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BURNOUT  作者: 羚傭
3/7

Section.3

 セリカのヘッドライトが照らす観測機の奥から、強烈な視線を感じた。

 恨み、嫉妬、後悔――人間の負の感情がすべて混ざり合ったようなどす黒い悪意が、全身に突き刺さる。足の力が抜けて鬼瀬は思わず一歩退く。その隣で、セリカが珍しく声を荒げた。

「この気配は、もしかして……祟尖(たくせん)? またお前なのか……!?」

普段の落ち着きを欠いたその声に鬼瀬は驚き、セリカのエンジン音が不安げに唸る。


「やはり今回は若手に任せるべきでした。とは言えおそらく若手に勝ち目はありませんが……」

「どういうことだ?」

「以前、この場所で暴れた怪異です。影狩のメンバーが二人、犠牲になりました」

「……そんな話、聞いてねぇぞ」

「そりゃあそうでしょう。アナタが大怪我で意識不明の間に起きた出来事なんですから」

その瞬間、鬼瀬の背筋に冷たいものが走った。


 視線の先、ヘッドライトに照らされた木立の隙間から、黒い異形が姿を現す。

 異様に長い手足、蛇のようにうねる胴体、そして背には、無数の鋭い突起――いや、あれは“武器”だ。その触手のような棘が地面を抉り、木々をなぎ倒しながら、ゆっくりとこちらに向かってくる。その全身が、焼けた金属のような匂いを放っていた。


「鬼瀬さん、乗って!」

鬼瀬は濡れた服にも構わず、開かれた運転席に滑り込む。祟尖が飛びかかろうとしたその瞬間、セリカのハイビームが閃光を放った。4つのヘッドライトのうち2つは改造されており、直視すれば目を焼かれるほどの光量を持つ。

 突如の閃光に祟尖が怯み、その隙を突いてセリカは待避所から急加速で飛び出した。

「ここは狭すぎて戦えません。山頂まで引きつけます!」

「あぁ分かった。……だがお前、何をそんなに焦ってんだ?」

「ワタシは、忘れていなかっただけです」

「はぁ?」

「詳しい話は後です。とにかく今は、山頂を目指してください!」

「なんなんだ一体……!」

鬼瀬がクラッチを蹴り、アクセルを深く踏み込む。濡れた路面でタイヤが空転し、轟音とともに白煙が上がる。

それに反応した祟尖が、視界を奪われたまま突進してくる――狙い通りだ。

「こちとらコースは熟知してんだ。雨が降ろうが槍が降ろうが負けねぇよ!」

悍ましく湾曲した爪が車体に触れる直前、セリカは弾丸のように飛び出して燈翠峠の坂を駆け上がり始める。




「やっこさん、ちゃんと着いてきてるか?」

「はい、想定通りです」

エンジン音の合間から、不気味な唸りと足音が聞こえてくる。

「……ところで、アイツは何なんだ?お前は何を知ってる?」

「ワタシが知っているわけではありません。アナタが忘れているんです」

「さっきから何を――――」

言い淀んだ直後、暗闇の中で背後が青白く光った。


「後ろから飛来物……左に避けて!」

鬼瀬が命令を聞き入れて手を動かすより早く、セリカの意思で車体が強引に左へ傾いた。間髪入れずにさっきまで運転席があっただろう場所に電柱のようなものが数本勢いよく突き刺さる。

「見えました。―――あれは“槍”です」

「本当に槍を降らせる奴があるか!!」


 濡れた路面に暴れる車体を宥めながら走り慣れたラインを辿る。タイヤが水を撒き散らしながらラインを刻んで、濡れた路面をセリカが粘り強くグリップする。

「トランクルームがなくなるところでした」

「軽量化されて良いかもなァ」

「ハッチバックなんて御免被ります。ワタシはこの車体が気に入っているのです」

「そらどーも……っ!」


 ヘアピンカーブを勢いよく抜けてルームミラーに視線を移すと、曲がり損ねた祟尖がカーブの外側にそびえる法面に激突していた。衝撃で崩壊した法面から、大量の土砂が祟尖に降りかかる。

「やったか!?」

カーブを抜けて祟尖の姿を見失ったものの、セリカが冷静に状況を把握する。

「いいえ駄目です。まだ追ってきます」

「はぁあ……元気があってよろしい。それじゃあ作戦通り頂上までご案内(エスコート)だ。追い付かれんなよ」

「ワタシを侮らないでください。死んでも生き残って見せます」

鬼瀬はシフトを叩き込む。エンジンが唸り、ターボが咆哮を上げた。テールランプの赤い光が尾を引いて軌跡を描く。

 坂道を噛む四輪が、雨でぬかるんだアスファルトを必死に捉える。二輪駆動よりは安定するが、一度制御を失えば取り返しがつかないのが四輪駆動である。

 鬼瀬はカウンターを当てながら必死にトラクションを維持する。下手に滑れば谷底行きだ。スペックの限界ギリギリを見極めてぐんぐんと峠道を突き進む。

「次の複合コーナーは手前イン側に落石があります。外側ギリで突っ込んでください」

「あいよ……っ」

「アシストします」

ハンドルが鬼瀬の意思とズレるほどに先回りする。生き物のように、セリカが危険を避けながら走る。まるで、共に何度も命を懸けた仲間のように。

「次はダブルヘアピン。リヤが暴れます、備えて」

「ハッ…優秀なコ・ドライバーさんだこと」

「バカ言ってないでアクセル踏み抜いてください」


豪雨と、地鳴りと、異形の咆哮。

 それらすべてを切り裂きながら、漆黒のセリカは夜の峠を駆け上がる。

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