大いなる力
「よう」
火周はのらりくらりと現れた。
水連はすでに五杯のお茶を飲み干しており
机の上に乱暴に置かれていた。
風軌は見てわかるぐらいの
苛立ちを見せていた。
腕を組み、ギラりと火周を睨む。
「遅かったね~」
木龍が手をヒラヒラとふる。
火周は横目で木龍を見てから
ふん、と鼻を鳴らした。
「寝坊した。」
「嘘をつけ。来ないつもりだったでしょう。」
風軌が火周を再度睨む。
いつもなら、多少オブラートに
つつむ風軌が本気で怒っている。
その証拠に少しずつ敬語が抜け始めていた。
「神権なんてもの、俺はもう
いらないんだよ。」
火周はめんどうだとでもいうように
あくびとともに呟いた。
その発言にその場にいた四人は
目を見張る。
「本気で言っているのか!?」
「……今まで神権奪っておいてよく言う。」
「何言ってるの?頭大丈夫なの?」
「本当火周は面白いよね~」
「神権なんてものは、めんどくせぇだけだ」
その一言で、あたりは静まる。
「どういう、ことですか。」
風軌は落ち着きを取り戻して、
静かに聞いた。
火周の口から、きちんと
聞こうとめをつぶりながら。
「……神権ってのは、鎖だ。」
「鎖?」
「ただの重りでしかない。」
神権。
それは、神から与えられた力を
最大限に使える権限を指す。
彼らの力は、普段無闇に使えない
ように、リミッターがかけられており、
使えたとしても三分の一程度。
それを全力で使えるのがこの
神権をもった王だけなのだ。
そして前回の神判で火周が
神権を手にした。
「……なにかあったのか。この一ヶ月。」
土浦が静かに問う。
火周は、神権を手にしたあとの
5日後を思い出そうと、目を閉じた。
ー4月
北に拠点を持つ火周は、
根城である建物へ足を運んだ。
「あ、ボス、おはようございます」
「あぁ。」
「神権ゲットしたんですよね!
これでひゃくぱーの力使えますね!」
鴉は、キラキラした顔で火周に歩み寄った。
火周自身、この「力」について
よく分からないので100%といわれても
それもよくわからない。
「鴉、力のこと分かってるの?」
「え、……すげぇもの?」
「あははは、アバウト。」
「う、うるさいっすよ!」
「僕は良く分からないな。その力って
具体的に何が出来るものなの?」
「………さぁな」
自分でも分からないものを、
他人に説明できるわけもなかった。
面倒になって火周はそこらへんの
ソファに寝転がる。
北区のメンバーは大体火周に
従えているが、今日この
拠点に姿を表したのはこの
2人ぐらいらしい。
チームみたいなものだと言っても
なにか抗争がないかぎり、
全員あつまるのは難しい。
火周は集団行動が得意というわけでは
なかったから、今、3人のこの状況が
少し心地よかった。
「あ、今日虎が来るみたいですよボス」
「虎……久々だな」
「なんか、ボスの力間近で見てみたいって」
「なにかできるわけでもねぇぞ…」
「そうなんすけどね。
でも俺もちょっと見てみたいですよ。」
鴉はダボダボのパーカーの
余った袖を振り回しながらぼやく。
火周もそんな簡単に見せてあげられる
ものなら、さっさと見せてあげたいくらいだった。
「神様の力だから、きっと
神様が使う力が使えるってことなんだろうね。
5人いるから5分割されてるだろうけれど。」
「神様ってどんな力使うんだろ」
「なんでもできそうだよね」
兎は困ったように笑った。
大抵のことは知っている知識人の
兎でも、神様の使う力までは知らない。
「来たか…。」
「へ?何が」
「火周ーーーー!」
扉をものすごい勢いであけたのは、
当然のことながら虎だった。
全身激しい柄物の服をまとい、
髪は何本ものピンでとめられていて
赤色の髪が眩しい。
後ろのほうにところどころ長い髪があって、
そこは器用に三つ編みにされていた。
「火周!神様!俺に100円かしてくれよ~」
「あ、そんなもんでいいんだ」
にこやかに兎がつっこみをいれる。
「今の俺には重要なんだよ!
下の自販で見たことないジュース
売ってたんだ!神の力で100円出してくれ~」
「虎って相変わらずだな。」
「おーう、鴉は相変わらずめんこいなぁ~
小さくて可愛いなぁ~」
「ほんとにやめろ。手を離せ。」
一気に騒々しくなった部屋は、
完全に虎の色にそまる。
虎はそんなやつだった。
「悪いが、力なら見せられないぞ」
「え?なんで?秘密なのか?」
「俺も使い方がよく分からねぇからだ」
神ってのはなにを考えているのか。
人間にポーンと力を与えたところで
使い方が分からなければなにもならない。
虎はあきれただろうと顔を見てみたら、
逆に目をキラキラさせていた。
「これは!修行か!修行するしかなのか!」
「いや、なんでだよ…」
「だってあれじゃんか、使えない力とかは
修行したら大体使えんだぜ?」
「これはそんなんじゃないと思うぞ…」
なんだよー、と虎はふてくされる。
その時。
心の中でなにかが声を聞いた。
(手を、手を、右に、ふってごらん)
やわらかで消えてしまいそうな声は、
心で暖かくなり、火周は思わず
その言葉通り手を右へ促した。
「え」
それは瞬間だった。
振ったと同時に、床には100円玉が
ゴロゴロ転がっていて、
何本も下の自販でジュースが
買えるぐらいだった。
「火周、これ君が?」
兎でさえも呆然と、床と
火周を交互に見ていた。
ゴクリと、誰かの唾を飲み込む音が聞こえた。
それから、火周は様々なところで
神権とは厄介なものだと
思うようになった。
100%の力が出せるということは、
恐らく願ったものがすべて叶ってしまうし、
やろうとしたことはすべて思い通り、
恐らく本来の三分の一の力である
火の力は、他の四人と比べて
確実に強いものだった。
ある時の風軌との抗争で、
それを思い知った。
風軌の風の力は、自分とは
まったく威力が違った。
自分の力が大きすぎて、
火周は恐ろしいとさえ感じた。
この自分に宿った力が、恐ろしいと。
その抗争から、火周は
この火の力を使っていない。
北区の者まで焼き尽くしてしまいそうに
なる。そう思ったからだ。
そしてなるべく願わないようにした。
火周が願えば、何でも叶ってしまうからだ。
それはこの世界であってはならないものだと
火周は感じていた。
そしてこの一ヶ月、
神権を枷に生きていた。
ー続く。