第44話 古の森の守護者
プリンシパリティを倒した大広間。2人は短い休憩を取っていた。
「お姉さまに言われた目標は達成したわね」
「帰りますか?」
「それもいいかと思ったけど、まだ半分以上時間があるのよ」
葵は不思議に思った。
「結構時間経ったと思っていたんですが……」
「ダンジョンの中と外では、時間の流れ方が違うのよ。外ではまだ1時間くらいしか経っていないわ」
「そうなんですね……。
ダンジョンの外の町は長居したくないので、探索を続けましょうか」
「そうね。それに、目標より良い成果を出せば、お姉さまが褒めてくれるかもしれないわ」
休憩を終え、二人は21階層へと向かった。
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21階層に降り立った瞬間、予想外の景色が広がっていた。
深い森だった。
木々が密集し、太い幹が天井のように絡み合う。
薄暗い緑のトンネルが続き、葉の隙間から斑模様の光が地面に落ちていた。
湿った空気に土と腐葉土の濃い匂いが混じる。
遠くで小鳥のようなさえずりが聞こえるが、それが本物の鳥か、神魔の声かはわからない。
足元は柔らかい苔と落ち葉に覆われ、歩くたびに軽い音を立てる。
ところどころに発光するキノコや淡い青白い花が、暗がりでぼんやり光を放っていた。
風がそよぐと葉ずれの音が大きく響き、木の奥から小さな物音がする。
何かが、動いている気配。
「エリサ先輩、ここに出るのはどんな神魔でしょうか」
「……見ての通り、森の神魔よ」
エリサ先輩、知らないな。
「なによその目。50階層までは大した敵は出ないのよ。知らなくても問題ないわ」
「…分かりました」
言葉通り、マンドレイク、ノーム、ドリアード、カハク、モスマンなどが現れたが、特に苦戦することもなく道を進めた。
余裕があったので、気になっていたことを聞いてみた。
「エリサ先輩と蒼玲先輩の関係って、何ですか?」
「お姉さまと私は許嫁なのよ」
「許嫁なのですか……失礼ですが、女性同士とは珍しいですね」
「私の父とお姉さまのお父上が義兄弟なの。子供が生まれたら結婚させようって、約束していたらしいわ」
「へえ……。蒼玲先輩のことは、いつから好きになったんですか?」
エリサは少し足を緩め、懐かしそうに目を細めた。
「子供の頃、パーティー会場で初めて出会ったときからよ。父の仕事で連れていかれた夜だったわ」
「パーティーに、ですか」
「私はまだ小さくて、ドレスを着せられて緊張しながら隅に立っていたの。そこにお姉さまが現れた。あの頃のお姉さまは今より背が低くて、私とたいして変わらなかった。でも、会場にいる誰よりも堂々としていて、艶やかな黒い長い髪を流して歩いてくる姿が、とても印象的だったわ」
「子供の頃から、やっぱり違ったんですね」
「そうよ。切れ長の黒い瞳には、すでに強い光が宿っていて、周りを自然と見下ろすような余裕があったの。お姉さまは大人びた笑顔で近づいてきて、『ふふっ……あなたがエリサベットね。緊張している顔が可愛いわよ』って言ったわ」
葵は思わず頷いた。
「私が転んでドレスの裾を汚してしまったときも、慌てずハンカチを差し出して、『泣かないのよ、エリサ。こんなところで弱い顔を見せたら、負けだわ』って、穏やかだけど自信たっぷりに言ってくれたの」
「……優しい言葉ですね」
「その瞬間から、お姉さまの自信に満ちたところが大好きになったわ。
優雅さも、どんな場所でも自分をしっかり持っている強さも素敵だった。
でも一番心を奪われたのは、『私は私で大丈夫』という、内側からの輝きだったのよ」
エリサはそう言って、わずかに頰を緩めた。
森の木漏れ日が、二人の背中を優しく照らしていた。
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「葵、準備はいい?」
「はい、大丈夫です」
30階層への階段前で小休憩を終え、二人は再び動き出した。
「よし、いくわよ」
階段を降りた瞬間、空気が変わった。
そこは深い森の広間だった。
高く見えない天井に巨木が絡み合い、天然のドームを形成している。
床は苔むした石畳と太い根が複雑に絡み、崩れた古代の石柱や祭壇が点在していた。
薄暗い緑の光が霧のように揺らめく。
その中央に、2体の異形が現れた。
左の一体は最初、小柄に見えた。
だが侵入者の気配を感じ取った途端、背中を反らし、体が急激に膨張する。
しわくちゃの灰黒色の皮膚が引き伸ばされ、筋肉が隆起。
身長は一瞬で3メートルを超える巨体となった。
醜悪な老人のような顔に黄色い目が爛々と輝き、枯れた蔓と棘のような髪が逆立つ。
岩のような拳を地面に突き立て、周囲の木々が震えた。
もう一体は影からゆっくり姿を現した。
ねじくれた古木のような歪んだ体。長く鋭い木の根の爪。
全身に苔と蔓が絡み、胸に古い石の紋様が浮かぶ。
口が裂けるほど開き、黒い粘液を垂らしながら、重低音の咆哮を上げた。
二体は同時に向き直り、左右から挟み込む位置を取る。
空気が重く淀み、森全体が息を潜めた。
「2体いるわね。それじゃあ、どっちが早く倒すか競争よ!」
エリサベットが楽しげに宣言した。
葵は神魔解析録を確認した。
——スプリガン。古の森の守護者。
葵と対峙したスプリガンが咆哮を上げ、巨大な拳を振り下ろしてきた。
速い。巨大だ。
葵は低く沈み、拳を紙一重でかわした。
すぐさま銃を顔面へ向けた。
魔法陣が青白く発光し、光の弾丸が黄色い目に命中した。
黒い体液が飛び散る。巨体がのけぞった。
葵は素早く大樹のような脚に接近した。
高熱を帯びたナイフで太ももを深く切り裂いた。
焼ける音と共に蔦と皮膚が焦げ、悪臭が立ち上った。
さらに、蔦で覆われた股間めがけて銃を連射した。
怪物は膝をつき、地面を大きく震わせながら崩れ落ちる。
「神聖光よ、敵の魂を焼け——ディウィナ・ルクス!」
崩れた頭部に向け、上級光魔法を放つ。純白の奔流が上半身を直撃し、体が光の粒子に包まれて激しく痙攣。
最後に大きな破裂音が響き、スプリガンは完全に崩壊した。
ほぼ同時刻。エリサベットが担当したもう一体も、極寒の氷魔法で動きを封じられ、粉々に砕け散っていた。
「引き分けね。まあ私の属性とこいつらは相性が悪かったから、実質私の勝ちなんだけど」
エリサベットが得意げに胸を張って言った。




