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ガタンという鈍い音とともに船体が揺れ、すこしだけ足元がふらつく。
その些細な揺れでようやく船が目的地に着いたのだと理解し、窓の外を見るとそこには喧騒につつまれた港に人々が絶え間なく動き回っている様子が広がっていた。
しかし喧騒といってもエルドラゴで飛び交うような怒号や悲鳴ではなく、活気に満ち溢れたそれだったことにぶつけようの無い憤りを感じてしまう。
私が何かを間違えることがなければ、自分自身でさえ気づけなかった何かを間違えることがなければ、エルドラゴはこのような姿になっていたのだろうか。
そこまで考えたところでチェルミーは自分のマイナス思考に嫌気がさして、奮い立たせるように呟いた。
「私が……変えなければ……ならない」
これからの事を考え、短くため息を吐いてから大きなスーツケースに荷物をまとめて船室のドアを開けて長い廊下を歩き出す。
そして外へと向かう人の奔流にしばらく身を任せてようやくチェルミーはリーバダムの街に降り立った。
「すこし薄着過ぎたかも……」
チェルミーは自らが身にまとうフリルがあしらわれた白のワンピースを見つめ、ふと呟いた。
エルドラゴでは少し暑いくらいの服装であったが、ここでは肌寒さすら感じる。
露出した腕をさすり港から各々の目的地に向かう人を見ながら、もう一度心の中で決意を固める。
向かう先は決まっている。
この町の町長の所へ、この町の町長にあって伝えなければならない事がある。
あるのだが……あるのだが……。
「町長ってどこにいるのよ……」
向かう先がわかったていてもそこがどこにあるのかを知らなければたどり着くことは出来ない。
当然のことだ。
少し冷静さを欠いていたらしい。
こんな当たり前のことに気づけないなんて。
見知らぬ土地に一人呆然と立ち尽くす。
どうしたものか……。
「おい嬢ちゃん、ボーッと突っ立ってたら積み込んじまうぞ」
突然背後から筋肉モリモリの腕が伸びてきて肩を叩かれた。
驚きのあまりピクッと全身を震わせ恐る恐る振り返ると、立っていたのはチェルミー少し上を見上げなければ目を合わせることのできない程の大男だった。
「は、はひゃ!?」
雰囲気に圧倒されて思わず声が上擦る。
「おいおい、冗談だって。本気で積みこみはしねえから!」
「は……はあ」
「まあビビらないでくれよ嬢ちゃん。見たところこの町に来るのは初めてみたいだな」
初めてと判断したのはチェルミーの服装が明らかに現地の人間のそれではないからだろう。
「ええ、そうですけど……」
「どこに行こうか迷っているんだろ? この町は水路やら細い路地やらが入り組んでて初めての奴はよく嬢ちゃんみたいに呆然と立ち尽くしてうごかねえんだよ」
「失敬な! 迷ったなんてまだ一言も」
「迷ってるんだろ?」
図星である。
しかしチェルミーの中の小さなプライドが「はいそうです。 町長の居場所を教えてください」の一言を喉の奥におしとどめていた。
「迷ってるんだよな?」
チェルミーが言い淀んでいる間も大男の親切心は止まらない。
プライドと情報とを天秤にかける。ゆらゆらと天秤は揺れる揺れる。
深く沈んだほうは……。
「ち……町長の居場所を教えてください……」
音を立てて小さなプライドは砕け散った。
「町長の居場所……? お前も物好きな奴だな。 アイツは……そこのカフェにでもいるんじゃないかな」
砕けたプライドをそっとしておいてくれた優しさが身にしみた。
そしてそれと同時に所々引っかかる大男の発言と、そのあまりにも予想外な答えを聞いて素っ頓狂な声を出してしまった。
「カフェ?」
「おうそうだ。 あそこに見えるだろ? 赤い屋根の」
大男の指差す先には赤い屋根の建物が建っていた。そこに飾られた潮風にさらされ若干禿げている看板には確かにティーカップとその中に注がれたコーヒーのようなイラストが描かれている。きっとあれがそうなのだろう。
だが町長がこんな昼間からカフェとは一体どういうことだろうか。
「町長ってのはもっと役場とかお屋敷とかそういうところにいるものなのでは?」
「普通はそうなんだろうがここは……というかアイツはちょっと変わり者だからなぁ……。 まあそんなに気にすんな!」
変わり者という単語に不安を覚えたが、町長の居場所はわかった。
チェルミーは大男に感謝の念を告げて、赤い屋根のカフェへと歩き出す。