第32話 合一訓練
帰りの機体の中で、葵は端末を開いた。
神魔解析録の検索機能を起動した。
「機械の体」
結果は出なかった。
——そういう神魔は、記録されていない。
データがないのか、それとも存在しないのか。葵にはわからなかった。
颯は窓の外を見ていた。何も言わなかった。
――――――――――――――――――――――――
中国から戻ったのは、夜だった。
颯と別れて、葵はアーデルの部屋に戻った。
アーデルはいつものように机に向かっていた。葵が扉を開けても、顔を上げなかった。
「戻りました」
「...おかえり」
葵はソファベッドに鞄を置いた。それから少し間を置いてから、口を開いた。
「先生」
「何だ」
「夢の中に、装備って持ち込めないですよね?」
アーデルが顔を上げた。葵を見た。
「バクの力を借りて、リオの夢の中の怪物を見ました。
見たことがない神魔で、とても強そうでした。装備なしでも戦える方法を教えてください」
アーデルはしばらく葵を見ていた。それから静かに言った。
「...分かった、以前言った合一を教えよう」
葵は少し間を置いた。
「……今夜、教えてもらえますか」
アーデルは書類を机の端に置いた。椅子を引いて、葵の方を向いた。
「座れ」
――――――――――――――――――――――――
「合一とは何か、から始める」
アーデルが言った。葵はソファベッドに座って、アーデルを見た。
「神魔との契約は、力を外から借りる行為だ。お前が言うところの散盟、一時契約はその一時的な形。お前とライラの永続契約もそうだ——ライラはお前のそばにいるが、あくまで外にいる」
「はい」
「合一は違う。神魔をお前の魂の内側に取り込む。外から借りるのではなく、内側から引き出す。」
葵は少し考えた。
「夢の中でも使えますか」
「体ではなく魂の問題だ。夢の中でも使えるはずだ」
アーデルが続けた。
「ただし——どこまで取り込めるかは、お前とライラの絆次第だ。完全に取り込もうとしても、できない場合がある。部分的なところから始めろ」
葵は胸元のライラの気配を確かめた。ライラが静かに揺れていた。
――――――――――――――――――――――――
「ライラ」と葵は小声で言った。
「うん」
「合一、試してみていい?」
ライラは少し間を置いた。
いつもより、長かった。
「……うん」
答えた声は、いつもと同じだった。でも——その前の沈黙が、少し重かった。葵は聞き返さなかった。
「目を閉じろ」とアーデルが言った。
「ライラの気配を、内側に引き込むように意識する。引っ張るのではなく——招く、という感覚だ」
葵は目を閉じた。
ライラの温かさを感じた。いつもは胸元にある。今は——その温かさを、内側に向けた。
引っ張らない。招く。
最初は何も起きなかった。
次の瞬間——何かに、引っかかった。
葵の中の、どこかにある、空洞のような部分。そこに触れた感覚があった。引っかかりは痛くなかった。でも、奇妙だった。自分の中に「自分のものでない何か」があるような——いや、逆だ。自分のものが「外にある」ような。
葵は目を閉じたまま、動かなかった。
「……何かに触れた感じがします」
「続けろ」とアーデルが言った。「全部でなくていい」
葵は全部を取り込もうとするのをやめた。触れているところだけ。そこだけを、内側に。
光が、手のひらの中で生まれた。
――――――――――――――――――――――――
目を開けた。
右手の中に、光の剣があった。
葵の手のひらの大きさに合わせた、細い光の刃。青白く、静かに輝いていた。ライラの光と同じ色だった。刃の輪郭が揺れていた——安定していない。でも、確かにそこにあった。
三秒ほどで、消えた。
葵は手のひらを見た。何も残っていなかった。でも——出た。
「ライラ」
「……うん」
「今のは、ライラの力だね」
「そう」
ライラの声が、少し違った。何かを確認したような——あるいは、少し安堵したような。葵にはうまく読み取れなかった。
アーデルが葵の手元を見ていた。
何も言わなかった。でも——表情が、わずかに動いた。何を考えているかは、葵にはわからなかった。止めなかった。それだけは確かだった。
「もう一度やってみます」と葵は言った。
「今夜はそこまでにしろ」
葵は少し驚いた。
「なぜですか」
「合一は消耗が激しいからだ。
明日、リオの夢の中で戦うんだろう?」
葵は少し考えた。それから「わかりました」と言った。
アーデルはまた書類に向かった。それだけだった。
――――――――――――――――――――――――
夜、ソファベッドに横になった。
天井を見た。
光の剣は三秒しか持たなかった。夢の中で使えるかどうかは、まだわからない。でも——出た。ライラの力を、内側から引き出せた。
「ライラ」
「なに」
「さっき、間があったよね。合一していいかって聞いたとき」
ライラは少し間を置いた。
「……うん」
「何か、あった?」
また間があった。今度は少し長かった。
「……なんでもない」
葵は聞き返さなかった。
「おやすみ」と葵は言った。
ライラが少し間を置いた。
「……おやすみ」
先に言ったのは葵だった。でも——いつもより、ライラの「おやすみ」が早かった気がした。
机の方からアーデルの紙をめくる音がした。
葵は目を閉じた。
今夜、夢の中で出せるかどうか。




