見つけられた少女
彼女のそれまでの記憶は負の記録である、と知ったなら彼女をそういたらしめた者達は懺悔するだろうか?
答えは否。
所詮、人は自分こそが可愛く、他の者が犠牲になろうともそれをどうとも思わないのだから。
それは日常の中の悪意だった。
それは人が気付かぬ甘えだった。
決して彼女にむけた明確な悪意ではなかった。
しかし彼女を彼女にしたのは他ならぬその者達である。
故にその者達は巡り巡ってその身を滅ぼしたのだ。
彼女が生まれ落ちた村は閉鎖的な場所であった。
村から都へ働きに出た若い男が数年後に腹の大きな女を連れ帰った。
女はその村では見られない美しい髪と目、そして整った顔をしていた。
男は女を村に預けて再び稼ぎを得るため、間もおかず都に戻った。
よくよく聞けば男の妻ではなく、男の友人の妻であり身を隠さねばならぬと村に連れてきたようだ。
女の腹は子どもが産まれる寸前だった。
村に着き村の長へ説明をした男が都へ向かい村を出てわずかな間に産気づき、村の長の妻が女の子どもを取り上げた。
生まれた子どもは母親である女の美しさに女とは異なる髪と目を持っていた。
子どもは女の子であると告げられた女は嬉しそうに笑い、そして数刻後にこの世を去った。
女は都から遠路ながら村にたどり着いた時には子どもを産むことに耐えれる体力がなかった。
子に名前をと胸元に入れていた質の良い紙を長の妻に渡してから息を引き取ったのだ。
紙には桜と書かれていた。
女の残した子どもは村の長の夫婦が育てたが、狭い村の中では瞬く間に噂が広がった。
村の者でもない女が産んだ子どもだ。
何故我らが慈しむ?
村の仲間には親切であっても、余所者にかけられる優しさはなかった。
村の長は女の子どもを害することはなかったが、我が子のように育てることはせず小間使いのように働かせた。
長の妻は何度も我が子のように育てたいと村の長へ言ったが聞き入れられることはなかった。
村にかかる費用などは都から年一度、村の人の数で計算され村の長が管理するが、女の子どもはそこに数えられることはなくひとり分の食い扶持がみんなから少しずつかき集められている状態だったのだ。
余所者を弾く大人たちの様子から、村の子どもたちも女の子どもを無意識の悪意に晒した。
ひとりでいる女の子どもを仲間に入れることはなく、砂や草、石などを投げつけた。
最初は抵抗していた女の子どもも段々と体を守るように丸くなり、痛みが過ぎ去るのを待つようになった。
女の子どもが十を数える年になった冬、唯一女の子どもを慈しんだ村の長の妻が死んだ。
長の妻のおかげでなんとか成長できていた女の子どもに、長の妻は最期の力を振り絞り抱き締めながら告げた。
逃げなさい、これを持ってこの村の外へ。
手渡された少し古い紙には女の子どもの名前が書かれていた。
女の子どもは長の妻の言う意味が分からず、古い紙は大事に持ったが村から出ることはなかった。
最後の慈しむ人を失った女の子どもに待っていたのはそれまで以上に厳しい生活だった。
それまで村の長の家で寝ていたのが、物置のような古い空き家にひとりで生活するようになった。
村の女たちの仕事を手伝い一日分の食糧が渡されるはずなのに、もらえるのは約束より少なく質の悪いものばかりだった。
飢える寸前でありながら仕事は増えている。
女の子どもは手際が良く、村の女たちは女の子どもに仕事を押し付けた。
良くできたと誉められる仕事の報酬すらなにもしていない村の女に横取りされる。
そんな中、村に都から視察の一団が現れた。
生活状態や飢饉への備え、村の状況などを調べる数年に一度の視察だ。
村の人の数に含まれない女の子どもは寝ている物置のような家に閉じ込められた。
水は家の中に貯めていたものがあったものの食べ物は口にせず丸三日。
帰るのみとなった視察最終日に誰もいない筈なのに僅かな音がすると視察の一人が締め切り扉を閉ざした家を開けると女の子どもは死ぬ寸前の状態で発見されたのだ。
子どもに対する扱いに眉をひそめる視察の一団に村の長や大人たちは何ともないように言い放った。
その子どもは村の子ではない。
村の子どもでなければ家畜にも劣る扱いをして良いのかと怒鳴り散らした視察の一団は、後にこの村を取り壊しとし、村にいた大人たちを罪人として投獄した。
女の子どもに対する扱い以外にも村の長と数名の男が着服していた金を見つけられたためだった。
女の子どもが持っていた古い紙を見つけた視察の一団の一人は青ざめた。
時の帝に親しい女が殺されそうになり難を逃れる為に都から姿を消したとされて早十年。
奥の宮で育てられていると言われた子どもは密かに捜索されていた。
時の帝がその親しい女に授けた子どもの名は桜。
男が生まれたらオウと呼ばせ次代の帝に。
女が生まれたらサクラと呼ばせ次代の文官の長に。
ただし、表立っては別な名を名乗るようにさせると極々僅かな直臣下にのみ伝えていた。
探し求められ見つかった女の子どもはすぐさま都へ連れて行かれ治療を施される。
女の子どもが目覚めた時、目の前には女の子どもと同じ色の髪と目を持つ男が泣きながら座っていた。
女の子どもの父であり、時の帝、今上帝である。
奥の宮で優しく静かに癒された女の子どもは数年後に美しい女文官として、文官の長として自らのような虐げられる存在を救うために表舞台に立つことになる。
真名を隠し、銀縁の丸眼鏡などで外見も偽るその傍らには白銀の桜の簪と桜の扇子が必ずあったという。
女文官さまの裏の顔の過去話。
女文官さまが不正を嫌う理由の1つ。