Ⅰ話
もう、大政奉還の儀が失敗から何百年も前のお話――
武士の頂点に立つ徳川将軍はこの世の時代を治めていた。
徳川将軍は日本の統治者として君臨していたが、形式的には朝廷より宣下されたことを将軍が従う、というシステムだ。その幕府が政治の大権を天皇から預かっている、大政を委任しているという状態になる。
その一つの事柄が因果関係を立証するものだなんて誰も思わない。
幕末、朝廷が自立的な政治勢力を急浮上し――それが、主に対外問題における幕府との意見の食い違いになっていた。
いわば小競り合いだ。
それにより幕府権力の正統性が脅かされる中で、幕府は朝廷に対し大政委任の再確認を求めるようになった。
時が少し経ち――文久三（一八六三年）三月・翌元治元年四月。
その年、それぞれ一定の留保のもとで大政委任の再確認が行われ、それまであくまで慣例にすぎないものであった大政委任論の実質化・制度化が実現を改めて見直す方向になっていく。
それから慶応三年十月。徳川慶喜による大政奉還の儀は、それまでの朝幕の交渉によって再確認された。よって「大政」を朝廷に返上することになる。それを成せば、江戸幕府の終焉を象徴する歴史的大事件になることだろう。
ところが、この時点で慶喜は征夷大将軍の職を辞職しておらず、自ら隠していた策略のため、準備ができるように引き続き諸藩への軍事指揮権を有していた。
やがて、数か月が経ち。慶喜は十月二十四日に将軍職辞職をいろいろな理由を付けて朝廷に申し出るようになり、辞職が勅許されるよう頼み込み無事成功を果たすようになる。そして幕府の廃止が公式に宣言されるのは十二月九日に予定された。
しかし――
誰もが大政奉還の儀をよいと聞き入れるという方向には当然のようにはならないものだ。
もちろん、賛成派が存在すれば、反対派が存在する。
もちろん、政府機関が存在すれば、反政府機関が存在する。
両者は互いに、いつでも、どこでも、対峙し合う仲なのだ。
但し、今回ばかりは違った。組織が違う。
その人たちは森や山に住む人たちだ。その人たちはその政策で幕府に裏切られた、見捨てられた、世の中に捨てられた集団である。彼らは予想した。自分たちの未来を――このままでは朝廷と幕府により国が変えられてしまう、と。と、察した日本の隅で隠れ住んでいる修験者たちは空恐ろしいと感ずる――自分の国を取り返すべくこれを機にクーデターを計画するとは向こう側はそうは読まなかっただろう。
なにせ、今まで幕府に仕えていた――下僕みたいな存在だったのだから。
修験者たちが調べた情報によると、表ざたのねらい………それは武士たちが仕掛ける大政奉還の目的は、内戦を避けて幕府独裁制を修正し、徳川宗家を筆頭とする諸侯らによる公議政体体制を樹立することであった。だが、真実のねらいは…自分たちの理想郷を組み立てることだったのである。
その材料を獲得するために、幕府が民からの絶対的名声を得て、絶対的権力を独占する、という策略はそもそも、前触れに過ぎない。新天地を求めて海に渡ろうとする幕府の本当の策略は日本全体を完全な形で組み立てて異国との戦争を起こし、資源物資支配を目論むことである。
時代の切り替えで新時代を築き上げようと企みある、闇の部分を知ったものたちは激怒し、大政奉還の儀に想定された諸侯会同が実現しない間に、目的一致、同意見の修験道たち及び協力する民を中核とする討幕派は、朝廷と幕府にクーデターを起こす。
後のことは言うまでもないことだろう。
会心の笑みを浮かべるほど、それはもう、上手くいった。
なぜ、今までコイツらに跪くような真似をしてきたのか？
なぜ今まで革命を起こさなかったのか？
馬鹿げた話になるくらいになる。
つまり。
そもそも未知なる力を持つ修験道に勝てるはずがないと、誰もがそう思っていたのに彼らに逆らうことができなかった理由が単なる自分たちの食い扶持を稼ぐということだけだったのだ。それをなくされた修験者たちは忍術と呪術に対抗できない朝廷と幕府を安易に、立場を逆転させる。
そして時代は急激な展開へ――日本は革命が成功した修験道たちの國へと変貌した。とはいえ、それは最初だけだった。ぞくぞくと欲望に目覚めた途端に、それぞれの修験者たちは他の一族をかき集めて、別々に國という里を創生し、忍術と呪術と戦闘の創世を築き上げていったのである。
それから彼らは修験道を二つに分岐させ、東と西に分れる。
それがきっかけもあり、日本内で醜く領土を争う時代になった。
人と人が争いを好み絶望と殺戮が続く時代になった。
それは僕らが生まれるずっと昔の出来事。
そして僕らの先祖が残した爪痕は、いまなお現代日本の忍び界を縛っているのだ。日本はもしかすると、選択肢を誤ったのかもしれない。
その終わらない乱世が続き――
やがて平成まで行き着いたところで秋篠雨(僕)が秋篠本家に生まれることになるとはまさか自分では思わないだろう。
これから災難と悲惨な目に会うとは――この頃は絶対に思わないだろう。
