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東京影譚 ~エミリア、影を紡ぐ者~  作者: ミルティア


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凍えるレンズと、二人の距離 其一

この物語はフィクションです。

この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。


ようこそ、東京の影の中へ。

ここは、光が滅び、影が支配する世界。

摩天楼が立ち並ぶ、華やかな都市の顔の裏側には、深い闇が広がっている。

欲望、裏切り、暴力、そして死。

この街では、毎夜、人知れず罪が生まれ、そして消えていく。

あなたは、そんな影の世界に生きる、一人の女に出会う。

彼女の名は、エミリア・シュナイダー。

金髪碧眼の美しい姿とは裏腹に、冷酷なまでの戦闘能力を持つ、凄腕の「始末屋」。

幼い頃に戦場で、彼女は愛する家族を、理不尽な暴力によって奪われた。

それは、彼女が決して消すことのできない傷となり、心を閉ざした。

今もなお、彼女は過去の悪夢に苛まれ、孤独な戦いを続けている。

「私は、この世界に必要とされているのだろうか?」

「私は、幸せになる資格があるのだろうか?」

深い孤独と絶望の中、彼女は自問自答を繰り返す。

だが、運命は彼女を見捨てなかった。

心優しい元銀行員の相棒、エミリアの過去を知る刑事、そして、エミリアの過去を知る謎めいた女ライバル。

彼らとの出会いが、エミリアの運命を大きく変えていく。

これは、影の中で生きる女の物語。

血と硝煙の匂いが漂う、危険な世界への誘い。

さあ、ページをめくり、あなたも影の世界へと足を踏み入れてください。

そして、エミリアと共に、非日常の興奮とスリル、そして、彼女の心の再生の物語を体験してください。

あなたは、エミリアに、どんな未来を見せてあげたいですか?

…この物語は、Gemini Advancedの力を借りて、紡がれています。

時に、AIは人間の想像を超える unexpected な展開を…

時に、AIは人間の感情を揺さぶる繊細な表現を…

Gemini Advancedは、新たな物語の世界を創造する、私のパートナーです。


この作品はカクヨムにて先行公開しており、こちら(小説家になろう)では遅れて公開となります。あらかじめご了承ください。


ただし、どうか忘れないでください。

これは、あくまでフィクションだということを。

This is a work of fiction. Any resemblance to actual events or persons, living or dead, is purely coincidental.


Ceci est une œuvre de fiction. Toute ressemblance avec des événements réels ou des personnes, vivantes ou mortes, serait purement fortuite.


Dies ist ein Werk der Fiktion. Jegliche Ähnlichkeit mit tatsächlichen Ereignissen oder lebenden oder verstorbenen Personen ist rein zufällig.


นี่คือนิยายที่แต่งขึ้น บุคคล สถานที่ หรือเหตุการณ์ใดๆ ที่ปรากฏในเรื่อง หากบังเอิญคล้ายคลึงกับบุคคล สถานที่ หรือเหตุการณ์จริง ทั้งที่ยังมีชีวิตอยู่หรือเสียชีวิตไปแล้ว ถือเป็นเรื่องบังเอิญทั้งสิ้น


(この作品はフィクションです。実在の出来事や人物、存命・故人との類似はすべて偶然です)


からりと晴れ渡った、十二月のある平日の昼前。

会員制ジャズ喫茶の店内には、冬の柔らかな陽光が大きな窓からたっぷりと降り注ぎ、磨き上げられたマホガニーのカウンターや、壁一面のレコードジャケットを温かく照らしていた。

BGMには、軽快で心地よい音楽が流れ、上質なコーヒーの香りが漂っている。

完璧な湿度に保たれた、まさに大人のための隠れ家といった雰囲気だ。

――ただし、客は一人もいない。


その、客のいないフロアの一角、窓際のゆったりとしたソファ席で、佐藤健は、プロコスプレイヤーの桃里める(MERU)と、一対一の『コミュニケーション訓練』の真っ最中だった。

今日のめるは、明るいピーチピンクのふわふわしたボブヘアに、人気アニメの学園ものに出てくるような、しかし上品にアレンジされた(そして露出は控えめな)制服風の衣装に身を包んでいる。

そのキラキラした笑顔と、計算され尽くした『可愛い』仕草は、佐藤の心の壁を少しだけ、ほんの少しだけ、こじ開け始めていたのかもしれない。


「――それでですね、その異世界漫画の最新刊なんですけど、主人公が、ついに四人目のヒロインを仲間にするんですよ! しかも、その子が、まさかの元敵幹部で!」

「へ、へえー! それは、王道だけど燃える展開だね!」


佐藤は、まだ少し声が上ずり、視線も時折泳いでしまうものの、自分の得意分野である漫画の話題では、以前よりはいくらかスムーズに言葉が出てくるようになっていた。

目の前の、太陽のように明るい(ように見える)めるさんが、驚くほど自分の趣味に詳しく(もちろん、一夜漬けの猛勉強とプロの演技力の賜物なのだが)、しかも常に肯定的な相槌を打ってくれるおかげだった。


(…あれ? 僕、意外と話せてる…? この子、すごく良い子だな…!)


そんな、わずかな自信と、相手への(作られた)好感度が芽生え始めた、まさにその時。


少し離れたカウンター席や、ホールの隅では、『夜組』の少女たちが、それぞれの持ち場(開店準備か、あるいは待機か)で、固唾を飲んで二人の様子を見守っていた。サスキアからの指示――「訓練中に何かトラブルが発生した場合、速やかに報告すること」――を忠実に守るため(そして、大部分は野次馬根性と、佐藤への歪んだ興味のため)である。


その、夜組の熱い(勘違いの)視線など露知らず、めるは、パッと顔を輝かせると、作戦開始とばかりに、ぐっと佐藤さんとの距離を詰めた。


「わー! 佐藤さん、その漫画のこと、めちゃくちゃ詳しいんですね! すごーい!」


彼女は、ソファの上で自然に身を乗り出し、佐藤さんのすぐ隣に腰を下ろした。

ふわ、と甘いフローラル系の香りが漂い、肩が触れ合うか触れ合わないかの距離。

その、あまりにも自然な、しかし計算された接近に、佐藤の心臓が、ドクン!と大きく跳ねた。


(ち、近いっ! い、いい匂い…! うわわわわ!)


顔が一気に熱くなり、視線はあらぬ方向を向き、せっかく少し滑らかになっていた口調も、再びカタコトに戻ってしまう。


「い、いや、そ、そんな、詳しくなんて…ただ、好きなだけで…」

「ふふ、謙遜しちゃって!」


めるは、楽しそうに笑いながら、さらに無邪気さを装って、佐藤の腕に、自分の腕を軽くコツン、と当てた。


「ねぇねぇ、佐藤さん、もっと色々教えてくださいよぉ!」


上目遣いで、甘えるような声。


その『あざと可愛い』攻撃に、佐藤の思考回路は完全にパニック寸前だった。


(だ、だめだ! これは訓練だ! 罠だ! でも、可愛い…! いや、違う!)


そんな、内心大パニックの佐藤さんの様子を見て、めるは(よし、もう一押し!)と、全く別の、しかし彼の興味を引きそうな話題を、絶妙なタイミングで繰り出した。


「あ、そうだ! 佐藤さん、知ってます? 最近、奥多摩の方で、なんかヘンなのが飛んでるって、SNSでめっちゃ話題になってるんですよー!」

「へ? 変なの…? 奥多摩で…?」


異性との接近には弱いが、オカルトやミステリーには滅法弱い佐藤。

その言葉に、彼の興味が一気に惹きつけられる。


「そうなんです!」


めるは、すかさず自分のスマートフォンを取り出し、わざと佐藤に体を密着させるような格好で、画面を見せてきた。


「ほら、これ見てください! なんか、夜中に、山のほうを、光る物体がふわふわ飛んでるって! しかも、目撃した人によると、トナカイみたいな形してるって言うんですよ!? ヤバくないですか!?」


画面には、不鮮明ながらも、夜空に浮かぶ奇妙な光と、それに関する憶測や噂が飛び交うSNSの投稿が表示されている。


「なっ…!? トナカイ型の未確認飛行物体!? しかも奥多摩で!?」


エミリアやサスキアへの恐怖も、目の前のめるの接近によるドキドキも、一瞬で吹き飛んだ。

佐藤の目は、完全に少年のようにキラキラと輝き、画面に釘付けになる。


「うわー! これ、本物かな!? ドローンかな? いや、でも、この動きは…! ちょっと、もっと詳しく見せて! 検索ワードは? どの界隈で話題になってるの!?」


彼は、身を乗り出し、めるの小さなスマホ画面を、食い入るように覗き込もうとする。

二人の顔が、ぐっと近づいた。


その、一連の光景を、固唾をのんで見守っていた夜組の少女たちは――。


(((キャーーーーーーッ!!!))))


内心で、絶叫していた。


((めるさん、すごい! なんて自然なボディタッチ! そして上目遣い! あれがプロの技…!))

((佐藤さん、完全に顔赤くなってる! まんざらでもないじゃん! やっぱりモテるんだ!))

((うわー! 顔近い! 顔近いって! あんなの、もう、キスする距離じゃん!))

((だ、だめ! 佐藤さんは、エミリア様の…! いや、でも、凛様も…! あたしたちも…!))

((これが…これが『ハーレム』ってやつなのね…! 想像以上に、過酷な戦い…!))

((でも、あたしたちも、負けてられない! 明日は、あたしが佐藤さんに、もっとすごいアプローチを…!))


彼女たちの頭の中では、佐藤さんを巡る壮大なラブコメ(という名の勘違い)が、猛烈な勢いで加速し、もはや誰にも止められない状況に陥っていた。

その瞳には、嫉妬、憧れ、決意、そして『あたしたちも、佐藤さんの『特別』になるんだ!』という、健気で、切実で、そして致命的に間違った炎が、メラメラと燃え盛っていた。


一方、佐藤は、そんな少女たちの熱い(そして重い)視線にも全く気づかず、ただひたすら、めると一緒に『奥多摩の空飛ぶトナカイ』の謎に、夢中になっている。


事務所でこの様子をモニター越しに見ていたであろう、エミリアとサスキアが、今、どんな表情をしているのか。

それは、今の佐藤には、知る由もないことだった。


                    ***


エミリア・シュナイダーのオフィスは、窓から差し込む西日が床に長い影を落とし始め、壁のコレクションが鈍い金色に輝いていた。

室内は高級アロマと紅茶の香りが漂い、加湿器が静かに運転を続けている。

一見、穏やかで優雅な空間。


しかし、ソファに座るエミリアの内心は、階下のジャズ喫茶のモニター映像に向けられ、穏やかではなかった。

画面の中では、佐藤健が、プロコスプレイヤーの桃里めると、目をキラキラさせながら『奥多摩の未確認飛行物体』について熱弁をふるっている。


(…やっぱり、食いついたわね、健ちゃん。あの手のオカルト話、本当に好きだもの…)


エミリアは内心で舌打ちした。

このままでは、彼のことだ、『僕が真相を確かめに行きます!』と言い出しかねない。

クリスマスイブは、絶対に二人きりで、温かくて快適な室内で過ごしたいのだ。

奥多摩の寒い山奥で、正体不明の飛行物体を追いかけるなんて、冗談ではない。


「サスキア」


エミリアが静かに声をかけると、受付カウンターのデスクで完璧な姿勢で作業していたサスキア・デ・フリースが、音もなく顔を上げた。


「はい、エミリア様」

「健ちゃんが、奥多摩の怪しい飛行物体の噂に夢中なのだけど」


エミリアは、モニターを一瞥しながら言った。


「彼が行きたがる前に、先手を打たないと」

「承知しております。どのようなご指示を?」


サスキアの声は、常に冷静だ。


「こう言うのよ」


エミリアは、悪戯っぽく微笑んだ。


「『あら、健ちゃん、その奥多摩の件? 私も調べてみたけど、情報が錯綜していてね。だから、私が特別に信頼している優秀な調査員(もちろん、二人組よ)を既に現地に派遣しておいたわ。だから、今は焦らず、彼女たちの報告を待ちましょう? ね? 健ちゃんが、わざわざ危険な場所に行く必要なんて、全くないのよ』ってね」


それは、佐藤の好奇心を逆手に取り、彼の行動を封じ込めるための、完璧な口実だった。


「…承知いたしました。佐藤様には、そのようにお伝えします」


サスキアは頷く。


「それで、エミリア様。その、『派遣する調査員』…陽菜さんと澪さんの件ですが」

「ええ、ちょうど考えていたところよ」


エミリアは、今度は別の計画について話し始めた。


「あの二人組のこと。定食屋も居心地は良いのかもしれないけれど、いつまでも保護司さんたちに甘えさせておくわけにもいかないわ。そろそろ、本格的な『教育』も始めたいし…。何か、ご夫妻も納得するような形で、あの子たちをしばらく奥多摩に送り込む、良い口実はないかしら?」


エミリアの真意は、佐藤さんの奥多摩行き阻止と、陽菜・澪への本格的な教育開始(そして、おそらくは佐藤から物理的に距離を置かせること)だろう。


サスキアは、数秒間、黙って思考を巡らせた後、冷静に、しかし即座に、完璧な提案を口にした。


「…でしたら、エミリア様。『運転免許の合宿』はいかがでしょう?」

「運転免許?」


エミリアは、意外そうに目を瞬かせた。


「はい。これから社会人として生きていく上で、運転免許は有用なスキルです。『自立のための第一歩』として、保護司の方々にも説明しやすいかと。場所も、奥多摩エリアであれば、自然環境も良く、都会の喧騒から離れて集中できる、という名目も立ちます」


「…なるほど! 免許合宿ね!」


エミリアの顔が、ぱっと明るくなった。


「それは素晴らしいわ! それなら、健ちゃんも『調査員(あの子たち)が近くにいるなら安心だ』って思うかもしれないし! しかも、合宿なら、二週間くらいは確実に奥多摩に足止めできるわね!」


まさに一石二鳥、いや三鳥の妙案だ。


「手配は可能です」


サスキアは、淡々と続ける。


「費用はこちらで負担するとして…問題は、彼女たちが素直に参加を受け入れるか、ですが」

「ああ、それなら心配ないわ」


エミリアは、自信たっぷりに微笑んだ。


「もし渋るようなら、『免許が取れたら、お祝いに中古の車をプレゼントする』って言ってあげればいいのよ。あの子たちの経済状況なら、絶対に断れないはずだわ」

「…承知いたしました」


サスキアは、エミリアの(ある意味、非情な)手際の良さに、内心わずかに感心しつつ、頷いた。

そして、サスキアは、さらに先のステップについて、より洗練された提案を付け加えた。


「エミリア様。免許取得後のことですが、彼女たちの『自立』を支援するという形で、定食屋のあるあの学生街の不動産管理会社に、『管理人補佐』として就職を斡旋するのはいかがでしょう?」

「不動産管理会社の…管理人補佐?」

「はい。特に、女性専用の学生寮がいくつかございますので、そちらの管理人補佐として、住み込みで勤務する、という形であれば、安全面での心配も少なく、保護司の方々も安心なさるかと。日中の仕事が中心ですし、社会性や実務能力を身につける良い機会にもなります」


(…そして、我々の息のかかった不動産会社と寮であれば、彼女たちの管理と情報収集は、定食屋にいるよりも、はるかに容易になりますわね…)


「まあ、管理人さんのお手伝いね」


エミリアは、少し考え込んだが、すぐに納得したように頷いた。


「確かに、保護司さんたちも文句は言わないでしょうね。それに…」


彼女の碧眼が、再び悪戯っぽい光を宿した。


「ふふ、あの子たちの『安全な拠点』が私たちの近くにできるのは、別の意味でも、何かと都合が良いかもしれないわね…」


その言葉の真意を、サスキアは正確に読み取っただろうが、表情には出さない。


「ええ、素晴らしいお考えかと存じます」

「決まりね! サスキア、その線で進めてちょうだい。まずは奥多摩の免許合宿、そして、その後の就職先(管理人補佐)の手配もお願いね。もちろん、お祝いの中古車のプレゼントも、忘れずに、よ」

「承知いたしました。全て、抜かりなく」


サスキアは、静かに頷くと、再び自分のデスクに戻り、新たな『任務』――陽菜と澪の奥多摩合宿手配と、その後の『就職先』確保――の実行準備を、恐ろしく効率的に開始した。


エミリアは、満足そうにティーカップを傾けながら、再び階下のジャズ喫茶のモニター映像に視線を戻した。

画面の中では、まだ佐藤が、目を輝かせて『未確認飛行物体』の謎について、めると熱く語り合っている。


(ふふ、健ちゃん、残念だったわね。奥多摩行きは、これで阻止完了。クリスマスイブは、絶対に二人きりなんだから…。そして、あのお転婆娘たちには、しばらく奥多摩で『社会勉強』してもらって、戻ってきたら、今度は健ちゃんの『ご近所さん』として、色々とお手伝いしてもらいましょうか…)


彼女の瞳には、愛する者への強い執着と、全てを自分の思い通りに動かそうとする、絶対的な女王の意志、そして、新たな計画への期待が、再び強く輝き始めていた。

事務所には、午後の陽光と、アロマの香り、そして、二人の女性の静かで、しかし確実な計画の進行を示す空気だけが満ちていた。


                    ***


東京を流れる大きな川の河川敷に広がる、高速道路の高架下。

コンクリートの巨大な橋脚が、等間隔に闇へとそそり立ち、頭上を走り抜ける車の重低音が、不気味に反響している。

川向こうのビル群の明かりは、ここでは遠く、頼りない光の粒にしか見えない。

川面を渡る冬の夜風が、容赦なく吹き付け、体温を奪っていく。


「…はぁっ…はぁっ…もう、無理……」

「…ぜぇ…くそっ…!」


地面に膝をつき、荒い息を繰り返しているのは、橘陽菜と藤井澪だった。

彼女たちの全身は汗で濡れ、息は白く凍りつき、体力は限界に達している。

目の前には、息一つ乱さず、まるで月光を浴びて輝くかのように佇む、エミリア・シュナイダー。

今日の『訓練』もまた、彼女たちの全力の攻撃が、エミリアの、まるで舞うような回避能力の前に、ただの一度も触れることすら叶わずに終わったのだ。

そして、その間中、延々と聞かされ続けた、あの佐藤健という男に関する、一方的な愚痴(という名の、のろけ話)。陽菜と澪の心身は、疲労と、屈辱と、そして言いようのない苛立ちで、ボロボロになっていた。


「…ふぅ。まあ、今日のところは、こんなものかしらね」


エミリアは、満足したのか、あるいは単に飽きたのか、あっさりと訓練の終了を告げた。

そして、疲れ果てて動けない二人を見下ろしながら、ふと、全く別の話題を、まるで天気の話でもするかのように、軽やかに切り出した。


「ところで、二人とも。車の運転免許は持ってるの?」

「「…………は?」」


あまりにも唐突な、そして今の状況とはかけ離れた質問に、陽菜と澪は、呆然として顔を見合わせた。


「あら、持ってないの? それは不便ね」


エミリアは、心底意外だ、というように(もちろん演技だろうが)小首を傾げた。


「これからあなたたちには、色々なお仕事も手伝ってもらうことになるかもしれないのに。免許くらいないと、行動範囲が狭まるでしょう? 社会人としての嗜みとしても、あった方がいいと思うけど?」


その、あまりにも『まっとう』な、しかし今のタイミングで言われると、逆に不気味に聞こえる提案。

陽菜は、警戒心を剥き出しにして睨みつけた。


「…それが、なんだってんだよ!? あんたが、あたしたちの免許のことまで心配する必要ねえだろ!」

「あら、心配してるのよ、ちゃんと」


エミリアは、悪びれずに微笑む。


「それでね、ちょうど良い合宿免許のプランを見つけたの。二週間ちょっとで取れるらしいわよ。場所は奥多摩。自然豊かで、空気も綺麗で…今のあなたたちには、良い気分転換になるんじゃないかしら?」


奥多摩? 合宿? しかも、この女が勧める? 陽菜と澪の疑念は、頂点に達していた。


「…費用は、どうするんですか」


澪が、冷静に、しかし鋭い視線で問い詰める。


「あたしたちには、そんな余裕、ありませんけど」

「あら、そんなこと、心配いらないわ」


エミリアは、こともなげに言った。


「教習費用、宿泊費、食費、交通費…全て、私が『投資』してあげる」


「……はぁ!? なんで、あんたが!」陽菜が叫ぶ。


「言ったでしょう? あなたたちの将来への『投資』よ」


エミリアは、あくまで優雅に微笑む。


「ただし、条件があるわ。定食屋のご夫妻…あなたたちの保護司さんには、あなたたち自身で、きちんと事情を説明して、許可をもらってきてちょうだい。 大人の女性として、それくらいのことは出来て当然でしょう?」


源さんたちに、自分たちで説明して許可を…? しかも、費用はエミリア持ち。

どう考えても怪しすぎる。どう説明すればいいのか。


「…でも、お金のこととか、源さんたち、絶対に怪しむって…」


陽菜が、不安げに呟く。


「ああ、そのことなら大丈夫」


エミリアは、待ってましたとばかりに、コートのポケットから、何かチケットのようなものを取り出した。


それは、どこかの教習所のロゴが入った、立派な『合宿免許キャンペーンご招待券』のように見えた。


「これをね、『友人から譲ってもらった』とか、『懸賞で当たった』とか、適当に理由をつけて見せればいいのよ。『だから、費用はほとんどかからずに、破格の値段で行けることになったんです』って。ね? 簡単でしょう? 口裏は合わせることよ?」


悪びれもなく、具体的な『嘘』のつき方まで指示してくる。

その手際の良さに、陽菜と澪は、怒りを通り越して、もはや呆れるしかなかった。

源さんたちに嘘をつくことへの罪悪感が、胸を締め付ける。


「……それは、ちょっと……」


澪が、ためらうように言いかけた、その時。

エミリアは、まるで最高のタイミングで切り札を切るかのように、最後の、そして最強の『提案』を口にした。


「…まあ、気が進まないなら、無理強いはしないわ。残念だけど」


彼女は、わざとらしく肩をすくめてみせた。


「…ああ、そうだ。もし、ちゃんと免許が取れたら、お祝いに、車も一台、プレゼントしようと思ってたんだけど…二人で使えるような、可愛い中古車。まあ、仕方ないわね、この話はナシってことで…」


「「…………く、車!?」」


その言葉に、陽菜と澪の動きが、完全に止まった。

車。

自分たちだけの車。

免許費用もタダで、その上、車まで…?

怪しい。

絶対に裏がある。

エミリアの魂胆が見え見えだ。

分かっている。

分かっているけれど…!


(…車があれば…!)

(…どこへだって、行ける…!)

(…今の生活じゃ、何年かかるか…!)

(…このチャンスを逃したら、もう二度と…!)


エミリアへの恐怖。

計画への疑念。

保護司夫妻への罪悪感。

それら全てが、『自由』と『自立』の象徴である『車』という、あまりにも甘美で、抗いがたい誘惑の前に、急速にしぼんでいく。


「…ちなみに」


エミリアは、二人の葛藤を見透かすように、ダメを押した。


「保護司さんへの言い訳も、心配いらないわよ。こちらで、ご夫妻が『なるほど、それなら仕方ない』って納得するような、完璧なストーリーを用意してあげるから。あなたたちは、ただ、笑顔で『行ってきます』って言えばいいだけよ」


……もう、無理だった。

断るという選択肢は、もはや存在しなかった。


「……………わかり、ました」


先に口を開いたのは、澪だった。

その声には、諦めと、わずかな打算の色が混じっていた。


「…その、合宿免許の話、お受けします」

「………あたしも…行く」


陽菜も、悔しそうに、しかし、どこか吹っ切れたような表情で、力なく頷いた。


「ふふ、そうこなくっちゃ!」


エミリアは、計画通りに事が進んだことに、満足そうに、そして勝利の笑みを浮かべた。


「じゃあ、詳しい手続きや日程は、サスキアから連絡させるわね。せいぜい頑張って、優秀なドライバーになってらっしゃい」


そう言うと、彼女は、疲れ果てて座り込んでいる二人にはもう興味がないとばかりに、軽やかな足取りで高架下の暗がりへと歩き去り、いつの間にか停まっていた白いコンパクトカーに乗り込んで、走り去っていった。


残されたのは、冷たい夜風に吹かれる、陽菜と澪だけだった。

彼女たちは、互いの顔を見つめ、言葉もなく、ただ、これから始まるであろう、奥多摩での奇妙な『合宿』と、手に入れる(かもしれない)『車』という未来に、期待よりもずっと大きな、言いようのない不安を感じていた。

エミリアの真の目的を知らないまま、彼女たちは、またしても、その掌の上で踊らされることになったのだ。


                    ***


師走の空は、相変わらず嘘のように青く澄み渡り、乾燥した冬の空気が街を覆っていた。

しかし、その乾いた空気とは裏腹に、覆面パトカーの助手席に座る松田の心は、どんよりと重く淀んでいた。


「……ったく」


隣でハンドルを握る桜井に聞こえないくらいの声で、松田は悪態をついた。

目の前には、皇居のお堀と、霞が関の重厚な官庁街の景色が広がっている。

普段なら、事件の匂いを追って、もっと殺気立った気分で通り過ぎる道だ。

だが、今日の彼らの目的地は、ここから遥か西、都心とは別世界の、奥多摩の山中だった。


「…なんで、俺たちが、UFOの張り込みなんかしなきゃならんのだ…」


松田は、忌々しげに呟きながら、助手席の窓に額を押し付けた。

桜井は、その愚痴には何も答えず、ただ静かに、滑らかな運転で車を都心の喧騒の中へと進めていく。

彼女もまた、この不可解な任務に納得しているわけではないだろう。


事の発端は、先週末に奥多摩地域で相次いだという『未確認飛行物体』の目撃情報だった。

最初は、警察も『見間違いだろう』『よくあるデマだ』と相手にしていなかった。

だが、その目撃情報(しかも、何か動物のような形をしていた、という奇妙な尾ひれまでついて)がSNSで拡散し、あろうことか都議会の定例会で、どこかの暇を持て余した議員が『都民の不安に応えろ!』と取り上げてしまったのだ。


その結果、世論と議会への体面を取り繕うためだけに、『警視庁としても調査を開始した』というアリバイ作りが必要になった。

そして、その『誰もやりたがらない』『成果など期待できるはずもない』『だが、一応『捜査』の形は取らねばならない』という、厄介極まりない任務の担当として、白羽の矢が立ったのが――他でもない、松田だった。

おそらく、係長が『面倒事は全部こいつに押し付けておけ』『これなら大人しくしてるだろう』と判断したに違いない。

そして、その巻き添えを食らう形で、桜井もこの『奥多摩UFO探索行』に付き合わされているのだ。


覆面パトカーは、やがて首都高速の高架下を抜け、環状線へと入っていく。

車窓の景色は、灰色一色のビル群と、ひしめき合う車の波、そして淀んだ排気ガスの匂いに変わる。

けたたましいクラクションの音や、大型トラックの地響きのような走行音が、車内にまで微かに響いてくる。


「…まあ、お役所仕事、というやつでしょうか」


桜井が、前方を向いたまま、静かに言った。


「私たちにできるのは、粛々と、与えられた任務をこなすことだけですね」

「…分かってるさ」


松田は、吐き捨てるように言った。


「だがな、こっちは一刻も早く、あの空き家事件の黒幕…『先生』とやらの尻尾を掴みたいんだ。鬼塚は逮捕されたが、あれだけじゃ終わらん。なのに、こんな山奥で、UFO探しとはな…!」


彼の声には、捜査が進まないことへの焦りと、理不尽な状況への深い苛立ちが滲んでいた。


やがて、車は高速道路を降り、多摩地区の幹線道路へと入った。

景色は、少しずつその色合いを変え始める。

密集していたビルは低くなり、空が広々と見えるようになった。

街路樹の数が増え、遠くには、まだ冬枯れのままではあるが、山々の稜線が見え隠れする。

窓を少し開けると、都心とは違う、少しだけ澄んだ、冷たい空気が流れ込んできた。


「それにしても、桜井」


松田は、少しだけ声のトーンを和らげた。


「君まで、こんなくだらん任務に付き合わせて、本当にすまんな」

「いえ、私は松田さんのバディですから」


桜井は、きっぱりと答えた。


「それに…たまには、こういうドライブも、悪くないかもしれませんよ? 都心の空気は、少し息が詰まりますから」


その言葉には、本心からの気遣いと、ほんの少しだけ、この状況を楽しもうとする前向きさのようなものが感じられた。

松田は、そんな彼女の横顔をちらりと見て、少しだけ、ささくれだった心が和らぐのを感じた。


車はさらに西へ進み、奥多摩へと続く山道へと入っていく。

道は蛇行し、景色は完全に緑に覆われた。

車窓からは、渓流のせせらぎと、その上に架かる古い吊り橋などが見える。

窓を開ければ、木々の匂いと、澄んだ川の水の匂いが、冷たい空気と共に鼻腔をくすぐった。

都心の喧騒は、もう遥か彼方の出来事のようだ。


しかし、その美しい自然の風景も、二人の刑事の心を完全に晴らすことはできなかった。

彼らの頭の中には、未解決の事件の影と、係長への不満、そして、これから始まるであろう、退屈で、おそらくは何の成果もないであろう張り込みへの憂鬱さが渦巻いている。


やがて、車は、目的地の、河川敷を見下ろす高台の、舗装もされていない駐車スペースに到着した。

眼下には、冬枯れの河川敷と、静かに流れる川面が広がっている。

空はどこまでも青く、鳥の声だけが響いていた。


「…さて、と」


松田は、ため息をつきながら、コーヒーの入った魔法瓶を取り出した。


「ここから、例の『未確認飛行物体』とやらが現れるのを、ひたすら待つ、と。…まったく、最高の休日の過ごし方だな」


その声には、深い皮肉と、諦めの色が混じっていた。

桜井も、黙って頷きながら、持参した双眼鏡を手に取る。

冬の奥多摩の、静かで美しい、しかし二人にとってはあまりにも虚しい時間が、今、ゆっくりと始まろうとしていた。

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