夢であっても
目の前に昔の友達がいる。それに気付くのには少しタイムラグがあった。
なんで?と思う暇もなく目線の先にあるジュラシックパークという文字に目が止まる。どうやらここはUSJらしい。
久しぶりに会ったみんなはバスツアーのような列を成していた。見間違えるはずもない、昔……小学校の頃よく遊んでいたクラスのみんなだ。
私が動けないでいると、みんなはジュラシックパークの横にある本屋さんに入って行った。慌てて私も後を追いかけた。
中に入るとそれぞれ既に思い思いの本を手に取っていて、私も適当に本を探し出した。
ふとフォロワーさんの名前が目に入った。本出してたんだと驚いていると声をかけられた。
クラスで一番頭が良かったあの子、席替えで隣になって一ヶ月ぐらい仲良くしてもらったその子だった。
その子は私がじっと見ていたフォロワーさんの本には気付いていない様子で近くの表紙に花がデカデカと載っている本を指差して口角を上げていた。
生き物係なんかも一緒にやっていたものだから、あの時から何も変わっていない「らしい」選択に釣られて頬が緩んだ。
ひどい既視感に私は一瞬固まった。変わらなさすぎるのだ、見た目も雰囲気も声のかけられ方も。
そこで初めて私はこれが夢なのだと理解した。それも明晰夢の類。
固まる私の事など気にも留めず、花の本に目を釘付けにしたまま私に「好き?」と尋ねて来た。
私は上擦った声で「いいよね〜」と返した。自然に返せていればいいけど、私はこの子に対していつからかこんな調子で緊張してしまっていた。
それはこの子が怖かったとかではなくて……多分恋の症状だった。今ならわかる。
私の返答に満足したのか嬉しそうに花の本を持ってどこかへ行ってしまった。
私は辺りを少し見渡すと、フォロワーさんの本がたくさんある事に気付いた。普段公募したりタグを付けてコンテストに参加しているツイートを見ているだけに嬉しい気持ちになった。
誰かに言いたくて言いたくて、いつのまにか近くにいた友達に声をかけた。
きっとその時の私はドヤ顔で胸を大きく反っていたに違いない。そんな少々鬱陶しい絡み方をしたのに友達は「すごい」とシンプルに驚いてくれた。
かと思えばその友達はフォロワーさんの本を手に取り、なんと食べてしまった。
本に見えたそれはパンだった。直前まで本だったのかもしれないが、口に運んだその瞬間から確かにパンになっていた。
びっくりな光景の中にも慣れ親しんだ姿があった。本を2冊重ねたのだ、この場合はパンを重ね合わせたというべきかもしれない。
兎にも角にもパンを重ね合わせて指でガッチリと押さえてワイルドに食べるその動きはかつて見た友達のそれだった。
この友達はワンピースが好きで、何かと竜の鉤爪の真似をしていた。久しぶりにそれが生で見られて私はワクワクしてしまった。
そして「美味い!」と残すとやっぱりどこかへ行ってしまった。
豪快な食べっぷりを見たからかお腹を空かせていると突然親友が現れて、昼ご飯に誘ってきた。
なんと、本屋の一角は食堂に繋がっていた。お腹が空いていた私はその誘いに二つ返事で乗ると、食堂のメニューを見た。
全然読めなかったけど、親友が何か選んだらしかったので同じものを頼んだ。
テラス席だったけど、遠くの席にリアルでも親交がある好きなフォロワーさんを見つけて、オフの時の芸能人に遭遇したかのような嬉しさが込み上げてきた。
しかし気付けば私は芝生の上にいた。校庭ぐらいの広さで、15人ほどのクラスメイトと何故かアメリカの大統領と日本の総理大臣がいた。
二つの陣営に分かれてサッカーのような、キックベースのようなものをするらしい。
なんだかんだ言っても勝てるだろうと踏んでいた私は、相手陣営の奇襲にボコボコにされた。
背中合わせに立って突然二人目が立ちはだかるなど、何にも囚われない自由な発想で翻弄されたのが敗因だった。スコアにして2-10。完敗だった。
USJでみんなと偶然出会って……変わらない会話をして……同じものを食べて…それからキックベースをして……私の好きな人だけがいる、ここは間違いなく夢のテーマパークだった。
そのはずが。
気付けば私一人、USJの外にいた。ぽつり、道路の上に立っていた。
訳がわからなくてGoogleマップを開いた。かなり距離は離れていたけど、行けない距離ではなかった。
私は走った。みんなのとこへ行きたくて。Googleマップを追いかけて……直線的に進んでいるはずなのに何故かその距離は一向縮まらなくて。
日は沈み2時間が過ぎ、それでもまだ「もしかして」が晴れなくてみんなのいたとこを目指して走り続けた。
ついにはGoogleマップを閉じて、白線もない路地を行き、家の間の塀を渡り、傾斜のついた足場を頼りに川を渡る。それが昔遊んだ住宅街を使ったおにごっこみたいで涙も汗に変わっていた。
気付けば目的地はまだ遠くとも、USJの中にいた。確かに近づいている気がした。気がしただけだった。
目に映る景色は私に違和感ばかりを与えた。ジュラシックパークを名乗るそこは恐竜とはとても言えない頭部を金色のたてがみで覆ったモンスターと戦える場所になっていた。肉が千切れる音にどさりと倒れ込む音、モンスターの口元にべったりとついた血と……異様な光景によって嫌でもあのモンスターが作り物ではなく本物だと気付かされた。
知らない、知らない場所だ。
その時初めて私は首を傾げた。ジュラシックパークの横に本屋さんなんてあったっけ?と。確かめるまでもなくあるはずはない。
夢だと思っていたそれが急速に氷解し始めて、今日の思い出も冷めていく。
思えば何もかもがおかしかった、USJの中に本屋がある事も本屋に食堂がくっついている事も、謎に偉い人が同席している事も、みんなが発していた言葉も。
夢だから。全てを受け入れるには簡単だった、何が起きてもおかしくない。だからこそ何が起きているかには気を配らなければならなかった。
親友から昼食に誘われた時、メニューを口にするその声はヤケに聞き取りづらく、異国の言葉のようだった。
適当に並べられたカタカナのような音は意味はわからなくても意思が込められていた。
それはまるで文字化けのようで……この夢は私が生んだ作り物であると言われているようだった。
気がつけば私は墓地に立っていた。周りを見渡してもUSJなんて欠片も見当たらない。
Googleマップを見ればUSJは全然遠かった。惜しくもなかった。
あのバイオレンスなジュラシックパークが幻だったと知って安堵したと共に全身から力が抜けた。
数時間に及ぶ私の頑張りは全て無駄だったらしい、尤も夢の中で足掻くこと自体無駄なのかもしれないけど。
ただ、それだけ私にとっては大好きだった日常で離れたくなかった日常で……
もしまた会えるなら、それが未練が生み出したバグだとしても作り物だとしても悪夢だとしてもきっと私は。
目尻から耳にかけて不快な感覚をおぼえて目が覚めた。枕や髪の一部は濡れているし、心臓は寿命が縮むんじゃないかと思うほどバクバクしていた。
その反応は悪夢か忘れたくない夢を見た時のものだった。
私はぼんやりしていて前後不覚な頭を動かす。
結局のところこれはただの夢で。過去は過去でしかなくて、輝かしいあの日々は思い出でしかなくて、それが今になって突然帰ってくることはない。
私が一歩また一歩と大人への道を進んでいるうちに帰らぬ思い出となってしまっていたのかもしれない。
もう引き返すことは出来ないのだ。
鼓動を落ち着けて、濡れた目尻を拭って、自分の手の冷たさに驚いて。
今日も眩しい日の光を浴びて布団から出る。
今日の朝ごはんはパンを焼くことにした。バターにマヨネーズにチーズにコーンスープ……食べ方はたくさんあるけれど、無性にいちごジャムが食べたかった。
外はカリカリで中はもちふわ、噛み締めるほどに鼻腔に香ばしい匂いが抜けて行く。
いちごジャムは変わらず甘かった。