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第42話 神聖なる回廊

11層に進む前に、葵は端末を開いた。


神魔解析録を起動した。


トゥルダク——5%。


「あなた、さっきから端末を直接見ているけど、戦闘服とペアリングさせていないの?」


エリサベットが葵の手元を見ながら言った。


「ペアリング……なんですか、それは」


「わからないのね」


エリサベットが手を差し出した。


「端末を貸してみなさい」


葵は端末を渡した。エリサベットが画面を見て、少し目を細めた。


「……あなたのこの端末、めちゃくちゃ古いわね。私たちが生まれる前のものよ」


操作する指が止まらなかった。しばらくして、エリサベットが端末を返した。


「……はい、戦闘服に接続したわ。開きたいアプリを念じてご覧なさい」


葵は神魔解析録をイメージした。


目の前に、薄い光の幕が広がった。


ゴーグルをかけたように、視界の端に神魔解析録の戦闘用UIが浮かび上がった。


カーソルが自由に動く。


戦闘中でも神魔の情報閲覧や散盟契約の実行が、手を動かさずにできそうだった。


「どう? うまくいった?」


「はい、これはすごいです」


「そう。それから、浅層のマップ情報も入れておくといいわ。50層までは完全にマッピングされているから」


「……ありがとうございます、エリサ先輩」


エリサベットが少し得意げに笑った。


「ふふん、まあ私レベルになるとね。これからもいろいろ教えてあげるわ」


――――――――――――――――――――――――


11層に足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。


石壁が純白に近い大理石でできていた。


表面には金糸のような細い装飾が走り、微かに光を反射している。


壁面には翼を広げた天使のレリーフが等間隔に刻まれ、まるで生きているかのようだった。


天井は遥か高く、アーチ状の天蓋が連なり、そこから柔らかな黄金色の光が降り注いでいた。


光の源は浮遊する複数の光球——聖なるオーブだ。


「先輩、ここって神に反逆した大悪魔のダンジョンですよね」


「ええ、そうよ」


「神聖な感じがするんですが」


「そういう層もあるわ」


「そうなんですね」


葵はそれ以上聞かなかった。


――――――――――――――――――――――――


しばらく進むと、石の台座があった。


そこに、天使が座っていた。


純白の翼を優しく折り畳み、両手を膝の上に重ね、目を閉じている。


白銀の長い髪が肩に流れ、表情は穏やかで慈悲に満ちているように見えた。


周囲には小さな光の粒子がゆっくりと舞い、祈りを捧げているかのような静謐な光景だった。


視界の端の神魔解析録が反応した。——エンジェル。


葵が慎重に近づくと、エンジェルはゆっくりと目を開けた。


何も言わない。ただ、静かにこちらを見つめる。


澄んだ青みがかった金色の瞳が、穏やかな光を湛えていた。微笑みすら浮かべているように見える。


一瞬——ただここに座って旅人を癒す存在なのではないかと思った。


しかし、次の瞬間。


エンジェルの瞳が、冷たい輝きに変わった。


一切の言葉を発することなく、無言のまま動いた。折り畳まれていた純白の翼が音もなく広がる。


光の羽根が何枚も舞い上がり、廊下に淡い光の軌跡を残した。


座っていた体が一瞬で浮かび上がり、手には光の剣が音もなく顕現する。


優雅に、しかし凄まじい速さで、一直線に迫ってきた。


葵は身構えた。


——光属性。光には光で対応できない。


視界の端で神魔解析録を操作した。散盟契約——ウィルオウィスプ。


光の輪が展開した。青白く揺れる光の塊が現れた。


「オオオ……」


この世のものではない声が響いた。


「——闇の障壁を」


ウィルオウィスプが揺れた。廊下に、暗い膜が広がった。


エンジェルの光剣が障壁に当たった。光が吸収された。勢いが殺された。


葵はその瞬間に気づいた。


——闇の魔力が、流れている。


ウィルオウィスプの力を借りている。でも——この感覚は、自分の中からも来ている気がした。おそらく、ウィルオウィスプがなくても使えるかもしれない。


今は確かめる時間がなかった。


葵は杖を向けた。


「——」


詠唱しなかった。


暗い光が、エンジェルの胴体を貫いた。


エンジェルは一瞬静止した。それから、崩れ落ちた。光の粒子が散った。


静かになった。


ウィルオウィスプが揺れて、呻きをあげながら帰っていった。


葵は周囲を確認してから、エリサベットを見た。


エリサベットが少し目を見開いていた。


「……本当にあなた、複製の神魔と契約できるのね。疑ってたわけじゃないけど、この目で見るとやっぱり違うわ」


「自分でもなぜかわからないんですが」


「……そう」


そう言って、いつもの表情に戻った。


「それより...天使が襲ってきました。……どういうことですか」


エリサベットは少し間を置いた。


「……何て言えばいいのかしら。このダンジョンに出てくる神魔は……本物みたいで、本物じゃないのよね」


「……偽物、ということですか」


「強さや姿は本物と同じなのに、本来は1柱しかいないはずの神が、何体も出てくることがあるの」


エリサベットは少し声を低くした。


「おそらく、ルシファーの力で作り出された偽りの存在よ。ルシファーは強大な神魔すら複製・召喚しているみたい。不気味でしょう」


「……はい」


「ただし、もっと上層に出る上位の神々は完全に再現しきれていないらしいわ。ルシファーにも限界があるのかもしれない」


本物みたいで、本物じゃない。


「先に進みましょ」


エリサベットが歩き始めた。

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