4 青蛙のいざないⅡ①
道にしゃがみこんでしまったナンフウを、さすがに放ってはおけない。
どうしようか少し悩んだが、碧生は、とりあえずナンフウの腕を引き、立たせることにした。
「……おい。こんなトコでボケっとしててもしゃーないやん。とりあえず……」
ここを道なりに少し進めば小さな神社があったはずだ、そこで話そうと促すと、ナンフウはうなずき、のろのろと立ち上がった。
血の気のない、青い顔をしている。
本音を言えば碧生だって、パニックになりそうな気分だったが。
先にナンフウがパニックになり、次にがっくり落ち込んでいるのを目の当たりにしてしまったせいで、なんだか妙に落ち着いてしまった。
青い顔でうつむき、のそのそと歩いているナンフウの虚ろな瞳を見ていると、弟の世話をする兄貴というのはこんな感じなのかな、と、碧生はふと思った。
だとしたら兄貴というのはけっこう損な立場なんだなァと、ぼんやり思いながら彼は、深いため息を吐いた。
ため息とともに見上げた空が、青く高く美しく澄みわたっているのも腹立たしい。
とりあえず二人は神社の境内に入り、拝殿の前にある石灯篭の台座の部分に座る。
ようやく少し落ち着いてきたのか、ナンフウの顔色も戻ってきた。
「……なあ、結木」
ため息を呑みつつ、ナンフウは言う。
「お前も、その……、あの連中…ってか。妖怪、の声、聞こえるんやな?」
「え? 妖怪? アレって妖怪なんか?」
思わず訊いたが、我ながら間抜けな質問だと碧生は思い、口をつぐむ。アレが妖怪だとかどうだとかは、おそらく一番の問題ではない。
ナンフウはむっつりと言う。
「いや、ホンマ言うたらオレかてようわからんデ。ようわからんけど、妖怪やなかったらあいつら、ナニモンやねん」
「へ? え、えっと……カラスの精霊、とか?」
あやふやに言うと、ナンフウはキッとにらみつけてきた。彫りの深い、かっきりとしたデカい目でにらまれると迫力がある。
「そんな有り難そーな、可愛らしい連中か? あいつら、完全にこっちのこと馬鹿にしとったやん」
それに。
ナンフウは再び青ざめ、言葉を継ぐ。
「今日はカラスやったけど。カラスだけやないねん。カエルとか猫とかが……この週明けくらいから、ごちゃごちゃごちゃごちゃ、話しかけてきよるんや。モリの若葉とかマツリの季節とか、なんとかかんとか……」
碧生は息を呑む。
ナンフウはそろっと、顔色を変えた碧生の様子を窺う。
「お前も、か?」
うなずく碧生から目をそらし、ナンフウは、ああああ、と意味のない声を上げた。
「……マジかよォ……」
半泣きの声でナンフウがうめいた時、
「しゅろ! 棕櫚~!」
という、しわがれた男の声が境内に響いた。
少年二人はぎょっとして声の方を向く。
さっきナンフウが振り回していた竹ぼうきを持った、短く刈った白髪頭の、六十は過ぎてそうな年配の男が鳥居をくぐってこちらへ歩いてきた。
最近の年配男性には珍しいことに、焦げ茶色の着物を慣れた感じに着ている。
碧生としては、こういうややこしい状況を持て余している時に、不用意に大人に関わってこられるのは正直、鬱陶しい。
しかしナンフウの本名を呼んでいるこの人はきっと、ナンフウの家族だろう。
となると、無下にもできない。
碧生は腰を浮かし、着物の男へ軽く会釈した。男の方もちょっと驚いたように目を見張ったが、気の良さそうな笑みを浮かべて会釈を返してくれた。
ナンフウが不意に立ち上がり、つぶやく。
「……親父」
(え? オトン? この人父親なん? オレはてっきり、コイツのじーちゃんかと思ったんやけど)
碧生は内心そう思ったが、無表情を保つ努力をした。
呆れたように男は言う。
「なんじゃお前。突然、ほうき持って家からすっ飛んでいったかと思たらこんなトコで友達と駄弁って。ほうき、道の真ん中に置きっぱなしやったで。ナニやってんねん」
うつむいて唇をかんでいたナンフウが、急にボタボタと涙を落としておいおいと泣き出したので……碧生は、しゃべるカラスに絡まれた時よりビックリした。




