景反射のように否定するとその声は綺麗にハモった。
突然失礼なことを言い出した相手を見ればクラスメイトの黒谷 江莉だった。
黒谷は校内でも上位に入るレベルの美人と有名だ。
体型はやせ型の巨乳で出るところは出て締まるところ締まっている。
ロングヘア―のつややかな黒髪を風になびかせて歩くと皆の視線が彼女に釘付けになる。
「冗談よ。それよりあなた。」
俺をじっくり観察するような視線で全身を見渡す。美人に凝視されてドキドキが止まらない。
なんだろう? ホレたとかかな? だとしたら目を逸らしたら悪いなと思い俺も負けじと見つめ返す。
「なんで睨み返してるんだよ!」
バシっと信に頭をはたかれる。いや睨んだつもりはまったくないんだけど…… 。
そんなことを考えていると黒谷はどこか覇気を纏ったような真剣な表情で言った。
「ねぇ、神崎ビル崩落事故。あの時何があったのか教えて。」
ぶしつけな態度で俺に問う。
「警察からその事故のことは言いふらすなと言われている。」
「人の口に戸は立てられないわ。形式的に言われただけでしょう。お願い包み隠さず話して。」
答えるべきか少しの思案の後、短く答えた。
「わかった。」
そして声を潜めて事件のあらましを話し始めた。
あの日、俺は廃墟に立ち入る子供を目撃した。そのまま通り過ぎようと思ったが今にも崩れそうなビルだったから注意するために子供の後を追ったんだ。
すぐに子供には追いついたが黒いフレンチコートを着た白髪の老人と対面していた。
そして老人は手にナイフを持っており子供へと近づいて行く。
危険な状況なのは一目でわかったから子供を助けに入って逃げ出した。
「あとは知っているだろう。」
「その後ビルが崩壊して取り残された子供と老人が死亡。」
鼻で笑うと怒りに整った顔を歪めて言った。
その語調は荒々しく感情的だった。何が黒谷の怒りをかったのかわからない。
そもそもこんなに気性が激しい奴だったか?
「嘘はつかないで。そう言ったはずよ!」
「嘘はついてない。」
黒谷は俺の胸倉を掴むと顔を近づけるとほのかに彼女の香りが鼻腔をくすぐった。
俺は一瞬緊張するがすぐに黒谷の表情を見て躊躇いが生まれる。
彼女の表情は怒りの炎を灯しながら、どことなく風が吹いたら消えてしまいそうな危うさのようなものを感じたからだ。
迷いは水面を伝わる波紋のように広がりやがては言葉を紡いでいた。
「どうして嘘をついてると思った。」
「私もあの場にいたのよ。」
なんで表情はあんなに怒ってるのに声は震えて今にも泣きだしそうなんだよ。
躊躇い口を閉ざす俺に信が言った。
「桂、俺も今の話までは病院で聞いた。もしこの話にその先があるなら親友として聞きたい。何があって。どうしてお前が怪我をしてなぜ人が死んだのか。」
信の言葉に背中を押されて真実を話すべきだと判断する。
俺と子供はナイフを持った老人から逃げた。
だがいくら逃げても老人は後をつけてくる。
しかもどんどんビルの上の方へ誘導されていった。
もうダメだ。そう思った時に魔法少女に助けてもらった。
最終的には一人の女の子が死亡。
老人は何者かにより射殺。
これがあの日俺が経験した事件の全貌である。
だが後の報道では少女と老人はビル崩落に巻き込まれ死亡したと扱われている。
「それが真実なのね?」
「ああ」と頷くと黒谷は表情が無くなった。
黒谷の中で何か合点がいったのだろうか、時折不敵な笑みを浮かべて焦点の合わない視線を彷徨わせる。
「ありがとう。」
一礼すると黒谷は俺の左手を見て視線が止まった。
「その腕輪可愛いわね。」
黒谷は振り返り様にそう言うと怪しげな笑みを浮かべて立ち去っていった。
俺の左手にはかわいい星やハート型の石で繋がった腕輪があり、それを右手で隠すように覆った。
黒谷はこの腕輪が魔法少女に変身するときに必要になるアイテムだと気が付いたのだろうか。
それともこの腕輪にゆかりのある人物なのか?
俺は黒谷の意図が掴めず彼女の後ろ姿をただ呆然と眺めていた。
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「なぁなんでこんな人気のない所に来たんだ?」
秋の黄昏は短く徐々に太陽の光が弱くなっていく。
俺は少し汗ばんだ額を拭きながら先頭を歩く信に問いかける。
放課後になり俺は信の相談を聞くために神崎森林公園まで来た。
この公園は山の上にあり敷地内には神社と休憩所もある。
山といっても徒歩15分ぐらいで登頂できる小さな山だ。
周囲は生い茂る林が枝を絡め合うように広がり樹や草花の香りがむんむんとする。
「人には聞かれたくない話だからだ。」
信は首だけ振り返り向くと答えた。
「それだったら別にお前の家でもよくないか。」
信は目的地に着いたのか立ち止まると言った。
「いやここでいいんだ。ここじゃないとダメなんだ。」
そこは人気もなくただベンチが無造作に置かれている場所だった。
眼下には神崎町の町並みが一望できる。
ちょうど夕日が沈みつつある光景は絵になる光景だった。
「ここじゃないとダメ? …… えっ!?」
確かにこの公園はカップルも訪れるデートスポットだ。
しかも木々が生い茂り人目を避けるにはとても好都合な場所で風景もいい。
絶好の告白スポットでもある。そういえば誰かもここで告白したとか言ってたな。
焦った俺は両手を前に出してNOと伝えながら機先を制するべく言った。
「いや俺ノンケだから!」
「ん?」と信は不思議そうに答えた。
そして俺の反応から事態を察したようで声をひっくり返して、まくし立てる様に反論した。
「違うわ! これを見せたかったんだよ。」
信は俺に近づいてきて胸元から銀色の首飾りを取りだした。
俺は距離を置こうと離れるが後ろの木に阻まれて退路を失う。
「き、綺麗な首飾りデスネ。あとちょっと離れてもらいたいデス。」
からかわれていると気が付いたのかあきれた様子で俺の頭を小突くと言った。
「昔、約束したの覚えてるか。」
俺と信は小さい時からの付き合いだ。
今まで色々な約束をしてきたと思う。ただその中で一際思い出に残っていることがある。
信は一呼吸間を開けて言った。
「何でも隠さず話そう。そう約束したよな。」
何かのアニメで大きくなった友人が"隠しごと"をして仲たがいをする話だった。
幼い俺たちはいつか自分たちも同じようになるのだと思い込んで信のお母さんに泣きついた。
その時、信のお母さんが言ったんだ。
"なら約束しよう。二人がいつまでも友達でいられるように。"
そして俺たちは"何でも隠さず話そう"と約束した。
今にして思えば短絡的だ。
アニメで嘘をついたから仲が破たんした。だから嘘はつかない約束をする。
「ああ。覚えてるよ。まぁ今にして思えば全て話すのは難しいとは思うけどね。親しき仲にも嘘はありって言うし。」
「それを言うなら親しき仲にも礼儀ありだろ。確かにまったく嘘をつかないなんて無理だろうな。
でも困った時は何でも話してほしい。今でもそう思ってる。俺は。」
「俺もだよ。」と同意する。親友の昔と変わらない態度に懐かしさを感じる。
こうやって約束を確かめ会う事で俺たちの絆も再確認できているような気がした。
「だから本当は秘密なんだが俺は親友のお前には話すべきだと決めた。」
信は恐ろしく真剣な表情で言った。そして俺は親友の次の言葉を静かに待つ。一体何を話すつもりなのだろうか。すると信がゆっくりと口を開く。
「俺は魔法戦士なんだ。名はダークナイト。」
その言葉と同時に淡い光が信の身体を包みこむ。
身体にフィットしたスーツに漆黒のマント。全身を黒装束で統一した男がそこに現れた。
ワンテンポ遅れて目の前の男が昨晩のダークナイトだと認識する。
あの厨二病みたいな名前のヒーローが信?
その驚きで昨日のように笑いこけることもできなかった。
ただただ茫然と目の前を直視するほかなかった。
「桂。学校で俺は言ったよな。ヒーローは存在していると思うかって?」
目を見開いたまま固まる俺に信が問いかける。
俺はただ「ああ。」と頷いた。
「あの時お前はいないと言った。でも存在すると知っていたよな。」
「ごめん。あの事件の時、魔法少女に出会ってたから実在していると思った。
でも口軽く話していいのかわからなかったんだ。その子はもういないから。」
やれやれと言った様子でため息をつくと信は右手を差し出して言った。
「ああ、許すよ。ただ約束しろ。また今回みたいに何かあった時は必ず俺にも相談してくれ。わかったな?」
「わかった。」俺はそう言うと信の手を握り返した。
その時じくりと胸が痛むのを感じた。
俺はまだ話していないことがある。亡くなった魔法少女から力を譲り受けたのだと。
話せば受け入れてもらえるとは思う。そう思う一方で男が女の子になって戦うなんて気持ち悪いと思われるかもしれない。そんな葛藤から言葉がでなかった。
でも言わないのは失礼だと思った。信はヒーローである事を俺に告白した。
それなのに俺は信に嘘をつき続けるのか。そんなことはできない。
「あのさ、一つ―――― 。」
そう口にした時だった。突如町から爆音が鳴り響いた。
木々を揺らすほどの振動が町から俺たちのいる山の上まで伝わってくる。
咄嗟に音源へ振り返るとそこには崩れゆくビルと巻き上がった土煙が見える。
何かが起こったそう認識するには十分な情報を得た信は緊迫した様子で言った。
「町の方で何かあったみたいだ。俺は行ってくる。」
言いきると俺の返答も聞かず飛び出して行った。
取り残された俺は自身の秘密を告げることができないまま悶々とした気持ちで信の背中を見送った。
だがすぐに気持ちを切り替えた。もしこの場にあの子がいたらきっと町に駆けつけるはずだ。
そう思ったから俺も左手のブレスレットを反対の手で包んだ。
すぐに淡い光が身体中から溢れ出して一瞬のホワイトアウトの後、視界は低く周囲の物は大きくなった。
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