発色する街
塵埃が風に吹きあげられ、乾いた路上のいたるところでチラシなどとともに踊っている。汚れた路面に長すぎた冬の余波が感ぜられる。
月はじめの土曜日とあって、歩道は人々で溢れている。酒と香水の混じったにおいが時々鼻をかすめる。
回転ずしの看板の下で途方に暮れる男が一人、マジックミラーの中に映っている。
長身で両サイドを刈りあげた頭髪、黒のブルゾン。ジーンズはブーツカットで、靴は勿論アメリカンブーツ。ミラーに映し出された青年はどこにでもいる若づくりの三十代前半。周囲の人々との間に半オクターブのずれを自覚し、本当は興味もない『おしゃれ』で外観を武装している。
『流行なんて関係ないネ。このスタイルが自分の主義なんだ』
と言う程に自分の年齢と流行をきっちり計算し、街の中での自分を演出している。この男が断酒会の会員であり、しかも神経症患者であることを道行く人々は誰も知らない。
アルコール依存症の根底に神経症が存在していることは確かに発見した。そしてこの不安のカタマリの起源も、内観によりおおよその見当はついついた。
内観室での二日目、若い頃の母が鮮明に蘇った。台所仕事しながら、帰宅した小学生に微笑みかける姿が心に沁みた。家庭を省みない、やはり大酒飲みだった父から逃れるように母子の絆は深まった。心が母親の不安や疲れとともにはぐくまれていった……。
日常はアリコールの不安に溺れる家族のあやういダンスのようなものだった。綱渡りのロープの上で人格は形作られ大人になった。地上に降りても地面が揺れる。酒を飲めば一時ゆれはなくなる。
酒は天の美禄。
なるほど、節度をもって楽しむ人々にとって、酒は確かに天からの賜りものといえるだろう。しかし逃避の手段にしてしまう人々にとっては――。
酒は肉体を破壊し精神を蝕む。シアナマイドを服用した後、酒を飲むと全くの下戸が多量の飲酒をした時と同じほどに死ぬ思いをする。
断酒してみて断酒会の誰もが根底に神経症や躁鬱や何らかの精神的外傷の存在に気がつく。
はたして遺伝や生活環境だけが原因だったろうか?
鏡の中の男は首をかしげる。
不安や恐怖心を自ら好んで招き寄せてきたような気がする。家庭環境云々も、何かもっと大きな溝を埋めるための材料として、精神の奥底に巣くう何者かが選んだ手段にすぎなかったのではないか?
男は目を閉じる。
黒い垂れ幕の隙間の揺れに意識を集中する。流動物が巨大な流れとなって、ドロドロと移動するイメージが、かすかにだがみて取れた。
流動物は自ら発光していた……。