凍えるレンズと、二人の距離 其二
この物語はフィクションです。
この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。
ようこそ、東京の影の中へ。
ここは、光が滅び、影が支配する世界。
摩天楼が立ち並ぶ、華やかな都市の顔の裏側には、深い闇が広がっている。
欲望、裏切り、暴力、そして死。
この街では、毎夜、人知れず罪が生まれ、そして消えていく。
あなたは、そんな影の世界に生きる、一人の女に出会う。
彼女の名は、エミリア・シュナイダー。
金髪碧眼の美しい姿とは裏腹に、冷酷なまでの戦闘能力を持つ、凄腕の「始末屋」。
幼い頃に戦場で、彼女は愛する家族を、理不尽な暴力によって奪われた。
それは、彼女が決して消すことのできない傷となり、心を閉ざした。
今もなお、彼女は過去の悪夢に苛まれ、孤独な戦いを続けている。
「私は、この世界に必要とされているのだろうか?」
「私は、幸せになる資格があるのだろうか?」
深い孤独と絶望の中、彼女は自問自答を繰り返す。
だが、運命は彼女を見捨てなかった。
心優しい元銀行員の相棒、エミリアの過去を知る刑事、そして、エミリアの過去を知る謎めいた女ライバル。
彼らとの出会いが、エミリアの運命を大きく変えていく。
これは、影の中で生きる女の物語。
血と硝煙の匂いが漂う、危険な世界への誘い。
さあ、ページをめくり、あなたも影の世界へと足を踏み入れてください。
そして、エミリアと共に、非日常の興奮とスリル、そして、彼女の心の再生の物語を体験してください。
あなたは、エミリアに、どんな未来を見せてあげたいですか?
…この物語は、Gemini Advancedの力を借りて、紡がれています。
時に、AIは人間の想像を超える unexpected な展開を…
時に、AIは人間の感情を揺さぶる繊細な表現を…
Gemini Advancedは、新たな物語の世界を創造する、私のパートナーです。
この作品はカクヨムにて先行公開しており、こちら(小説家になろう)では遅れて公開となります。あらかじめご了承ください。
ただし、どうか忘れないでください。
これは、あくまでフィクションだということを。
This is a work of fiction. Any resemblance to actual events or persons, living or dead, is purely coincidental.
Ceci est une œuvre de fiction. Toute ressemblance avec des événements réels ou des personnes, vivantes ou mortes, serait purement fortuite.
Dies ist ein Werk der Fiktion. Jegliche Ähnlichkeit mit tatsächlichen Ereignissen oder lebenden oder verstorbenen Personen ist rein zufällig.
นี่คือนิยายที่แต่งขึ้น บุคคล สถานที่ หรือเหตุการณ์ใดๆ ที่ปรากฏในเรื่อง หากบังเอิญคล้ายคลึงกับบุคคล สถานที่ หรือเหตุการณ์จริง ทั้งที่ยังมีชีวิตอยู่หรือเสียชีวิตไปแล้ว ถือเป็นเรื่องบังเอิญทั้งสิ้น
(この作品はフィクションです。実在の出来事や人物、存命・故人との類似はすべて偶然です)
あの夜、河川敷の高架下で、エミリアからの理不尽な、しかし抗いがたい提案を受け入れてから、数日が過ぎた。
師走も下旬に差しかかり、街はクリスマスムード一色だが、橘陽菜と藤井澪は、都会の喧騒とは無縁の、東京都西部の奥多摩エリアにある運転免許教習所の寮にいた。
西高東低の冬型の気圧配置が続き、関東平野は乾燥した冬晴れに恵まれているが、山々に囲まれたこの地は、朝晩の冷え込みが一段と厳しく、空気は凛と澄み渡っていた。
彼女たちに与えられた部屋は、新しく清潔な女子寮の一室。
二人部屋だが、他に同居人はおらず、陽菜と澪だけで使うことが許されていた。
(これもエミリア、あるいはサスキアの差金だろう、と二人は密かに思っていた)
トイレや風呂、食堂は共同だが、女性専用の建物で、セキュリティもしっかりしており、その点は安心できた。
ちなみに、道を挟んで向かいにある男子寮は、見るからに古びた昭和の建物で、陽菜などは「男ってだけで扱い違いすぎんだろ!」と毒づいていた。
教習所の敷地自体は、奥多摩の豊かな自然に囲まれた、風光明媚な場所にあった。
コースの周りには木々が立ち並び、遠くには山々の稜線が見える。
しかし、彼女たちにその景色を楽しむ余裕は、今のところ、ほとんどなかった。
目指すは、最短期間でのMT免許一発合格(エミリアから、なぜか「どうせならMTを取りなさい」と指示されていた)。
そして、その先にある『中古車のプレゼント』。
その『人参』のために、二人は、朝から晩まで、詰め込まれた学科教習と、慣れない運転操作に悪戦苦闘する日々を送っていた。
現在、ようやく場内コースの基本的な課題(カーブ、坂道発進など)に慣れてきたところで、仮免許取得はまだ先の話だ。
そして、慣れない教習以上に、彼女たちを悩ませている(あるいは、ある意味で楽しませている?)のが、合宿所での人間関係、特に『ナンパ』への対処だった。
若い男女が、閉鎖的な環境で数週間を共にするのだ。
出会いを期待する者がいても不思議ではない。
そして、陽菜と澪の容姿は、良くも悪くも人目を引いた。
特に、気の強そうな美貌の陽菜と、儚げな美しさを持つ澪のコンビは、一部の男性受講生たちの格好のターゲットとなったのだ。
最初の数日は、陽菜が持ち前の威嚇と毒舌で、澪が氷のような冷たい視線と完全無視で、ほとんどのナンパを撃退していた。しかし、中には、単に空気が読めなかったりして、しつこく食い下がってくる者もいた。
そんな時だった。
澪が、ふと、あの『意趣返し』を思いついたのは。
「ねえ、陽菜」
休憩時間、二人で寮のリラクゼーションスペース(卓球台と自販機、古びた漫画が少しだけ置いてある空間)で缶コーヒーを飲んでいる時、澪が静かに切り出した。
「しつこい奴ら、ウザいよね。ああいうの、どうやって断るのが一番効くと思う?」
「あ? そんなもん、蹴りの一つでも入れてやれば…」
「ダメだって、エミリアさんに『合法的に』って言われたでしょ」
澪は溜息をついた。
「そうじゃなくて…もっと、こう…相手がドン引きして、二度と声をかけてこなくなるような…」
「ドン引き…?」
「うん。例えばさ…」
澪は、少しだけ悪戯っぽい光を目に宿して、囁いた。
「…こう言うの、どうかな?」
――そして、その夜。食堂で夕食を終え、部屋に戻ろうとした二人を、またしても馴れ馴れしい声が呼び止めた。
昼間の教習で一緒だった、チャラチャラした雰囲気の男子学生グループだった。
「よぉ! 陽菜ちゃーん、澪ちゃーん! この後、部屋でゲームしない?」
「いいじゃんかよー、ちょっとくらい!」
陽菜が、反射的に「うっせーな、失せろ!」と言いかけ、拳を握りかけた、その時。
澪が、そっと陽菜の腕を掴み、制した。
そして、澪は、練習したかのように、少し困ったような、しかしどこか遠い目をして、男子学生たちに向かって言ったのだ。
「…ごめんなさい。お誘いは嬉しいんですけど…」
その、いつもと違うしおらしい態度に、男子学生たちは「お、イケるか?」と色めき立つ。
「…私たちには…」
澪は、言葉を続ける。隣で陽菜も、澪の意図を察し、悪ノリして悲しげな表情を作る。
「…今、どうしても忘れられない人がいるんです」
「は? なに、彼氏いんの?」
「…いえ、彼氏じゃなくて…」
澪は、そこで言葉を切り、陽菜と顔を見合わせ、二人で、声を揃えて(練習の成果だ!)、こう言ったのだ。
「「私たちには、一目惚れしている男性が居て、その人には、とっても怖い恋人がいるんですけど、それでも、どうしても忘れられないんです…!」」
その、あまりにも唐突で、重く、そして意味不明な告白(?)。
男子学生たちは、一瞬、ポカンとした顔で二人を見つめ返し、そして、次の瞬間、気味悪そうな、あるいは『ヤバい女に関わっちまった』とでも言いたげな表情を浮かべると、「あ、そ、そうなんだ…じゃあ、まあ、頑張って…」と、蜘蛛の子を散らすように、そそくさと逃げていった。
作戦は、見事に(?)成功した。
その日から、陽菜と澪に馴れ馴れしく声をかけてくる男性受講生は、激減した。
…しかし、その代償は、小さくなかった。
彼女たちの、その奇妙な『告白』は、あっという間に教習所内の噂となり、指導員たちの耳にも入ってしまったのだ。
真面目な教官たちは、彼女たちが何か複雑な問題を抱えているのではないかと心配し(あるいは、単に面倒な生徒だと警戒し)、教習中に、どこか腫れ物に触るような、あるいは、やけに探るような視線を向けてくるようになった。
「(…なんか、最近、教官の視線が痛いんだけど…)」
「(…気のせいじゃない? あの噂、絶対広まってるよ…)」
「(…でも、ナンパされなくなったのは、楽でいいけどさ…)」
陽菜と澪は、そんな周囲の変な注目を浴びながら、今日もまた、ぎこちなくハンドルを握り、あるいは学科教習の眠気と戦っている。
エミリアへのささやかな『意趣返し』と、安易な『ナンパ撃退法』が、自分たちの首を微妙に、しかし確実に絞め始めていることにも気づかずに。
奥多摩の冬の空は、今日も青く澄み渡っている。彼女たちの免許取得までの道のりは、まだ長く、そして、おそらくは波乱に満ちているのだろう。
***
奥多摩での免許合宿生活が始まって、約一週間が過ぎた。
陽菜と澪は、都会の喧騒とは無縁の、規則正しい(そして、サスキアからの追加課題もあるため、かなりハードな)日々を送っていた。
冬の山間の空気は澄み切り、夜空には驚くほどの星が瞬くが、彼女たちにそれをゆっくり眺める余裕はあまりない。
その日の学科教習が終わった、夕食前のわずかな休憩時間。
二人は、新しく清潔な女子寮の共同リラクゼーションスペースの隅にある自販機で、温かいココアを買っていた。
スペースの中央にあるソファでは、他の数人の女性受講生たちが、スマートフォンの画面を覗き込みながら、なにやら興奮した様子で話し込んでいる。
「ねえ、見た!? 昨日の夜、また出たんだって!」
「マジで!? 今度はどの辺?」
「〇〇峠のほうだって! やっぱり、光ってて、ふわふわ飛んでたって!」
「しかもさー、なんか、やっぱり動物みたいな形に見えたって書き込みもあったよ! トナカイとか、鹿とか…?」
「えー、怖ーい! でも、ちょっと見てみたいかも!」
また、あの話か。陽菜は、ココアの缶を開けながら、内心で小さく舌打ちした。
ここ数日、寮内や教習所のあちこちで、この『奥多摩の未確認飛行物体』の噂話が囁かれているのだ。
SNSなどでも、不鮮明な写真や動画と共に、憶測が飛び交っているらしい。
「…未確認飛行物体、ねぇ」
陽菜が、呆れたように澪に話しかける。
「合理的根拠に欠ける、集団的な情報バイアス、あるいは単純な娯楽の共有行動ね」
澪は、缶ココアを一口飲むと、冷静に、しかしどこか冷ややかに分析した。
「はは、難しく言うなよ。要は、こんな山奥、他に面白い話がねえから、みんなで盛り上がってるだけだろ?」
「…まあ、その可能性が高いわね」
澪も同意する。正直、二人にとって、空飛ぶトナカイ(?)よりも、明日に迫った仮免許の技能検定の方が、よっぽど現実的で、重大な関心事だった。エミリアからは『一発で合格するように』と、暗に(いや、かなり直接的に)プレッシャーもかけられているのだ。
(…ったく、あの女、見てるか知らねえけど、こっちは必死なんだよ…)
陽菜は、ココアの甘さとは裏腹に、苦々しい思いを飲み込んだ。
(あの『プレゼント(車)』のためにも、絶対落ちるわけにはいかねえ…!)
そして翌日。冬の朝の、身を切るような冷たい空気の中、仮免許技能検定が始まった。
教習所の場内コースには、他の受講生たちと共に、緊張した面持ちの陽菜と澪の姿もあった。
順番を待つ間、陽菜は落ち着きなく貧乏ゆすりを繰り返し、澪は目を閉じ、静かに精神を集中させている。
対照的な二人だが、その胸の内にあるプレッシャーは同じだった。
先に検定車に乗り込んだのは、陽菜だった。
助手席には、いかにも厳格そうな、年配の男性検定員が座っている。
「橘陽菜さんね。準備ができたら、発進してください」
「…ウス」
短く返事をし、陽菜は深呼吸一つして、クラッチを繋いだ。
(落ち着け、あたし。いつもの喧嘩みてえに、度胸とカンでいけばいいんだ!)
彼女の運転は、良くも悪くも感覚的だった。
ギアチェンジは少し荒っぽく、アクセルワークもややムラがある。
しかし、抜群の運動神経と反射神経で、S字カーブやクランクといった難所も、ギリギリだが、しかし驚くほどスムーズにクリアしていく。
検定員が、時折、眉をひそめたり、小さく唸ったりしているのが、バックミラー越しに見えた。
次に、澪の番が来た。
彼女は、音もなく運転席に座ると、まずシートとミラーをミリ単位で調整し、全ての計器類を冷静に確認した。
その所作には、一切の無駄も、感情の揺らぎも見られない。
「…藤井澪です。始めます」
静かに告げると、彼女は、まるで精密機械のように、滑らかに車を発進させた。
ハンドル操作、アクセル、ブレーキ、ギアチェンジ…全てが、教本通り、完璧なタイミングと操作で行われる。
S字もクランクも、まるでコンピューターが制御しているかのように、寸分の狂いもなく通過していく。
その正確無比な運転は、しかし、どこか人間味を感じさせず、助手席の検定員も、感心するやら、少し不気味に思うやら、複雑な表情を浮かべていた。
――そして、結果発表。
「橘陽菜さん、合格です。ただし、もう少し丁寧な運転を心がけるように」
「藤井澪さん、合格。…素晴らしい運転でした」
対照的な評価を受けながらも、二人は、無事、仮免許検定に一発合格を果たした。
「っしゃあ!」
陽菜は、思わず小さくガッツポーズをした。
隣で、澪も、ほんのわずかに、口元に安堵の笑みを浮かべていた。
これで、いよいよ路上教習が始まる。
合宿生活も、折り返し地点だ。
二人が、ほっとした表情で教習所の空を見上げると、そこには、未確認飛行物体など影も形もなく、ただ、冬の奥多摩の、どこまでも高く、青く澄み渡った空が広がっているだけだった。
彼女たちの意識は、まだ、空の彼方の謎ではなく、自分たちの足元と、ハンドルを握る手の感触、そして、東京で待つであろう、複雑な現実へと、しっかりと向けられていた。
***
十二月も下旬、クリスマスを間近に控えた平日。
しかし、松田と桜井がいる場所には、華やいだ街の空気など微塵も届かなかった。
彼らが乗る地味なシルバーの覆面セダンは、奥多摩の山間、眼下に蛇行する川と、広々とした河川敷を見下ろす、人気のない高台の駐車スペースに、もう何時間も、エンジンを切ったまま静かに停まっていた。
車窓の外に広がるのは、息をのむような冬の絶景だった。
西高東低の気圧配置がもたらした乾燥した空気は、どこまでも透明で、空は突き抜けるように青い。
遠くに見える山々の稜線は、雪を薄く纏い、午後の陽光を受けてキラキラと輝いている。
眼下の川は、冬枯れの木々の間を縫うように、エメラルドグリーンの水面を静かに煌めかせながら流れていく。
時折、カラスか鳶か、大きな鳥が、鋭い鳴き声を残して空を横切っていく。
凛とした空気は冷たく、しかし清浄で、深呼吸すれば、肺が洗われるような感覚があった。
――だが、その美しい風景も、今の松田と桜井にとっては、ただの背景でしかなかった。
「……今日も、なしか」
助手席で、松田が深いため息と共につぶやいた。
彼は、もう何時間も、高性能な双眼鏡を目に当て、対岸の山肌や、広々とした河川敷の上空を、根気強く、しかし半ば諦めたような表情で監視し続けている。
例の『未確認飛行物体』…都議会で騒がれたせいで、駆り出された形だけの張り込み任務。
成果など、上がるはずもなかった。
「報告が、増えているだけみたいですね、SNS上では」
運転席の桜井が、スマートフォンで情報をチェックしながら、静かに応じた。
「もっと鮮明な映像だとか、複数の場所での目撃情報だとか…まあ、どこまで本当かは分かりませんが」
「…どうせ、見間違いか、デマか、あるいは…錯覚だろうよ」
松田は、吐き捨てるように言った。
「そんなもののために、なんで俺たちが、こんな山奥で一日中…」
言葉の端々に、この理不尽な任務を押し付けた係長への、そして、それに唯々諾々と従うしかない自分たちの状況への、深い不満と苛立ちが滲む。
庁内では、今頃「松田の奴、また厄介払いされてるぞ」「UFO探しとは、ご苦労なこった」と、面白おかしく噂されているに違いない。
その想像が、さらに彼の心をささくれ立たせた。
そんな重苦しい空気を破るように、眼下の、川沿いを走る曲がりくねった道に、一台の白い教習車が現れた。
屋根には『仮免許練習中』の大きなプレート。
ゆっくりと、そして少しぎこちない動きで、カーブを曲がっていく。
「…あ」
桜井が、小さく声を上げた。
「あの教習車、さっきも見かけましたね。この辺り、路上教習のコースになっているんですね」
それは、この退屈な張り込みの中で見つけた、数少ない『変化』だった。
彼女の声には、単なる事実確認だけでなく、この単調な時間から、少しでも気を紛らわせたい、という響きがあった。
「ああ、そうみたいだな」
松田も、双眼鏡を一旦下ろし、通り過ぎていく教習車に目を向けた。
「しかし、まあ…こんな山道で、しかも冬場に路上教習とはな。生徒も教官も、大変だろうよ」
「そうですね。カーブも多いですし、日陰は路面が凍結しているかもしれませんし…」
「ああ。俺が若い頃なんざ、冬の山道での追跡は、命懸けだったがな…」
松田は、遠い目をして呟いた。
ほんの少しだけ、車内に、捜査とは関係のない、穏やかな雑談の空気が流れる。
美しいが厳しい奥多摩の自然。
その中で行われる、日常的な営み(路上教習)。
その光景が、二人の間に、ほんの束の間だけ、刑事という役割を忘れさせる。
だが、松田はすぐに、はっとしたように双眼鏡を目に当て直した。
たとえ、これが形だけの任務であろうと、与えられた職務を放棄するわけにはいかない。
刑事としての、長年の習性がそれを許さない。
彼は、再び、眼下の河川敷と、青く澄み渡った空の隅々まで、鋭い視線を走らせ始めた。
レンズを通して見える景色は、相変わらず、美しく、そして、何も起こらない。
桜井も、そんな松田の横顔を静かに見つめた後、再び前方に視線を戻した。
車内に満ちるのは、缶コーヒーの冷めた香りと、わずかな革シートの匂い、そして、共有された、どうしようもない停滞感と、かすかな諦念。
時間は、ただただ、ゆっくりと過ぎていく。
時折、別の路上教習車が通り過ぎたり、野良猫が気まぐれに横切ったりする以外は、何も起こらない。
美しい奥多摩の冬景色だけが、まるで彼らの焦燥感や不満など、全く意に介さないかのように、静かに、そして悠然と、そこに存在し続けていた。
***
エミリアからの、例の『コミュニケーション訓練』に関する宣告を受けた後、佐藤健の心は重く沈んでいた。
しかし、そんな彼に、エミリアは追い打ちをかけるように、新たな『お願い』をしてきたのだ。
「――というわけで、健ちゃん」
エミリアは、最高級のアールグレイを優雅に飲み干しながら、有無を言わせぬ笑顔で告げた。
「陽菜ちゃんと澪ちゃんが、頑張って免許を取ったお祝いに、中古車をプレゼントするって約束しちゃったのよ。それでね、サスキアが良い車を押さえてくれたんだけど、やっぱり中古車って、ちゃんと実物を見ないと安心できないでしょう?」
「は、はあ…(確かにそうだけど…)」
「だから、健ちゃんに、その車の最終確認をお願いしたいのだけど」
「僕が、ですか?」
「ええ。でもね」
エミリアは、人差し指を立てて、悪戯っぽく続けた。
「ただ見に行くだけじゃ、面白くないじゃない? これは、健ちゃんにとって、近頃の若い女性のセンスを学ぶ、絶好の機会でもあると思うのよ。だから、誰か、素敵な女性を誘って、一緒に行ってきてほしいの。二人で相談しながら選べば、きっとあの子たちも喜ぶ、素敵な一台が見つかるはずだわ」
「ええっ!?」
佐藤は素っ頓狂な声を上げた。
「だ、誰かって…そんな、急に…!」
「あら、心当たりがないとは言わせないわよ?」
エミリアは、楽しそうに目を細める。
「例えば、下のジャズ喫茶で頑張ってる、あの子たち(夜組)とか? それとも、あなたの『訓練』に協力してくれる、プロのコスプレイヤーさんたちとか? ああ、そうだわ、あなたがSNSで毎日律儀に挨拶を返している、可愛いアイドルちゃんたちでもいいわよ? 誰か誘ってみたら?」
エミリアの提案(という名の無茶ぶり)に、佐藤は頭を抱えたくなった。
夜組の子たち? 冗談じゃない、まともに話せない! コスプレイヤーさん? あれは訓練だ、プライベートで誘うなんて! アイドル? もってのほかだ!
(どうしよう…でも、断ったら、またエミリアとサスキアさんに何を言われるか…)
彼は必死で考えた。誰か、誰か一人でも、自分が比較的、普通に話せる女性はいないだろうか…?
(…あ)
彼の脳裏に、一人の女性の、太陽のような笑顔が浮かんだ。
そうだ、彼女なら。
以前、一緒に大変な時期を過ごし、今でも時々、気さくなメッセージをくれる、あの人なら…。
意を決した佐藤は、震える指でスマートフォンを操作し、メッセージアプリを開いた。
相手は、星宮凛。
『凛さん、突然すみません。佐藤です。実は、折り入ってお願いしたいことが…』
幸運にも、凛さんからの返信はすぐに来た。
ちょうど大きな撮影がトラブルで急遽中断になり、スケジュールがぽっかり空いてしまったとのこと。
そして、彼女自身も「実は最近、自分の車が欲しいなって思ってたんです! 色々見てみたくて!」と、意外なほど乗り気で、佐藤のお願い(後輩へのプレゼント用の中古車選びに、女性目線のアドバイスが欲しい、という説明)を快く引き受けてくれたのだ!
そして、約束の日の午前中。
佐藤は、少し早めに待ち合わせ場所である、郊外の大型中古車展示場の入り口近くにあるカフェに着いていた。
心臓は、緊張でバクバクしている。
本当に、トップアイドルが、自分のこんな個人的なお願いに付き合ってくれるなんて…。
「佐藤さーん! お待たせしました!」
明るい声に顔を上げると、そこには、白いニットキャップを目深にかぶり、大きなマスクとサングラスで顔を隠してはいるものの、隠しきれないオーラを放つ星宮凛が立っていた。
上質なダッフルコートに、細身のジーンズというラフな格好だが、そのスタイルの良さは一目でわかる。
「り、凛さん! わ、わざわざすみません!」
佐藤は、慌てて立ち上がる。
「ううん、気にしないで! 私も、ちょうど車が見たかったから、良い機会だと思って!」
凛は、マスク越しにも分かる笑顔で言った。
「それに、大切な後輩へのプレゼントなんでしょう? 良いの見つけましょう!」
二人は、カフェを出て、広大な中古車展示場へと足を踏み入れた。
様々なメーカー、様々な色の車が、冬の柔らかな陽光を浴びてずらりと並んでいる。
平日の午前中ということもあり、客の姿はまばらだ。
「それで、サスキアさんが目星をつけてくれた車は…っと」
佐藤は、事前に送られていた情報をスマホで確認する。
「あ、これですね。ベージュの、ちょっと丸っこいデザインの…」
二人は、目的の、少しお洒落な国産コンパクトカーの前で足を止めた。
年式は比較的新しく、走行距離も少ない。
内外装も綺麗に清掃されているようだ。
「わ、可愛い!」
凛が、素直な声を上げる。
「この色、優しい感じで良いですね。女の子が乗るなら、ぴったりかも」
「そうですかね?」
「うん! ちょっと中、見てもいいですか?」
凛さんは、慣れた様子でドアを開け、運転席に座ってみる。
佐藤も、緊張しながら助手席へ。
「あ、思ったより広いかも! シートも座りやすいし、視界も良いですね」
凛が、ハンドルを握りながら感想を言う。
「ナビも付いてるし、バックモニターも。うん、これなら初心者でも安心かな」
「なるほど…」
佐藤は、彼女の的確な(ように聞こえる)コメントに感心しながら、ダッシュボードの質感などを確かめる。
「私だったら、もう少し収納が多いと嬉しいかなぁ。あと、ドリンクホルダーの位置が…」
「こういうミラー、あると便利ですよね!」
「このボタンは何だろう?」
二人は、ああだこうだと言いながら、車の細部をチェックしていく。
凛が自分の希望を交えながら話すので、会話は意外なほど自然に進んだ。
時折、営業マンが声をかけてきたが、佐藤が「すみません、二人で少し見させてください」と、以前よりは落ち着いた態度で対応できた。
傍から見れば、それはまるで、新しい車選びに心を躍らせる、仲の良い恋人同士のように見えたかもしれない。
一通り車を確認し終えると、ちょうどお昼時になっていた。
「あ、あの、凛さん」
佐藤は、勇気を出して誘ってみた。
「もし、この後お時間大丈夫でしたら…お礼に、お昼でも、ご馳走させていただけませんか?」
「え? いいんですか?」
凛は、少し驚いた顔をしたが、すぐに笑顔で頷いた。
「わ、嬉しい! じゃあ、お
言葉に甘えちゃおうかな」
二人は、展示場近くの、テラス席もあるお洒落なカフェで、サンドイッチとスープのランチを摂った。
凛は、仕事モードではない、年相応の女の子らしい屈託のない笑顔で、最近あった面白い出来事などを話してくれた。
佐藤も、最初は緊張していたが、彼女の明るい雰囲気に助けられ、自分の好きな漫画の話などを、少しだけ話すことができた。
「…今日は、本当に助かりました。凛さんに来てもらえなかったら、僕一人じゃ、きっと何も決められませんでした」
食後、カフェの前で別れる際、佐藤は心からの感謝を伝えた。
「ううん、私の方こそ、すごく楽しかったし、自分の車選びの参考にもなったわ。こちらこそ、ありがとう、佐藤さん! また、いつでも声かけてね!」
凛は、そう言って手を振ると、迎えに来た(であろう)事務所の車に乗り込み、颯爽と去っていった。
一人残された佐藤は、しばらくの間、彼女が去った方向をぼんやりと見つめていた。
そして、ふつふつと、胸の奥から、これまで感じたことのないような、温かい達成感が込み上げてくるのを感じた。
(…やった…! 凛さんと、普通に話せた…! 車もちゃんと見れたし、お昼までご馳走できた…!)
彼は、ぐっと拳を握りしめた。
(僕だって、やればできるじゃないか! これくらい、できるんだ! エミリアやサスキアさんにだって、もう、何も言わせないぞ!)
今日の成功体験は、彼の心に、ほんの少しだけ、しかし確かな自信の光を灯したようだった。
彼は、軽い足取りで、事務所へと向かう電車に乗った。
その上機嫌な表情からは、これから事務所で待っているかもしれない『現実』や、階下のジャズ喫茶で自分を待ち受ける(かもしれない)『カオス』のことなど、今はすっかり忘れ去られているようだった。
***
十二月も下旬に差しかかった、クリスマスイブまであと数日という平日の午後。
奥多摩の山々は、冬枯れの木々が寒々しい枝を広げ、頂に近い部分は薄っすらと雪化粧をしていた。
張り込みポイントである高台から見下ろす渓谷は、陽の光を浴びてエメラルドグリーンに輝く川の流れと、切り立った岩肌、そして広々とした河川敷が織りなす、雄大で美しいパノラマを描き出している。
空気はガラスのように冷たく澄み渡り、時折、鋭い鳥の鳴き声が静寂を破る以外は、風の音と川のせせらぎだけが聞こえていた。
その絶景とは裏腹に、高台の隅に停められた覆面パトカーの車内には、もう何日も続く成果の無い張り込みによる、重く、退屈な空気が澱んでいた。
桜井は、助手席で、分厚い捜査資料のファイルに目を通し、時折、小さなため息をついている。
運転席の松田は、魔法瓶の熱いコーヒーを啜りながら、高性能な双眼鏡を手に、飽きもせずに眼下の風景――特に、川の対岸の山の峰や、開けた河川敷の上空――を監視していた。
(…今日も異常なしか。まあ、当たり前か。UFOなんているわけが…)
松田が、自嘲気味にそう思い、双眼鏡の角度を少し変えようとした、その瞬間だった。
レンズの視野の端に、何か、不自然な動きをする物体が捉えられた。
(…鳥か? いや、違う…動きが直線的すぎる…)
彼は、眉間に皺を寄せ、慎重に双眼鏡のピントを合わせた。
物体は、渓谷の川面に沿うように、こちらへ向かって飛んでくる。そして、その姿がはっきりと見えた時、松田は、我が目を疑った。
「…………なっ…………!?」
思わず、声にならない声が漏れる。コーヒーカップを持つ手が震え、中身がわずかにこぼれた。
彼の双眼鏡が捉えていたのは――トナカイだった。
角を生やし、茶色い体毛(のように見えるカバー)を纏った、紛れもない、トナカイの形をした何かが、空を飛んでいるのだ。
それも、決して速くはないが、一定の速度を保ち、ブォォォン…という、複数のローターが回転するような、低く、しかしはっきりとした機械的な音を響かせながら、川の上空を、悠然と飛行している。
大きさは、おそらく数メートルはあるだろうか。
(トナカイ…が、飛んでる…? しかも、あの音は…ドローン…か? いや、でも、なんだってこんな、トナカイの着ぐるみみたいなものを…!?)
あまりにも現実離れした、シュールな光景。松田の思考は、一瞬、完全に停止した。
これが、都議会で問題になったという『未確認飛行物体』の正体なのか? いたずらか? それとも…。
「――っ! さ、桜井!」
松田は、我に返ると、隣の桜井に叫びながら、無線機を掴み取った。
その声は、興奮と混乱で上ずっている。
「こちら桜田1(ワン)! 現在位置より、河川敷上空にて所属不明機を確認! 繰り返す、所属不明機確認! 形状…け、形状、トナカイ!! 馬鹿な、と思うだろうが、トナカイだ! 現在、〇〇方面へ飛行中! 至急、周辺への警戒及び、応援を要請する!」
「トナカイ!?」
報告を聞いた無線手の、素っ頓狂な声がスピーカーから返ってくる。
無理もない。だが、今は説明している時間はない。
「松田さん!」
松田の叫び声と無線の内容に、桜井も弾かれたように顔を上げ、松田が指差す方向を見た。
そして、その異様な飛行物体を視界に捉えた瞬間、彼女の表情が一変した。
驚きはしたが、パニックには陥らない。
彼女は、即座に後部座席から、望遠レンズを取り付けた高性能カメラを掴み取ると、車の窓を素早く開け、レンズを飛行物体に向けた!
(証拠…! 証拠を押さえないと…!)
カシャッ!カシャッ!カシャッ!
冷静に、しかし必死でシャッターを切る。
冬の澄んだ空気の中、カメラのシャッター音だけが、やけにクリアに響いた。
例の『トナカイ型ドローン』は、まるで自分たちの存在に気づいているのかいないのか、意に介する様子もなく、一定の高度と速度を保ったまま、川の流れに沿って飛び続け、やがて、渓谷の先の、山の稜線の向こうへと、その奇妙な姿を消していった。
ブォォォン…という飛行音も、徐々に小さくなり、やがて、川のせせらぎと風の音の中に完全に掻き消された。
後に残されたのは、あっけにとられたように、飛行物体が消えた方向を見つめる松田と、カメラを構えたまま、モニターの画像を確認する桜井、そして、再び訪れた、奥多摩の雄大で、しかし今はどこか非現実的に感じられる静寂だけだった。
「…………今のは……一体……?」
松田が、呆然と呟いた。双眼鏡を持つ手が、まだ微かに震えている。
「…分かりません。ですが、これを見てください」
桜井が、カメラのモニターを松田に向けた。
そこには、不鮮明ながらも、確かに、トナカイの形をした、しかし明らかに人工的な構造物が空を飛んでいる姿が、記録されていた。
「…やはり、見間違いじゃなかったか…」
松田は、ゴクリと喉を鳴らした。トナカイの形をした、軍事用ドローン? いったい、誰が、何の目的で、こんなものを飛ばしているんだ? これは、単なるUFO騒ぎや、アリバイ作りのための張り込み任務などではなかった。
もっと別の、何か、得体のしれない事件の、ほんの入り口に過ぎないのではないか…?
二人の刑事の間に、これまでの退屈さとは全く質の違う、新たな、そして底知れない不安と緊張感が、音もなく広がっていく。
彼らの『意味のない』はずだった張り込みは、この瞬間、予想もしない形で、『本物の事件』の始まりを告げていたのかもしれない。
美しいはずの奥多摩の冬空が、今はただ、不気味な謎を隠したまま、高く、冷たく、広がっていた。




