第49話 成績表
患者全員の夢を渡り終えた頃には、朝の光が保健室の窓から差し込んでいた。
十九人。全員の夢の中に、同じ怪物がいた。
同じ長い髪。同じ四つの目。同じ戦闘パターン。
患者の年齢も性別もばらばらなのに、例外が一人もいなかった。
葵はカヴィヤを振り返った。
「全員終わりました」
「ありがとう」とカヴィヤが静かに言った。
「患者たちの魔力反応が全員安定しているわ」
葵は少し迷ってから続けた。
「……全員の夢の中に、同じ怪物がいました」
カヴィヤの手が止まった。
「同じ、怪物」
「はい。年齢も性別もばらばらなのに、全員同じ戦闘パターンで」
カヴィヤはしばらく葵を見ていた。何かを考えるような目だった。
「……わかったわ」
それだけだった。それ以上は聞かなかった。
葵は保健室を出た。
廊下を歩きながら、頭の中で繰り返した。
——全員、同じだった。
偶然じゃない。誰かが、意図的にやっている。
この力は——歪められた運命を正すために、授けられたのかもしれない。
ーーーーーーーーーーーーーー
始業まで時間があった。
教室に入ると、まだ人が少なかった。葵は自分の席に座り、端末を開いた。
検索欄に「ヴァルハラ・アームズ」と入力した。
武器・軍事関連の大企業。世界有数の魔導兵器メーカー。それ以上のことは、表には出てこなかった。
スクロールしていくうちに、一つの告知が目に留まった。
11月の大型連休中——1週間の企業ボランティアプログラム。ヴァルハラ・アームズが学生向けに毎年実施しているものだった。
——これに参加すれば人造神魔について何か分かるかもしれない
参加募集の詳細はまだ出ていなかった。
ただ——こういうものに声がかかるのは、成績優秀な生徒だけだろう。
葵は昨日の授業を思い出した。......板書の半分も理解できていなかった。
端末を閉じた。
ーーーーーーーーーーーーーー
授業が始まった。
モローが教壇の前に立って、にこやかに言った。
「みんな、今回もいい成績だね。さすがSクラス」
成績表が配られた。葵は自分の点数を見た。黙って裏返した。
「小春くんは……まあ、頑張ってね」
教室のどこかで、小さな笑い声がした。
ルシアンだった。
「仮クラス出身は成績も仮クラスレベルか」
葵は何も言わなかった。
チャイムが鳴った。モローが「では」と言って教室を出た。生徒たちが席を立ち始めた。
エリックが葵の隣に来た。立ったまま、短く言った。
「気にするな」
「……気にしてないです」
「嘘をつくな」
エリックは少し間を置いてから続けた。
「このクラスの連中は全員、子供の頃から家庭教師がついている。
モローが何も教えなくても成績が落ちない。お前とは条件が違う」
「……そうなんですね」
「ただの条件の差だ。お前の問題じゃない。……モローにも問題がある」
最後の一言は、独り言のように小さかった。少し間を置いてから、また口を開いた。
「ルシアンのことを誤解するな」
「……誤解、ですか」
「あいつは誰よりも努力している。この学園とSクラスの基準に相応しくあろうとして。だから基準を満たさないと見えるものが許せない」
「……それが、今の僕ですか」
「今はな」
それだけ言って、エリックは自分の鞄を持って教室を出た。
葵は裏返したままの成績表を見た。
条件の差。そうかもしれない。でも——このままではボランティアにも行けない。
ーーーーーーーーーーーーーー
放課後、ホームルームでモローが告知した。
「来月、学園のホームカミングイベントがあるよ。今年の1年生は魔導塔建設だ。クラス対抗で、決められた魔導素材を使って塔を高く積み上げるというものだね」
モローは柔らかく笑った。
「一人一つまで素材を持参していいことになっているんだ。Sクラスのみなさんなら大丈夫」
それだけ言って、モローは教室を出た。
生徒たちがすぐに動き始めた。
「魔導構造力学的に考えると、下層の魔力密度を均一に保つのが先決ね」「魔力循環同期理論を使えば各層の負荷を分散できる」「層を独立浮遊ユニットにして、全体を一本の塔として統合すれば高さの限界が上がる」「ダンパーの素材は何にする? 振動減衰率が高いものじゃないと意味がないわよ」
声が飛び交った。葵は輪の外に立っていた。
声をかけようとした。単語が、一つも拾えなかった。
ルシアンが葵を一瞥した。何も言わなかった。ただ、目が「お前には関係ない」と言っていた。
葵は自分の席に戻った。
裏返したままの成績表が、机の上にあった。
歪められた運命を正す。そう思った。本気でそう思った。
でも目の前にあるのは、仮クラスレベルと笑われた成績表だった。
窓の外の空だけが、静かに広がっていた。




