この世界で私は道化に踊る
ゲーム版エルゼリーゼのお話。
本編とは性格が全く異なっています。
最後は別視点となっています。
本編改稿に伴い一部改正しました。
私は、家族から嫌われている。
でも、別にそれはいい。
だってもう興味が無いんだもの。
幼い頃は私も素直な良い子を目指していたわ。
そうすれば、お父様は褒めてくれると思ったから。
でも、異母兄弟のあいつが来てから私の立場は一変した。
当時は嫉妬を覚えたわ。
ずっと欲しかったお父様からの愛情はあいつにだけ向けられたんだもの。
何時も帰ってきては私を見ることもなく書斎へ篭もるお父様の後姿を見て、どうして私を見てくれないのかと思った。
もっともっと勉強をしていい子にしていればお父様は私を見てくれるのではないかしらと思ったのに。
結局、違ったのね。
お父様は私を見ることなど一生無いのだと、あいつが来て分かったこと。
お母様はそのことに激怒してお父様を罵ったわ。
そして、私に執拗なまでの執着心を抱いた。それは貰えない愛情に対する絶望や知らない女との子であるあいつへの嫉妬、様々な感情を内に秘めたのかもしれない。その感情はお父様との子であった私に向けられた。
初めは嬉しかった。
私の味方はお母様だけなのだと、そう思えたから。
でも、転機は訪れたわ。
周りの全ての視線が恐怖と侮蔑のこもった目で見つめる。
あのお母様でさえ、私を心配するその視線の中に怯えが見えた。
その事に一瞬胸が痛んだけれど、でも私はもう悲しみも怒りも感じないわ。
だって私はあの小鳥に選ばれたんだもの。
私、知ってるのよ。
この小鳥は不吉の青い鳥と呼ばれるほどの強大なマナを持つ精霊だと言うことを。
そして、その力を唯一使える存在が私だと。
ああ、私は今まで何てちっぽけな事で悲しんでいたのかしら。
伯爵家というこの狭い世界で私と言う存在を図れる筈なんて無かったんだわ。
その証拠に選ばれたのはあいつではなく私だったんだもの。
お母様は私に執拗に優しくするけれど、でも知ってるわ。
結局のその瞳の奥に私に対する怯えがあるのだということに。
だから私はお母様を毛嫌いしたわ。
私の力に怯えるくせにお父様との子である私に執着するお母様に。
十一歳になって私は王立ダリア学園へ通う事になった。
この学園は貴族や平民といった階級に関係なく学べる場と言うくだらない理念を掲げている。
本当にくだらないわね。
平民が貴族と同じだなんてあり得ない。
それは王族が掲げる虚言に過ぎないわ。
そんなもの有りはしないもの。
その証拠に、ほら。
貴族達は平民を見下しているじゃない。
私がちょっと煽っただけなのに、皆いいように動いてくれる。
本当にくだらない。
くだらないと言えば、あいつはお父様の推薦で一年早くに学園に通う事になったんだったわね。
そのくせ、平民とつるんで王族の虚言を実現でもさせよう何て馬鹿なこと考えるのかしら?
あいつはどこまでいってもイラつかせるようね。
どいつもこいつも馬鹿でくだらない。
「エリーゼ。探したわ。」
「カーラ。」
私の愛称を呼ぶ声に振り返ると、薄茶色の長い髪の毛を片方で纏めた少女が佇んでいた。
彼女だけね。
まともなのは。
少し控えめだけれど、他の貴族見たいにくだらない事をするでもなく、あいつみたいに馬鹿なことをするでもない。
私の傍に居てくれる。
学園生活で唯一失敗してしまったあの時も。
実地訓練の時、実践での精霊術は初めてだった。魔物にも当たらず数人にこの術を晒してしまった。初めて人前で精霊の力を使ったけれど彼女だけは驚いただけで怯えもしなかった。
同じチームのメンバーは化け物でも見るような眼で此方を見ていたけど。
彼女が他の奴らと同じ眼で見ないのならそれでいい。
私の仲間は親友は彼女だけいればそれでいいのだから。
だから、チームメイトを囮に見捨てることも、彼女の提案でチームの副リーダーに(勿論リーダーは私よ)責任を押し付けて切り捨てることも何とも思わないわ。
だって初めから彼女以外仲間だなんて思っていないんだもの。
この後の学園生活は本当につまらないものだったわ。
クラスの奴らは皆怯えた眼で見るくせに私に逆らうのが怖いのか媚を売って来る。
私が今まで平民を虐めていたからそれに便乗すれば私に好かれると思ったのか、平民への虐めはよりエスカレートしていったわ。
くだらない。
そんな事したところで貴方達の事なんて何とも思いはしないのに。
今思い返しても実にくだらない学園生活だったわ。
良かった事と言えば、彼女に出会えたことくらい。
学園卒業後もくだらなかったわね。
十六歳という節目は学園卒業と共にこの国では成人と見なされ結婚が認められる。
そう、私は学園卒業と同時にダウナー男爵の下に嫁ぐことになった。
商売で成り上がった貴族で今最も勢力を拡大している人物でもあった。その商売に対していい噂を聞かないのに、上がり向上の男爵に取り入りたかったのだろう。
男爵に縁をつけると共に私を厄介払い出来ると思ったのかしらね。
実に見下げた伯爵様ね。
男爵家へ嫁いで思ったことは、このダウナー男爵という男もくだらない下種だと言う事ね。
二回りも年下のしかも自分の娘と同じ年頃の小娘を欲しがる下種。
私と結婚したのも顔と体だけみたいだったし。
邸から出さずに私を籠の鳥にしたいだなんてとんだ下種野郎ね。
商才はあったけれど性癖はどうしようもなかったみたいね。ああ、違うか。商才じゃなく悪知恵の方に才能があったのかしらね。
男爵の周りに飛び交う噂は如何やら殆どが本当みたいだし。
それ以上の事もしているみたい。
男爵の娘も似たり寄ったりの性格のようだし。
ここの連中はくだらない人間しかいないのかしら。
本当にくだらない毎日だったわ。
この私があんな奴等の下につくと思っているのかしら。
だから、あの人の誘いに私は乗ったの。
精霊の力を使うでもない、権力を振りかざすでもない、ただ若い男爵夫人として人形のように着飾っていれば良いだけのつまらない毎日から連れ出してくれるあの人の言葉に。
甘美でいて嵌れば決して抜け出せない底なし沼のような甘い言葉に私は惹かれたんだと思うの。
魔王だと名乗るあの人は優しい笑顔を向けるくせにその瞳の奥はとても冷たい。
惨忍で冷酷な人。
あんな奴等の下で朽ちるよりも、存分に力を揮えるあの人の下にいる方がいいわ。
たとえそれが人類の脅威になったとしても。
あの人の下について最初にやったことは、くだらない下種を消すこと。
本当は下種のことなんて如何でも良かったんだけど、邸を離れる時私が手に入らないと知ったからか恐怖を覚えたからか知らないけれど斬りかかって来たのよね。だから、消してやったの。
何もしなければ見逃してあげたのにね。
馬鹿な奴。
可哀想だから下種の子供も家も全て後を追わしてあげたわ。
あの世で再会出来ると良いわね。興味ないけど。
その後は私の唯一の親友である彼女を引き入れる事にしたわ。
勿論彼女は付いて来てくれた。
だから今ここに一緒に居るのだけれどね。
他にも学園で私の傍をうろついていた奴等を何人か引き入れたわ。
単純で操り易そうだしね。
実際に引き入れてみても本当に操り易かったわ。
何て単純なのかしら。
騙されているとも知らずにね。
魔族を険悪していながらも魔族に利用されているとも知らずに。
見ていて滑稽すぎて笑えてくるわ。
「そろそろ時間よ。」
「そうね。」
計画の準備を彼女に任せて、私は少し離れた小高い丘の上から木々に囲まれるようにして出来た町を見下ろしていた。
どうやら準備が終わったようだ。
「・・・・・ねぇ、カーラ。私達―――――」
最近彼女に聞くようになった質問。
私は彼女に同じ質問を繰り返し、彼女はその質問に同じ言葉を返す。
「・・・エリーゼ・・・―――――」
今日もまた彼女は変わらない答えを返す。
魔王という立場のあの人には当然勇者と言う敵が居る。
あの人の話によると勇者は聖剣の力を解放する為に四つの宝玉が必要らしい。
それは、四方に散らばる遺跡の神殿に祀られている様で、勇者の妨害をすると共に四つの宝玉の力を手に入れられないかと考えているみたい。
聖剣と宝玉には精霊の力が宿っているらしいの。
魔王は膨大なマナを持っていてしかも魔族や多種族の驚異的な身体能力や力を持っているらしいが、どうやら精霊の力である自然界のマナだけは扱うことが出来ないみたい。その為、勇者以外扱うことの出来ない聖剣より宝玉を奪って我が物にした方がいいと考えたようね。
それにしても、魔王という者は不思議な存在ね。
膨大なマナとそしてどういう訳か知らないけれど、歴代の魔王の知識や経験を知りえているのに精霊の力が使えないという一点で勇者に今まで敵わなかっただなんて。
今までの魔王より力も能力も上なのに精霊の力を使えなかっただけで勇者に負けていた。だから、精霊の力が宿るとされる宝玉を手に入れようと躍起になっている。
滑稽ね。
でも、それでもいいわ。
私には関係ない。存分にこの力が使えるのなら。
四天王は宝玉を集めに、私達は勇者の妨害をする為に動いた。
勇者が寄る街に魔物を襲わせる。
それが私達がすること。
でも、魔物が私達人間の命令を聞くことはない。
と言うよりも知能の低い魔物にとって命令を聞くと言う知能を持ち合わせていないとも言える。
だから餌でつる事にしたわ。
魔物はマナの集まる心の蔵が好物とされている。
死体からではマナが消えているので意味が無い。生きている物を集めるには魔術で時を止めることが必要になってくる。
この魔術は使うマナ量も技術も数段高い上級魔術である為魔術を殆ど使えない私では無理だが、其処は彼女がやってくれることになっている。時を止めるという魔術は、失われた禁術の一つなのだが魔王というのは魔術に関しても幅広い知識を持ち合わせているようね。
失われた魔術と言うのは魔術師にとっては興味を惹くものらしく彼女も例に漏れずに興味心身で聞いていたみたい。私は魔術があまり使えないってのもあるけど興味は無いわね。
餌については彼女に任せて、私はもう一つ頼まれていたことをやることにしたわ。
最近勇者一行に加わった男と少女の内の一人。
あれが古代人が作ったとされるホムンクルス。精霊と人との混ざり物か。
私にはただの少女のように思えるのだけれど、何をそんなに拘っているのか分からないけれどあの人はその少女に興味があるみたい。
少女と接触しこちら側へ引き込みたいようね。
何の為かは知らない。
でも、別にいい。興味も無いし。
あの人の命令だから。
だから私は少女に接触するの。
「エリーゼ。」
村を出て直ぐの林を突き進んでいた。
生い茂る木の葉が日差しを遮りほど良い影を作っている。
道とも呼べない獣道を歩いていると不意に後ろから私の愛称を呼ぶ声が掛かる。
「何?」
振り返ると少女が不安そうに私の顔を見ていた。
不愉快だわ。
本当は愛称で呼んで欲しくも無い。
愛称で呼んでいいのは彼女だけ。
それでも油断させるのには仕方がない。
だから一瞬過ぎるこのよく分からないモヤモヤが気に食わない。
本当に、不愉快だわ。
「この先に私に会いたい人が居るの?」
「そうよ。」
繋いでいた手に少し力が入った。
「エリーゼも一緒?」
「・・・そうね。」
不安そうな少女の問いに、至極つまらなそうに返事を返す。
それなのに私の返事を聞いた少女は何故か安心し再び前を向いて歩き出す。
あともう少し。
変な子。
この子は出会った初めから変だった。
別に少女を助けた訳でも、少女に微笑み掛けた訳でもないのに。
何故だか会ったその日から少女に懐かれていた。
ただ声を掛けただけなのに。
少し話をしただけなのに。
まぁ、都合は良いのかも知れない。
一人の時を狙い、偶然を装って度々接触を謀った。
恥ずかしいからと皆には内緒で。
おかげで簡単に騙されてくれる。
馬鹿な子。
何でこの子は恐れないのかしら?
あぁ、きっと鈍いのね。
彼女の方は上手くいっているかしら?
林を抜けてあと少しで少女を攫えるということころだったのに邪魔が入った。少女が居ない事に気が付いた勇者と仲間の一人が駆けつけてしまった。
遠くで戦闘音が聞こえてくるから、どうやら魔物の方は残りの仲間に任せて探しに来たようだ。
まったく面倒くさい奴が来たものね。
「お前は、エルゼリーゼ・ファウマン!?何でお前がこんな所でフィーアと一緒に!?」
私が少女と一緒に居ることに驚いているようだ。
「あら、お久しぶり。レナルド・コルトー。・・・ああ、勇者と呼んだほうがいいかしらね?」
馬鹿にしたように言う。
「エルゼリーゼ・ファウマン・・・。」
そう呟いたのはレナルドの他にもう一人駆けつけて来ていた仲間だった。
「エリオットの姉だ。」
「こいつが?」
訝しげに此方を見る。
「ハッ・・・私もあいつと兄弟だなんて願い下げだわ。」
あいつと血が繋がっていると思うと吐き気がする。
「レナルド!グレン!」
隣で大人しくしていた少女が二人の下へと駆け出そうとしていた。
しかし私と手を繋いでいたので彼らの元へ行くことは叶わず繋いでいる手を見遣っていた。
「エルゼリーゼ・ファウマン。お前に聞きたいことがある。二年前のカイザルでの事故で何があった。何故仲間を見捨てたんだ。」
「二年前?ああ、あれ。別に仲間を見捨てた訳じゃないわ。」
「?どういうことだ?」
グレンと言う男が怪訝な顔で此方を見つめる。
「だって、元からあいつ等のこと仲間だと思ってないもの。だからね?ほら、仲間を見捨てた訳じゃないわ?仲間でもない奴らをどう扱おうが私の勝手でしょ?」
「お前・・・・!」
可笑しな質問にちゃんと答えてあげたのに、グレンという男はどうやらその答えが気に食わないみたい。怒りを露に今にも噛み付いてきそうだ。
実際勇者が抑えていなければ噛み付いて来ていただろう。
今にも噛み付いてきそうな相手に、正直どうして怒っているのか分からない。
「エリーゼ・・・・・。本当なの?」
か細い声で私の名を呼ぶ声が聞こえたと共に、繋いでいた方の手から僅かに震えているような振動が伝わった。
隣へ目を向けると少女は信じられないものを見るかのように怯えた表情で此方を見ていた。
あぁ、まったく。面倒くさいわね。
怒りを露にしている男にも、裏切られたという表情をする馬鹿な少女にも、怒る仲間を押さえているが此方を睨んでいる勇者にさえ至極面倒だと思う。
さっさと少女を連れて行こうとその手を引っ張り踵を返す。
「小鳥。あいつ等を足止めして。」
契約精霊である小鳥にマナを供給し足止めをさせる。
その間に少女を攫おうと少女の手を引っ張って歩き出す。
「ッ・・・・!」
突然引っ張られたことで少女はたたらを踏むと共にその勢いによって手を放すことも出来ずエルゼリーゼの後に付いて行く形となった。
「ッ!!待て!!」
勇者達も追おうとするが、小鳥(今は巨鳥となっている)が遮っていて追うことが出来なかった。
「着いたわ。」
林を出た先に待機させておいた移動用のグリフォンに乗り魔王城へと向かった。上位の魔獣だけあって素早く、本来徒歩での移動だとこの町から魔王城へ行くには一日と半かかる。その距離を半日とかからずに着くことが出来てしまうのは流石ね。
そんなことを考えていたのだが、隣から一言も声が聞こえないことに疑問を持ち少女の方に目をやると少女はたった今入って来た入り口の下を見つめていた。
どういう魔術を使っているのかは知らないが、魔王城は城の部分だけが浮いていた。下方には、元々城が在ったであろう部分だけがぽっかりと刳り貫かれた形で街跡が広がっており此処が何処かの王都だったことを示していた。
「そんな所に居ると落ちるわよ。」
「あっ・・・。」
慌てて私の所まで後ずさると何故か少女は私の服の裾をしっかりと掴んでいた。
「・・・・・・・・。」
ちらりと少女を見遣るがどうやら離す気は内容なので諦めて目的を果たすことにした。
目指すは最上階にある謁見の間。
魔王その人に少女を引き渡すという目的を。
「連れて来たわよ。」
謁見の間へ入ると壇上の椅子に座るあの人は私の方を見てクツクツと笑っていた。
「随分気に入られているようだな。」
「フンッ、そんなんじゃないわ。」
笑っているのにジッと此方を見つめる眼はとても冷たかった。
「・・・・・何?この子に気に入られた位で私が勇者側に付くと思っているの?」
「さあ?」
答えをはぐらかしているがあの人は誰も信用してなどいないのだろう。その証拠に人間も魔族も等しく見下した冷たい眼を向けていたのだから。
「くだらない。もう用件は終わったのだから私はこれで失礼するわ。」
「ああ。」
踵を返す時に裾を掴まれていた少女の手を離す。
「あっ・・・・!」
強引に離されたことで少女の声が漏れる。
その声にチラリと少女を見遣ると少女は悲しそうな眼で此方を見つめていた。でも、その眼に何の感情も湧くことは無く冷たい視線を向けた後謁見の間を出た。
「お帰り。どうやら成功したようね。勇者ともう一人がそっちに行ったからどうなったかと思っていたのよ。」
謁見の間を出て直ぐにカーラと出くわした。
「ええ、大丈夫よ。私にはあの精霊がついているもの。」
「そうだったわね。・・・・それで、魔王様はあの少女を如何するのかしら?」
「・・・・さあ?知らないわ。興味もないし。」
「ふ~ん?」
「・・・・・何?」
ジッと此方を見てくる彼女の視線の意図が分からない。
「何でも無いわ。」
「そう。」
何か言うかと思い待って見たのだけれど、結局彼女は何も言うことは無くその一言で話を終わらせてしまった。
何が言いたかったのか少し興味はあったけれど問い質すほどのことでもなかったので聞くことは無かった。
「ねえ。」
魔王城にある自室へと再び歩き出そうとした時だった。
彼女に背を向けた時、後ろから声を掛けられ振り返った。
「何?」
「魔王様は今でも続けているのよね?あの実験。」
「ええ、そうみたいね。どんな魔術を使っているのかは知らないけれど、多種族の血肉を取り込んで何がしたいのかしらね。」
「あの子。確か精霊と人との混ざり物だったわよね?」
「そうだけど・・・・・・何が言いたいの?」
彼女の意図が分からない。
不審げな眼で見遣っても、彼女は気にすることも無く淡々と此方を見ていた。
「あの子がエリーゼに懐いていたから、エリーゼは心配じゃないのかと思って聞いてみただけよ。愛称も呼ばせているみたいだし。」
「私が?あの子を?・・・・馬鹿なこと言わないで。愛称だって油断させるために仕方なくよ。私はあの子のことなんて何とも思っていないわ。」
「そう?」
「そうよ。」
何故彼女はそんなことを聞くのかしら?
私があの子のことを大切だとでも思っているように見えるのかしら?
くだらない。
私にとってあの子のことなんて大切でも何でも無いのに。
「話がそれだけならもう行くわよ?」
「ええ。」
彼女がこれ以上何も言わないのを確認して私は再び自室へと戻るために踵を返した。
その時にふと無意識に謁見の間の扉に眼が向かった。その行動に一瞬戸惑うもそれも一瞬のことでそれ以上何も思うことも無く私は自室へと足早に戻って行った。
勇者達がこの魔王城にたどり着いたのは、少女を攫ってから三日後のことだった。
あの町からこの城までの距離は一日と半だが、まぁ、勇者のことだ。町民共にでも足止めでもされたのだろう。
魔王城の浮いている街跡にたどり着いた勇者達をどういう訳かあの人はこの城に招待した。
あの人の考えることはよく分からない。
何故自ら殺しに来ている者を招き入れるのか。
疑問は溢れるが、そうは言っても私にはあの人の考えることなど知らないし興味も無い。
あの人が足止めをしておけと言うのなら私は勇者たちを足止めするまで。
「小鳥。勇者たちは何時頃来るかしら?」
モウスグクルヨ。
頭に響いてくる透き通るような声が答える。私はその声を発しているであろう存在に目をやる。
其処に居たのは肩にとまっている一羽の青い小鳥。
「そう。」
嘴を動かすことなく頭に響いてくる声を聞きながら私は興味無さげに頷いた。
此処はかつて舞踏会が開かれていたであろうパーティホール。
何千人と入れる大きな広間には私と三体の魔獣。魔獣は魔族と同じく知能が高い為、私の命令にも従う。ただ魔獣の個体数は極めて少ない。その為、此処に三体も居ると言うのは多い方だ。
私は小鳥の言葉を聴きながら彼らが来るのを待っていた。
すると、目の前にある大きな扉が音を発てて開いた。
「やっと来たようね。」
その言葉が言い終わるか終わらないか位に中へと入って来た者は勇者一行のメンバーだった。
「エルゼリーゼ・ファウマン!」
私の名を呼んだのはグレンと言う男だった。
あいつも私の事を聞かされてはいたのだろうがそれでも此処で会うということに驚きを隠せないでいるようだ。
「フィーアは何処にいる!?」
勇者から焦ったような声が響く。
「さあ?あの子を欲しがっていたのは魔王様だから今頃何処に居るかなんて知らないし興味も無いわ。」
その言葉を聴いて勇者は余計に焦りが増したようだ。
仕切りと私の後ろにある先へと続く道を見ていた。
「先へ通してくれ!」
その叫びに思わず嘲笑が浮かぶ。
「あんた馬鹿?敵である私が素直にはいそうですかって通すと思ってんの?私はあんた達を邪魔するために此処に居るって言うのに。」
「なら力ずくで通るまでだ!!」
そう叫んだのは、ずっと鋭い視線で睨みつけていたグレンと言う男だった。
その言葉を合図に戦闘が始まる。
直ぐに動いたのはグレンと言う男と女騎士。その後を追うように勇者とあいつも此方へと向かって来る。後ろの二人は呪文を唱えているようだ。
先手を取ろうとしているようだがそうはさせない。
三体の魔獣に彼らの足止めを指して、すぐさま自身の体内のマナを使って流れを作る。イメージするのは、勇者達を覆う風の嵐。荒れ狂う風が彼らの動きの自由を束縛する中、私は懐から数枚の紙を取り出す。その紙に書かれているのは複雑な模様を描いている魔方陣だ。
簡略化された詠唱を唱えると、紙がチリチリと灰になると共に出て来たのは十数個の先端の尖った石柱。所謂石の矢だった。その石の矢を魔獣の攻撃と共に風の嵐で足止めされている勇者達に向けて放つ。
もう少しで当たるという所で見えない壁に当たったように恥じかれた。
どうやら後方に居た二人の術者の内のどちらかがバリアでも張ったのだろう。
軽く舌打ちした後、私は次の手を打つべく新たにマナの流れを作る。
私の行動に気付いたのか、弱まった嵐の中を駆け抜け私の下へと近づいてくる者がいた。
グレンと言う男だ。
一匹の魔獣が攻撃を仕掛けるも難なく避けてしまう。
あっという間に間合いを詰められる。私は咄嗟に自身の携帯していたレイピアを抜き放つ。
これは護身用。私には別段剣術に優れているわけではない。寧ろ基礎を知っているだけの素人と言っていいほどだ。だからこのレイピアも携帯しているだけで形ばかりの得物だった。それでも、こんな状況に陥った今は心底携帯していて良かったとホッとしているけれど。
迫り来る男の剣をレイピアで受け止めるも相手との差は歴然だ。
段々と迫り来る剣にどうにかこの状況を回避できないかと頭を巡らせる。チラリと魔獣の方に目を遣るがこちらが攻撃を受けている間に向こうも攻撃されていたようだ。どうやら窮地に陥ったようだ。隙の無い相手に剣の技術も皆無な私ではどうやったって負けるのは目に見えている。
この状況に焦っていたところ、不意に相手の視界に迫る何かが居た。
咄嗟のことで相手の力が弱まった隙を突いて私は相手との距離をとる。
十分に距離を取った所で相手の方を見遣ると男と対峙する様に青い小鳥が居た。
どうやら先程男に迫ってきたものは小鳥のようだ。
「丁度いいわ。あいつ等の攻撃から私を守りなさい!」
ワカッタ。
一言だけ頭の中に響いたかと思うと、小鳥は狼の姿へと変貌する。何処にでも居る狼だ。ただ違う所と言えば高位精霊の特徴である青い体だというところだろう。
精霊である小鳥(今は狼だが)は契約している為自身の力は使えないので、牙や爪と言った普通の狼の攻撃しか出来ない。それでも、狼は素早い動きで迫り来る男の攻撃から私を守ってくれる。
その間に私は再び精霊術を使うべくマナの流れを作った。
勇者達との戦闘は以外と早くに決着がついた。
上位の魔獣と言っても所詮魔獣ということか。魔族の中でも上位とされる四天王を倒した勇者達にとっては脅威にもならなかったようだ。
膝をついた私の首筋にグレンと言う男が剣を向けた。
冷たい目で睨んでくる男の視線に私も睨み返す。
数秒の睨み合いが続いたが男は徐に剣を振り上げ私に振り下ろそうとしていた。
「グ、グレン!!彼女を殺す気か!?」
慌てて男の行動を阻止したのは勇者だった。
「こいつは敵だ。」
「でもっ・・・・・!!」
淡々と言い放つ男の言葉に詰まる勇者はチラリとあいつの方へ視線を向ける。
その視線を追ってあいつの方に視線を遣ると、あいつは何時もと変わらない何を考えているのか分からない無表情でジッと私の方に視線を向けていた。
私はその視線に嘲笑で返す。
言い合う勇者達の気が逸れている間に小鳥にマナを注ぎ込む。
押さえ付けられていた小鳥は、自身に倍になって返ってきたマナを取り込んで巨大な鳥へと変化する。
「小鳥!!」
その合図と共に巨鳥となった小鳥は自身の羽ばたきで周りに竜巻を作りながら勇者達の前に立ち塞がった。
巨鳥が少し動く度に荒れ狂う風の嵐が巻き起こる。その風は豪奢なシャンデリアや柱などを傷つけていて竜巻の中には破片が舞っているようだ。私が使った精霊術よりも数倍の威力を羽ばたき一つで起こす小鳥、否、今は巨鳥と言った方が良いかも知れない。
そんな実質災害ともいうレベルの敵に勇者達は一瞬怯む。
その隙をついて私は男の剣から抜け出した。
私が逃げ出したことに気付いて後を追おうとするが立ち塞がる巨鳥によって邪魔されてしまう。
巨鳥の足止めによって辛くもあの場所から逃げ出せた私は傷付いた身体を引きずって奥へと進む。
まさか私があいつ等なんかに負けるなんて。
此処に居たら勇者達に見つかる恐れがあるわね。
何処か安全な場所で身体を休めないと。
でもどうやって・・・・
そんなことを考えながら廊下の奥へと突き進んでいると後ろから私を呼び止める声がした。
その見知った声に驚いて振り返ると、其処にはやはり彼女が居た。
「カーラ。どうして此処に?」
「エリーゼ。此処から逃げましょ?」
唐突な彼女のその言葉に私は驚く。
「カーラ!?」
「どうせこんな所で死ぬのなら逃げましょう?私達が逃げたところで魔王様が私達を構うことなんてないと思うわ。」
グイッと腕を引っ張られ勇者達に負わされた傷に痛みが走り呻く。
「あぁ、ごめんなさい。大丈夫?」
「え、ええ。大丈夫よ。」
普段より少々強引な彼女に戸惑いつつも頷く。
確かにあの人は私達、と言うよりも自分以外の者に対して信用もしていないし仲間だ何て思ったことも無いでしょうね。
あの人はそういう人だわ。
私達が逃げたところであの人が追いかけて殺しに来る何て無いと思うけれど、あの人が黙って騙されたり出し抜かれることを許すとも思えない。
あの人は私達を如何するのだろう?
そんなことを思っているといつの間にか移動用の魔獣が居る厩舎に辿り着いていた。
厩舎へ入ると彼女は一匹の魔獣の所へと近寄る。その魔獣には既に鞍や轡などの準備が施されていた。
そのことに疑問が浮かぶが彼女は気にすることも無くさっさと出入り口の方へと向かって行く。
慌てて怪我を負った体を引きずりながらも彼女の後を追いかける。
「カーラ。」
「行きましょ?」
有無を言わせぬ彼女に諦めて私は素直に頷く。
そして出入り口で待つ彼女に近づいた時だった。
「え?」
腹部に走った痛みに気付き私は下を向いて確かめた。
目に映るのは腹部に刺さったナイフとその柄を握る手。
ナイフの柄を掴む手を辿る。
その手の主は彼女だった。
一瞬目を見張るが彼女の表情を見て何故か納得してしまった。
私は彼女に裏切られたのね。
裏切られたと言うのに私の心はとても冷めていた。
溢れる血は止め処なく。
ああ、私はもう直ぐ死ぬのかと何処か他人事のように見ていた。
立つ気力も無くなって来た身体はグラリと傾ぐ。
霞む視界に彼女を捕らえる。
彼女の口が開いて、ゆっくりと紡がれる言葉に立っていることも目を開けることさえ力が抜けてしまった。
グラリと倒れる彼女の眼下には広大な大地が広がっている。
「あの質問の答え、教えてあげる。当然、親友だなんて思ったことも無いわ。私ね、他人を惹き付ける貴女のことが、私を日陰に追いやる貴女が、そして、魔王様に気に入られている貴方のことが、ずっとずっと憎くて大嫌いだったの。」
ああ。
やっぱり・・・。
ニッコリと笑う彼女の顔はとても清々しい表情だったと思う。
何時頃からだっただろうか。
他人に対してこんなこと思わなかったのに、彼女に対してだけは問いたくなった。
『私たち、親友よね?』
その問いに何時も曖昧にはぐらかしていた彼女。
初めはただ単に聞いてみたかっただけ。
二度目は何となく彼女の気持ちが知りたくなった。
三度目は、不安を拭うため。
最後はもう諦めていた。
ただの習慣になってしまった問い。
はぐらかして答えをくれない。
でも心のどこかで感じ取っていたのかもしれない。
彼女の答えを聞いて納得してしまっていたから。
結局この世に自分以外信用するものなんて無いんだわ。
仲間だと親友だと思っていたのに、向こうはそうではなかったと言うことか。
本当に笑える話ね。
何て滑稽なんだろう。
そう言えばあの人はなんて言っていたんだったかしら。
彼女を引き入れた時に言っていた言葉。
『そんなに信用していて良いのか?どうせ裏切られるのにな。』
唐突にそんなことを言うから何のことかと思ったけれど、でも、あの人の言うとおりだったみたいね。
私はあの時なんて答えたんだったかしら。
あの人の言葉でさえ如何でも良いと思っていたから深く考えなかった気がするわ。
ああ、そうだ。思い出した。
『・・・・・・馬鹿なこと言わないで、くだらない。』
馬鹿なのは私の方だったみたいね。
結局私の方が彼女に裏切られることになるなんて。
ああ、こんな世界、滅んでしまえばいいのに。
***
広々とした謁見の間にただ一人、玉座に座る魔王は手の平に浮いている球体に目を向けながらクツクツと不気味な笑い声を上げていた。
すると程なくして扉を叩く音が聞こえる。
「あぁ、来たのか。」
魔王は手の平の球体を消してその人物に入るように促す。
入って来たのは先程まで盗み見ていた人物の片割れ。
自分が惑わした精霊術師の親友だった。
「何だ?」
俺が興味無さげにそう聞くと、彼女は恭しく頭を垂れ口を開いた。
「貴方様の腹心であるエルゼリーゼ・ファウマンは勇者の足止めに失敗しあまつさえ貴方を裏切り逃げ出しました。」
「それで?」
「ですが私が裏切り者を始末しましたゆえご安心下さい。」
「そうか。」
「はい!」
何の感情も見せずに淡々と返す魔王に対して彼女は何処か熱に浮かされた瞳を魔王に向けながら返事を返す。
「では、褒美を遣ろう。」
そう言ってニヤリと笑った魔王に彼女が頬を染めた時だった。
全身に貫くような痛みが走る。
「え?」
その言葉と同時にコポリと口から赤い液体が滴り落ちる。
目線を下に遣ると全身を貫く棘が目に移る。
「な・・・・でッ・・・!!」
目を見開き愕然と魔王を見つめる。
その表情に魔王はクツクツと笑っていた。
「何故?・・・一つお前に良いことを教えてやろう。」
玉座から徐に立った魔王はカツンカツンと彼女の下へと近づいていく。
手にはいつの間にか漆黒の剣が握られていた。
「俺はな。弱い奴と俺を騙す奴が、大嫌いなんだよ。」
そう吐き捨てた魔王の手に握られていた剣は赤い雫を滴らせていた。
「あいつは死んだか。気に入ってはいたのだがな。まぁ、死んだのなら仕方ない。弱い奴に興味は無いからな。・・・・さて、そろそろ勇者が来る頃かな?」
先程の出来事に既に興味を失った魔王はもう直ぐ来るであろう勇者一向のことを思い浮かべながら勇者の仲間である攫った少女の下へと向かうのであった。
*あいつ
エリオット・ファウマン(旧姓ハリス)
二歳下の異母弟。勇者の親友。次期伯爵。
天才と称され父からも愛されていたため名前を呼ぶことすら嫌い。
*彼女
カーラ・ロダン
ロダン男爵令嬢。魔術師。エルゼリーゼの傍に控えあまり意見を言わない。
学園で出会った親友。後に裏切り殺す仲間。エルゼリーゼに嫉妬していた。
*あの人
魔王
優しそうに笑うのに赤い瞳は決して笑うことは無い残忍で冷酷。
膨大なマナを持ち、歴代魔王の知識や経験を何故か知っている謎の多い人。
唯一精霊の力が使えない。
*小鳥
青い小鳥の精霊。(本編:シアン)
不吉の青い鳥と称されるほどの膨大なマナの塊。
名前を付ける気が無く小鳥と呼ぶ。
*少女又はあの子
フィーア
初めて会った時から何故か懐かれる。
魔王に命令されたので攫ってきた。
周りには興味無いと言うが気になる模様。