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クサのツカサ  作者: かわかみれい
1 守のツカサ〜中学生編
12/17

2 青い空、白い大地④

 のろのろと身を起こし、碧生は深い息を吐いた。

 夕飯の時間、らしい。

 彼はもうひとつ息を吐き、顔の筋肉をほぐすように両手で顔を包んだ。

 両親にとっての『碧生』の顔になるように。



 あの恐ろしくも不思議な夢のことを、碧生は基本、誰にも話していない。

 とりとめがなさ過ぎて、他人に話しても『ふーん』という反応しか返ってこないだろうとわかっている。


 怖いくらい美しい場所で、怖いくらい美しい巨大な白鹿に会って……ふうん、だから何?

 そりゃ、話に聞く限りメチャクチャ綺麗で怖そうだけど……、で?

 だって夢だし。夢は夢でしょ?


 碧生が他人にそんな話をされたとしても、多分、そういう反応になる。

 夢の中での切実な恐怖など、どう頑張っても他人と共有できない。

 変わった夢だね、で終わりだ。



 一度、何かのはずみで母にふっと、この夢の話をしたことがある。

 あまりちゃんと覚えていないが、小学校低学年だったのではないかと思う。

 母は、なんだか曖昧な顔をしていたが、一応、最後まで話を聞いてはくれた。

 そして……、まあ、あんまり気にしやんとき、と、ややめんどくさそうに言って話を断ち切った。

 碧生は生まれて初めて、絶望した。


 この程度を絶望と呼んでいいのかと他人に問われれば、碧生自身ですら、そうだよなと思う。

 思うが、あの虚しさ――唐突に、たった独り荒野へ放り出されたような寄る辺のない気分――は、悲しみや憤り、怒りとは違う。

 諦めようと思う前から諦めている虚しさは、絶望と呼ばれる感情のひとつの形だろう。

 この時に碧生は無意識のうち、他人への無邪気な信頼を手放した。

 碧生にとって一番切実な恐怖を、この世の誰も共感してくれない。

 それならば……今後他人とわかり合えるなど、期待するのも虚しい、哀しい幻想だ。


 何処までも何処までも広がる、白い大地と青い空。

 残響さえ残らない、恐ろしい無音の世界。


 結木碧生という人間の大元に沈む心象風景は、本人でさえきちんとわかっていないうちに定まった。

 温かみの一切ない、美しいが孤独な世界。

 外界から隔てられたその世界に、碧生はいる。

 否応なく。


 そして、そこに自分がいることを他人に覚られてはならない。

 そんな『おかしな』子供など、世間は認めない。

 世間に認められない子供の末路が碌でもないであろうことくらい、十歳に満たない小学生であっても想像がつく。

 碧生は生きていたかった。

 静かに、ひっそりと。

 『おかしな』子供として持て余されるのではなく。



 顔を覆っていた手を外し、碧生は立ち上がる。

 一瞬立ち眩みがあったが、頭痛は治まっていた。

 もうひとつ大きく息を吐き、碧生は静かに階段を下りた。

 両親にとっての『結木碧生』から、ズレない顔を作りながら。

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― 新着の感想 ―
両親にとっての都合の良い子供を目指す、と言ったところでしょうか? ある意味残酷だけど、そうでないと生き残れなかった太古の先祖の記憶だったのかと思ったりしました。
子どもにとって、おかしいと思われるのは、この上ない恐怖ですよね( ˘ω˘ )
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