いつもの魔法
「人に言えない趣味」を持っている人はいるだろうか。
24時が門限の大学生光輝もまた、人に言えない趣味を持っており、両親にも友人にも言えず、共通の趣味を持つ仲間とよなよな集まり自らに魔法をかけ、門限ギリギリまで遊んで帰る毎日を送る。
いつか『普通』にならなくてはならないのだろうか、はたまた打ち明けて理解してもらえるだろうか…。
魔法が解けてしまうその時までありのままでいられる18歳の大学生のお話です。
「やば、11時だから帰るわ」
友達にそう言い残し、7cmのヒールを鳴らしながら人ごみを掻き分ける。
猶予はあと、1時間。
駅のロッカーを開けて服を取りだしトイレに駆け込む。
このトイレを出たら「俺」になる。
愛しいピンクの服とミルクティー色のロングヘアを同じロッカーに詰め込み100円を投入して鍵を閉める。忌々しいくらいの骨ばった手で。
「駆け込み乗車はご遠慮ください」
自分に言われているのを自覚しながらも20分発の電車に足を踏み入れる。
都会、とはお世辞にも言えない地域にある駅の電車はこの時間、乗車しているほとんどの人が席に座れる。今日もそうだった。…はずだった。
「あれ、光輝」
空いている席に近づいた瞬間、聞き覚えのある声に呼び止められる。
「…父さん」
「おう、いま帰りか」
お酒と少しだけ汗の匂いがする“父さん”は、俺の肩に手を回しながら大きな口を開けて笑う。何が面白いのか分からないが少し口を開けて ハハ、 と笑ってみせる。
「お前も大きくなったなぁ、いつの間にか俺よりもでかくなってんだもんなぁ。今何cmだ?」
「…178cm」
2cm低く言った。この高身長がひどく嫌だった。
175cmの父さんは そんなもんかぁ? と首を傾げながら俺の頭頂部を見上げる。
いつの間にか目の前にあったはずの空席は、ミニスカートの女の子に取られていた。
(このカバン、今季の新作だ)
華奢でサラサラ黒髪ツインテールの女の子にすごく似合っている。血色感が透けたようなピンクがかった白い足を組んで、面白くなさそうな顔でスマホを触っている。長いネイルが画面に当たって、揺れる電車にカチカチと響く。
結局立ったまま家の最寄り駅で降りる。
「おい、お前目の前の子見すぎだろ!」
「…へ?」
「いやいや、たしかに可愛い子だったよな!髪もサラサラだし香水のいい匂いもしたよ!でもあんだけ見てたらあっちも気づくぜ!」
「父さん、もう遅いから静かにしろよ」
弁解する言葉が出なくて話題を逸らそうとする。
「ここの家の鈴木さんとか、23時には布団に入るって言ってたからさ」
「そうなのか、早いなぁ。にしたってお前、大学にあんな格好の子たくさんいるだろ!もの珍しそうにあんなに見なくたって」
失敗した。全く声を静かにする気のない酒に酔った父さんは、一度話し始めると止まらない。
「あんな短いスカート履く子、増えたよなぁ!お前もあんな子がタイプなのか?ただいまー!」
その話題のまま玄関の扉を開ける。23時48分。
「おかえりなさい。あ、2人一緒になったの!なに話してるの?」
「ただいま、母さん。なんでもないよ」
「おう!男同士の秘密の話ってやつだ」
そう言うと母さんは嬉しそうに口角を上げて、
「あらそう、ほんと仲良いんだから」
と言いながら背を向けてリビングへ向かう。
父さんと母さんは、俺が男らしく振る舞うと喜ぶ。きっと幼い頃俺が『可愛いもの』が好きだったから心配したのだろう。
ちゃんと『普通』のフリをしなくては。
「夜遊びも増えたしほんと男の子ね」
そう言いながら俺のお茶碗に白米をよそう。
外で既にご飯を食べてきた俺は、夜食の時間をとる。わざと外でのご飯の量を減らして。
「外で遊ぶと楽しいんだ。同じ趣味の子達とも会えるし」
嘘は言っていない。思っていたよりもずっと、『普通』じゃない人はたくさんいる。
作業のように口にご飯を運んで手を合わせる。
「おかわりあるよ?」
「大丈夫、今日外で食べたの多かったから」
そう言って食器を洗って片付け、お風呂に入り両親に一日の終わりの挨拶をする。
これは24時までに魔法を解いて一日が終わる、『普通』じゃない18歳のお話である。
読んでいただいてありがとうございます!!
初投稿です。小説を公に出すの初めてなので緊張してます…。
至らないところあると思いますが少しずつ改善していけたらと思っていますので、気長にお付き合いくださいませ。