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Ⅳ話

     Ⅰ


 冬の陽が急速に暮れてゆく。

 姿川地区のもうひとつの顔がある。

 それは無法地帯って言うことだ。

 僕がこうしてひび割れえた路地裏を歩くと、怒髪、冠を衝く放浪者たちが手を拱く。片隅に膝を抱えて座り込む彼らは言わば自ら落ちこぼれに落ちた『非違者(ヒイ)』――。彼らは忍びの世界から自ら離れ、忍びを毛嫌いし、僕らから一線を張っている。

この貧民窟(スラム)を住処にしている彼らはびっくりするほど生命を維持していこうとする力が並大抵ではない――別格だ。自然が萎凋するような悪い環境であってもなお、贅沢に縋る事なく彼らは穏やかさを保って生きている。及び、一部の同じ境遇同士で無益な争いを好まない。

かと言って、貧民窟(スラム)の人々全員がそう当て嵌まるわけでもない。道すれ違う人を視てると、どこから万引きしてきたのもわからない缶ビールを持って酔いつぶれている人も居れば、アル中になって吐き気に襲われる人もいるわけだ。また、腹が空けば、雑草や掘り返した木の根っこやミミズをかじって飢えを凌ぐ大人から子供だっている。それで喉がカラカラになれば、汚染された河で水分を摂取する輩も多数いたりする。それはそれは視るに堪えられない、痛々しい光景だ。同情して哀れみを感じる。

だから、大抵の人たちは病気に罹り――若者らしい覇気が欠けているのだ。

忍びたちは言う――ここは法律では罰せない。だから、非違者(ヒイ)が増えたらすぐに駆除しなければならない。ここは非違と無法が支配する堕ちた楽園だと。

ここは(さと)の中でも有名に身分制が存在する。強者は弱者から物を奪い自分ものにしたり、己の私物みたく奴隷に扱ったり、金も女も、そして命すらも強者が奪い、弱者は惨めな暮らしをしている光景が見受けられてしまう。

なので、思いがけない変化が起こるわけだ――中心部に行くにつれ、だんだん顔色が良くなる者たちへ移り変わって行く。

まさに自然界の(おきて)――弱肉強食。

まさに現行政府に反抗して行き場を失った者たちの行き着く終着点。

まさにこれ以上ないというほど酷い貧乏――これが貧民窟(スラム)の生活だ。

断腸の思いをしながら、僕はただひたすら、「自分にはまったく関係ない」と、首を振って、痛くもかゆくもないふりをするように傍観者面して微弱な織姫の霊気を辿る。

そこを抜けると中心部一帯を囲う壁に行き着く。まるでベルリンの壁みたいだ。

壁の入口に入ってみると、さっき歩いていた確実に雨風凌げる建物とは違い――いつ崩れてもおかしくない半壊した街――まるで原爆を落とされた世界の終わりのような光景と漫画みたいな絵空事。次いで、僕の足が広場に行き着き、立ち止まった。

「……こ、ここって…広場かな…?」

 密かに囁くと……しばし沈黙が続く。

と、突然僕の体が大きな翳に覆われた。

 僕を照らしていた辺りの街灯が一瞬にして僕から光を遮ったのだ。

「――おう。テメェ!」 

 突如、僕の顔を見下ろす感じで、野太い声が降ってきた。光を遮ったのは、どうやらこの男だったらしい。焦っている僕の双眸をぬっと覗き込むようにメンチ切った。

 図体の大きな男だ。身長は、二メートルくらいあるだろう。また、まさにタンクトップを着るのに見合うがっちりとした体格――マッチョである。その厳つさが、その気持ちを言葉や態度で人に示す。

 この人のツル禿が街灯の光によりピカン! と、眩しく輝く。完全に乱反射して過度の光の刺激を受けた僕の目がくらんだ。まるでこのタトゥーが刻まれるツル禿により光が何倍も倍増されているみたいだ。

 僕は不意の出来事に驚き、わけもわからず、浮ついた声をもらした、

「……は…はい?」

「ワレ? 人のなわばりに入り込んできやがってふざけてんの? ああん?」

形の良い眉毛の下、威圧感のある針のように細められた左右のひとみ。高い鼻梁。曲がった唇。ストリートにいるような男とマフィアを混ぜた印象を与えている。巨体からにじみ出る荒々しい気配により小動物を軽く足で踏み潰されるような――そんな感じが小さな僕の存在を本能的に強張らせる。

「……あは…はぁ……は…い?」

 粘りつく眼差しに僕の足が震えかけ、脂汗が浮かび上がる。

僕の馬鹿野郎…どうしてこう、災難ばかりなんだ…僕の人生って。てか、どうして夜にここへ入った。夜は不良たちの溜まり場に一変するのに。陽があるうちなら、こういうことにならなかったはずだ。

 ああ、ここでお決まりがくるのですか? と、そう思いその思いは安易に叶えられた。瞬間的に大きな力が顔面に加えられる。鍛えられた拳だ。僕は尻餅をつき、背中から倒れる。次いで、横腹を蹴り飛ばされた。

鼻血が垂れて、僕の鼻が折れた気がしたが――それよりも先に吃驚して頭が真っ白に染め上がった。次に僕が顔面を覆う形で、片手で鼻を押さえつけながら、立ち上がる。

と、大男はそれが気にくわないように喋りかけた。

「へらへら笑ってんじゃあねぇーぞ。ぶっ殺すぞ――『忍者(ニンジャ)かテメェ?』この時間帯がどういうところか知っているよな!」

 低くて沈んでいる声が、しかし、迫力たっぷりに響く――それがあたかも合図のように不興を買う大男の仲間たちが参集する。

 それでも、僕は必死になって自分の言動を正当化するために事情を説明した。

「――ごめんんさい。こ、ここに入ってはいけないって知らなくて…だけど、こ、ここに居るかもしれないだ! あの子が! 僕の大切な友達が! だ、だからすみません! 見逃してください!」

「『はぁ』? 『ナメてんのか』? 『テメェ―』!」

 しかし、彼らは出来過ぎているような戯言にしか、聞こえたようだ。頭の悪い人たちはすぐに暴力を振るおうとしてきた。その外からの刺激によって生じた生体内の興奮が、大脳まで伝わらず脊髄などで折り返し、意識とかかわりなくただちに『身を護れ』とその信号が全身の神経へ伝わり、転瞬の間に僕の手で抜き打ちに斬りかかる。前腕がスパッ! と空中で放物線を描きゴロゴロと地面を叩きつける。

 瞬間。

 大男の右の上腕の切り口から、まるでホースから水が暴発するかのように、しゅわーと、大量の血が放射された。


「な、なんじゃあこりゃあああ! お、で、俺、俺の腕があああ。てぃ血が、血がとまんねぇ」


 パニックに陥る大男は激痛とともに恐ろしさのあまり絶叫した。

 周囲の反応も一変しはじめ、血の気が失せて血相を変え始めた。場内が、不穏で落ち着かないさまとなる。だが、怖れを顧みず捨て身の勢いで僕の背後から攻撃を仕掛けてくる者が数名いた。

「………ッ」

 騒々しい気配を察知すると、僕は悪魔のような追撃に執りかかった。そのどれもが、人を死に至らせることのようにさえ思える圧倒的な威力で、黒羽の刃が次々と襲い掛かってきた敵の四肢を次々に切断して行く。ならびに刀身が赤黒く染め上がり続け、帽子と切先から血が飛び続ける。とても反撃を差し挟む隙など与えない。僕はこの時たちまちなにかに醒覚したような心持ちがした。

夜空は雨雲ひとつもない――(アメ)粒一滴も落ちないが、代わりに血の(アメ)が降り注ぎ地面一帯に残存する雪が赤い鮮血に染め上がると、同時に体中鉄分臭くなった。

そう思ったときにはもう手が止まっていた。

慌ただしくないさま――耳ざわりな物音や声がしない。周囲が誰一人立っていない。さっきまでの騒然が一瞬にして抹消したのだ。僕はいつの間にか閑靜な佇まいをしていた。

「………」

 気づけば――視界が血の海になっていた。

 それを視るだけで――凄まじくむごい。見るにたえないほど痛ましい。

自分でやってしまって、なんだが――時々精神的にザザっと掠めるものが来て、精神的にジリジリと削ぎ取られていくような感覚が激しく流れ走る。

 無念さを感じ取った僕の唇が無意識に噛み締めた。

 そして、血振るいして納刀しながら、僕は鋭さがある眼光に移り変わり囁いた。

「言ったろ? 『見逃してくださいって』? 追い詰められたときの僕は『恐いんだ』! こうなってしまった感情は自分自身でも『制御できない』!」

 僕は残酷な栄華の夢から覚め、束の間に痛みや不快のために、眉のあたりにしわを寄せる。

 途端に物陰からのそりと出てくる知る気配がした。


「みごとだ!」


 俯いていた僕の首を起き上がらせたのは、喝采な声と覇気のない拍手。それが、真横から聞こえた。さらにドンっと肩にのしかかる霊圧。

 少年は一歩、二歩、三歩、と気持ちにゆとりのあるさまに歩き続ける。

「………………………………!」

僕は真横を視て驚き顔になった。少年は黙って切れ長の目で僕をじっと見つめる。

その背丈が高い少年の背中には扱いやすい二等の斧を軽々しく背負って立つ。さながら、その二等の斧は米国東部のアルゴンキン系インディアンの間で使用されているようなトマホークに似ている。なにより、石製の刃のついた手斧型が最も特徴的だ。

その少年はローブを着ていた。それは犯罪者を名乗るのに相応しい格好とした濃い黒い生地。

その外見は実に美形にして獲物を一発で仕留めるような瞳の輝きと言った雰囲気を醸し出している。肩まで伸びているライトブラウンの髪がなりより美男子って感じに満ち溢れている。

だが、こいつは僕の一番苦手とする同級生だ。

その少年は不敵な笑みをこぼした。

「――久王……」

「やあ、逢井雨(アメ)――どうだ、ゴミのような人間であれど、人を殺した感想は?」

 僕はその問いに答えなかった。答えたくなかった。それにはちゃんとした根拠がある――口がクールぶって上から目線なことしか言わないこの少年になにより、皮肉を返したくなかったからだ。さらに、久王は誰に対しても絶対に態度を変えず、辛辣な皮肉なものを言うタイプだ。

それが――僕が今思うところの――最大の毛嫌いする理由だ。

嫌な予感しかしない僕は唾をごくりと飲み込むさなか、肌にびりびりするほどの緊張に押さえつけられ――しばし沈黙が続いた。

その眼光鋭くにらみつける久王の双眸は一種の抜身の日本刀に似た静かな迫力がにじんでいた。

コイツが、この場にいるのが腑に落ちない僕は久王に雑念とともに喋りかけた。

「きみは。どうして、ここに? いるんだよ?」

「その問いは愚問だな。(アメ)

「わかっている。そんな訊くまでもないってことだろ。相変わらず嫌な奴だ」

「何がわかっている? お前に何がどこまでわかっている? 訊いてやろうか。お前の――」

「その服装。……あの子と似ている。いや一緒だ。仲間なんだろう!」

 冷ややかな汗が流れるとともに冷ややかな口調で喋る。

僕は厳しい目つきでじっと見ると、久王は虎視眈眈と一瞥した。

「……一体――誰の事を言っているつもりだ」

「久王―――この際お前の正体はどうでもいい………だけど、しらばっくれてもわかっているはずだぞ! 織姫さんのことに決まっているじゃんかよう!」

 久王の正体は一目見ればわかることだ――理由がどうあれ、こいつも僕と同じ考えを持っていることだ。

 アサシンの世界なんて正直よくわかんないし、いること自体信じられないけど、きっと――ここの人たちと同じだ。忍者(ニンジャ)が存在するせいでこの世界を独占しているせいで自然に生まれた反対側の連中――不満が生み出した集団ってことぐらい。

 そして――久王の着る服装が彼女と繋がっている。

「どうなんだよう」

「あの女か。ついこの間まで教団にいた癖に。愚かな女だ。あの居心地を毛嫌いして。ふと、逃げて――秘宝を持ち出していい気になって己の野望のために動いて今狙われて死にそうにしている女の事だろう。ああ知っている。よくもまぁ頭の回転が速い奴だ。(アメ)

 けど、「なんで、だよ…………」僕は思ったことを短く喋った。「ずっと、お前のことなんてこれっぽっちも友達なんて思ったことなかったけど、お前もそんな風に思ったことはなさそうだったけど、だけどさ。僕なんかよりもきっと、他人想いになっていたはずだ。なんで彼女を襲う。彼女はなにをした? してないだろう……?」

「お前に言われる義理はない。訊かれる義理もない。喋ってやる義理もない。だが、見捨てた奴がよく言う。じゃあ、いつも口だけが達者なお前に逆に訊こうか。織姫のために指一本でも折って敵に抗ったのか? そして、織姫はどこにいる?」

「……見てたのか?」

 僕はまるで眉毛を読まれる感覚が走った。

「いや。ただの勘だ。お前は織姫を知っている。どうやら我々の事情も知っていそうだ。お前と話していて単純に頭の中で整理して率直に述べた回答だがな。違うか」

「………そ…それは………そ、の…………………」僕は臆面して言葉を失った。

 久王の声にはよどみがない。悔しいが、その透徹な瞳に対して嘘がつけなかった。

「ふん」

 その顔をうかがった久王が僕の体を通して目を凝らし暗やみの向こうを視るみたいに見透かした。

「……やはり見捨てたのか!」そう言い放ち、久王が睥睨する。その姿が微かに憤りを覚える卯ように震えたが、久王なりに力尽くで抑え込むと、きっぱり背中を向け、僕から遠ざかろうとした。

「……………、」

 僕は、ぐっ、と言葉詰らせる。

久王に断言されて不意に織姫の最後の瞬間を思い出すと、「助けられなかったあのときの自分の姿が情けない」と心のなかでつぶやいた。そうしてほんの一瞬後悔に怯むと、自分が本当に許せなくなり、抑えにくい内部的な負の感情が衝動的に曝け出され、強く両拳を握りしめ、容赦なく震え上がった。

 それでも、言い訳がましいが言い訳をしたかった。

「待てよ!」

「……」

 久王は僕の叫びで立ち止まって、もう一度、睥睨した。

 全身を戦慄かせつつ、僕は口を開けた。

「……きみの…久王の言う通りだよ。結局僕はなにをやってもダメ。自分を護るのに精一杯で…その程度だ……僕は……。所詮彼女の相手をできる格じゃあなかった。もう、もう、もう…情けない塊だよ。僕は!」

 洗いざらいぶちまけた僕の今の心境は泥まみれの気分で地面に這いつくばっている気持ちだ。

 ああ、そんなことは、はなっから誰もが知っている、一番僕自身が一番知っている。こいつの言う通り『見捨てた』んだよ。偽善者ぶって口だけかましてカッコ悪いってわかっているんだよ。僕が別世界のことで口を挟むのはおかしいじゃあないかって――言えた義理ではないってことぐらい十分承知だよ。

 けど、僕は言いたい。言ってやりたい。いつも周りに振り回せっぱなしじゃあなくて――たまには自分らしくないことをやってみせたらどうだ。

 腹が立った。

 悔しい。

 ぎゅうっと目を瞑った。

 力が欲しい――力が欲しい――渇望した。

 不意に、織姫のあの言葉を思い出す。


――『たとえ、人を殺し続けて、罪だらけになろうとわたしはそれらを背負い続ける、この強くなれる薬を使って――』


 ――ごめんなさい。織姫さん。この薬…使わせて貰う!

 

 僕は右手を腰の忍具ケースに走らせた。

 指先で蓋を開け――一も二もなくあの注射薬を抜き出して、瓶から液を抜き取り――迷いもなく己の右腕に注射して液を注入すると同時に久王へ意表を出させる。

 そして、


 ――バキンッ!


 と、なにかが割れた。

いや、なにかが壊れた気がする。

その破砕音が僕の内側で響いて鳴動した。

おそらく、僕の弱さが粉々に砕けでもしたのであろう。その証拠に今まで感じていた虞がまったく感じない。感じられなかった。自分でも吃驚するぐらいだ。己の霊気が殺意に包まれて清々しい? 心地よい? そんな霊気に生まれ変わったかのようである。逆に二度と取り返しのつかないことを仕出かしてしまった気がする。

それでも構わない。

それで自分自身の硬い殻を破れるのなら、どういう存在にだってなって見せてやる。

あとのことはどうとなればいいさ。


そうして、秋條(あきしの)(アメ)は覚醒した。



      Ⅱ


 意外の出来事に唖然とする。

 僕はあんぐりと口を開けた。

 視える。

 万物に宿る魂の波動が視える。目に映る久王の人体から発散される霊的なエネルギーも、僕に斬られた各々人たちの抜け落ちた魂の流れが天へ向かう姿が目に映ることも、自分自身を見下ろせば、膨大な光も、視える。

 今、眼界に視えている霊気が空間や限界を越えそうになるほどいっぱいになっている。

 世界が変わり果てたかのように――別世界に来たみたいだ。

 そして、目の前で激しく荒れる、久王の魂。

久王の霊気は恐ろしく他とは別格といえるほど、甚大だった。周囲の霊気と比較して視れば、やはりこの空間を支配しているのは圧倒的な存在感を放っているたった二人だけだ。僕と久王。

僕の視野が完全に広がったことに、ようやく確信が持てた。


――『霊視(れいし)』……――。


これが霊視の世界、僕の心が奪われた。

瞬間、互いに体が反応し合った。瞬間、一瞬で久王が間を詰めると、波に乗る掌底が僕の胸に炸裂してなんも躊躇なく吹っ飛ぶと、次いで身を焙るような灼熱の炎剣がグルンと時計回りに僕へ叩きつけてきた。

 それはそこらのものを一瞬で丸黒焦げにしてしまうだろうというくらい爆発的破壊力。

 柄に手を伸ばす暇のなく僕は悉く呆気なく飲み込まれる。

「フン。死んだか」

 久王が真顔で確信を持ってクールにぼやいた。

 著しく高温の気塊が,波のように黒煙が辺りを支配する。まさにセ氏何百度にも及ぶ高温の空気が地上を覆う現象。ジリジリと、酸素が燃え二酸化炭素が発生して行くのがわかる。

 地面に転がる各々の死体が焼けた。隠しようもないほど、濃密な血臭が蒸発するとともにタンパク質の焼ける臭いを嗅ぎながら、久王が落ち着いた佇まいで煙草に火を点けて吸い始める。

「俺はお前を殺したくなかったが、まぁこの際仕方が無い。まさか、お前が持っていたとは思わなかった。禁忌麻薬――『王の秘薬』を……」

 久王はつくづくと嫌になるほど、溜息をつく。眼の前が黒煙と火炎がずらりと並ぶ。まるで戦火のように見えた。

知り合いを殺すのにこれ以上嫌な想いはない、と久王は思う。

「しかし、生半可で織姫に近づいて苛ついたときに――あのとき…優しく、式神で殺しておけば、きっと…こんな気色悪い気持ちにはならなかったはずだ。部下にやらせた織姫の捕らえさえ叶えば、こんな事にはならなかっただろう。相変わらず災難な奴だ。だが、くそ。このあとの自己処理のせいで………織姫奪還が遅くなってしまう………」

 久王が苛々する。いろいろと、思い通りにならなかったり、不快なことがあったりして、神経が高ぶると、吸っていた煙草を握り潰した。

 久王がもう一度だけ友の墓場となった煙の向こうを見据えると、大きく肩を震わせた。

 

「そうか。全部お前の仕業だったんだな。織姫さんのあの大怪我も、僕を襲わせたあの死に神も!」


 煙から聞こえた声に久王が苦虫を噛み潰したように翳りのある微笑を浮かべた。

黒煙から抜け出す僕には不思議とキズひとつついていない。逆に霊的加護受けているみたいに力に包まれていく――それを直感した。あたかも自らの霊力のセーフティーが外れて極限まで引き延ばされた感じだ。それは限界突破でも言うべきか? ただならぬ霊気の鎧に包まれる。

ただ死ぬかと思った焦りだけが僕の心に深く刻まれた。

「たしかに――だらしがない僕のせいでつばめに連れてかれたかもしれない。けど、それだけじゃあないはずだ。久王! お前にだって責任があるはずだぞ!」

 僕は焦りながら、前に出ると同時に頓狂な声を上げる。

「………黙れ、(アメ)ッ! 大体、お前さえ、関わらなきゃ、こんなことには」

「うるさい! そーやって誰かに擦り付けるのはやめろぉ! この裏切り者!」

「………………なんだと…」

 僕が眼光炯々を向けて言い放つと、久王の眼光は鋭く、眉を絶え間なくピクピク動かしていた。まるでウィークポイントを責められたかのように臆する。

「どうしてだ…………どうして織姫さんを殺そうとする。忍者(ニンジャ)の奴らだって、あの子のことを犯罪者だとか言っていた。もう訳がわからない。きっと、こうして僕らが争っている今も痛い想いしているはずだぞ。なんで…なんでなんだよ。この世界はどうしようもなく狂っているんだよ。何もかも。人もルールも組織もやり方も。それ全部、織姫さんには関係がないことじゃあないか。かわいそうだとは思わないのか? お前も! こんな腐った現実を黙って観賞するのなら、あの子のやろうとしていたこといっそ叶えられればいい!」

 おざなりに醜悪をさらす僕はじーっと鋭く久王の眉間をより硬質で攻撃的な爛々とした眼光でねめつける。と、久王は視野狭窄になって対峙した。

少し微笑気味になり、久王はそれでも滑らかに且つ鋭く弁舌をふるった。

「俺もそう思う。だが、俺は上からの命令を遂行するしかないんだ! アサシンとして!」

「そんな理由で――恵まれない子に危害を与えようとするのはおかしいだろう」

「しょうがないことだ。織姫は俺たちが、なすべきことをいつか邪魔してくるかもしれない」

「ふざけるな! そんな理由が通じると思うのかよ。あの子は仲間だろ? そんなに苛々しているってことは織姫がよっぽど、『大切』なんだろ? 今は敵かもしれないけど、仲直りしろよ。少なくとも僕よりマシな関係なはずだ!」

 この言葉を久王にぶつけた僕は――僕には言えた義理じゃあない。ああ、そうだ。僕の存在なんか普通に考えて価値がないに等しいくらいだ。今まで酷いこと、損してきたこと、他人に媚びを売ったこと、沢山してきた――どれもこれも、罪だらけだ。

けど、知っている人が……僕以外の人がこんな気持ちで世の中を歩き渡って行くなんて見過ごすことなんてこれっぽっちもできない。

苦しいんだ。それを視ていると――こんな気持ちになるのは僕ひとりで十分なんだよ。

すると、久王が唇を震わせ、肩も振動させた。

「……黙れ、何もできない癖に! 偽善者面するな!」

 そう囁く声が、いつになく冷たく、硬質な調子で直接心に響く手応えがあった。

 しかし、当惑顔になりながら、僕は腕を払い、傲慢な態度で怨嗟の声を上げた。

「………うるさい。久王! 僕はこの薬を使ったせいか周囲がよく視えるようになった。よくよく考えてみると、お前はやっぱり優しい奴だよ。僕のことちゃんと見ている。うれしいよ。きみはムカつく奴だけど、その見かたはもう、やめにする。僕はお前の言う偽善者はもう卒業する!」

「……(アメ)………お前!」

 久王が表情を変えた――毒気を抜かれる面相になった。

「今日から僕は身も心も汚れる! だから、お前も今からそういう見かたするのはやめろ!」

 次の瞬間――僕の足が久王の懐まで飛び込み、拳を、握る。

「僕はきみのようにはならない!」僕の拳が唸る。「だけど、きみと一緒で彼女を救いたい気持ちは同じだ」剃刀のパンチが久王の顔面に渾身の一撃で炸裂する。久王は顎を仰け反らせて、後方に大きくよろめいた。

「そして、きみたちには織姫さんは任してはおけない! 僕がこの力で彼女を奪って見せる! 久王は黙って僕の物語に縋ってればいいんだ!」

 僕は今までの溜まりに溜まっていた鬱憤を含め怒鳴った。久王の霊気とは比較すらできない、別格のオーラ――凄まじい霊気と殺気を迸らせた。

 殴られた久王が大きく目を見開いて、目を泳がせる。僕を暫時、見据えた。

 しかし逐次に、

「………ハッ……。お前、いい加減なことヌかしてると叩き殺すぞ! 何が言いたい…お前に何ができる? 俺を殴れたぐらいで図に乗るなよ! ああ、そういう事か? 麻薬を使っていい気分にでもなったか? ふざけるなよ! 突然別人に生まれ変わりやがって、麻薬中毒者めが! そんな状態で『はい』そーですかって権限を手放すとでも。信用がない奴に織姫を任せておけるか――ましてや、敵である忍者(ニンジャ)に彼女を救う事態、この俺のプライドが許さない!」

 と、吐き散らすと同時に久王が切れ味の鋭い瞳に移り変わる。

「……、」

 僕の舌が凍りつく。

僕は一瞬、言葉を失う。

 ――麻薬? そうか。あれは麻薬だったのか。道理で人を殺したいほどやる気に満ち溢れている訳だ。

 だったら、久王の言う通り身を引いた方がいいかもしれない。

 けど、いい加減、口にしてしまったことは行動に映さないと――いけないんだ。

 今はそう思う。

 夜空を見上げたまま奥歯を噛締めて――僕は苦笑してつぶやいた。

「そうか、きみは心から好きなんだね。織姫さんのことが」

「………………、なっ?」

 僕の発言に久王がぽかんとした顔で完全停止した。が、やがて、その顔に最大級の憤怒と羞恥を混合した表情が浮かぶ。その眉根と目尻を吊り上げるのはどうやら、図星だったらしい。

「恥じることはないと思う。それは彼女が好きでその子を護りたい気持ちで――大切にしたいってことだ。自分が護っていた者を横取りされるのはいい気分じゃあないってことぐらい僕にもわかる」

「……それがわかっていて――何故、お前は邪魔をする?」

 押し潰すような低い声に、僕は困窮した。

「それは、きっと…きみと同じだからだと思う。僕もあの子の姿に魅かれたんだ」

「――勝手な事をほざくな、麻薬中毒者めが。………お前に織姫の孤独を受け止めきれるはずが無い。彼女を一番理解しているのは俺だ! まして、彼女の何がわかるというのだ! 俺はあの子の孤独を誰よりも知っているからこそさっさと楽にさせて上げたい! こんな苦しい時代から解き放って上げたい! もう、見たくないんだ! 感情を表に出せない織姫を見たくない! ゆえに俺を裏切った織姫を許せないんだ!」

 相似的だと、発言された久王は癇に障り、すごい剣幕で怒鳴り込む。と、駆け寄って、トマホークで一度斬りつける。ひやっとした僕は当然のように瞬時に体術を行うために必須な力。霊力を忍力へ変換させ、練り上げ、黒羽でそのトマホークに向かって右上段構えから叩きつける。擦れ合う刀身から火花を散らしてほんのちょっと慣れない手首に負荷がかかる。が、突如僕は受け身の体勢に入り込み、そのトマホークの力を滑り込ませるように外へ分散させる。

 構わず、久王がブンッと力任せに横斬りに振るうと実戦不足の僕は当然のように素っ飛ぶ。

だが、僕はクルクルと体を回転させ、どこかの物体を蹴って一気に飛び出し、地面スレスレを滑空するように突き進んだ。

僕は闇雲に久王へ突っかかる。

それは悉く躱されながら、僕は久王を暴力的に否定した。

「そんなのただの自己満足だ――そうしたのだってきみを信じ切ってなかっただけだぞ!」

「黙れ。これは俺だけの意思じゃあない。寺院の命令だ。俺はその教えがもっとも想い人にとって最善の手段なら、報われる方法なら、喜んで従う。だから、邪魔だと思ったお前も! 織姫を独占しようとするお前も! 地獄へ葬る!」

 苦悩の色が濃い、その情がそのままトマホークに注がれ、その左の一撃が僕の脇腹に達する。が、直前で黒羽により阻む、弾き返した。次の余勢を駆るために距離を取りながら、息荒く僕は胡乱げに答え「………なんだ、それ? 織姫さんがまるで束縛されているみたいじゃあないか」僕はさながら、地を這うような低さから、右足を全力で踏み切って数メートルをまたたく間に詰めた。剣尖が久王へ殺到中――僕は訝しそうな目つきで言葉を続けた。

「彼女の人権無視かよ。信じられねぇ。だから、織姫さんは居心地悪くして寺院を脱け出し、きみを捨てて逃げてきたんだろ。そんなこともわからないのか。それで彼女を血まみれにしてまで………………中毒者って言ったら、きみもだろぉお久王。ざけんな、ふざけんな。宗教を縋って生きるのは人間としてどうかと思うぞ! バカ野郎!」

「アサシンを侮辱するな!」

 久王は奥歯を噛締めたい気持ちで僕の肩に憤怒の衝撃を入れる。ぎりぎりのタイミングで、僕の剣が攻撃の軌道をわずかに逸らすも、これを狙っていたかのように左袖に仕込まれた投げナイフをもう一度、向かって行った方向へぶっ刺す。パァと血が噴き上がり、飛散。僕は悲鳴を上げるよりも先に身も凍る恐怖を味わいながら、「そんなもの知るかッ。きみらの都合ばっか、押し付けていい加減にしろよ!」と響く激痛を堪えて睨みつけた途端に、久王がトマホークを構えなおして間合いを詰めてくる。連続攻撃の応酬を僕は覚悟しながら、「自分たち中心で世界が回っているとか勘違いもいいところだ。そこに織姫さんのことなんざ一瞬も考えてないじゃあねぇかよ!」僕は険しい表情を浮かべる。と、虚を衝く久王はまるで訊く耳を持たないような素振りで背中からもう片方のトマホークを左手で構える。危機を悟った僕も背中に背負う白銀の羽のように美しい白羽を左手に構える。すると、刃同士が阻まれ、刃同士が弾く繰り返しが続く。僕はその激戦中に「寺院がなんだ? 教団がなんだ? アサシンがなんだ? そこにきみの意思が全部詰っているとでもいうのか! きみは人間だろ。その足でどこまでも判断ができるじゃあないか!」と、僕は絶叫する。

慣れない物事などに直面して僕の顔が不自然に突っ張る。

 軽く唇を噛んでから、久王はいきり立った、荒々しい態度と嫉妬する顔つきになった。

「家族を持つお前に何がわかる。俺らはそんな羨ましいものなんて持っていない。だったら、金も力も権力もなければ、拾われた孤児は親に誠意を尽くすのは当然なんだよ。そんな人にどう考えたって反抗できる訳ないだろ! バカ野郎はそっちだ! この野郎!」

 その声の響きはやけに氷のように冷たい。

久王は唇に自嘲を浮かべて薄ら笑った。

それに基づき、その面相からなにかを読み取った勘に満ち溢れる微笑で、

「……そうか。結局きみも僕みたいにこの時代を拒絶しているわけだ」

「…………」

 その淀みのある囁きが、妙に久王の心へ粘りつき、鼻白む。と、ガチガチと体を震わせ、攻撃を止めて、奥歯を噛むように久王が目を閉じた。

 柳福久王は口を噤む。

 僕の肩から流れる血が焙られるような乾きになってきた。

 慣れない動きをしたせいか? 心臓の心拍数が常人よりも遥かに上を行っている。

 気のせいか――僕の口の中がやけに血の味がしてきた。

激痛で意識が朦朧とする僕は周囲の灼熱のせいもあり、一気に体力が奪われるような気がした。だが、僕はそれと同等の感情を爆発させた。あたかも、油に火を点けるように。

「知っているか? 織姫さんは人一倍努力家なことを。恐くたって寂しくても哀しくても苦しくても。それでもなお、野望のためにこの時代に立ち向かおうとしている。僕やきみと違って随分大人だと思うよ。僕はそんな彼女がカッコいいと思う。僕はたぶん、そんな織姫さんに魅かれたんだ――勇気を貰ったんだ」

 自分が持っていないものを織姫が全て持っている。その羨ましさが醜い峻烈な咆哮へと変わっていることに僕は途中で気づき、そんな自分を自己嫌悪した。

 僕はぐっと柄を握りしめる。

 嫌な自分だろうと、理解しつつも久王の前では、初めて自分で見つけた大切な友達を護るため、全て拒絶するような言い方で決意を示した。

「だから、久王。きみたちには織姫さんを渡さない!」

 ぐっ、と。なにか吐き気を抑えるように、久王の喉が動いた。

「ふん。結局、貴様は事の顛末がまるでわかっていないようだな」

 僕の紅葉色の瞳を睨みつける久王はさげすみ笑う。

 諦観の段階に達してない僕のことを広く大きな見通しをもっている笑い方だ。

 そいつの言葉など、僕はもう耳を傾ける気はなかった。それでも退く理由など、どこにもなかった僕は訝しそうな眼光を閃かせ、強い不快感を持った。

「なにがいいたいんだ。(ひさ)(おう)――」

「どんなに自分が変わろうと、どんなに覚悟や決意を固めても織姫を扱える貴様とは到底思えない――ゆえに禍をもたらす彼女のそばに居られるほど、誰もがその器を持っていないだろう」

 久王に再び自嘲が浮かぶ。破滅的で威圧的で享楽的。

 遠回しに言う久王にそろそろ苛立ってきた僕は睨みつける――もう一度問い質した。

「きみはなにがいいたい。禍? またもや、きみは織姫さんをバカにして――」

「バカに? 笑わせるな! バカにしているのは織姫だろう?」

 久王は心臓の鼓動に合わせて脈打つ心の傷の感触に眉をひそめながら、漠然とした不満を抱く。

 久王が少し僕から離れ、睥睨に、

「…………(アメ)――お前。訊いていないのか。そうか、お前も信じられてないのだな。織姫に」

 その酷く硬い声は、まるで分厚い鋼に鎧われているかのようだった。

「……どういうことだよ。でも。今はきみよりマシだと思えるけど!」

「そうとは思えないが……まぁこんな醜い争いは終わりにして。知りたいか。我々が(ゆき)(そで)織姫(おりひめ)を全力で保護する理由を?」

「なに…なに、ふざけたことぬかしてやがる」

 そう言いながら、怪訝な顔つきでいる僕はまったく()()の発言が読み取れなかった。

 僕は久王の言っている言葉の意味がわからない。

捉えきれなかったのである。

 けれど、(りゅう)(ふく)(ひさ)(おう)は血を吐くように、堂々と、しかし、空恐ろしくなるほど、虚ろな目つきと声で陳ずる、

「あいつは――雪袖織姫は禍根な女だ。ゆえにあの子の、ものひとつの名が滅びの歌姫だよ!」

 それでも、そのでっち上げた――嘘っぱちのような――今日ふっと思い出したハッタリのようなその信用ならない片言が、当然のように頭の中で受け入れられることができなかった。

それは僕へ威圧するために、大げさな言動をして諦めさせるための最終手段だったのかもしれない。が、不思議にも僕の瞳にはそうは映らなかった。

 そのことも含め、僕は、驚くよりも怒るよりも、先に呆れてしまい、悄然と絶句する嵌めになる。


     †


 ――わたしは普通の女の子になりたいだけなのに。

 

今から七年前の話。

ある日のある夜に、日光の山奥は一夜にして火の海となった。

それは何か事が起こるのを予想させるような出来事ではなくて、突然、内乱が勃発したのである。

村は人工的に発生させられた天災により壊滅。この術はおそらく、かつての修験道の元となる霊的術式であり、修験道から分岐された呪術であろう。今まで味わったことのないこの刺激を使える者は忍者(ニンジャ)が行使する忍術か? 暗殺者(アサシン)が行使する呪術しかあるまい。

つい、さっきまで送り続けてきた――何も変わったこともなく、おだやかな日々が一瞬で地獄へと塗り替えられてしまったのは霊気の質で咄嗟にわかることだった――これは暗殺者(アサシン)の手によるもの。まるで、この咎人(とがびと)の村に向かって、「この世で悪いことをした者が苦しみを受けるのは当然の天罰だ!」と、でも言うようだ。

どうやら、仕掛けてきたのは暗殺者(アサシン)だった。それも、織姫の父の同僚たちだ。

暗殺者(アサシン)を撃退しようと挑んだ村の咎人(とがびと)たちは次々と社会から抹殺され、美しい川の音色や鳥の鳴き声や豊かな自然は一気に汚染されて視界が真っ赤になるようだ。おまけに道端に転がる夥しい死者の数がひどく異様なさま。怪奇なさまでぶっ倒れている。

また、人間の肉の焼けるにおいが、己の嗅覚に染みつき、それが刺激となって残って織姫は泣いた。両親に手を引っ張られて泣き続けた。

自分の大切な友達。親友の()()ちゃん。寺子屋の先生。村の知り合い。初恋の相手の霊気がたちまち、プツンと消えていく。人の生命が感じられなくなっていく。この村で生きる人たちの散る霊気を惜しみ、悲しみ、恐れながら、敵の術を両親が必死な思いで娘のために食い止めて、ひたすら安全地帯へ向かう。

しかし、こうしている一方――

残された村人も次々に大量虐殺され続けられていった。

物陰で隠れていた者や運よく生き延びられた者などは、恐怖に耐えきれず、村の外へ逃げるが敵によりあらかじめ仕掛けられていたトラップに引っ掛かり、体が無残に解体(バラバラ)

暗殺者(アサシン)の軍勢大よそ三十人。やられる者はひとりもいない。無傷と言っても過言ではない。

気づけば、生き残ったのは自分たちだけ。

仲間を見捨てて行った気持ちが苦くて苦しく思う。

織姫の父と母は同志たちに対して慈悲心を起して、しんどい中、悲壮な決意で闘争本能をさらに燃やす。が、いつの間か敵の誘導作戦にまんまと引っ掛かった織姫たちは窮地に陥る。

織姫は泣きながら、心底惜しむ。力がなかった自分が無念に想い悔しくて堪らない。

突如、唖然となる父とあざける母は言った。


「「降伏しよう織姫ちゃん……」。「ごめん――織姫。一緒に死ぬから安心して……」」


 二人は、深い絶望に囚われていた。

ちょっと言っていることがよくわからなかったがちょっとしたら、織姫がその意味をしっかり理解する。もう、無理だという――そのやる気のない感情が、霊気にも影響を及ぼして収斂されていく。その悄然たる後ろ姿を瞠目する織姫は未だに泣きながら、必死に悲痛な面持ちと叫びでぎゃぁぎゃぁ弁解するが、もはや、二人は両目の焦点が合っていないのと、大事な娘を配慮する余裕さえ、消滅していた。

 本当に気づけば、三人はたじろぐになって希望を失っていた。

本当に気づけば、村は灰と炎の嵐に覆われていた。

本当にそこで織姫が生まれ、そこで育った村。

本当に愛していた――大好きな村や人々。

織姫は生きている中でずっと宝物だと思っていたものたち。

だが、今残されている宝物は(そば)と(に)(いる)だけ。

頼りのない両親だけ。

今まで見たことがない父と母だけ。

そばにいるものは織姫を見捨てた――裏切った宝物。

何となく織姫は思った。

これが絶望だと。

そう、確信したときだ――まるでそれが前触れかのようになり、突如、織姫の父の体が真っ二つになって血が噴水のように溢れ出して、遺体が空中に――放物線を描きながら、ボールのように飛んでいく。

これでまた、織姫の大切な者が消える――織姫は、「あああああ」という絶叫する。

 その後、母が壊された人形のように、吹っ飛ばされ、手足を投げ出して地面へ落ちた。

そして、底抜けた恐怖が、織姫を襲い始める。

そして、感情が拒否して理性が消滅する。

織姫の瞳はスイッチを切ったように、感情が消え失せていた。

 もう、どうしようもなく、心が砕けた。絶望した。

 もう、どうしようもなくて、こいつらを殺すしかないと思うほど追い詰められて、無心になりながら、無心に神々しい霊気に満ち溢れる――そのとき、全てを解放して歌う。

 霊気を呪力に練り上げて歌う――自分の絶望を共感させるために。

 織姫は全てを滅ぼす気持ちで負の感情を込める、言霊を周囲に捧げると一撃で殺していく。

 滅びの歌を歌って、歌って、歌った。

 恨みの歌も歌った。

 悲痛の歌も歌った。

 苦痛の歌も歌った。

 憎しみの歌も歌った。

 絶望の歌も歌った。

 気づけば、みんな死んでいた。

 気づいてなお、織姫はキラキラ光る涙をこぼして、溢れ、自分の力に気づきながらも、美声をやめなかった。

極限に追い詰められた中で突如生まれた自分の才能が末恐ろしく思い、その感情も声に出して発散させる。


――自分が好きな歌がこうなってしまうとは思わなかった。


どうしてなの。どうして、世の中は幸せじゃあないの。織姫は、普通の女の子になりたいだけなのに。たった、それだけなのに。人は何故争いをしなくてはならない。人は憎むべきものが多すぎる。織姫の父と母や村の人たちが悪いことしてきたのは知っているけど、みんな反省して罪を背負って精一杯生きて、その人のために全力で報いるのにどうして許されないの。

そうなってしまうのなら、救われない者はどうやっても救えないのなら、この恵みの歌で救えない者たちへ愛と幸せを送ろう。愛と幸せを哀しみと苦しみへ誘う者たちを滅びの歌で殺しつくそう。それが、できないのなら、幸せを勝ち取るためにどんな手段を執っても、邪魔者は排除する。

誰かが、この運命を背負うことになるのなら、そのくじを織姫が選んで時代(うんめい)を変えよう。

明日笑える未来を創るためだけに。未来永劫に変わらぬ思いで織姫は固く決意する。

絶対に――何を言われようとも。ずっと、この想いは変わらない。まずは、父が以前、探し求めていた物を探そう。ただそれだけの気まぐれでボロボロの体が動いた。そして久王と出会って助けて貰った。しかし、彼はどっかの暗殺者(アサシン)の関係者だった。が、身寄りのない自分がこれから生きていくにはこの人を頼るしか……選択肢は残されてはいなかった。織姫は野望のために彼らを利用した。そして利用して利用して利用して自分を強くして、フランス教団の宝物庫に隠されていた父の道標(みちしるべ)を発見して、奪って、逃げて、彼らを裏切った。

だけど、できなかった。ひとりじゃあ何もできなかった。


そうして、今、列車内で織姫が夢から覚める。


     Ⅲ

 


 ――織姫が滅びの歌姫?


 意味が分からなかった。言葉の意味が理解できなかった。思考が追い着かなかった。

黒羽と白羽を地面に突き刺して、肩に貫通しているナイフを無理やり抜き出し、血が溢れているところを手で抑えながら、久王の顔面を見据えて僕は立ち尽くす、それは壮絶な激痛のせいで空耳だったのかもしれない。だけど、久王から口にしたものは紛れもない事実のような語り話だった。久王が口にした不明瞭な言葉だった。だが、到底僕には信じられない。だってありえない。たしかに言霊というマントラ術の類ならこの現代には多くの術式がある。しかしありえない。人の感情へ自由に入り込み感情を自由に操れる言霊があるだなんて。だって。だって。あーくそ。織姫が滅びの歌姫だと。だが、そう考えてしまうと、織姫がいろんな奴らに狙われる理由が不意に繋がる。織姫が前に祖国を滅ぼされて、彼女がやろうとしていることの理由も繋がった。道理で人を怖がり、人を信じていないのがようやくわかってきた。

「率直に言おうか。(アメ)!」そう言って久王が両目を瞑って、「事が大ごとになる前にアレを捕獲しなくてはならない。我々の任務、邪魔をするのなら、ここで俺に優しく殺されるか? ここで怯えて逃げるか? 選べ!」ゾッとしてしまえるほどの人を殺そうとする気配と気迫。激しい憎悪と敵意に満ちた、不穏な空気の気配が僕の心を押し潰そうとしている。

 そのせいで僕は激痛の肩を血が通えないほど握り潰し、心やからだが引き締まったり、慣れない物事などに直面して、心が張りつめて体がかたくなったりした。

 おそらく、今の力じゃあコイツには勝てないと思いながら、

「……やだね。僕は決めたんだ。あの子と、友達になりたいって!」

 それでも、僕は言った。ここで安易に気持ちを譲る気なんてわけにはいかなかったから。

「馬鹿につける薬はないか。そうか」久王がトマホークを背中にしまってから「モウ・ギャク・サビ・ララ・ゴウ・シャク・エン・カキ」詠唱する。呪文が木霊した。霊力を呪力に練り上げ、久王の霊力の質が変わり、燃え上がる赤色(レッド)の波動を波のように揺すと、周囲の火炎を手に集め大球体を形成。そして、「()()爆裂波(エクスプロージョンショット)!」その術の名を裂帛のように叫び、同時進行に投げる。まるで爆弾だ。

 直後、僕はキッと表情を引き締め、姿勢を落とした。

片膝をついて、目の前の大球体をさらに、ねめつける。そのまま構えた。

僕は「()(ジャ)(ケン)――!」と、唱えながら、左右の人差し指と中指を束ね、それぞれの左右の指を互い違いに組み合わせ、掌を合わせる。

僕は目にも止まらぬスピードで三結印。そのひとつひとつに己の忍力を込めて「土遁(ドトン)土壌墻壁(ドジョウショウヘキ)!」その術名を叫ぶと並行に両手で地面を叩いて忍力を注ぎ込む。すると、自分が踏んでいる地面がまるで、墨でも描いたように紋章が浮かび上がり、拡散して、ドドドン! という衝撃が地震のように足元が震え、忍力の防壁が隆起して出てきた。

飛来した火炎の玉を、土壁で食い止める。と、まるで爆弾でも爆発したように爆発した。

――実は言うとさっき、吹っ飛ばされたときもこれで食い止めたけど。結構使えるな、先生!

この術は担任の先生に教えて貰った初歩中の初歩だ。簡単な演算(式)でできる術らしい。

結構ハラハラしながら、自分の剣を一本一本しまう。

と、僕はモクモクと発生する煙の中を抜け出した。

「……」

ここからは、もう接近戦は不利か無理に近い。

血まみれの肩が上に上がらないと気づく僕は今の状態じゃあ、激しい運動は無理と悟る。

それと、体力的が問題も抱えていた。

自分の息が次第に荒れていく。

ここからは遠距離攻撃に掛けるしかない。

なら、担任に教わった――今習得している三つの中を上手く連携をとっていくよう――よく思考を巡らせるしか手はないだろう。

「忍術を使えるようになったか。どうやら、その麻薬、内なる力を開放するみたいだな」

 自尊心が高い久王は口もとに微笑を漂わす。両手拳を軽く突きあわせる。

 久王は左右に動き回る僕を見回す。

 そして久王も駆ける。

腰から孤を描くナイフを取り出し構えてから呪力をそれに注ぎ込み、きわだって美しいさまに炎のオーラを放つ。

「はっ!」

 キレのある声を出すと同時に、炎色の刃が滑らかな動きで空間を貫く。

 僕の往くところ、把握し、精密且つ的確に捉え降り注ぐ。その狙いどころは完璧。爆破した。

「畜生っ。読まれた!」

僕の体が疲労困憊、このままでは行き倒れてしまう、と思い建物で休憩を取るため、忍び込もうと考えたが、その入り口が遮断――上から雪崩がように瓦礫が派手に崩れ落ちる。

それを僕は見遣った。忍者(ニンジャ)としてはもの足りない筋肉がいまにも悲鳴を上げそうだ。

僕は爆音とともに右へ円を描くように回る。

永劫に繰り返される殺人投げナイフの群れを逃避行する戦闘は今の僕にとって、苦痛の他に合う言葉はないだろう。なぜなら、僕はまったくの忍びド素人、ゆえに才能皆無のポンコツだ。戦況に翻弄され。やはり逃げまどう僕は、いまや、久王の掌だ――戦場を支配されている。

だが、逃げているばかりではこの戦況を翻すことは不可能と思った。僕は単純にそう思った。

戦うマシーンのように余計な考えは捨てて、僕は苦笑いをへばりつかせる。久王と同じように真似をして忍具ケースから何枚か三角手裏剣(しゅりけん)を手に取り、目は標的を探し、右手に構える一枚の手裏剣(しゅりけん)に霊力を注いだ。

「くらえ!」

 僕は地面から高く飛んでから一枚撃つ。二枚撃つ。三枚撃つ。僕の放った手裏剣(しゅりけん)がランダムにシュルシュルシュル、軌道を描く。しかし、その青白い魂の籠った手裏剣(しゅりけん)は無謀ともいえる直感を受け入れるものであった。

 一瞬だけ久王が油断を見せる。が、それもたった一瞬。

 次の瞬間――

久王が舞って、多数の投げナイフが空間を貫き。僕の手裏剣(しゅりけん)がけたたましく弾き飛ばされる。

「………なっ!」

 その手裏剣(しゅりけん)が逆に不意打ち効果だと、一瞬で理解した僕に次の驚愕が襲い掛かった。

 そいつをまたもや、直感術(シックスセンサー)を使ってギリギリに避けながら、頭上をスピアのような刃が通り過ぎる。

 端的に言ってコイツには敵わないかもしれないが、僕の最大の武器である直感術(シックスセンサー)を頼れば、その不可能性を意外性に変えられる可能性があるかもしれない。

 その集中を一度でも疎かにしてしまえば、必ず袋の鼠だ。絶対に三途の川の切符獲得できるだろう。

 こっちは、ド素人あっちは、殺しのエキスパートだが、今の僕には負けられない理由が出来ている。ここは一歩失敗すれば、あの世に行く境界線に安易に下がってしまうだろう。だから、僕は一歩手前の気持ちで抗うしかない気持ちで、

土遁(ドトン)土壌墻壁(ドジョウショウヘキ)!」

 僕は土壁を隆起させ、攻撃を食い止めながら、走り回って行く。

「くそ。くそ。久王の奴…苛酷過ぎるぞ。結局はお互いに友達風になりすましていたってことか……いや、元々そうだったんだからごちゃごちゃ言っても無意味だよなっ。僕!」

 さっきまで感じなかった新たな恐怖が次第に生まれていく。僕の中から恐怖が消えない。僕は恐怖している。僕はおののいているのか。気づけば、久王に対していつの間にか殺気が消えていた。

 僕の視界の外に殺気そのものが近づいてきた。

(アメ)! お前には…護る者がいないから、この時代の仕組みと戦う事できないんだよ。織姫を助けるとか、思っているようだが、それは絶対に一瞬の思いつきに過ぎない。たとえ…この場を乗り切って……俺の織姫を救ったとしても、それはたった一回だけの事だろ? その続きを永遠に続けられるのかお前には! いや、できないんだよ。貴様には!」

視界から今度は久王が体術を仕掛けてきた。

「………わからない……だけど、僕は前に…………いい加減前に進みたくて…きみと戦っていると思うんだ。きみと戦って倒して。僕は…僕は、あの子と『友達』になりたい。だから、きみの言う通りに保証できないけど、嫌われ者のアサシンたちよりは僕が織姫さんを救った方が彼女のためになるんじゃあないのか。もし僕が負けてでもして……きみはアサシンだ。きっと無害の人たちまで殺すと思える。だから、ここは(ゆず)るわけにはいかない」

「……、」

 久王が舌打ちをする。

僕は直感術(シックスセンサー)で気の流れを読んでギリギリに避け続ける。背筋に戦慄が蹂躙する。

「…憶測をたくましくする奴だな。しかし、これくらいで汗を流しているようではお前の力量は並み(その)以下(程度)だ! 俺はまだ、本気で殺しにかかっていないぞ。力不足の秋條(あきしの)(アメ)……!」

しかし、何故か? 恐怖とともにあることに、僕はその言葉で安心感を持った。

アサシンを語る奴のことはよくわからない。どうしてこう言う結末を望むのだろう。どうして久王は友達風な関係を持つ僕にさえ、揺るがなく刃を向けるのだろうか。でもそれは全部護りたい者を護るために戦っているんだろうと、その一発一発籠められる攻撃で直感できる。その思いが彼の口で告げなくともこの戦いで僕にはわかる。

 久王は優しい。いつも優しくてその優しさの方向が、単に僕ではないだけだ。そう。僕ではなく織姫に向けられる愛なんだ。その愛を護るためなら久王は手段を択ばないだろう。

だが、その雨のように濁りきった愛を僕は今砕こうとしている。

「…安心しろ。(アメ)。ここでは殺さない。ここで気絶させてのち殺してやる! それなら、楽に死ねるだろう?」

 久王の切れ長の瞳の奥から殺意ではなく優しく鋭く澄んでいる。

 それについ見惚れてしまった僕は久王に二、三発殴られ、首を掴まれる。

「……、」

 ――くっそ……ミスった! いや、もう疲労がハンパじゃあないせいで動きが鈍ったのか。

 ギリ、と奥歯を噛締めて久王の手を握りしめる。

「…、どうした。そんなものか。お前が手にした力は。俺の力より劣っているな。(アメ)……」

「………、うるっ……せぇっ……」

 なんも力のない僕はただ自分に負けたくない眼光を光らせる。遠く見透かすように。

「……弱者風情が口だけはやはり達者なわけか?」

「……ぐっぉぉお!」

互いに対峙する。

「……、」

 その輝きを向けているは決して目の前のストーカー野郎じゃあない。

織姫に向けられているもの。

僕は彼女のおかげで自分を変えられるきっかけをくれたんだ。

その恩返しも含めて助けることにしたんだ。単なる思い付きじゃあないって久王に言いたい。

ここで折れたら彼女に恩を仇で返すことになってしまう。

そんなわけで――ここで簡単に命を折るわけにはいかない。決してだ。

 あの織姫が抱え込んでいる悩みや苦痛は死のようだろう。

 苦し紛れに僕の全身が力んだ、

「……、なに……勝ち…誇って…いやがる。テメェ…この僕が…弱いって…ゆーのなら、とっくに…とっくに…殺しているはず…だぞ。んな、見せか…け…のハッタリ……かましやがって…テメェは…そうやってやせ我慢をして……人を殺すのかよ…殺される立場から……してみれば、なら、助けろって……憎たらしいって……思うねっ。そんなん……じゃあ……テメェは…織姫を……殺す…ために…指先の爪にさえ…触れ…られない…と……思う……ぞぉお……!」

「……知ったような口を利くな! 勝手にほざくなッ! 勘違いするなよ。ド素人が! 俺は責めての殺す奴に対しての敬意を表しているだけだ。あまり痛みを感じず楽に逝かせてやるのが俺のやり方だ!」

「………、じゃあ訊く。……そんだけ…力を持っていて……なんで…テメェは…ワザと………自分を…苦しま…せる…ことを…して…いやがる…なんで…迷った面をしている……ふ…ざけんなよ………ナニ…が…優しい…殺し方だ……こラァァ…! た、単なる…さ……自分だって…臆病なんじゃあ……んかよ!」

「………ッ」

 久王は戸惑う。

 久王は、僕の首を少し緩める。その隙に僕は手を伸ばして――胸ぐらを掴んで――久王を引っ張り顔面を接近させる。

 僕はボロボロな身体を全身全霊に霊気を漲らせる。

 もう、こんな裏切り(アサシン)に微塵も恐怖を感じない。

 僕は再び蘇える殺意ある瞳で、

「テメェのとこの上司に従うのは別に勝ってだけど、大事な仲間をキズつける奴の命令なんてクズがやることだ。テメェは滅びの歌姫だからって彼女を煙たがるのかよ。こんな素晴らしい力があるのなら、嫌われようが何になろうが大事なもんを意地でも護ってみせてみろ。三下!」

 滅びの歌姫とか言われてあたかも化け物扱いされているようにしか僕には見えない。

あの子はたしかにこの時代に害があるかもしれない。

けど、そんなことだろうと織姫はたったひとりの女の子だ。

あんなに幸せを求めていた女の子だ。

彼女はどう考えたって決して悪くないと思う。

悪いことをする女の子じゃあないはずなんだ。

それなのにアサシンのせいで無抵抗に祖国を襲われ、彼女が不幸なめにあって。たまたま、望んでいない力が生まれちゃっただけじゃあないか。

それなのに血まみれにするほど追いかけ回して。許せないって誰もが思う。いや僕だけがそう思う。

「……………そんな事は俺が一番知っている。俺は寺院で育った孤児だ。寺院で育ったからこの力を貰った。それなのにこの力で(あるじ)に牙を向けって言うのか? お前は」

「ごちゃごちゃ……うるせぇんだよ。そんなこと…自分で考えろ。人に訊くな。テメェは……(りゅう)(ふく)(ひさ)(おう)って言う男だろ。自分の道は…自分で…考えろ。他人に頼ろうと…するな。テメェの道はテメェのものだろ。そんな才能のある力があるのなら、僕は人のためにこの腐った世の中のために何かしてあげたかったよ」

 さっきまで苦痛の思いをしていた僕は生と死のギリギリの境界線を立たされていたが、今はそうは感じられない。単純に泣きたくなった。たぶん久王の羨ましい力が可哀想だとでも思ってしまえたんだろう。そんな誰でも護れそうな力を間違った方向へ使っているから。

「もう…諦めろ。俺に楯突くのはやめろ。他人を苦しめるように殺したくない」

困惑する久王はこの僕の苦しみを理解している顔をしている。

 その面を睨みつける僕は鼻で笑ってやった。

「……、だったら、んな、くだらねぇ言い訳をぐだぐだ…唾、飛ばしてないで――しっかり自分の一本道作ったらどうなんだ!」

 体を動かす。僕は無理やり両手を動かす。

「……何故だ――お前は自分より強い相手に何故、そこまで戦おうとしようとするぅぅうう!」

 久王は浮ついた声を出すと同時に抜き出したナイフを僕の腸の辺りを刺した。

 血が漏れ出しつつ、刺されようが僕の口は開いた。

「……っぐは………、………ナニ戯言。言ってやがる。んなことゆーまでもねぇー! 力を手にしたからに、決まっているだろぉおが! ……力の使い方もしらねぇバカ野郎が! 今のテメェは僕より最弱だぞ!」

 僕は、歯を食いしばんで――久王の右手を両手でがっしり掴む。

 力み過ぎたせいか吐血を吐く。

 もうこの際。どこを損傷しようが関係なく渾身の力を振り絞って「うりゃああ!」って、久王の額に頭突きする。

「ぐぉっ……」

 久王は額から血を流し怯んで僕の首を放した。

 僕は無理やりにまた体を動かして久王から少し離れる。さらにボロボロの体を使って印を練る。たったそれだけのことなのに血が溢れだ。痛い。痛い。痛い。けど。

 それでも僕は隙を見せず、両手を結んで左右の指を色々と動かした。

 混乱して足をよろめきながら、それを見た久王は仰天し、怒りを顕わに「コノヤロウ!」と、叫んだ。あと、久王は黙殺する。

 一方、僕は霊気を全開に上げて、地面を叩いた。

(つち)(かげ)分身(ぶんしん)(じゅつ)――」

 空気が荒れた瞬間、激烈な忍力が唸り上げた――

ドロン、ドロン、ドロン、ドロン、とモクモクと煙から現れた夥しい数の人影。

秋條(あきしの)(アメ)のコピーが雲霞のごとく押し寄せる。

 地面から生成した秋條(あきしの)(アメ)の影がおおよそ二十体くらい。

 久王中心に一帯を囲う影分身を視るだけで背筋が凍る。僕らの殺意が久王へ一点に集中。

「………………俺が……この俺が最弱だと…訊きずてならないな! (アメ)!」

 頭が朦朧する久王は意識を無理やりかき集め、はっきりしてから周囲を見回すと、愕然とした風景を一瞥した。

 だが、久王はこれでも現役のアサシンだ。こんな状況、寺院育ちの久王にとって逆に驚きが、興奮作用を引き起こす代物になっていく。戦いの血が久王の感情を沸騰させた。

 久王は意欲あふれる霊気を漲らせ、それを呪力に変えて燃え上がらせる。

 陰惨で凶悪な笑みをにたぁと、こぼした。

「面白い、面白い、面白い、面白い、面白い、面白い、面白い、面白い、面白い、面白い!」

 そして自分がいる籠の中で禍々しい久王の呪力の炎が、充満する。また、高温の熱風が、逃げ場のない空間で荒れ狂って、秋條(あきしの)(アメ)の影を八対くらい掻き消す。

 その勢いに動じず灼熱する空間で僕は囁いた。

「―――自分(ぼく)(チカラ)できみを倒す!」

 まるで周囲の熱を鎮静させるように且つ僕は気迫に満ちた演技をする。

 僕の言葉に耳を傾ける久王は満更でもなく、

「フン。暗殺者(オレ)と(か)忍者(オマエ)。どちらが、格が上か決着をつけてやる!

「来い。秘薬の力ぁぁっぁあ!」

「行くぞォォォォォオオ!」

 僕らは焦熱の地を躊躇い無く蹴り飛ばして久王に強襲をかける。

 僕は気力を湧かせて邁進に殴りかかろうとするが、久王は(はや)()()護身法(ごしんほう)(ヂン)(トウ)(キツ)、と唱え、指先で縦横横を振り下ろしてから「ダル・マカ・ウン・バン・ゴウ・カツ・ババ・リリ・ハド・レッカ!」裂帛の気合でマントラを唱えた。その瞬間、久王の呪力が爆発し「()()爆裂(エクスプロージョン)()の(イ)()!」と叫んで火の呪術が発動。雄叫びとともに久王が舞う。と、久王の体から噴火でもするかのように火のつるぎが火柱する。その火の刃が怒涛の如く進撃して秋條(あきしの)(アメ)の影を尽く消し飛ばして逝った。

 壮絶な数秒間の後、注意をそちらに引きつけることに成功した僕は忍力を滾らせて空から全力で直進。久王の正面をありったけの力をこめてタックルする。が、久王はそんな子供騙しは予想しているっと含み笑いをしながら、安易に腕でガードする。

 忍力と呪力のぶつかり合いが渦を巻き、土埃と熱風が立ち籠める。

「まだだ!」

 僕は愚痴って右上段突(パンチ)を出す。

フンッと、久王が容赦ナシに微笑すると、僕の右上段突(パンチ)を久王が右手の半月受で受けて、直ちに久王の右足蹴りで反撃。

 それがもろにはいった瞬間、僕の体に不穏の振動がした。身体の中で薪が爆ぜるような音を立てて骨が砕け散った感覚が走る。

「……ぐぁはああああ………」

 僕の口から血が容赦なく漏れ出した。激痛で腹を抱えて後退。

久王はお構い無しに火の球を連射。

「……ッ…、」

ドンッと何度もバク転して、僕は何度も避ける。

ズガガガ、と足を踏ん張りブレーキをかけて僕は体勢を整える。

「……、」

次の攻撃を直感する僕は上を見た。

たちまち。久王が右手を振った瞬間、恐るべき速度で轟っと、燃え上がる火の縄が、蛇が牙を向くように襲い来る。

「……コノォっ」

一瞬、気勢をそがれる僕は痛みを通り越して。意地張って縄跳びのようにジャンプしてピンチを回避する。

と、思ったが透かさず、スピアガンのような燃え盛る炎の群れが僕の瞳に映った。

「くそっ………!」

 全霊気を身に籠らせ、黒羽と白羽を我知らず剣舞する。小さな槍を斬って。斬って。斬りまくる。次々につんざく爆音が飛び散る。まるで爆弾の嵐だ。

 だが、この二本で全てを食い止めるのは自分に負荷がかかり過ぎたため暫時に終わると、途方もない爆弾の嵐にズドドドドド、と巻き込まれる僕は剣を投げ捨てて――宙を飛ぶように前へ転がり、瞬時に距離を詰めながら、奥歯を噛締め、霊気の光芒を纏った拳を久王へ突き出そうとする。が拳同士が交わった。

「どうやら、その力……まだ完全には引き出せてないようだな!」

 久王は残忍な表情を向ける。

 もう。プライドを貶された久王は僕に対して殺す勢いだ。

久王の右手で僕の拳が押され、跳ね返され、眼前に次の左拳が迫ってくる。

僕は、それをまともに食らって苦痛の叫びを上げた。

「ぐはぁっ!」

 避ける余裕がなかった、僕はそのままどこかの建物を貫通して頭から地面に落ちて滑り込む。そしてゴロゴロ、と転がる。

 その滑稽を目視しうる距離で久王はつい冷笑する。

僕に近づきながら、

「俺はフランスに属するアサシン。属する寺院名は『ユリウス』だ。どこかの戦士とは別格なんだよ。(アメ)。もう、戦いに負けたことを認めて、この俺に従う事を進めるが、お前には失望したぞ」

 ――くそ。強い。久王……。アサシンってこんなに強いものなのか。

「うう…。ハア。ハア。ハア。ハア。ゲホ。ゲホ…。うぐ……」

 息が辛い。

 その一歩、一歩、歩く音がまるでカラダや心に感じる苦しみや痛みに響くようだ。

苦痛に顔がゆがむ。

精神的苦痛により絡められる。

 ――もうダメだ。血が足りない。あっちこっち、からだが重い。

 そう思い込むほど苦痛と痛みが風船のように膨らんだ。もう、もう、血と肉と骨と内臓がばらばらに痛い。

「……」

 僕は気が動転して頭がぼんやりとかすむ。腹の中から口の外へ一気に血が溢れ返る。やつれる。激痛によりのたれ死にそうな僕を久王がせせら笑いする。さらにお構いなしに横腹へ向かって、久王が足で蹴り飛ばす。

「…ぐふっ……」

僕はゴロゴロ転がる。

 僕は悲鳴をあげる代わりに吐血を吐く。

 僕の悄然とする瞳に映るのは血の涙も知らない――柳福久王の平然とした顔。

 その顔を見て心の奥底から大恥を掻いた。大口叩いていたわりには結局僕はカッコ悪い。今のこの情けない格好は自分でも哀れだと思う。


 ――結局。力を手にしても僕はこの程度だ……。ああ、明日から本来の生活へ元に戻ろう。

 

 そのとき、僕の眼の前に一度も見たことのない織姫の笑う姿が一瞬、白昼夢のように流れた。

 

そうだ!

僕はきみの笑った姿を見たくてここまで来たんだ!

きっと心の底でどこかで想ってて――ここまで僕は邁進してきたんだ!

僕をそうさせたのは紛れもない雪袖織姫!

僕は彼女のために――ここから這い上がらなきゃならない!

「……、っ」 

 僕は血を含む奥歯を噛むようにして、ギュッ、目を閉じた。

僕は皮膚が切れるくらいギュッと、拳を握りしめる。

精一杯の雄叫びと気勢によりボロボロの体が本能的に立ち上がろうとする。

「…………、ううぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅううううう!……」

 僕は何となく、わかった。

 コイツの望み。要は織姫が幸せでいられることを望んでいるんだ。

 この優しいアサシンは愛する人のために魂を燃やし続けている。

その理由をちょっとでも理解すれば、簡単なことだ。

柳福久王って言う男は彼女の笑顔が見たくて一生懸命になっているってことだろ。

だけど、それは一度だって叶わなかった。

挙句の果てには――仲間だとも一度も思ったことのない織姫が野望のために逃げた。

何故なら。

 かつて幸せな笑顔で生き生きして暮らしていた織姫が突然、笑顔と幸せを滅ぼしたのが、コイツらと同じアサシンだから。

 そりゃ。信用できる人がいなくて。笑いを掛ける人がいないのも当然だ。

 いつものように笑いたくて。いつものように笑顔で過ごしたくて彼女はひとりで戦っている。

 それが気づけなかったのはコイツの不備な点。

 だったら、

「……………か、彼女を笑顔で幸せに…できるのは…」僕は拳を握りしめ、震わせ、「この僕しかいない……だ、ここで負けを……認める…わけに…は……ひ、引き下がる…わけに…はいかない!」再び瞳の奥が閃く。闘志が燃え上がる。

 あの日から織姫が希望を失い。この七年間。

織姫は誰かを好きになれず、頼れず、信用できず、にたった独りぼっちだった。僕と一緒だ。

それが、正解だなんて思えない。この時代が正解だなんて思えない。人間の正しい道のりの正しい方法なんかもわからない。僕と織姫が考えていることが正しい方法だなんてわかるはずもない。


――それでも僕は彼女が笑えるところを作ってやりたい。


「お前、如きゴミが一人で何ができる! 織姫は咎人(とがびと)。誰も救えないんだよ!」

 肩を震え上がらせる久王が静かな怒声を吐いた。ビク、ビクッ、と久王は全身を痙攣させた。

 僕はボロボロの右手を動かし、構え、残りの霊力を練る。

 そのわずかに残された霊気を忍力に変えて右手拳にそれを溜めて収斂させる。

「……いや…救える! きみは本当の孤独と、なにかを拒絶することを知らないから織姫を救えなかったんだ! だから、きみはこれからも織姫を救うことができない! やはり、きみには任せてはおけない! それは僕ができる仕事だ!」

 きっ、と僕の目が力を帯びた。

 久王は顔色をなくし、血のにじみそうなほど強く唇を噛締めた。

 漆黒のローブに包まれた小さな肩を今度は暴発を押さえるように小刻みに震える。全身の噴霧と後悔がにじみ出ている証拠だ。それはあたかも、自分の私物が他人に強奪されて、堪らなく暴れる寸前の子供のようである。教室なかでの様子とは、まるで別人。いつもの毅然としたクールさが失われている。

 そんな久王は歯噛みしながら、唸るようにもらした、

「もはや、言い聞かせても無意味ってことだな! 友達ひとり消えるとは哀しい結末だよ。(アメ)!」

「その気がない癖にウソを吐くなよ! 裏切り者!」

 と、僕の怨嗟の声音がつい、微笑してもれる。

 しかし久王は耳を貸さないで静かにゆっくりと、息を吸って周囲の灼熱を拳にかき集める。

 あいつもこの一撃で終止符を打つつもりらしい。

 もう肩やなにもかも砕けているが左腕を動かして、血が漏れ出しても、申の一印を練ってドロン、と一体だけ影分身を出現させる。その影も自分と同じでボロボロだが、僕と思うことは同じはずだ。

 ガチガチと。今にもぶっ倒れそうな体を無理やり動かして、目前の久王をさらに睨みつける。

 僕と影はボロボロの足をゆっくり前進させ、だんだんペースを上げていく。

「うそ? 裏切り者? 笑わせるなよ。いつも口だけの癖に」

「んじゃあ! 証明してやるよ! この僕の勇者ぶりを、なっ!」

 僕と影の右手が尾を引くように見える光のスジが周囲の熱風とともにゴオオ、と纏い始める。

(アメ)ェェエエ!」

 久王も炎の渦を纏う拳を握る。構える。

「あああぁああぁあぁあぁああっ」

 僕は吐血を飛ばす勢いで絶叫しながら、柳福久王の元へ弾丸のようにダッシュする。

「死ねぇぇぇ!」

 久王は吠える。

 僕と影は飛び込み、そして、久王の懐まで突き進み、僕は灼熱の右拳を高くジャンプして回避。熱風を吹かせる左拳は影に襲い掛るが腰を低くして避ける。

 僕は不敵の笑みをこぼして真下にいる久王を凝視する。

 一瞬、久王がまごつくところを透かさず捉えた影が久王の顎に向かって拳骨をふりあげた。

 それもペットボトルロケットのように空へ。宙を飛ぶ。久王の顔面が双眸に完全に映る。僕は容赦なく五本の指をきつくにぎりしめたものを久王にドガン、と叩き込んだ。久王の体がぐるぐる回転し、重力の法則により威力は倍増して地面に激突。及びメリ込んだ。

 次いで僕は着地する。

 しかし、トマトを握りつぶしたように血を出し過ぎた僕は一気に脱力し、影はドロン、と消滅。完全になにもかも、すっからかんになった。初めて霊力を枯渇させた。息を吸うのもやっと。それでも「織姫の…ところに…いかなくちゃっ」と、思いを想い乗せて、スタスタと血を流しなら、歩く。

 しかし、足元がもたつき――ふわっ、と投げ出されるように僕は前へ倒れる。

――え?

自分でも意外の出来事に唖然とする。

それでも諦める訳にはいかなかった。崩れた体を匍匐前進させ、「…くそ……起きろ…まだ、まだ、まだだ…ここで…クタバル…わけには…………いか―――」うつ伏せ状態で僕は呻く。

 そう呻いた瞬間、視界が、暗く染まる。

 疲労、激痛、苦痛、大量出血などなど。で、僕の全感覚が死んでいく。

 しかし、僕のなかで一個だけ機能していた。

 ――だれだ…。

 僕の近くに誰かいるような気がした。

微かだが、僕にはひとつの魂が感じ取れた。

それが誰なのかはわからない。

その感覚も死んでいて人なのか、別の生き物なのかわからない。

頭が朦朧とするなか、辛うじて視えたのは長い白銀の髪。

――やばい。殺される。

僕は全身麻酔でもしたような体を立ち上がらせようと試みるが精々消えかかる意識をギリギリに保つのがやっとだった。


     Ⅳ


 白銀の髪の者の手が僕の背中に触れる。


くそ。

ああ。

もう。

死ぬのか。

僕は漠然とした不安を抱きながら眠りについた。

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