慌てん坊
極度の慌てん坊で
どんどん体を落としてきてしまうハチ
慌てて知り合いを尋ねてみるが……
ハチ:旦那ぁ!旦那ぁいるかい?
旦那:ああハチのやつ、また何かやらかしたんだな。やけに慌てて……おう、ハチやどうしたい?
ハチ:旦那ぁ、あっしの声が聞こえますかい?
旦那:ああ、聞こえるとも。さあほら隠れてないででておいで
ハチ:それじゃあ…見えますかい?
旦那:見えるもんかね、さあほらはやくでておいでったら
ハチ:あっしは今、旦那の目の前にいますぜ
とはいっても、旦那の目がおかしいわけじゃないんです
旦那:何をふざけたことを……また金貸しに追われて来たんだろう?さあはやく上がんなさい
ハチ:それが……あんまり慌ててたもんで、途中で体を落としてきてしまいましてね
旦那:ハチや、お前さんがどれだけ慌てん坊かは私もよく知ってるよ。だけど、自分の体を落としてくる慌てん坊がどこにいるってんだい
ハチ:ここにいます
旦那:全くしょうがない男だねえ、一体 何があったんだい?
ハチ:実はですね、ついさっき行き付けの茶屋のお琴ちゃんに会ったんです。随分 重たそうな荷物を持っていたんでね、いいとこ見せようと思って、あっしは「手を貸しましょう」なんて、ひょいと荷物を担いでやったんですよ
旦那:なに?あのお琴ちゃんに?へえ、やるじゃないか。お琴ちゃんはかわいいからね、で、どうしたい?
ハチ:貸しっぱなしで、手を忘れて慌てて駆け出したもんでね、このとおりです
旦那:お琴ちゃんもびっくりしたろうね、お前 手を貸すって言われてまさか本当に手を置いていかれるなんて……
ハチ:そんな場合じゃなかったんですよ、金貸しに「よぉ、ちょっと顔貸せや」なんておっかない顔で言われてさ…顔だけすぽーんと外してね、あっしは一目散に駆け出したんですよ
旦那:顔貸すって、意味は違うと思うけどねぇ
ハチ:この時点で手と顔がないんです
旦那:他の部分はどうしたんだい?
ハチ:無我夢中で逃げる途中、
ぬかるみに「足を取られ」たり
綺麗な夕焼けに思わず「目を奪われ」たり
足をくじいた人に「肩を貸し」たり…
旦那:逃げてる割には余裕だねぇ
ハチ:慣れてますから
旦那:胴体はどうしたの?
ハチ:「お腹が空いた」んです
旦那:呑気なもんだねえ、全く
ハチ:そうも言ってられないんですよ、落としてきた体を拾いに行かないと……
旦那:しかし、よくここまで来られたもんだね
ハチ:心が残ってたんでね、この熱いハートで、ガッツでね、ここまできたんですよ
旦那:根はいいやつなんだから、その借金する癖と慌てん坊なとこだけは治しなさいよ
ハチ:あっ、旦那旦那、誰か尋ねてきたみたいですぜ……いつもの金貸しかもしれねぇ、かくまってくださいな!
旦那:まあまあ落ち着きなさい、あんた体がないんだから黙ってそこでじいっとしてたら見つかりやしないよ
ハチ:ああ、それもそうですね
旦那:全くしょうがない男だよ
ったく、はいはい今行きますからね……あれ、あんたお琴ちゃんじゃないか。ハチの体、集めてきてくれたのかい?
いやあ、実はねハチのやつ家に来てるんだよ
体がないから姿は見えないだろうけどね、すぐそこにいるんだよ
おい、ハチ、ハチや
ほら、ちゃんとお琴ちゃんにお礼を言いなさいよ
ハチ、ハチ?
もう黙ってなくっていいんだよ?
ははあ、ハチのやつ、お琴ちゃんに
すっかり「心奪われた」みたいだな