最終話
後日談というか、後日譚というか、この場合どっちになるんだっけ。
意味は同じなんだろうけど。意味が同じ単語が複数あるのは優柔不断の人間にとっては迷惑な話だよな。
まぁ――今回のオチって言うことにしておこう。
翌日。カーテンの生地を陽が明るく照らしている。
知らない部屋。知らないベッド。
雨は真っ白な部屋と真っ白なベッドでふと目を覚ました――全身激痛って言う症状を起こして病院送りという結末になってしまわれた。あれ、雨は首を捻る――そこで記憶が繋がった。そうだ、雨は、あの後、あのレールの上で凄まじい激痛と睡魔に襲われ、人事不省に陥ったのだ。しばし意識がぼんやりと残っているからどういう経緯で病院に運ばれたのか大体想像がつく。危うく死にかけた雨を助けたのは任務を一緒にやっていた久王とアサシン連中だろう。
そんなわけで二度目の翌朝。
雨は学生なのに学校に行くことができず、動くことすら許されず、ドクターストップになっている――さらに全治三ヵ月というちょっと早めの、夏休みと冬休みと春休みとゴールデンウィークを混ぜたような無駄な時間を過ごすことになった。
麻酔がフル全開で効いているせいか、寝たっきりの老人ホームにいる老人だよなって失礼ながら――そう思いながら、
「まさか。線維筋痛症が副作用で起きるなんて」
線維筋痛症とは――全身に激しい痛みが生じる病気であるらしい。また。原因不明の病とされ、通常の医師が行なう血液検査では異常が現れなかったり、CTスキャン、MRIを検査しても異常を発見できないらしいのだ――この病気が診断できる特別な検査は今の所なく、治療法も確立されていない厄介な病で。男性より女性が七倍と多く、中高年に発生率が高いと言われているが、雨の場合は特殊事例で僕のなかにあるアサシンの力――力の解放が原因なのだろうと――直感する。
雨はベッドを椅子代わりに――ちょうどいい角度で腰かけながら目だけを動かし辺りを見回した。どうやらホントに個室にいるらしい。着替えとかお見舞いものとかが置かれているところをみると病室にあるものといえばベッド、テレビ、ひらひらと揺れ動くカーテンぐらい。殺風景とも言える――その殺風景のなかで、ひとつの声が――てか、病室に闖入者が入ってくる。
忍者側をスパイしながら、暗殺者側にいるよくわけのわからない男、学生姿の柳福久王だった。
「よくやったな。雨。今日お前はひとつ自分自身を超えた。それは誇るべき事なんだろう」
「?」
雨はちょとんとした――怒られるのかと思っていたのである。
友達……いや――久王から初めて褒められたのは予想外だった。それ以前に誰かに褒められるのは初めてで何だか胸の辺りが何だかほっこりする。
「……………………」
昨日思っていたことが他の人にもそう思われるのが、なんだか悪い気がしない。でもやっぱり単純に素直な気持ちで嬉しいのだが――そんな簡単な気持ちを久王に伝えようって思えるのに上手く答えられず、雨は仕方なくベッドの上で目を瞑って笑みをこぼした。
すると、今度は久王が誇らしい顔つきで透明な声を出した。
「来い。雨。俺たちとともに! お前にはやれる事があるはずだ!」
そう言いながら、久王は手を差し伸べる。
その手は何だか雨を必要としてくれる手で何だか暖かくて自分の居場所のような気がした。
麻酔でなにもかも動けないけど。
うん、と頷いて雨は目を閉じた。
それが良い選択だとは全然、思わない。けど、自分探しにはいいかもしれない。自分が本当にやれることを見つけるまでこの人たちを利用してやろう。これからのために――何がいいのか――何が悪いのか――見極めなければならない。そしてそれができるように彼の力を頼ろう。
一人で巣立つことが出来るように――その勇気を育むために。
やっと前へ進める――雨の人生はここからスタートだ。
いつか今までの拒絶してきたものを乗り越えられるくらい、この時代の救世主になれるように頑張っていこう、と思っていると、
「まぁ。とりあえず。その力と織姫はお前のテリトリーに置いておく。――俺は腑に落ちないが。あの子がお前に懐いている分、致し方ないとフランス教団が下した判決だから伝えておく。勘違いするなよ。仲間になる条件でお前を何もかも野放しにしていることを!」
「………相変わらず、上からものを言う奴だな。あははは(笑)」
「うるさい。へたれ。さっさと回復して修行しとけ。織姫をいつまでもいつでもどこでも護れるくらい強く――最強無敵になっ。でなければ、殺す!」
「そうだな(笑)」
久王から軽い嫉妬と軽い憎悪が感じられるものの雨は笑う。
その顔を見て久王が鼻で笑うと、
「じゃあな」
「じゃあ」
どちらとも、最後にうわべだけのあいさつをして。
久王は特にあとは言い残すことはなく、病室を出ていく。
やがて背後の階段を上って真っ白な廊下を走る、小さな足音が聞こえた。久王は振り向かずにいると、足音の主がかすかな息をもらしてピタリと止まる。
久王にはわかる――背後に織姫がいるのが――いつも感じていた気配だ。
「ねぇ、」
織姫は久王を呼び止めようとした。
久王は振り返らない――喋らない。
久王は悠然と歩む。鼓動が跳ね上がるのを感じた。かすかに震える。
久王の体が怖さのあまり強張っていく。織姫は、きっと久王をよくは思っていないに決まっている。命を狙い。キズまでつけておいてころっと変わる都合のいい話はない。
きっと、久王の背後に立って呼び止めたのは復讐みたいなものだろう……。
でも。言わせてほしいって――久王はそう思った。
ゴメンって――久王はそう思った。
許してほしいって――久王はそう思った。
謝って許されたいって――久王はそう思った。
でも。結局怖くて言えそうにないって――久王はそう思えてしまう。
きっと。
きっと。
そういう運命なんだろう。
「ごめんね。今までずっと騙して嘘ついて裏切って………ごめんね。ひーくん」
だけど、織姫はそう言ってくれた。苦し紛れの声、でも優しい声、心地よい感触だ。
だが、不意に久王のなかで罪悪感が芽生える。
それでも織姫は言ってくれた、
「わたし、もうどこにもいかないから。どこにもいっちゃあ嫌だよ――ひーくん」
その真直ぐ(ストレート)な(の)言葉が、ぽっかり空いた久王の心に何かが満たされていく。
数秒、沈黙。
久王は振り返らない。悔しい思いで拳を強く握りしめる。
その寂しい背中に向けて、織姫はしっかりしている思いを込めて、願いを込めて、
「それでね。ひーくん。今までありがとぉ。もう。いいだよ。わたしを背負わなくて。だから、今度こそ――わたしたちは友達になれるよね」
織姫は顔をしかめて、唇を噛む。
久王は立ち止まって苦笑した。
織姫、久王はやっと声を出した。織姫の優しい気持ちで久王の心が一気に膨れ上がると、涙を流す寸前、唇に笑みが浮かぶ。
その表情は織姫には見えない。
織姫は両手を胸の前で抱き合わせる。震えながら息を吸い、去りゆく久王の背中が遠ざかっていくのを寂しそうに見詰める。
それから。
約束する、久王は無理やり笑い。瞳から汗を流した。
それ以外に、何か言いたかったが――それ以上に、何か言いたいことがあったが、しかし沢山ありすぎて上手く言葉にすることができなかった。しかし、どのセリフよりも――いまここで口にしたソレは間違いなくピッタリなセリフだろう。
うん、と織姫は言葉を受け止める。同時に素直な頷きのまま、微笑みをかける。
その微笑みはきっと、いままで行ってきた罪を許すもの。
でも――やってきた罪は消えない。久王はそう思う。
彼女を悲劇な過去から逃すため、殺す選択しかできなかった久王は久王自身を許さない。久王は間違っていたのだ。何もかも間違っていたのと、自分自身が織姫を救えなくて正解だ。それが現実になってよかったと思う。逆に雨の手によって織姫が救われて良かったと思える。過去に縛られていた織姫をあの籠から出してあげたのは誰でもない雨なのだ。それは紛れもない事実。悔しいけど――アイツだ。アイツのそばに織姫を置いておくのがいい。
――だから、いまはとなりにいることはできない……けど、いつか、いつか、きっと。
久王は自分で自分を嫉んだ。
久王は再び歩み出る――この腑抜けた面を見せたくない気持ちで――傍若無人な態度だと自分でも自覚している。
それでもいつかまたとなりにいられるくらいの器になったときに再び護って見せる、と久王は誓いながら立ち去ることを選択した。
でも、別にその言葉を伝えられなくても織姫には信じられる自信があった。
織姫は知っている。
久王は優しい人――だってこと。
「……………………」
目を閉じたままで――織姫はそっと呟く。
「約束だよ。ひーくん」
そして――織姫は新しい帰る場所へ踵を返す。
その笑顔を、秋篠雨の元に届けるために。




