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クサのツカサ  作者: かわかみれい
1 守のツカサ〜中学生編
14/17

3 青蛙のいざない②

 碧生が、え? と思った瞬間。

 カエルは再び跳ねた。

 ピン、とでもいう空を切る音が聞こえそうな素早い動き、あまりに素早くて何処へ行ったのかわからない。

 きょろきょろと辺りを見回したが、カエルは何処にもいなかった。

 蒸発したのかと思うほど、影も形もない。


 立ち止まってきょろきょろしている『中学生のお兄さん』を、大きなランドセルを背負った一年生らしい小学生が複数、不思議そうに見上げ、通り過ぎてゆく。

 碧生ははっとし、我に返ったような気分でひとつ息を吐く。


(……えーと)


 水路にいたアマガエルが、急に跳びついてきて。

 そのカエルが、ツカサがどーとか若木がどーとかマツリがどーとか……。


(……うん。気のせい、やな)


 そうに決まっている。

 でなければ何だ?

 カエルがしゃべるだなんて今どき安物のファンタジー小説でもやらない、ベタ過ぎる設定ではないか。


(オレ、さすがにちょっと疲れてんのか?)


 このところ予想外のことが色々あったからなあ、と、碧生は強いて思う。

 正直、己れの精神というのか脳みそというのかに、ちょっとどころではない心配が出てきたが。

 無意識で頭を振り、碧生は当面、そのことについては考えないことにした。

 気持ちを切り替え、彼は、早足で学校へと向かった。



 それからは特に、おかしなことは何も起こらなかった。

 いつも通りに授業があり、いつも通りに持参した弁当を食べ、いつも通り教室の掃除をしていつも通り下校。

 拍子抜けするほどいつも通りのルーティンで、サクサクと時間が進む。

 やはりアレは気のせいだったと、碧生はひそかに胸をなでおろした。



 帰宅。

 自室で通学リュックを下ろし、制服から部屋着へ着替えた。

 ここのところ母の勤め先が忙しいらしく、今日からしばらく残業になると聞いている。

 暗くなる前に洗濯物を取り入れておいてほしいとも言われている。

 着替えてすぐ彼は、ベランダへ出て洗濯物を取り入れることにした。



(ねえねえ、あれがツカサ?)

(まだツカサになってないらしいよ)

(ほんなら何? ツカサの卵? ツカサの雛?)

(知らん)


 電線にとまってしきりにジュクジュク鳴いていた雀たちから、そんな声が聞こえてきて……碧生は一瞬、硬直した。

 そっとそちらを見てみると、電線にとまった雀たちは左右に首を振りながら、かわいい丸い目で固まった碧生を見ていた。


(こっち見てるよ)

(ホンマや! 聞こえたんやな!)

(ビックリしてるみたい)

(マツリが近いから卵とか雛でも、ウチらの声、わかるんやな)


 そんなざわめきの後、雀たちはひときわ高くピイィイと鳴き、一斉にどこかへ飛んで行った。

 腕に洗濯物を抱えたまま、碧生は茫然と、雀たちの消えた方向を見つめるしかなかった。


(……うん。やっぱオレ、メッチャ疲れてるみたいやな)


 のろのろと部屋の中へ戻り、畳の上へ乾いた洗濯物をぶちまけると、彼はそう思った。

 こういう時はしっかり休むべきだろう。

 今日は母が帰ってくるまでの一、二時間、集中して『明鏡止水』を書こうと朝から楽しみにしていたのだが。

 それどころではない。

 押し入れから布団を引っ張り出した。

 そして彼は、敷布団に倒れこんで掛け布団を身体へ巻き付けるようにし、強引にまぶたを閉じる。


(寝る!)


 とにかく寝る。誰が何と言おうと寝る!

 寝るったら、寝る!

 おやすみなさい!



 母が帰宅する物音で、碧生は目が覚めた。

 取り入れた洗濯物については、出来ればもう少ししわにならないように置いてほしかった(もっと言うと、たたんでほしかった)と、母に小言を言われた。

 が、ぼんやりとした虚ろな目で、うんうん、ごめんナと言う息子の様子に、母は何か感じたらしい。


「……ちょっと。どうしたん? 体調でも悪いん?」


 心配そうに顔を覗き込んでくる母へ、碧生はへらっと笑う。


「あー、うん、ちょっとな。学校から帰ってきて、ナンかしんどいな~って思って横になったんやけど寝すぎてしもて。そのせいで、かえってしんどなったって感じやねん」


「そうなん? まあ最近朝夕冷えるからなァ、体調崩しやすい時期やし。アンタは風邪ひきこんだら高い熱が出てナンギするんやから、気ィ付けや」


「うん」


 うわの空で返事する碧生へ、母は一瞬、真顔になったが。

 それ以上は何も言わなかった。

 

(……もしかして、風邪、ひいたんかな?)


 別に今、熱が出ている様子はないが。これから出るのかもしれない。

 熱が出る前に、先に幻覚が出るタイプの風邪かもしれない。

 後から考えると荒唐無稽だが、碧生はその時、真面目にそう思った。


 やはり今日はよくよく休もう。

 今のところ食欲はあるから、しっかり食べて風呂でよく温まり、さっさと寝よう。

 思いがけず長い昼寝をしてしまったので、もしかすると夜は眠れないかもしれないが、それでも今日は布団に入り、目をつぶってじっとしていよう。

 真面目に真面目に、彼はそう決意した。

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