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エピローグ

「八代とその……何かあったのか? どこも怪我してなかったし、無事だったが」

 姫子を彼女の自宅まで送り届け、本日何度目かになる電車に再び乗り二人の家の最寄り駅まで戻り地上へと繋がる階段を上りきったところで達也は、彼にしては控えめに久志へと問い掛けた。

メールで呼びつければいいものを、久志と姫子はわざわざ達也がいたサブカル専門店の前まで来てくれたのだった。距離をとって歩く久志と姫子に、達也は最初自分に対して遠慮しているのではないかと思っていたのだったが、二人がお互いに露骨によそよそしく、さらに久志が姫子のことを「八代さん」呼びしていたのが決定的に引っ掛かった。

 姫子と会話した際に間近で彼女の顔を見ると目が少し腫れていたことも確認でき、久志達カップルに対して嫌な予感を達也は瞬時に覚えた。しかし大して親しくもない姫子に何があったか訊くわけにはいかなかったので、二人の前でそのことについて言及するのは避けた。今も久志に対して遠慮はあったが、それ以上に何があったのかが気掛かりだった。

「えっ、二人で色々話し合った結果、別れることにした。ただそれだけだよ」

「それそんなさらりと言うようなことじゃないだろう!? 一体何があったんだよ」

「僕と姫子――八代さんは本質的に合わなかったんだ。ただそれだけの話だよ」

「……」

 普段と違い必要以上に踏み込んでくるのを拒むような、そして覇気のない久志の声に達也はそれ以上問い詰めることができなかった。いつものように人当たりのいい笑顔を貼り付けることもなく無表情、いや唇を引き結んでいる久志は珍しく悲しげだった。

 そんな彼に掛ける言葉など達也に見つかるはずもなく、二人は無言でしばらくの間歩いた。

「昨日も今日も僕のために付き合ってくれてありがとう。毎回君には感謝してもしきれない。なのに今回は無駄骨が多かった挙句、僕がしんみりしちゃってごめんね」

「別に謝るようなことじゃねーって。お前が困ってちゃ友達としてほっとけねーし、お前にだって色々あるだろうしよ」

 声を掛けてきたものの相変わらず笑みを浮かべず真顔のままの久志に、達也はあえてぞんざいに返した。

「本当にありがとう。これ、君にあげるよ。心ばかりのお礼」

「はあ!? 何だよ、これ?」

 クリスマス風のラッピングがされた片手に収まるぐらいの小さな箱型のプレゼントを突然久志から手渡され、達也は思わず声を上げる。

「本当は八代さんにあげる予定だったんだけど、もういらなくなったから君にあげる。いらなかったら質屋にでも売りに行けばいい。安物だからはした金にもならないかもしれないけど」

「なんでそんな物を俺に……」

「お礼。それに八代さんと別れた僕にはもういらないから。お願い、受け取ってやって。あとは君の自由にしていいから」

「……わかったよ」

 達也は渋々姫子へ宛てたものだったプレゼントを受け取った。

「ありがとう。それじゃ、僕の家は向こうだから。それと明日から父さんの実家へ行くから、君と今年会うのは今日で最後だ。また来年もよろしくね」

「そうかよ。別に年が明けようが明けまいが大して変わんねーよ。何もよろしくしなくていいぜ」

 憎まれ口を叩きながら達也は手を振ってやった。久志はそんな達也に対してにこっと唇を緩ませた後手を振り返し、去っていった。

 達也は一人歩きながら久志が姫子へあげるつもりだった贈り物――おそらくクリスマスプレゼントのラッピングを解いた。そして幼なじみで家も近所にある清香が周囲にいないことを念のため確認してから開けた。

 中身は指輪だった。ご丁寧にリングケースの中に入った、銀色の、何の装飾もないシンプルな指輪だった。

 達也はそれを指でつまんだ。すると指輪の内側に文字が彫られていることに気づいた。

“Loving you”

「『君を愛してる』か。あいつもなかなか洒落たことをしてたじゃねーかよ」

 達也はひとりごちた。彼女ウケを狙っただけかもしれないが、それだけだったのなら久志はきっと次の恋人へこの指輪を使いまわしで平然と渡しただろう。彼は情に縛られず感じ取れない人間なのだから。

 しかし久志は自分の手元に指輪を残して置かなかった。なぜか達也に手渡してきたが、姫子と別れたからいらないと言った。

 達也は指輪をリングケースの中に戻す。そしてバッグの中へケースを無造作に閉まった。

 久志は売ってもいいと言っていたが、達也は保管しておこうと思った。誰もはめることがないように。そしてはめる相手がただ一人だったという事実の証のために。











END.



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