第1話
「やばい!寝過ごした!!」
最短で、支度に2時間かかる私。
起きて、シャワーを浴びて、化粧して、朝ゴハンも食べずに出かけていく。
そんな毎日を過ごしていた。
私は、どんなに頑張ってもニンジンなの?
満員電車で、スーツをよれよれにしながら、そんなことを毎日思ってしまう。
大学進学のために、上京してから早5年。私は東京で何を得たのだろう。
1つ気づいたことは、チョコレートタイプとニンジンタイプの人間がいるということ。
甘くて、おいしくて、添加物もりだくさんなのに、みんなに愛されるチョコレート。
栄養たっぷりだけど、マズくて、みんなに謙遜されるニンジン。
私は自分がニンジンタイプなのだと、東京に来て気づいた。
イナカで、何不自由なく育てられ、人並みに波乱はあったけど、人生を楽しく過ごしていた。
よく笑って、よく泣く自分がスキだった。
東京にきて、もちろん楽しかった思い出もたくさんある。
でも、それよりも苦しくなる思い出が増えた。
自分が受け入れられなくなってしまったのだ。
私はチョコレートタイプの人間になりたかった。
少なくとも大学生活の前半は、なれると思っていた。
大学3年の時にできた彼氏と付き合ったのをきっかけに、
私はチョコレートにはなれないことを悟った。
「おはよ!」
会社のアイドル、ともこに声をかけられた。
「すっぴんで来ちゃった。」
ともこはかわいい。化粧なんかしなくたってとびきりかわいい。
いつもと同じ毎日がはじまる。
1日中、パソコンと向き合い、手書きの書類をパソコンに入力して印刷する。
そんな単純な作業でも、刻々と時間は過ぎてくれる。
1時間残業して、帰宅ラッシュを避けるために本屋によった。
「自己改革!」「幸せになれる方法」
この手の本を何冊買ったのだろう。
久しぶりに小説でも読もうと、小説コーナーに行きかけたところで、
高校でトナリのクラスだった恵一に会った。
「紗希!久しぶりじゃーん!!
すげぇ偶然!!何やってんの??」
「あ・・・。圭一!?偶然だね!こんなことってあるんだ!」
「ホントだな!今度メシ食いにいかねぇ?なんなら、今日でもいいけど!」
なぜかわからないけど、彼のパワーに押されて、少しぐらいなら・・・と思い、
一緒に食事に行くことにした。
「恵一はぜんぜん変わらないね〜!!」
私はそう言って、髪が短くなった彼を見た。
男として見たことなんて1度もなかった。
「お前も相変わらず美人じゃん!」
お世辞でも嬉しかった。
イタリアンレストランに入って、私はトマトソースのスパゲティを頼んだ。
男の人と向き合って食事するなんて、どれぐらいぶりだろう。
昔話に花を咲かせながら、恵一はワインを頼んだ。
「ここ、なんか落ち着かねぇな。ワインなんて好きじゃねぇのに。
そういえば!お前、モデル目指してなかったっけ?」
聞かれたくないことだった。
「あ・・・。そんなこともあったね。」
うつむいてしまった。
「もう、あきらめたの?」
もう帰りたい。来るんじゃなかった。
そんな気持ちばかりが心にたまって、顔がひきつっているのがわかる。
「け、恵一は仕事楽しい?」
「俺?楽しいよ!休みないけど、やりたいことだったし。」
ますます帰りたいと思った。私、なにやってるんだろう。
圭一はベンチャー企業の営業マンだ。高校を卒業して、すぐに就職。
2年間、不動産で働き、その後仲間と一緒に企業した。
「パスタおいしいね。」
そんな言葉しか言えない自分が悲しかった。
「そんだな。」圭一はうなずいた。
ワイングラスが空になっていた。