求めしは力、与えられしは仮面(スマイル)其一
この物語はフィクションです。
この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。
ようこそ、東京の影の中へ。
ここは、光が滅び、影が支配する世界。
摩天楼が立ち並ぶ、華やかな都市の顔の裏側には、深い闇が広がっている。
欲望、裏切り、暴力、そして死。
この街では、毎夜、人知れず罪が生まれ、そして消えていく。
あなたは、そんな影の世界に生きる、一人の女に出会う。
彼女の名は、エミリア・シュナイダー。
金髪碧眼の美しい姿とは裏腹に、冷酷なまでの戦闘能力を持つ、凄腕の「始末屋」。
幼い頃に戦場で、彼女は愛する家族を、理不尽な暴力によって奪われた。
それは、彼女が決して消すことのできない傷となり、心を閉ざした。
今もなお、彼女は過去の悪夢に苛まれ、孤独な戦いを続けている。
「私は、この世界に必要とされているのだろうか?」
「私は、幸せになる資格があるのだろうか?」
深い孤独と絶望の中、彼女は自問自答を繰り返す。
だが、運命は彼女を見捨てなかった。
心優しい元銀行員の相棒、エミリアの過去を知る刑事、そして、エミリアの過去を知る謎めいた女ライバル。
彼らとの出会いが、エミリアの運命を大きく変えていく。
これは、影の中で生きる女の物語。
血と硝煙の匂いが漂う、危険な世界への誘い。
さあ、ページをめくり、あなたも影の世界へと足を踏み入れてください。
そして、エミリアと共に、非日常の興奮とスリル、そして、彼女の心の再生の物語を体験してください。
あなたは、エミリアに、どんな未来を見せてあげたいですか?
…この物語は、Gemini Advancedの力を借りて、紡がれています。
時に、AIは人間の想像を超える unexpected な展開を…
時に、AIは人間の感情を揺さぶる繊細な表現を…
Gemini Advancedは、新たな物語の世界を創造する、私のパートナーです。
この作品はカクヨムにて先行公開しており、こちら(小説家になろう)では遅れて公開となります。あらかじめご了承ください。
ただし、どうか忘れないでください。
これは、あくまでフィクションだということを。
This is a work of fiction. Any resemblance to actual events or persons, living or dead, is purely coincidental.
Ceci est une œuvre de fiction. Toute ressemblance avec des événements réels ou des personnes, vivantes ou mortes, serait purement fortuite.
Dies ist ein Werk der Fiktion. Jegliche Ähnlichkeit mit tatsächlichen Ereignissen oder lebenden oder verstorbenen Personen ist rein zufällig.
นี่คือนิยายที่แต่งขึ้น บุคคล สถานที่ หรือเหตุการณ์ใดๆ ที่ปรากฏในเรื่อง หากบังเอิญคล้ายคลึงกับบุคคล สถานที่ หรือเหตุการณ์จริง ทั้งที่ยังมีชีวิตอยู่หรือเสียชีวิตไปแล้ว ถือเป็นเรื่องบังเอิญทั้งสิ้น
(この作品はフィクションです。実在の出来事や人物、存命・故人との類似はすべて偶然です)
12月も半ばを過ぎ、街にはクリスマスソングが流れ始め、ショーウィンドウには華やかな飾りが瞬いている。
関東地方は相変わらず乾燥した冬晴れの日が続いていたが、エミリアと佐藤のオフィス内は、高性能加湿器が静かに稼働し、常に快適な湿度が保たれていた。
窓から差し込む午前中の柔らかな陽光が、佐藤健のデスクにあるモニターを照らしている。
佐藤は、北海道の別荘地候補に関する膨大な資料の分析に集中しようとしていた。
だが、ふとした瞬間に、どうしても階下のことが気になってしまい、作業がなかなか進まない。
彼は小さく溜息をつき、マグカップに残っていた、少しぬるくなったコーヒーを一口飲んだ。
(…あれから、もうすぐ一ヶ月か…)
きっかけが具体的に何だったのか、エミリアは結局『まあ、色々あったのよ』としか教えてくれなかったが、佐藤の記憶に新しいのは、約三週間、エミリアと共に北海道へ飛んだ出張のことだ。
表向きの理由は、ドライブ旅行を趣味とする海外の大口クライアントからの、『東京―北海道間のカーフェリーを使った場合の、詳細な体験レポートを作成してほしい』という、いささか風変わりな依頼に応えるため、ということだった。
そのため、わざわざ彼女の白いコンパクトカーをフェリーに乗せ、長い船旅を経て北海道に渡り、雪道を走り回って各地の別荘地候補を(それも名目上は)調査したのだが…。
実際には、その道中で起こったのは、レポート作成だけでは到底説明のつかない、奇妙で、時に本気で肝を冷やすような体験の連続だったのだ。
身も心も擦り切れるようにして、ようやくこの事務所に戻ってきた十二月半ば、彼を待っていたのは、あの衝撃的な光景だった。
留守にしていた間に、自分たちが事務所を構える、この古びた雑居ビルの一階、空きテナントだった薄暗いスペースが、何故か、シックで落ち着いた雰囲気の『会員制ジャズ喫茶』へと、忽然と姿を変えていたのだ。
そして、さらに驚くべきことに、そこで働いていたのは、あの日、定食屋の座敷で怯えていたはずの、『夜組』と呼ばれていた五人の少女たちだった。
それも、秋葉原などで見かけるような、フリルやリボンで飾られた『現代的な』メイド服ではなく、もっとクラシカルで、丈が長く、白いエプロンとヘッドドレスが特徴的な、まるでイギリスの産業革命期を描いたドラマにでも出てきそうな、古風なメイド服に身を包んで。
その変貌ぶりにも驚いたが、さらに佐藤を困惑させたのは、彼女たちの教育を担当したのが、あの完璧なる受付嬢兼秘書、サスキア・デ・フリースその人だった、と聞かされたことだ。
そして、その結果として、ぎこちないながらも、どこか背筋の伸びた動きで、しかし表情は硬いままに接客(?)をこなす少女たちの姿を見た時、佐藤は、妙な納得と共に、こう解釈してしまったのだ。
(…きっと、この子たち、あの恐怖体験の後、いまさら普通の学生やフリーターの生活に戻る『たいくつ』さには、もう耐えられなくなっちゃったんだろうな。だから、エミリアが、何か新しい『刺激』と『居場所』を与えたんだろう…)
それは、彼の人の良さからくる、おそらくは的外れな、しかし彼なりに辻褄を合わせようとした解釈だった。
…そんな回想に耽っていた佐藤の耳に、隣のデスクから、軽やかだが、有無を言わせぬ声がかけられた。
「ねえ、健ちゃん?」
「は、はい、エミリア?」
佐藤は、慌てて現実に引き戻される。
「昨日も、結局、『下』のお店、寄らなかったでしょう?」
エミリアは、美しい顔に完璧な微笑みを浮かべているが、その碧眼の奥は全く笑っていない。
「私がわざわざ、健ちゃんを会員ナンバー001にしてあげたのに。利用しないなんて、もったいないじゃない」
ジャズ喫茶は、会員制を謳いながら、現在のところ、正式な会員は、エミリアに勝手に登録された佐藤健、ただ一人だった。
「いや、その…仕事が、ちょっと立て込んでて…なかなか時間が…」
佐藤は、しどろもどろに言い訳をする。
「あらあら、忙しいのね」
エミリアは、全く信じていない口調で言う。
「でもね、健ちゃん。あのお店は、いずれ、海外からのお客様…そう、私たちの『表』の仕事の大切なクライアントをお連れすることも考えているのよ? その時に、あの子たちがちゃんと『接待係』として機能するように、今のうちから、健ちゃんが『練習相手』になって、色々な会話をしてあげて、コミュニケーション能力を高めてあげる必要があるんじゃないかしら?」
(…やっぱり、それが目的か…!)
佐藤は内心で呻いた。
エミリアのことだ、きっと佐藤自身の、特に若い女性に対するコミュニケーション能力の低さを見かねて、このジャズ喫茶を『リハビリ施設』のように使おうとしているに違いない。
だが、佐藤にしてみれば、年頃の、しかも訳ありの少女たちと、何を話せばいいのか見当もつかず、気まずい空気が流れるのが目に見えている。
だから、ついつい足が遠のいてしまうのだ。
「…ぜ、善処します…」
佐藤が、弱々しく答えた、その時だった。
「――佐藤様」
受付カウンターの方から、静かだが、背筋が凍るような、凛とした声がかかった。
サスキアだ。彼女は、完璧な姿勢でこちらに向き直ると、非の打ちどころのない、しかし全く温度を感じさせない微笑みを浮かべて言った。
「エミリア様も仰る通り、実践的なコミュニケーションは、どのようなお仕事においても重要ですわ。特に、多様なバックグラウンドをお持ちの方々と、円滑に信頼関係を築くスキルは、今後の佐藤様にとっても、必ずや大きな財産となるでしょう」
そこまでは、正論だ。
だが、彼女は続けた。
その、美しいブルーグレーの瞳が、どこか底冷えのする光を宿して、佐藤を射抜く。
「…日頃より拝見しておりますと、大変失礼ながら、佐藤様ご自身にも、少々…『コミュニケーション能力に関する、体系的な再教育』が必要なのでは、とお見受けいたしますが?」
ひぃぃぃぃっ!
佐藤は、心の中で悲鳴を上げた。
サスキアの、その完璧なまでの丁寧語と、完璧なまでの微笑みの裏にある、絶対的な圧力と、有無を言わせぬような冷たさ! それは、エミリアの気まぐれな怒りとはまた質の違う、もっと底知れない、抗いがたい恐怖を佐藤に感じさせた。
まるで、優秀だが冷酷な教官に、落第点の烙印を押されたような気分だ。
背筋が、意思とは無関係にピンと伸び、全身に冷や汗が噴き出すのが分かった。
体が、小刻みに震え始める。
「ふふふっ」
その佐藤の情けない様子を見て、エミリアが、楽しそうに喉を鳴らして笑った。
「ほらね、健ちゃん。サスキアもこう言ってることだし。今日あたり、ちょっと『下』に寄って、美味しいコーヒーでも飲みながら、あの子たちの『練習相手』になってあげたらどうかしら?」
「は、はひ……ぜ、善処、いたします……」
佐藤は、もはや、そう答えることしかできなかった。
エミリアとサスキアという、二人の美しくも恐るべき女性に挟まれ、彼のささやかな抵抗など、何の役にも立たないのだ。
事務所の快適な湿度とは裏腹に、佐藤の背中には、冷たい汗が流れ続けていた。
階下のジャズ喫茶への道のりが、果てしなく遠く、そして険しいものに感じられた。
その、完全に萎縮してしまった佐藤の様子を見て、エミリアは、楽しそうにクスクスと喉を鳴らして笑っていたが、やがて、ポンと手を打って、何かを思いついたように言った。
その碧眼が、悪戯っぽくキラリと光る。
「まあ、健ちゃんがそんなに『下』のお店に行きたくないって言うなら、仕方ないわねぇ…。」
彼女は、わざとらしく溜息をついてみせる。
「せっかく、素敵な空間を作ったんだもの。健ちゃん以外にも、ちゃんとしたお客さんを入れないと勿体ないし…そうだわ!」
エミリアは、まるで素晴らしいアイデアを閃いた、とでもいうように、声を弾ませた。
「あの、前に私たちがボディガードした子たち、いたでしょう? 株式会社エリジウム・コードのアイドルちゃんたち」
「え? ああ、うん…『Berurikku』の子たちとか…?」
佐藤は、戸惑いながらも頷いた。
あの華やかで、一生懸命な少女たちの顔が脳裏に浮かぶ。
今でも、時折SNSで律儀に挨拶のメッセージをくれる、数少ない『普通の』繋がりだ。
「そうそう!」
エミリアは、楽しそうに頷く。
「リーダーの凛ちゃんとか、クールな葵ちゃん、元気な陽菜ちゃん…あと、おっとりした楓ちゃんに、しっかり者の愛ちゃんも。ソロで頑張ってる月夜ちゃんや、パワフルな麗ちゃんも、たまには静かな場所で息抜きが必要かもしれないわね。ああ、そうだわ、候補生の光ちゃんや美波ちゃん、彩乃ちゃんたちだって、一流を目指すなら、こういう落ち着いた空間での立ち居振る舞いを学ぶのも、良い社会勉強になるんじゃないかしら?」
次々と挙げられる名前に、佐藤の顔が引きつっていく。
エミリアが何を言い出すのか、嫌な予感しかしない。
「あの子たち、健ちゃんのこと、まだ結構、慕って連絡をくれたりしてるんでしょう?」
エミリアは、佐藤の心を正確に読み透かすように、意地悪く微笑んだ。
「ふふ、ちょうどいいわ。決めた! 彼女たちにも、特別に、このジャズ喫茶の会員資格をプレゼントしてあげることにするわ! もちろん、あの素敵な元アイドルの藤宮社長や、敏腕マネージャーの黒川さんたちにも、『タレントさんが安心して利用できる、隠れ家的なお店です』って、ちゃんと紹介しておきましょうか」
「えええええっ!?」
佐藤は、思わず素っ頓狂な声を上げた。
「エ、エミリア! そ、それは、いくらなんでも…!」
「あら、どうして?」
エミリアは、心底不思議そうな顔で(しかし、その瞳の奥は明らかに楽しんでいる)、首を傾げた。
「健ちゃんに会いたくないわけないじゃない。あの子たち、健ちゃんのこと、すごく信頼してるみたいだったし。それに、人気者のアイドルだって、たまにはファンの目を気にしないで、ゆっくり美味しいコーヒーや紅茶を楽しみたいでしょう? セキュリティも万全だし、ここはピッタリだと思うけど?」
「で、でも! あの方たちはすごく忙しいだろうし、それに、僕なんかに会うためだけに、わざわざこんなお店に来るなんて…! 大体、会員制って言っても、まだ実質、僕しか…!」
佐藤は、必死に、しかししどろもどろに反論しようとする。
アイドルたちが、こんな怪しい(と佐藤は思っている)雑居ビルにある、会員が自分しかいないジャズ喫茶に来るなんて、ありえない。
それに、もし万が一、彼女たちが来てしまったら? エミリアにどう誤解されるか分からない! ただでさえ、彼女の独占欲は尋常ではないのだから! 想像しただけで、胃が痛くなる。
しかし、エミリアは、そんな佐藤の必死の訴えなど、柳に風と受け流し、完璧な笑顔で、とどめの一撃を放った。
「これで、健ちゃんも、彼女たちにちゃんと挨拶しないわけにはいかなくなったでしょう? さすがに、可愛いアイドルたちがわざわざお店に来てくれるかもしれないのに、顔も出さないなんて、社会人として失礼だものね? これで、健ちゃんも、積極的に『下』に通って、コミュニケーション能力を磨く、立派な理由ができたじゃない。 よかったわね、健ちゃん!」
にっこり。
その、天使のような(しかし、佐藤にとっては悪魔の囁きにしか聞こえない)笑顔。
「…………」
佐藤は、完全に言葉を失い、その場に崩れ落ちそうになるのを、かろうじてデスクの端に手をついて耐えた。
エミリアの暴走(?)。サスキアさんの無言の(しかし恐ろしい)圧力。
そして、これから起こるかもしれない、アイドルたちとの地獄のような(?)遭遇。彼のキャパシティは、完全にオーバーしていた。
頭を抱え、青ざめる佐藤の姿を、エミリアは心底楽しそうに眺め、サスキアは、完璧な微笑みを浮かべたまま、静かに自分の仕事に戻っていた。
事務所には、加湿器の静かな作動音と、淹れたての紅茶の香り、そして、一人の男の、声にならない絶望だけが満ちていた。
(ああ…もうダメだ…! 完全に詰んでる…! こうなったら…!)
恐怖とプレッシャーで、佐藤の思考回路はショート寸前だった。
だが、追い詰められた人間は、時に、ありえない行動に出る。
普段の彼からは想像もつかないような、捨て身の反撃。
それが、彼の口から、半ばヤケクソのように飛び出した。
「――わ、わかったよ!」
佐藤は、裏返った声で叫ぶように言った。
「エミリアが、そこまで言うなら…! 行くよ! ジャズ喫茶でも、どこでも、毎日だって通ってやる! そのかわり!」
彼は、震える指でエミリアを指差した。
「僕が! そのジャズ喫茶で働いてる女の子たち…いや、それだけじゃない! もし、万が一、凛ちゃんや葵ちゃんみたいなアイドルたちが来てくれたとして! その子たちを! 僕が! クリスマスのデートに誘ったとしても! 絶対に! 怒ったり、嫉妬したりしないでくれよな!?」
言った。
言ってしまった。
佐藤は、心臓が口から飛び出しそうなほどの勢いで脈打つのを感じながら、エミリアの反応を窺った。
これでどうだ。彼女の、あの異常なまでの独占欲と嫉妬心を逆撫ですれば、さすがに「ジャズ喫茶に通え」なんて話は、撤回するはずだ! そう、確信していた。
しかし――。
「あら?」
エミリアは、佐藤の決死の(そして、おそらくは墓穴を掘った)宣言を聞いても、怒るどころか、きょとん、と小首を傾げ、次の瞬間、まるで最高のジョークでも聞いたかのように、けらけらと声を立てて笑い出したのだ。
その、あまりにも予想外の反応に、佐藤は完全に思考が停止する。
「ふふ、あはは! なあに、健ちゃん、そんなこと? いいのよ、別に?」
「え……?」
「だって」
エミリアは、笑いを含んだ、しかし妙に真剣な目で佐藤を見つめると、とんでもないことを言い放った。
「あのジャズ喫茶の本棚にはね、健ちゃんが好きな『異世界に召喚されてハーレム作る系の漫画』、わざわざ何冊も新しいの入れておいたんだから。それをよーく読んで参考にして、現実世界で、健ちゃんが自分だけの『ハーレム』作るのを、頑張ってみても、私、全然、構わないわよ?」
「…………は、はぁれむぅ!?」
佐藤の脳は、完全にキャパシティを超えた。
「そうよ。健ちゃんも、そういう分かりやすい『人参』が無いと、なかなかお馬さんのように走ってくれないでしょう?」
エミリアは、楽しそうに続ける。
「大丈夫。私だって、伊達に色々な修羅場をくぐってきたわけじゃないわ。男性の本能というものは、それなりに理解しているつもりだから。 ちゃんと、私が把握して、コントロールできる範囲であれば、別に怒ったり、嫉妬したりなんて、しないわよ? 心配しないで」
にっこり。
天使のような、純真無垢な(ように見える)笑顔。
だが、その碧眼の奥は、全く笑っていない。
むしろ、「もし、私のコントロールを超えたら…どうなるか、分かっているわよね?」と、雄弁に、そして絶対零度の冷たさで語りかけてくる。
その、笑顔と瞳の恐るべきギャップを直視した瞬間、佐藤のなけなしの勇気と反抗心は、跡形もなく粉砕された。
「ひぃぃぃぃぃぃっ!!!」
佐藤は、短い悲鳴を上げると、椅子から転げ落ちるようにして、その場に勢いよく土下座した! ガン!と鈍い音を立てて、額を事務所の床(幸い、カーペット敷きだったが)に打ち付ける。
「ご、ごめんなさい! 許してください! 僕が悪かったです! もう二度と、あんな馬鹿なことは言いません! デートなんてとんでもない! ハーレムなんて滅相もございません! 一生、エミリアだけについていきますからぁぁぁ!!」
必死の形相で、床に額を擦り付け、支離滅裂な言葉で謝罪を繰り返す佐藤。
冷や汗が噴き出し、背中を流れ落ちる。体が、恐怖でガタガタと震えて止まらない。
そんな、哀れな佐藤の頭上から、静かで、冷たく、そしてどこまでも的確な、サスキアの声が降ってきた。
「――佐藤さん。そういう冗談は、エミリアさんに対しては、あまりなさらない方が賢明かと存じます」
佐藤が、びくりと顔を上げると、そこには、完璧な微笑みを浮かべたサスキアが、いつの間にか彼のそばに立っていた。
「エミリア様は、本気でおっしゃっていますから。もし、佐藤さんを管理・監視するため、という目的があれば、本当に『ハーレム』という名の、完璧な監視体制を構築なさるでしょう。そうなってから後悔なさいませんよう、次からは、お気をつけになった方がよろしいかと存じますわ?」
その言葉は、どこまでも丁寧で、穏やかだった。
しかし、佐藤には、それが冗談などではなく、彼女たちなら本当にやりかねない、という絶対的な確信があった。
肝が、完全に冷え切る。
(冗談…だよね…? ね…?)
そんな言葉を、この二人の恐るべき美人に問いかける勇気など、今の佐藤にあるはずもなかった。
彼は、ただ、床に額を擦り付けたまま、「は、はい…申し訳…ございません……」と、か細い声で呟き続けることしかできなかった。
エミリアが、その様子を見て、心底楽しそうに、くつくつと笑う声だけが、加湿器の静かな作動音と共に、平和なはずのオフィスに響き渡っていた。
***
街角のショーウィンドウがきらびやかなクリスマスカラーに彩られ始めた、平日の午前。
冬の柔らかな陽光が、大きな窓から、静かに会員制ジャズ喫茶の店内へと降り注いでいた。
その光は、磨き上げられたマホガニー材のカウンターや、壁一面を埋め尽くす膨大なレコードコレクションの背表紙、そして部屋の隅で鈍い光を放つアンティークなジュークボックスや、繊細な曲線を持つ蓄音機(あるいは、それに似た高級オーディオシステム)を、優しく照らし出している。
空気は、高性能な加湿器によって適度な湿度が保たれ、淹れたてのコーヒーの芳醇な香りと、古いレコードジャケットの紙の匂い、そして微かに木の香りが混じり合い、落ち着いた、クラシックな雰囲気を醸し出していた。
しかし、その上品な空間にいるのは、まだ『会員番号001』の佐藤健を除いては、客ではない。
黒を基調とし、白いフリル付きのエプロンとヘッドドレスでアクセントをつけた、ヴィクトリア朝時代のメイドを思わせるクラシカルなロング丈の制服に身を包んだ、五人の若い女性たち。高橋美咲、小林陽子、遠藤詩織、そして千葉亜美と吉田真奈――かつて、深夜の駅前ロータリーを『居場所』としていた、『夜組』の少女たちだった。
彼女たちは今、客のいない静かな店内で、それぞれのテーブルやカウンター席につき、黙々と『勉強』に励んでいた。
店内にBGMとして低く流れているのは、ジャズではなく、海外のニュース専門ラジオ局の、流暢な英語の音声だ。
カウンター席で、背筋を伸ばして英字新聞を広げているのは、美咲だ。
時折、手元の電子辞書で単語を調べながら、難しい顔で眉間に皺を寄せている。
テーブル席では、陽子がヘッドフォンをつけ、スマートフォンの学習アプリでリスニングに挑戦しているようだが、集中力は途切れがちで、ぼんやりと窓の外を眺めている時間の方が長いかもしれない。
隅の席では、詩織が小さなノートに、ひたすら英単語を書き写している。
その几帳面な文字は、彼女の真面目さを示しているが、表情はどこか不安げだ。
亜美は、英語のテキストブックとにらめっこし、真奈は、パソコンで海外ニュースサイトの記事を読んでいるようだった。
学習の進捗には、明らかに個人差が見て取れた。
(…あたしたち、ここで、何やってるんだろう…?)
コーヒーの香りと英語のニュース音声に包まれながら、誰の心にも、ふと、そんな疑問がよぎる。
数週間前まで、こんな生活は想像もしていなかった。
求めていたのは、自分たちを守るための『力』だったはずだ。
それなのに、今、自分たちが身につけようとしているのは、英語と、一流の(らしい)接客術。
時給は破格に良い。住む場所(定食屋)も、食事も提供されている。
安全で、満たされた生活。
でも、これで本当に良かったのだろうか?
そんな漠然とした不安や疑問を打ち消すかのように、彼女たちの脳裏には、一人の女性の姿が浮かび上がる。
彼女たちの教育係であり、この店の事実上の管理者でもある、サスキア・デ・フリース。
知的で、洗練されていて、どんな時も冷静で、決して感情的になることなく、それでいて自分たちの(どんなにくだらないと思われる)悩みにも、静かに耳を傾け、的確なアドバイスをくれる、完璧な大人の女性。
自分たちがこれまで出会ってきた、どの大人とも違う、圧倒的な存在感。
(…サスキアさんみたいに、なりたい…)
それは、誰からともなく、しかし、メンバー全員が共有し始めている、漠然とした、しかし強い憧れだった。
あんな風に、理知的で、冷静で、どんなことにも動じず、自分の力で道を切り開いていけるような、かっこいい女性に。
その憧れが、この奇妙で厳しい(しかし、なぜか充実感もある)『勉強』に、彼女たちを真剣に向き合わせている原動力となっていた。
自分たちが、日々『知的に育っている』という、サスキアが巧みに植え付けた(あるいは、彼女たちが勝手にそう感じている)実感。
それが、今の彼女たちにとっての、ささやかな『喜び』であり、『希望』だったのだ。
その先に、エミリアやサスキアの、どんな真意が隠されているのかも知らずに。
ペンを走らせる音、ページをめくる音、そして、静かに流れる英語のニュース。
冬の柔らかな日差しが、クラシックなメイド服に身を包み、慣れない英語と格闘する少女たちの姿を、ただ静かに照らし出していた。
しかし、ほんの数週間前まで、彼女たちは、こんな上品な空間とは無縁の、冷たいアスファルトの上で、行き場のない不満と、漠然とした不安を抱えながら、ただ夜の闇に集っていたのだ。
一体、何がきっかけで、彼女たちの運命は、このジャズ喫茶へと導かれたのだろうか? その経緯を語るには、時計の針を、少しだけ、あの夜へと巻き戻す必要があるだろう――。
そのきっかけが、具体的にいつ、誰のどんな言葉だったのか、今となっては判然としない。
ただ、あの夜――組織を名乗るチンピラに脅され、絶望的な恐怖を味わった後、定食屋の客間で過ごした眠れない夜が明けた頃には、『夜組』の少女たちの間には、漠然とした、しかし切実な共通の願いが生まれていた。『強くならなければ、自分たちの身を守れる力がなければ、また同じ目に遭う』と。
そして、その『力』を持つ存在として、彼女たちの脳裏に浮かんだのは、二日続けて自分たちを(結果的に)救ってくれた、あの謎めいた二人組――陽菜と澪だった。
彼女たちなら、何か知っているかもしれない。
あるいは、彼女たちを動かせる、もっと強い誰かに繋がっているのかもしれない。
藁にもすがる思いで、陽菜と澪に「どうしたら強くなれるのか」と相談を持ち掛けた夜組のメンバーに、陽菜は、心底面倒くさそうに、そしてどこか憐れむような視線を向けながら、吐き捨てるように言った。
「…そんなに言うなら、一人、紹介してやるよ。あたしらが世話になってる、とんでもねえ女。でもな、アイツに関わったら、泣かされても、あたしらは一切、責任取れねえからな。それでもいいなら、だけど」
その不穏な前置きに一瞬怯みながらも、他に頼るあてのない少女たちは、こくりと頷くしかなかった。
数日後、陽菜と澪に連れられて彼女たちが訪れたのは、意外にも、都心から少し離れた駅前にある、ごく普通の、チェーン店と思しき喫茶店だった。
午後の日差しが差し込む店内は、まばらな客と、コーヒーの香り、そして静かに流れるイージーリスニングのBGMに満たされ、拍子抜けするほど穏やかな空気が流れていた。
奥のボックス席で待っていた女性を見て、夜組の少女たちは息を飲んだ。
陽菜と澪の隣に座るその人は、自分たちとそう年齢が変わらないように見えるのに、まるで古い洋画の中から抜け出してきたかのような、現実離れした美貌の持ち主だった。
陽の光を浴びて淡い金色に輝く髪、透き通るような白い肌、そして、吸い込まれそうなほど深い、青い瞳。
少女たちの乏しいボキャブラリーでは、『金髪碧眼のお姫様』としか形容できない。
しかし、その『お姫様』――エミリア・シュナイダーは、彼女たちの緊張や、密かな期待などお構いなしに、運ばれてきた紅茶の香りを優雅に楽しむと、開口一番、こう言い放ったのだ。
「『力』、ねぇ…」
彼女は、夜組の代表として話し始めた美咲の言葉を遮るように、面白そうに目を細めた。
「もちろん、無いよりはあった方がいいんでしょうけど。でもね、本気で危険な相手から逃げるなら、そんな非効率なものより、脚力を徹底的に鍛えて、誰よりも速く、誰にも気づかれずに逃げ切る足…そっちを究めた方が、よっぽど合理的じゃないかしら?」
そう言って、彼女は、けらけらと、鈴を転がすように、しかしどこか他人事のように笑った。
その、あまりにも現実的で、身も蓋もない返答に、少女たちは完全に言葉を失う。目の前の女性は、陽菜と澪が『指一本触れられなかった』という、とんでもない実力者のはずなのに、その片鱗すら感じさせない。
「うーん、でもねぇ…」
逆に、今度はエミリアが、ふぅ、と溜息をついて愚痴り始めたのだ。
これもまた、唐突だった。
「人のこと言えないのよね、私も。最近、我慢の限界なのよ」
「は、はあ…?」
戸惑う少女たちを前に、エミリアは、まるで旧知の友人にでも話すかのように、個人的な悩みを打ち明け始めた。
「私にもね、大切な相棒がいるのだけど。彼ったら、『異世界に召喚されてハーレム作る漫画』とかいうのに夢中で、全然、現実の女の子に目を向けてくれないのよ!」
(い、異世界…はーれむ…??)
少女たちの頭上に、巨大な疑問符が浮かぶ。
「せっかくね、私が色々と気を利かせて、可愛いアイドルちゃんたちとSNSで当たり障りなく連絡を取り合えるようにセッティングしてあげてるのに! これも、彼の異性に対するコミュニケーション能力を、少しでも向上させようっていう、私の親心(?)なのに! それなのに彼は、朝の挨拶くらいしか返さないんだから! 信じられる!?」
その後、エミリアによる相棒(佐藤健)への、一方的で、熱のこもった愚痴(それは、客観的に聞けば、どうしようもなく甘い「のろけ話」にしか聞こえなかったが)は、延々と続いた。
夜組の少女たちは、ただただ相槌を打つしかなく、内心(あたしたち、何しに来たんだっけ…?)と、アイコンタクトで『もう帰ろうか』と合図を送り合い始めた、まさにその時だった。
「――そうだわ!」
エミリアが、突然、ポンと手を打って、輝くような笑顔を見せた。
「ねえ、あなたたち。良かったら、私のところで働いてみない?」
「「「「えっ!?」」」」
少女たちの声が揃う。
「ちょうど人手を探していたのよ」
エミリアは、畳みかけるように、魅力的な条件を並べ立てる。
「もちろん、福利厚生は完備。お給料も、そうねぇ…あなたたちの今の状況を考えれば、破格と言えるくらいは出すわよ。セクハラもパワハラも、絶対にないことを保証する。労働基準法だって、きっちり守るわ。」
少女たちの目が、ゴクリと喉を鳴らす。特に『高給』という言葉に、美咲や真奈の目が鋭く光った。
「それにね、あなたたちを教育する担当者は、それはもう、とびきり優秀な人よ。そこらの民間軍事会社が、どんな大金を積んでも雇いたいって言うレベルの人材なんだから。彼女の下で学べば、あなたたちが求めている『力』とは少し違うかもしれないけれど、間違いなく、『別の意味で強く』なれることは保証するわ」
エミリアは、悪魔のような(あるいは、女神のような?)笑顔で続けた。
「ただ、いくつか条件があるの。一つは、ちょっと私の相棒の…その、異性とのコミュニケーション能力の向上に、協力してもらうこと。まあ、お店に来た時に、彼と少しお喋りしてあげるだけでいいんだけど。それと、これが一番重要なんだけど、絶対に『守秘義務』を守ってもらうこと。うちの仕事に関することは、どんな些細なことでも、絶対に外部に漏らさない。…それが、約束できる?」
高給、福利厚生、安全な環境、優秀な教育係、そして『強くもなれる』という言葉…。
怪しい。怪しすぎる。
だが、今の彼女たちには、他に頼るあても、行く場所もない。そして何より、『高給』という言葉の響きは、あまりにも魅力的だった。
(…高給…)
(…今のバイトより、絶対いい…)
(…守秘義務って、何するんだろう…でも…)
(…やるしかない、か…?)
少女たちは、無言でアイコンタクトを交わした。
短い、しかし、それぞれの覚悟と、諦めと、そしてわずかな期待が入り混じった視線の交換。
そして、美咲が、代表して、こくりと頷いた。
「…分かりました。そのお話、受けます」
「ふふ、賢明な判断ね!」
エミリアは、満足そうに微笑むと、伝票を持って立ち上がった。
「じゃあ、早速行きましょうか。あなたたちの新しい職場と、最高の教育係を紹介してあげる」
エミリアに連れられて、夜組の少女たちが不安と期待を胸に訪れたのは、例の雑居ビルの三階にある、エミリアたちのオフィスだった。佐藤はその時、運良く(あるいは悪く)別の用事で不在だった。
「サスキア、ちょっといいかしら?」
エミリアが声をかけると、受付カウンターにいた、息をのむほどに美しい、しかし氷のように冷たい雰囲気を持つ長身の外国人女性――サスキア・デ・フリースが、静かに立ち上がり、こちらに向き直った。
「この子たち、今日からここで預かることにしたの。例の『下』で近々始めるジャズ喫茶のスタッフ候補よ。だから、開店に向けて、いつものように『教育』をお願いね」
エミリアは、まるで新しい備品でも紹介するかのように、あっさりと告げた。
サスキアは、夜組の少女たち一人一人を、頭のてっぺんから爪先まで、値踏みするように、しかし一切の感情を見せない、冷たいブルーグレーの瞳で、ゆっくりと一瞥した。その視線に、少女たちは思わず背筋を伸ばし、息を詰める。
そして、サスキアは、完璧な、しかし全く温度を感じさせない微笑みを浮かべると、エミリアに向かって、静かに、しかし有無を言わせぬ響きで答えた。
「承知いたしました、エミリア様。…ええ、お任せください。新兵を基礎から鍛え上げる心構えで、必ずや、皆様を『使い物』になるよう、教育いたしますわ」
その、あまりにも短い、しかし決定的な言葉のやり取り。エミリアとサスキアの間だけで、自分たちの『教育方針』が、あっという間に決まってしまった。
少女たちは、その場の異様な空気と、二人の女性が放つ絶対的な圧力の前に、口を挟むことなど到底できず、ただただ、これから始まるであろう未知の『教育』への不安と、後戻りできない状況に、流されていくしかなかった。
その『教育』が、一流の接客術と、鉄壁の守秘義務、そして『墓場まで秘密を持っていく覚悟』を、彼女たちの心身に深く刻み込むことになるのを、この時の少女たちは、まだ知る由もなかったのだ。




