力の代償
白い天井を見つめて目覚めたのはつい先刻のことだ。
見慣れない場所に自分がいることに疑問を持って動こうとするも身体が言うことを聞かない。
仕方なく辛うじて動く首を振って周囲を確認すると左側に大きな窓があり、
そこから木漏れ日がやさくし室内を照らしている。
強い消毒液のにおいが鼻についたとき、自身の身に起きた事を思いだした。
ダークヒーローと戦い重傷を負い病院に運ばれたのだろう。
「桂! 起きたのか!」
「まこと?」
信が驚いて立ち上がると俺の手を包みこむように握って言った。
あれ? 信の手こんなに大きかったっけ?
「大丈夫か。痛むか?」
心配そうに眉を細めて俺の顔を伺う信を見てハッとなって答える。
「ううん。身体が動かない事以外問題なさそう。」
現状を報告しているとなんだかいつもより声が高いような気がする。
俺の声ってこんなだっけ?
でも信はいつものように俺に接している。何かあれば真っ先に教えてくれるはずだ。
頭でも打って聞こえ方がおかしくなってるのかもしれない。
「身体が動かない? おい、それって―――― 。」
俺の言葉に信がびっくりして大声で聞いてくる。病院で大声を出したらまずいのではないだろうか?
と同時に布団を取ると俺の身体をぺたぺた触って感覚があるか聞いてくる。
脳に障害を負って身体が動かないならば感覚もないケースがあるのでそれを心配しているようだった。
信の手が触れるたびにこそばゆい感覚に襲われる。もちろん当たり障りのない部位を触っているので俺としても無下に拒絶するのことははばかられた。
「戻ったわよー。ってちょっ。そこの変態! "小さな女の子"の胸触って何してるの! 」
聞きなれた元気の良い女性の声が聞こえた。小気味よい靴音を鳴らして近づいてくる。そして不審者を見るような冷たい視線で若干距離を取って睨みつける。
「あっ!? いやこれは、ち、違うんだ。」
背後に鬼の形相で佇む江莉を見て信はすぐに俺から距離を取った。
両手で違うんだと必死に弁明している。
確かにBとLな関係が好きでもなければ男同士が身体を触りあっている絵面は勘弁願いたいものだ。
「何が違うのよ。がっつり触っておいて。完璧な犯罪よ!
それより桂、目が覚めたのね。よかったわ。」
信を注意しながら江莉は俺の方を見るとなぜか瞳を潤ませている。
よほど心配させてしまったようだ。俺は二人を順に見ながら言った。
「ごめん。心配かけた。それより二人とも身体はもう大丈夫なの?」
「本当に無事で何よりよ。あなたが一番重傷だったんだから。私たちはもうこの通り元気よ。」
江莉の言葉を聞いて横にいた信が飛び跳ねたりマッスルポーズを取って元気だとアピールしている。
病院であんまりはしゃぐのはどうかと思うが元気そうで何よりだ。
だが気がかりなのは江莉のほうだ。彼女のほうがかなり重傷を負っていたはずだ。
もう歩きまわって問題ないのだろうか?
女性の身体を凝視するのは失礼だと思いながら江莉の身体を上から下まで観察する。
腕は固定具を巻いているがそれ以外目だった処置がされていないように見える。
「腕、やっぱり折れてたの?」
「関節が外れてただけよ。念のため固定しているのよ。あなたは完全に折られてたけど。」
まさか俺の方が重傷だったのか。確かに骨折用に固定しているというよりサポーターのようにも見える。
確かに江莉の言う通りなら目に目る部分は問題なさそうだ。
「お腹の傷は?」
服に隠れている部分に大きな傷があるかもしれないと俺は質問する。
「ただの打撲よ。あなたみたいに鉄の棒に抉られたりしてないからすぐに治るわ。
って桂。自分が重傷だと自覚なかったの!?」
江莉があり得ないものを見るように驚きに目を見開いて言った。
「えっ、そうなの? 」
「もう。自分のことも少しはいたわりなさいよ。」
江莉はそう言いながら俺に抱き付いて来た。柑橘系の香りと女の子独特の匂いが混ざり合った何とも言えない良い匂いが鼻腔をくすぐる。
そして何より柔らかくて暖かい身体が俺の身体全体を覆うように抱きしめられる。
まるで母親が小さな子供抱きしめるように。
俺こんなに小さかったっけ? もしかしてスノードロップのまま寝てるのか!?
そんな事を考え始めた折だった。ふいに顔の当たりに一際柔らかいモノが当たっている事に気が付いたのは。
俺は恥ずかしくなって江莉から離れようと試みるがやっぱり身体に力が入らないので動けない。
「信が桂を心配する理由が少しわかった気がするわ。」
「そうだろ。そうだろ。」
信が江莉の発言に賛同する。そんな友人に救援要請を視線で送る。先の戦闘のようにコイツとは会いコンタクトで意思疎通ができる仲だ。きっと俺を助けてくれるだろう。
だが先ほどから俺が見つめるとよそよそしくそっぽを向いてしまう。
「それにしても単細胞な友人を持つと大変ね。シルフィから言われた事もう忘れたの?」
俺を抱きしめたまま江莉は信を睨みつけると言った。
すると信は何かを思いだしたようで両手を叩いて言った。
「あっ、そっか!」
「もお! そんな大事なこと忘れないでよね! 本当に胸触りたかった。ただのロリコンなんじゃないの?」
見上げれば美少女がジト目で信を睨んでいた。
「ち、ちがうわ! その桂。すまん!!」
両手を合わせて拝むように謝罪する信。
ちょっと前まで喧嘩? をしていたが結局何かあると俺を心配してくれている。
そんな友人のやさしさが嬉しくて俺は微笑んで言った。
「いや気にしてないよ。」
俺がそう言うと信は照れながら微笑んだ。その表情はさっきよりはほんの少し、深い赤みを帯びていた。
なんとも言えない雰囲気が流れる中、江莉がやれやれと言った様子で俺の頭を撫でながら言った。
「あのね、桂。落ち着いて聞いてほしいんだけど。シルフィの言ってた代償の話覚えてる?」
「ああ。次変身したら命が危ないとか言う話だろ? 特に問題なさそうだし杞憂だったったみたいだな。」
「ううん。違うの。これ見てみて。」
江莉がそっと折り畳みできる小さな鏡をポケットから取りだした。
そしてそれを俺の顔が映るように見せる。
そこに写っていたのは―――――― 。
「誰? この子? って俺女の子になってる!?」
鏡に映っていたのはどこか江莉の面影を感じさせるような黒髪に少し茶色が入った髪色の少女だった。
ミドルくらいの髪の毛を揺らしながらおっきな瞳に少し幼い顔つきで美少女だ。
鏡の少女に手を振ってみれば鏡の中の少女も同じように手を振ってくる。
その様子に否応なくこの女の子が自分なのだと理解してしまう。
「そう。その子は元々スノードロップだった子。私の親戚の芦屋 愛美の姿ね。」
「えっ。なんでそんな姿に?」
「シルフィも詳しくはわからないみたい。何せ本来起こらない現象らしいから。
でも推測はできるわ。変身具に愛美の魂の一部が残っていて、桂は変身するたびに愛美の魂に浸食されていたんでしょうね。
そしてついに愛美の魂に飲まれて身体がそれに対応して変化したってところかしら?
私たちも魔法だー、ヒーローだ。非科学的なモノが身近にあるけどそれにしても謎な現象ね…… 。」
「魂が浸食されたならなんで俺の記憶や意識が残ってるんだ?」
「さぁ? 変身具に残った愛美の魂の一部が桂に乗り移ったからじゃない。全てじゃなかったからたまたま意識は残ったみたいな。」
「うーん。うーん。」
突然女の子になりましたと言われても困惑する。
そんなことありえないだろーとか。戸籍とか家族にどう説明するの。とかこれからどうやって生きていくんだーとか。色々な考えが頭をよぎって俺は頭を抱えて呻り続ける。
「シルフィ曰くこの仮説はあり得るみたいなこと言ってたから現状有力な説なのは間違いないわ。
で、本題はここからだけど今身体が動かないと思うけどそれも時間が経てば動けるようになるわ。
新しい魂の性質に身体がついてきていないだけだから。時間が経てば適応するわ。
一番の問題はその姿よ。」
江莉がビシッと俺を指さすとトドメの言葉を言った。
「元の男の姿には戻れないのは間違いないらしいわ。」
「つまり?」
俺はその先の話を理解していながらもつい聞き返してしまう。
頭ではわかっていても認めたくないのだ。
そんな俺の心を砕くように江莉が淡々と言った。
「つまり愛美の姿で一生生きていくしかないってこと。」
「えっ!? そ、それは困るよ。ほら学校とか。戸籍とか。家族にどう説明しよう。」
「戸籍とか申請系はそこの金持ちが適当にやってくれたわ。」
江莉が信の方を見て言った。
確かに信の父さんは大企業の社長だかで自宅もかなりの豪邸だったと記憶している。
「俺は何もしてない。事情を話したら父さんが色々画策してくれただけだ。戸籍の性別を変えて学校も体調が治り次第転校生という形で入れるから安心して。」
そういうと信は「勝手に話してすまない。」と最後に言った。
俺も信のおかげで戸籍や学校に再び通うことが可能になっているのだから文句は言えまい。
それにしても本人でもないのに戸籍を変えるって信の父さんの権力が意味不明だな。
いつからこの国は法治国家をやめたんだろか?
俺の気持ちを代弁するように江利が言った。
「本当に金持ちの権力は恐ろしいわ。戸籍を変えるわ。こんなちっちゃい子を高校生扱いにするなんて。色々ぶっとびすぎ。」
「それは同感だが今回は役立っただろう?」
信が俺の方にお道化た様子で言った。
「あ、ありがとう? いやいや。そういう問題じゃないよ。家族にどう説明すればいいのさ。」
幸いな事に家族は田舎にいるのでこちらか赴かなければ、
よっぽどのことがなければ親類が俺の元へ来ることはないだろう。
だがいつかは説明しなければならない日がやってくるのだ。
「混乱するのはわかるけど説明するしかないわ。それに命をかける覚悟で変身したのでしょ?
なら命が助かっただけラッキーじゃない。」
そうだ、確かに命を捨てる覚悟で戦いに臨んだ。
でもさ、こう失うものが想定の範囲内になかったと言いますか…… 。
「命を捨てる覚悟はあっても男を捨てるつもりはなかったわ!」
俺が心の声が漏れだすとすぐに信が怒気を孕んだ語調で言った。
「馬鹿なこと言うじゃない! 命が助かってよかったに決まってるだろ!!!!」
「う、うん。ごめん。」
あまりの迫力に俺は委縮して無意識に謝罪していた。
その様子を見ていた江利が俺をもう一度強く抱きしめると言った。
「ちょっと信。私のかわいい桂をいじめると殺すわよ。」
「いやいや。ちょっと叱っただけだと思うのですが。」
江利に怒られた信がビビりながら後ずさると必死に弁明を続けるのであった。
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そして一週間ほどが経過する頃には復調した俺は晴れて退院を果たした。
身体は時間がたてば元通り動かすことができた。もう不便は感じない。
男としての尊厳を病院に置いて俺たちは自宅へと向かった。
信と江利に連れ添われながら自宅に戻るとポストにはたくさんの書類が挟まっている。
「かなり溜まってるわねー。たまにはちゃんと見ないと大切な手紙があるかもしれないわよ?」
江利が小言をいいながら手紙を回収するとビラや広告など不要なものとそれ以外に仕分けていく。
するとみるみる顔に皺を寄せて江利が急に険しい表情で言った。
「信! これどう思う?」
江利が数枚のハガキサイズの紙を信に手渡す。
「うん?」
何で俺に手渡すと戸惑いながら信が受け取る。
信は片手を顎にやりながら考え込むとその紙を握りつぶした。
「なんだ、これ…… 。」
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