プロローグ
「久志君は私がもし死んだりしたらどう思う?」
「きっと悲しむだろうね。どうしてそんなことを言うんだい?」
そう付き合い始めたばかりの彼女――八代姫子に模範解答ともいえる当たり障りのない言葉を返しつつも、遠野久志は内心、実際には自分がどう感じるだろうかと思案していた。
丸顔でミディアムボブの、たれ目でどこかおっとりとした雰囲気を持つ姫子。スクールバッグを肩に掛け、白い夏服セーラーに膝上のひだスカートを履いた、同じ制服を着たクラスメイト達よりも良い意味でむっちりと、胸もふくよかで少しだけ肉付きのいい姫子。明るくさりげない細やかな気遣いができて、誰とでも気兼ねなく打ち解けられて、会話をしていて苦になることがない姫子。
高校二年の文化祭の準備をきっかけによく話すようになり、自然といい雰囲気がお互いの間で流れ付き合うことになった隣を歩く彼女がもし死んだとしても、きっと久志の心は動かない。一、二回しかきちんと話したことがなかった去年のクラスメイトの一色司が突然死した時も、久志には何の感慨も沸かなかった。
どのみち高校を卒業すれば同窓会等がない限り永久に会うことなどなかったに違いない一色。姫子だって今は恋人だが、別れればその後親交が続くことはないだろう。久志は今まで何人かの女の子と付き合ったことがあるが、破局してからも連絡を取り合っている子は一人もいなかった。
二度と会うことがなければ、当人が生きていようが死んでいようが久志には変わらない。交流のない人間は生きていたとしても久志にとっては死んでいるも同然だった。死者と生者の違いは、久志にとって会おうと思えば会えるか会えないかでしかなかった。
「久志君は私っていう存在が消えちゃったらどう思うのかな? って考えちゃって。やっぱり悲しむよね」
姫子は軽い感じに笑いながら言った。久志が何も言葉を返せずにいると姫子は一人、また口を開く。
「度々思うの。私は誰かしら――それは友達だったり両親だったり色々だけどに本当に必要とされているかな? って。私なんかいなくたって本当は誰もなんとも思わないんじゃないかって不安になるんだ。私がもし死んだらって訊くとね、久志君みたいにみんな悲しむって言うんだけど、悲しんだ後きっと何事もなく忘れちゃうんだろうな、結局私なんかいなくても良くなっちゃうんじゃないかなって疑っちゃうんだ。よくない癖だよね」
そう自嘲するものの朗らかに笑おうとする姫子の様子は、暮れかけの夕日の赤と相まって陰りのある不安定な、そして毒々しい印象を久志に与えた。