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第40話 明けの明星

学園内の転移ゲート室は、校舎の最奥にあった。


重い扉の向こうに、石造りの小部屋があった。壁面に複雑な魔法陣が刻まれ、中央に光の膜が揺れている。


人工的に異界を作り出し、二点間の距離を瞬時に移動できる——アカデミア・アルカナの研究成果の一つだ。


戦争への応用が可能な技術のため、核となる部分は厳重に秘匿されている。


蒼玲が振り返った。


「行くわよ」


一人ずつ、光の膜を潜った。


――――――――――――――――――――――――


出た先は、広大なクレーターだった。


直径数十キロにわたる窪地。遠くの縁がかすんで見えないほど広い。岩肌が剥き出しで、大地がえぐり取られたように低くなっている。現地時間は午前五時。東の空に、明けの明星が白く輝いていた。


でも——葵が驚いたのは地形ではなかった。


人だった。


クレーターの底に、町があった。


簡易的な建物が並び、光の看板が瞬き、テントと石造りの建屋が入り混じっている。


朝早い時間にもかかわらず、人がごった返していた。重装備の探索者たち。行商人らしき者。魔法工学の機材を担いだ調査隊。

どこの国の人間かわからない様々な顔が、すれ違い、口論し、取引している。


「世界中から集まっている」と蒼玲が言った。

「ここで倒した神魔の体の一部が目的の者が多いわ。素材として価値が高いから。企業の調査隊もいるし、犯罪者もいる。悪魔を崇拝する連中もね」


「危険じゃないんですか」


「もめ事を起こせば袋叩きにされる。だから誰も手を出さない。一触即発の中立地帯よ」


葵はあたりを見渡した。


露店が並ぶ通りに、神魔の牙や翼の破片が並んでいた。魔法工学の部品として売られているものもある。


怪しげな薬の瓶。見たことのない鉱石。奥の建物からは、怒鳴り声とも祈祷とも取れる声が漏れていた。


通りの一角に、大きな石碑があった。


黒い石に、深く文字が刻まれていた。古い言語と新しい言語が混じっている。その前に数人がひざまずき、頭を垂れていた。手を組み、低い声で何かを唱えている。


「あれは?」


「ルシファーの宣言よ」


蒼玲が石碑の前を通り過ぎながら言った。


「2045年の大戦争のとき、一体の悪魔がここに現れて宣言した。それが石に刻まれて残っている」


葵は石碑を見た。


刻まれた文字を目で追った。


——来るがよい、挑戦者よ。

——この迷宮を、己の叡智と意志と勇気をもって、堂々と攻略せよ。

——最深部まで辿り着いたその時……

——我が、直接待ち受けよう。


「自分でルシファーを名乗ったのですか?」と葵は聞いた。


「そう。イザヤ書14章12節——『輝く者が天より墜ちた』。嘘か誠か、この場所はそのルシファーが天から堕ちてきた場所だという説がある。フレデフォート・クレーター。地球最大の隕石衝突跡よ」


ひざまずいていた者の一人が顔を上げた。葵と目が合った。熱に浮かされたような目だった。葵は視線を外した。


「あの人たちは……」


「ルシファーを神と崇める者たちよ。危害は加えてこない。ここでもめ事は起こせないから」


ライラが胸元で、鋭く揺れた。


敵意ではない。でも——何かが、ここにある。


葵はブレスレットに触れた。青白い光が少し強く輝いた。


――――――――――――――――――――――――


町を抜けると、大きな口が開いていた。


クレーターの底に穿たれた縦穴。縁に松明が並び、光の魔法陣が階段を照らしていた。探索者たちが列を作って降りていく。出てくる者もいる。疲弊した顔の者。負傷した者。反対に、興奮した顔の者。


「パンデモニウム・ラビリンス」と蒼玲が言った。

「ルシファーの迷宮よ」


「……本当に存在するんですね」


「宣言通りにね」


蒼玲は迷宮の入口を見ながら続けた。


「私たちの到達階層は238層。カヴィヤ、アリア、白羽、イレム、私——五人で到達した記録よ」


「……238層。どのくらい深いんですか」


「アービターが組織した本格的な調査チームが501層まで到達して、探索を断念した。それ以上は何があるかわかっていない」


「ルシファーは何層にいるんですか」


「わからないわ」蒼玲はそれだけ言った。

「666層、ヨハネの黙示録で、神に敵対する獣を象徴する数字ではないかという説があるけれど、確認した者はいない」


葵は縦穴を見下ろした。光の届かない深さがあった。


「今日は何をしに来たんですか」


「あなたに見せるためよ」


蒼玲が葵を見た。


「今後、あなたには私たちと迷宮を探索してもらいたいの。

でも——パーティーを組んで迷宮に挑む場合、迷宮の転移可能階層は、最高到達階層が一番低い人間に合わせることになっているの。

このままではあなたと一緒に行けないわ」


葵はその意味を、頭の中で整理した。


「……つまり、僕が238層まで到達しないといけない、ということですか」


「そういうことよ」


蒼玲がエリサベットを見た。エリサベットが少し驚いた顔をした。


「エリサベット」


「……は、はい。お姉さま」


「あなたも今日初めてここに来たわね。ちょうどいいわ」


蒼玲は葵を見た。


「エリサベットと組んで、探索しなさい。今日のところはそうね、20層を目指しなさい」


それだけ言って、蒼玲は他の先輩たちと共に迷宮の入口へ歩いていった。


葵はエリサベットを見た。エリサベットは少し頬を染めながら、視線を横に逸らした。


「よろしくお願いします、エリサ先輩」


エリサベットがまた少し頬を染めた。


「……よろしく」


迷宮の入口から、冷たい風が吹き上がってきた。


葵は杖を背中に差し直した。ブレスレットが青白く輝いた。


——行こう。

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