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「    」  作者: 入江菖蒲
1/1

お金を払うと自分語りを聞いてくれる場所

短い


 「気持ちの悪い自分語りをさせてください」彼女はそう言った。自分語りに気持ちの悪くないものがあるだろうか。私はそう考えながらも、彼女の話に耳を傾けた。


 私はもともと人付き合いが得意な方ではありませんでした。

しかし、高校に入ったときにある女の子と意気投合し、急激に仲良くなったのです。

彼女とは部活動の見学会で会いました。マイナーな部活動だったので見学に来ていた人も少なく、その場にいる人間には自然と仲間意識が生まれました。

彼女が私に話しかけてきて、名前を聞かれたので答えると、下の名前が同じだということがわかりました。さらに中学の時に所属していた部活も同じで、何度か練習試合で顔を合わせたことがあることもわかりました。

新学期、友達はできるだろうかとドキドキしながら入った高校でそんな共通点があるとわかったのですから、私たちが仲良くなるのに時間はかかりませんでした。

その場で連絡先を交換して、次の月にはもう二人で遊びに出かけていました。カラオケに入ると、二人とも同じアーティストが好きなことがわかりました。身の上話をすれば、二人とも同じ公立中学校を受験して、落ちていたこともわかりました。趣味の話をすれば同じゲームをプレイしていたし、お互いに漫画を紹介して読み合うこともありました。

会ったばかりなのに話せば話すほど共通点が出てくる彼女のことを、私はあっという間に好きになりました。勿論、友達として、ですが。


興奮しているのだろうか。彼女は頬を薄っすらと紅潮させながら話を続ける。私から見ればそれは、まるで恋をする乙女のように見えた。


 しかし私と彼女は他人です。勿論違うところもありました。彼女は愛嬌があって、私にはありませんでした。彼女は活動的で、私は非活動的でした。彼女は友達が多く、先輩にも同級生にも人気でしたが、私は全くの反対で、クラスの中でも話したことのない人の方が多いほどでした。


でも、と彼女が語気を強めた。


 それだけじゃないんです。確かに彼女はフレンドリーで明るい子でした。でもそれだけには見えなかったんです。私にはすぐにわかりました。ああ、この子は本当は明るい子なんかじゃない、自分の殻が固い子だ。自分を他人に見せられない子なんだって。だって私もそうでしたから。だからこそ、自分と同じようで違う彼女に、一種の憧れを抱いていました。


恍惚とした表情で、秘密を打ち明けるように、彼女は話し続ける。


 彼女と出会って一年が経とうとした、ある春のことでした。その日も私たちは夜遅くまでカラオケに入り浸って、それから帰り道を歩いていました。

春の夜の空気が、そうさせたのでしょうか。その日はいつもに増していろんな話をしました。私が友達を作るのが苦手な話、彼女の恋愛観について、とか。

彼女、人は好きだけど個人は好きになれないと言っていました。やっぱり、と思いました。

人から友情を超えた好意を抱かれると気持ち悪いんですって。理由のない好意って、怖いですよね。

私もその気持ちはよくわかりました。というのも私も、あまり人を好きになるという感覚がわからなくて。

それと同時に、普段は絶対に自分を見せない彼女が、私にだけそれを見せてくれているんだと思うと嬉しくて、嬉しくて、私もいろいろと話し込んでしまいました。

自分のテリトリーにどこまで他人を入れるか、なんて話もしました。私、イマジナリーフレンドがいるんです。あ、彼女のことじゃないですよ。その、イマジナリーフレンドは私にとてもやさしいんです。

落ち込んでいたら慰めてくれるし、しんどい時は話し相手になってくれます。彼女にその話をしました。それと同時に、私が人前に立つときとか、緊張するときはそのイマジナリーフレンドが私の代わりに全部やってくれているんだと思ってやっている、そうすると上手くいくんだ、という話もしました。

「それって、ペルソナみたいな感じってこと?」彼女は私にそう聞きました。

「ペルソナって何?」と私が聞き返すと「人間が人前で被る仮面、みたいなものかな」と返されました。

そうか、私のイマジナリーフレンドはペルソナだったのかと気づきを得て、また少し、嬉しくなってしまいました。

「さっきの話に通ずるけど、」と彼女は自分も普段は人前で仮面を被っていることを教えてくれました。

「私は普段そういう風に振舞っているから、あなたたちから見て明るい子に見えていればそれが正解なんだけど、本当はそうじゃないんだ。本当はさっぱりなんてしてないし、来る者は拒まないけど、去る者は追っちゃう。だから誰かに好意を寄せられても、あなたが見ているのは私じゃないんだよって思って、いやになっちゃう。」

私が人間離れしているほど明るくて、フレンドリーで、ある種の救いのように感じていた彼女は、私と同じ人間でした。根本的には陰気で、人への執着が捨てられない、正しい人間の姿がそこにはありました。


彼女は俯いていて、表情から何かを読み取ることはできなかった。彼女は今一体どんな顔でこの話をしているのだろうか。


 そんな思春期特有の、とりとめもない話をして、彼女が乗る予定だった電車の時間が近付いたことで、その日はお開きとなりました。

私は駅から家までの間、ずっと一人で考え事をしていました。自分の理想の彼女の姿はもう、どこにもありません。それでも私はそのことをあまり残念に思っていませんでした。

何故だろうか。私は一生懸命に考えて、ある結論にたどり着きました。

私は、寂しがりやで、人が好きです。でもきっと、自分にも、他人にも興味がないのだと思います。

それで人間離れした人に近づいてはその人の人間的な一面を見て、安心しているだけなんです。

彼女もまた一人の人間だと気付いたときに、私は確かに、安堵を抱いていたと思います。

私の話はこれで終わりです。お付き合いくださりありがとうございました。


 彼女は静かに頭を下げると、机の上にいくらかのお金をおいて去って行った。本当に、気持ちの悪い自分語りだった。何のオチも山場もない、自己満足のつまらない話だ。それでも彼女にとっては代金を払ってでも人に話したいと思うほど大事な話だったのだろう。「話す」は「放す」につながる。自分の中で消化しきれなかった感情を言語化するのは人生においても重要なことだと、私は思う。厨二的だって、自己満足だっていいのだ。誰にも話せない、けれど話したい、そんな感情をここで消化してもらう。そのために私はこの場所を作ったのだから。


                 二〇二五年 三月二七日 春の始まりにて


初投稿でした

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