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東京影譚 ~エミリア、影を紡ぐ者~  作者: ミルティア


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凍えるレンズと、二人の距離 其三

この物語はフィクションです。

この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。


ようこそ、東京の影の中へ。

ここは、光が滅び、影が支配する世界。

摩天楼が立ち並ぶ、華やかな都市の顔の裏側には、深い闇が広がっている。

欲望、裏切り、暴力、そして死。

この街では、毎夜、人知れず罪が生まれ、そして消えていく。

あなたは、そんな影の世界に生きる、一人の女に出会う。

彼女の名は、エミリア・シュナイダー。

金髪碧眼の美しい姿とは裏腹に、冷酷なまでの戦闘能力を持つ、凄腕の「始末屋」。

幼い頃に戦場で、彼女は愛する家族を、理不尽な暴力によって奪われた。

それは、彼女が決して消すことのできない傷となり、心を閉ざした。

今もなお、彼女は過去の悪夢に苛まれ、孤独な戦いを続けている。

「私は、この世界に必要とされているのだろうか?」

「私は、幸せになる資格があるのだろうか?」

深い孤独と絶望の中、彼女は自問自答を繰り返す。

だが、運命は彼女を見捨てなかった。

心優しい元銀行員の相棒、エミリアの過去を知る刑事、そして、エミリアの過去を知る謎めいた女ライバル。

彼らとの出会いが、エミリアの運命を大きく変えていく。

これは、影の中で生きる女の物語。

血と硝煙の匂いが漂う、危険な世界への誘い。

さあ、ページをめくり、あなたも影の世界へと足を踏み入れてください。

そして、エミリアと共に、非日常の興奮とスリル、そして、彼女の心の再生の物語を体験してください。

あなたは、エミリアに、どんな未来を見せてあげたいですか?

…この物語は、Gemini Advancedの力を借りて、紡がれています。

時に、AIは人間の想像を超える unexpected な展開を…

時に、AIは人間の感情を揺さぶる繊細な表現を…

Gemini Advancedは、新たな物語の世界を創造する、私のパートナーです。


この作品はカクヨムにて先行公開しており、こちら(小説家になろう)では遅れて公開となります。あらかじめご了承ください。


ただし、どうか忘れないでください。

これは、あくまでフィクションだということを。

This is a work of fiction. Any resemblance to actual events or persons, living or dead, is purely coincidental.


Ceci est une œuvre de fiction. Toute ressemblance avec des événements réels ou des personnes, vivantes ou mortes, serait purement fortuite.


Dies ist ein Werk der Fiktion. Jegliche Ähnlichkeit mit tatsächlichen Ereignissen oder lebenden oder verstorbenen Personen ist rein zufällig.


นี่คือนิยายที่แต่งขึ้น บุคคล สถานที่ หรือเหตุการณ์ใดๆ ที่ปรากฏในเรื่อง หากบังเอิญคล้ายคลึงกับบุคคล สถานที่ หรือเหตุการณ์จริง ทั้งที่ยังมีชีวิตอยู่หรือเสียชีวิตไปแล้ว ถือเป็นเรื่องบังเอิญทั้งสิ้น


(この作品はフィクションです。実在の出来事や人物、存命・故人との類似はすべて偶然です)


十二月も下旬、街がクリスマスイルミネーションで輝きを増す一方で、首都圏は連日の冬晴れが続き、空気は乾燥しきっていた。

その乾いた空気は、しかし、奥多摩の山々では、別の種類の、奇妙な熱気を帯び始めていた。


【奥多摩・臨時警戒ポイント:午後】


「…ったく、キリがねえな…」


松田は、覆面パトカーの助手席で、うんざりしたように吐き捨てた。

目の前には、物見高い野次馬たちの車が数珠つなぎになり、普段は静かなはずの山道に、場違いな渋滞を引き起こしている。

クラクションの音、人々の騒々しい声、そして、時折混じる「UFOだ!」「トナカイを見た!」といった興奮した声。すべてが、彼の神経を苛立たせた。


数日前に彼らが目撃した、あの奇妙な飛行物体――トナカイ型のドローン(と松田は推測していたが、公式には未確認飛行物体のまま)――の情報は、SNSと一部のゴシップメディアによって瞬く間に拡散・過熱し、今や奥多摩は『UFO出現スポット』として、全国からマニアや野次馬が集まる、一種の観光地(?)と化してしまっていたのだ。


その結果、松田と桜井は、本来の捜査(古柴の追跡)から完全に引き剥がされ、『地元警察への応援』という名目で、この騒動の後始末…交通整理、遭難しかけた野次馬の救助(!)、そして『飛行物体に関する聞き込み(という名のガス抜き)』に駆り出されていた。

アリバイ作りのための張り込みは、今や、本物の厄介払いへと姿を変えていた。


(捜査本部すら立ち上がらねえってのに、この騒ぎだけは一丁前だ…)


松田は、双眼鏡で遠くの山の稜線を眺めながら、内心で毒づいた。

結局、上層部は、世論の沈静化と、自分たちへの批判回避しか考えていない。

事件の真相究明など、二の次、三の次なのだ。

この国の組織というものの限界を、改めて見せつけられている気分だった。


「松田さん、コーヒー淹れましたけど、飲みますか?」


隣で、冷静にハンドルを握っていた桜井が、魔法瓶を差し出した。彼女の表情にも、隠しきれない疲労と、この状況への諦念の色が浮かんでいる。


「…ああ、すまんな」


松田は、それを受け取った。

熱いコーヒーの苦味が、少しだけささくれだった心を慰めてくれる。


美しいはずの奥多摩の冬景色が、今はただ、自分たちの無力さを映し出す鏡のように、空虚に広がっているだけだった。

彼らは、この巨大な、しかしどこか滑稽な騒動の中で、ただの傍観者でいるしかなかった。


【奥多摩・教習所 路上教習中:同日午後】


「きゃっ!」「危ない!!」


助手席の教官の怒声と、急ブレーキの衝撃に、陽菜は思わずハンドルを強く握りしめた。

路上教習中の教習車の目の前を、スマートフォンを構えた若者が、突然、ガードレールを乗り越えて飛び出してきたのだ。

幸い、接触は避けられたが、心臓は早鐘のように打っている。


「…っ、てめぇ! 何見て歩いてやがんだ!!」


陽菜は、思わず窓を開けて怒鳴り返しそうになったが、隣の教官の厳しい視線に気づき、ぐっと言葉を飲み込んだ。


(クソが…! なんなんだよ、この状況!)


仮免許を取得し、路上教習が始まって数日。

陽菜と澪は、慣れない山道の運転以上に、この『UFO騒ぎ』によって引き起こされた予期せぬ危険に、毎日ストレスを溜め込んでいた。

野次馬の無謀な運転、路上駐車、そして、空ばかり見上げてフラフラ歩く歩行者たち…。

ただでさえ緊張する路上教習が、まるで障害物レースのようになっているのだ。


「…橘さん、落ち着いて。深呼吸して」


教官が、溜息交じりに言う。


「…まったく、この騒ぎ、いつまで続くのかねぇ…」


(知るかよ、そんなもん!)


陽菜は心の中で毒づく。


さらに彼女たちのストレスを増幅させているのが、教習所の寮の、どこか浮かれた雰囲気だった。


「UFO見た?」

「写真撮れた?」

「なんかロマンチックじゃない?」


…共同の食堂やリラクゼーションスペースでは、他の合宿生たちが、クリスマス前の浮かれた気分と、この非日常的な騒動がない混ぜになった、能天気な会話を繰り広げている。

その軽薄さが、陽菜にはたまらなく腹立たしかったし、澪にとっては、ただただノイズでしかなかった。


(あたしたちは、こんなクソみたいな状況で、必死こいて運転(と、エミリアの課題)やってんのに…!)

(…合理的思考能力が欠如した集団心理。実に興味深いけれど、不快だわ)


二人は、それぞれのやり方で、このストレスフルな環境に耐えていた。ただ、早くこの合宿を終えて、車を手に入れ、そして…あの東京の『日常(?)』に戻りたい、と願うばかりだった。


【都内・エミリアのオフィス:同日午後】


「…………」


ソファに深く腰掛け、タブレット端末の画面を静かに見つめるエミリアの眉間に、深い皺が刻まれていた。

画面に映し出されているのは、奥多摩上空の『未確認飛行物体』に関する、最新のニュース記事や、錯綜するSNSの投稿、そして、彼女自身の情報網が捉えた、より客観的な飛行データや画像の分析結果だった。


(…間違いないわね。動き、高度、飛行パターン…これは、旧式の軍用偵察ドローン。それに、トナカイの着ぐるみみたいなカバーを被せているだけ…なんて悪趣味なのかしら)


エミリアは、その飛行物体の正体を早々に見抜いていた。

問題は、その先だ。


(一体、誰が、何の目的でこんなことを? ただの技術デモンストレーション? にしては、やり方が稚拙すぎるし、リスクが高すぎる。となると、やはり陽動…? でも、この派手な空中ショーで、一体何を隠そうとしているのかしら? この騒ぎの裏で、彼らは本当は何を企んでいるの…?)


彼女ほどの情報網と分析力をもってしても、現時点では、犯人グループの真の目的までは掴みきれていない。

それが、彼女の眉間の皺を深くさせていた。

そして、それ以上に、彼女を苛立たせる懸念があった。


(…それにしても、この騒ぎ、思った以上に長引いているわね。これでは、クリスマスイブに、健ちゃんと二人きりで過ごすという、私の完璧な計画が…!)


エミリアは、指先でこめかみを押さえた。

佐藤健は、あの日、めるからUFOの噂を聞いて以来、やはり気になっているようで、時折「奥多摩の件、調査員の方からの報告はまだですか?」などと尋ねてくるのだ。

このまま騒ぎが続けば、彼が「やはり僕が行かないと!」と言い出さないとも限らない。


(…健ちゃんが、クリスマスに、あんな寒い山奥で、得体の知れないドローンなんか追いかけるなんて…絶対に、ダメ!!)


彼女の碧眼に、決意の光が宿る。


(…仕方ないわね。警察も政府も、あの体たらく。ヴァネッサに頼んでも、外交ルートは時間がかかる。こうなったら…自分で、早期にケリをつけるしかないわね)


彼女は、受付カウンターで静かに仕事をしていたサスキアに、静かに、しかし有無を言わせぬ口調で告げた。


「サスキア。少し、『本気』で情報収集をお願いできるかしら? あの、奥多摩で飛んでいる、お粗末な『玩具』の持ち主について。そして、彼らが、この陽動作戦の裏で、一体何を企んでいるのか…その本当の目的について。…できるだけ、早く、正確な情報が欲しいわ」


「承知いたしました、エミリア様」


サスキアは、表情一つ変えずに頷いた。


「それから…」


エミリアは付け加えた。


「『プレゼント』の準備も、少し早めに進めておきましょうか。…ええ、松田刑事への、とびっきりのクリスマスプレゼントの、ね」


その口元には、再び、あの冷たく、そして美しい、悪魔的な微笑みが浮かんでいた。

佐藤健との完璧なクリスマスイブを守るためなら、彼女は、どんな手段も厭わないだろう。

たとえ、それが、東京の裏社会に、新たな混乱と波乱を巻き起こすことになったとしても――。


冬晴れの空の下、奥多摩の山々では、まだ人々が空を見上げ、東京のオフィスでは、一人の女性が静かに牙を研いでいた。

クリスマスを目前に控え、それぞれの場所で、それぞれの物語が、複雑に絡み合いながら、新たな局面へと動き出そうとしていた。


                    ***


十二月二十四日、クリスマスイブの夜。

東京の街は、色とりどりのイルミネーションに彩られ、恋人たちや家族連れの楽しげな喧騒に満ちていた。

だが、その華やかな表通りのすぐ裏手、再開発から取り残されたような薄暗い路地裏は、別世界のように静かで、冷え切っていた。

ゴミ袋が散乱し、壁には意味不明な落書き。

側溝からは、微かに淀んだ臭いが漂ってくる。

空には、あの奇妙な『トナカイ』…擬態カバーを被った軍事用ドローンが、サーチライトの光を浴びながら、しかし目的不明のまま旋回しており、遠くでパトカーのサイレンの音が断続的に聞こえる。

街全体が、どこか浮かれながらも、見えない脅威に怯えているような、奇妙な緊張感に包まれていた。


その路地裏の一角、不自然に駐車された、荷室がパネルで覆われた古いワンボックスカーの近くに、巨大な影が、闇に溶け込むように潜んでいた。

荒垣 砕。

分厚いパーカーのフードを目深にかぶり、その下で、三白眼気味の鋭い目が、獣のように獲物を待っていた。


(…来た甲斐があったな。エミリアとかいう女…なかなか面白いネタを寄越しやがる)


彼の元には、数時間前、匿名で、エミリアからの簡潔なメッセージが届いていた。


「クリスマスイブの夜、この場所で『面白いこと』が起きる。相手は、公共インフラへの不正アクセスを試みるプロの犯罪集団。おそらく抵抗するだろうが、『正当防衛』の余地は十分にある。存分に『仕事』をしてくれて構わないわ。ただし、情報源は絶対に秘匿すること」


「合法的に」

「大暴れできる」

「プロの犯罪集団」


荒垣の闘争本能を刺激するには、十分すぎるほどのキーワードだった。

彼は、この『最高の獲物』を前に、全身の筋肉が喜びで打ち震えるのを感じていた。


カチャリ、とバンの中から人が出てくる気配。

荒垣は、音もなく、その前に立ちはだかった。

出てきたのは、作業着姿の、神経質そうな目つきの男。おそらくは見張り役兼運転手だろう。


「なっ!? て、テメェ、誰だ!?」


男は、突然現れた巨漢に、明らかに動揺している。


「通りすがりだが」


荒垣は、低い、威圧的な声で言った。


「こんなところに車を停めるとは、感心しないな。道路交通法違反だ。それに、何やら良からぬ事を企んでいるように見えるが?」


あからさまな挑発。


「う、うるせえ! 関係ねえだろ! さっさと失せろ!」


男は、虚勢を張って言い返す。


「ほう? 公道上の違法駐車と、その不審な挙動。市民として看過はできんな。少し、話を聞かせてもらおうか」


荒垣は、わざとらしく一歩踏み出した。


「この…! いい加減にしろ!」


男は、ついに我慢の限界に達したのか、隠し持っていたらしい短い鉄パイプのようなものを振りかざし、荒垣に殴りかかってきた!


(――来た!)


荒垣の口元に、獰猛な笑みが浮かんだ。

待っていた瞬間だ。

相手からの明確な攻撃。

これで『正当防衛』の舞台は整った。

まずは、こいつを餌にして、地下にいるであろう仲間たちを誘き出し、そして、全員まとめて、合法的に、骨の髄まで叩き潰してやる…!


彼は、振り下ろされる鉄パイプを、最小限の体捌きで、まるで柳に風と受け流すかのように軽々とかわした。

そして、相手が体勢を崩したその一瞬を突き、その鳩尾に、軽く、しかし的確に、拳をめり込ませた。


「ぐっ…!」


男は、短い呻き声を上げ、その場に崩れ落ちた。

荒垣は、それ以上の追撃はせず、ただ、苦痛に顔を歪める男を見下ろした。


(まずは、こんなものか。本番はこれからだ)


「…暴行の現行犯だな。大人しくしていろ」


荒垣が、冷静に(しかし内心の期待感は高まるばかりで)そう告げた、まさにその時だった。


「――アニキ! ヤバいっす! 地上に誰か…!」


見張り役が、押さえつけられながらも、インカムに向かって必死に叫ぶ。

そして、その声に応えるように、近くの共同溝のマンホールが、ガタン!と音を立てて開き、中から慌てた様子の男たちが、数人、地上に這い出してこようとした!


(よし! 出てきたな、獲物ども!)


荒垣の全身の筋肉が、喜びと興奮で căng thẳng (張り詰める) する! 今こそ、溜まりに溜まった闘争本能を解放する時だ!


だが――。


ウーーーーーーッ! ウーーーーーーッ!


次の瞬間、路地の両端から、けたたましいサイレンの音と共に、複数のパトカーの回転灯の赤い光が、壁という壁を染め上げたのだ!


「なっ!? サツだと!?」

「なんで、こんなに早く!?」


マンホールから出てきたばかりの男たちも、そして、まさに『大暴れ』の口火を切ろうとしていた荒垣も、その予想外に早すぎる警察の到着に、完全に意表を突かれた。


「全員、動くな! 警察だ!」

「武器を捨てて、手を上げろ!」


ヘルメットと防弾チョッキに身を固めた警察官たちが、次々と路地になだれ込み、あっという間に、まだ状況を把握しきれていない犯人グループを取り囲む。

わずかな抵抗も、警棒と圧倒的な数の前に、すぐに制圧された。


「〇時〇分、共同溝内への不法侵入、及び不正アクセス禁止法違反未遂、銃刀法違反容疑で、全員、現行犯逮捕!」


現場は、あっという間に警察によって制圧され、犯人たちは次々とパトカーへと連行されていく。

まるで、出来すぎたシナリオのように、鮮やかに。


「………………」


荒垣砕は、その一部始終を、ただ、呆然と見ているしかなかった。

目の前で、最高の『獲物』たちが、自分が手を出す間もなく、警察という『横槍』によって、あっけなく片付けられてしまったのだ。


(……クソッ…………!!!)


彼の内心で、激しい怒りと、行き場のない猛烈なエネルギーが、マグマのように沸騰していた。


(俺の…俺の獲物サンドバッグを…! あのサツどもめ…! せっかく、合法的に、思いっきりぶっ飛ばせる最高のチャンスだったってのに…!! 全然、物足りねえ…! 体が…疼いて仕方ねえんだよ…!!)


握りしめた拳は、ギリギリと音を立て、怒張した血管が首筋に浮かび上がっている。

今にも、その怒りを、手近なもの…例えば、パトカーあたりにぶつけてしまいそうなほどの、危険な衝動。


だが、彼は、かろうじてそれを理性(という名の、弁護士としての最低限の自己保身本能)で抑え込んだ。ここで暴れては、元も子もない。


「……チッ。…仕方ねえな」


荒垣は、深く、そして獣のように荒い息を吐き出すと、警察官たちの喧騒を背に、音もなくその場を離れた。

彼の足は、もはや、事務所や自宅には向いていなかった。


(…こんなモンじゃ、収まらん…! 冷やさねえと…! この滾りを…!!)


彼の脳裏に浮かんだのは、冷たい水の感触だった。

真冬の、骨身に染みるような冷水。

そうだ、それしかない。


「……滝だ」


彼は、夜空を見上げ、低く呟いた。


「滝に打たれて、頭も、体も、冷やすしかねえ……!」


クリスマスイブの、華やかなイルミネーションが輝く東京の夜。

その片隅で、最強の『戦闘狂弁護士』は、満たされなかった闘争本能を鎮めるため、ただ一人、最も近くにある(であろう)『滝』を目指して、人知れず、夜の闇へと消えていくのだった。その姿は、どこまでもストイックで、そして、どこまでも常軌を逸していた。


                    ***


十二月二十四日、クリスマスイブの夜。

東京の街は、一年で最も華やかな光の魔法にかけられていた。家々の窓には温かな明かりが灯り、通りにはプレゼントを抱えた人々や、寄り添い歩く恋人たちの楽しげな笑い声が響いている。


その喧騒から切り離された、都心を見下ろす高層レストランの、窓際のテーブル。

そこには、エミリア・シュナイダーと佐藤健、二人の姿があった。

柔らかなキャンドルの灯りが、彼女の生まれたての雪のような淡い金髪を照らし、その完璧な横顔に幻想的な陰影を落としている。

テーブルには、クリスマスディナーの美しいコース料理が並び、細身のグラスには、繊細な泡立ちを見せる飲み物が注がれていた。

窓の外に広がるのは、無数の光が織りなす、息をのむほど美しい東京の夜景だ。


「…本当に、色々あった一年だったね、健ちゃん」


エミリアが、シャンパングラスを傾けながら、どこか感慨深げに、そして心からの嬉しさを滲ませた声で言った。

その碧眼は、優しく佐藤を見つめている。


「うん…本当に」


佐藤も、少し照れながら、しかし幸せを隠しきれない表情で頷いた。


「事務所を開いて、北海道にも行って…エミリアと一緒に、たくさんの経験ができた。…僕にとっては、夢みたいな一年だったよ」


彼は、目の前の、あまりにも美しい彼女の姿と、このロマンチックな状況に、まだ少し現実感がないような、ふわふわとした幸福感に包まれていた。


二人は、この一年を振り返り、他愛のない会話を交わした。

北海道での(佐藤にとっては過酷だったが、エミリアと一緒だった)調査の日々、事務所でのサスキアさんとの(一方的な?)やり取り、そして、時折舞い込んでくる奇妙な依頼…。

エミリアは、いつものように少しからかうような口調を交えながらも、終始、機嫌が良く、その笑顔は太陽のように明るかった。


だが、会話が途切れた瞬間、佐藤の脳裏に、あの異様な光景がふと蘇った。

奥多摩の空を飛んでいた、あのトナカイのような飛行物体…。


(…結局、あれは何だったんだろうな…。犯人は捕まったってニュースでは言ってたけど、目的とか、詳しいことは何も…、その後、ちゃんと捜査を進められているんだろうか…)


わずかな懸念が、彼の表情に一瞬だけ影を落とした。


その、ほんの僅かな変化を、エミリアが見逃すはずはなかった。

彼女は、内心で小さく微笑んだ。


(ふふ、やっぱり少し気にしてるのね、健ちゃん。可愛いところもあるじゃない。でも、もう心配いらないのよ。あなたは今、こうして私の隣にいる。あの寒くて、得体のしれないモノが飛んでいた奥多摩じゃなくて、この暖かくて、安全で、ロマンチックな場所に。…ええ、私の計画通り、完璧なクリスマスイブだわ)


彼女は、佐藤と一緒にこの夜を過ごせることへの、純粋な喜びと満足感を、静かに噛みしめていた。

そして同時に、彼女の頭脳の別の部分では、もう一つの計画の『結果』について、冷徹な計算が働いていた。


(さて、あの松田刑事は、今頃どうしているのかしらねぇ? 私が親切に流してあげた情報(ドローン犯行現場のヒント)を上手く活用して、手柄を立てて、さっさと希望通り出世コースに乗れたのかしら? それとも、やっぱりあの不器用さでヘマをして、今頃、係長あたりにネチネチと詰められて、窓際部署への片道切符を手にしている頃かしら? ふふ、どちらに転んだとしても、私にとっては最高のクリスマスプレゼントだわ。これで、あの鬱陶しい『ただ働き』の依頼から、ようやく解放されるかもしれないものね)


彼女にとって、松田のキャリアパスなど、自分の目的(ただ働きからの解放、そして佐藤との時間確保)を達成するための、チェス盤の上の駒の動き程度の意味しか持たないのかもしれない。


「健ちゃん?」


エミリアは、そんな内心の計算を完璧な笑顔の仮面の下に隠し、心配そうな佐藤の顔を覗き込むように、甘い声で呼びかけた。


「難しい顔して、どうしたの? まさか、まだ、あの変なトナカイのことでも考えてるんじゃないでしょうね?」

「あ、いや、その…少しだけね」


佐藤は、正直に白状した。


「もう、忘れなさいな」


エミリアは、優しく、しかし有無を言わせぬ響きで言った。


「事件のことは、警察かれらに任せておけばいいのよ。今夜は、私たちのための、特別な夜なんだから。ね?」


彼女は、そう言って、自分のグラスを、佐藤のグラスに、こつん、と優しく合わせた。

チリン、と澄んだ音が響く。

その笑顔と、甘い声、そして、グラス越しの美しい瞳に見つめられ、佐藤の胸にあったわずかな懸念も、飲み物の泡のように、シュワシュワと溶けて消えていく。


「…うん、そうだね。ごめん、エミリア」


彼も、ようやく心からの笑顔を返し、グラスを傾けた。


窓の外には、無数の光が瞬く、宝石箱のような東京の夜景。

テーブルの上には、見た目も香りも素晴らしい料理と、輝く飲み物。

そして、目の前には、世界で一番愛しい(そして恐ろしい)女性。

表面上は、どこからどう見ても、幸せな恋人たちが過ごす、完璧なクリスマスイブの夜。


しかし、その甘く、温かい空気の下には、エミリアの冷徹な計算と、佐藤が決して知ることのないであろういくつかの真実が、静かに隠されている。

キャンドルの揺らめく炎が、彼女の美しい顔に、意味深な影を落としていることに、佐藤はまだ気づいていない。


二人の特別な夜は、まだ始まったばかりだった。


                    ***


年の瀬も押し迫った、あるいは、新しい年が明けて間もない、冬の日の午後。

エミリア・シュナイダーのオフィスは、相変わらず完璧な湿度と温度に保たれ、窓の外の喧騒を遮断するように、静かで洗練された空気が流れていた。

デスクには、サスキア・デ・フリースが入れたばかりの、上質なダージリンティーが、繊細な湯気を立てている。


「――以上が、先日発生した奥多摩における未確認飛行物体事案に関する、警視庁内部での、現時点での最終的な評価、および関係者(松田警部補含む)の処遇についての概要です」


サスキアは、タブレット端末に表示された情報を読み上げ終えると、静かに顔を上げ、ソファに座るエミリアの反応を待った。

その内容は、エミリアが独自の情報網で掴んでいた情報とも一致していた。


松田刑事は、あの日、エミリアが匿名で(そして、追跡不可能なように何重にも偽装を施して)提供した、ドローン犯行グループに関する決定的な情報を、警察組織の中で報告した。

しかし、その情報源があまりにも巧妙に秘匿されていたため、警視庁の総力を挙げた調査でも、結局、その出所を特定することはできなかったのだ。

国外のセキュリティ企業を装ったサーバー、暗号化された匿名通信、存在しないNGO団体からのタレコミ…。エミリア(と、おそらくはヴァネッサやサスキア)が仕掛けた偽装工作は、完璧だった。


結果として、松田の行動は、『情報源不明瞭な情報に基づき、一部、勇み足とも取れる現場対応もあったものの、結果的に重大事件(データセンターへのクラッキング未遂)の解決に大きく貢献した』という、極めて玉虫色の、微妙な評価に落ち着いた。


つまり――手柄として出世(=現場を離れる)することもなく、かといって、情報源不明瞭な点を咎められて降格・左遷(=窓際に追いやられる)されることもなく、彼は、元の捜査第一課の警部補というポジションに、そのまま留まることになったのだ。


「…………ふぅん」


報告を聞き終えたエミリアは、しばらくの間、黙ってティーカップを見つめていたが、やがて、ふぅ、と、呆れたような、それでいて、どこか面白がっているような、奇妙な溜息をついた。


「…結局、どっちにも転ばなかった、ってわけね。現状維持、ですか」


その声には、期待が外れたことへの、隠しきれない失望の色が滲んでいた。

彼女の、あの二段構えの計画――松田が出世して現場を離れるか、あるいは失脚して現場を離れるか、どちらに転んでも自分は『ただ働き』から解放される、という目論見は、予想外の形で、完全に空振りに終わったのだ。


(まったく…)


エミリアは、内心で毒づいた。


(せっかく私が、彼に最高のクリスマスプレゼント…『栄転』か『左遷』か、華々しい二択を用意してあげたっていうのに。それすらも、彼は綺麗に避けていくなんて…)


彼女は、ティーカップを手に取り、窓の外の、冬の乾いた青空を見上げた。


(まあ、彼らしいといえば、彼らしい結末なのかしらねぇ…?)


エミリアの口元に、自嘲とも、諦めともつかない、複雑な笑みが浮かんだ。

あの、不器用で、頑固で、お人好しで、そして、なぜかいつも面倒事に巻き込まれる刑事。

彼には、どうやら、平穏なデスクワークも、屈辱的な窓際族も、どちらも似合わないらしい。


「…本当に、つくづく苦労性なひとね、松田刑事は」


彼女は、呆れ返ったように、しかし、その声には、ほんの少しだけ、揶揄からかうような響きと、あるいは、ほんの僅かな憐憫のような感情も混じらせて、そう呟いた。


つまり、これからも、自分は彼からの厄介な(そして、ほぼ無報酬の)依頼に、付き合わされ続けるということか…。

そう考えると、さすがのエミリアも、少しだけ、ウンザリとした気分になった。


しかし、同時に、彼女の心の片隅では、(まあ、それも、退屈しのぎにはなるかもしれないわね)という、悪魔的な囁きも聞こえてくるのだった。


エミリアは、気分を切り替えるように、カップに残っていた紅茶を飲み干すと、サスキアに向き直った。

その瞳には、もう先ほどの失望の色はなく、いつものように、次の計画への、冷徹で、しかしどこか楽しげな光が宿っていた。


「…まあ、いいわ。松田刑事の件は、また別の機会に考えましょう。それより、サスキア。健ちゃんの『治療計画』の進捗と、下のジャズ喫茶の準備状況は?」


女王の思考は、常に、次なる一手へと向かっている。

結局、何も変わらなかった(ように見える)松田刑事との奇妙な関係性も、彼女にとっては、数多あるチェス盤の中の、一つの駒の動きに過ぎないのかもしれない。


事務所には、再び、サスキアの冷静な報告の声と、エミリアの(おそらくは)新たな指示、そして、冬の午後の静かな光だけが満ちていた。


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