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東京影譚 ~エミリア、影を紡ぐ者~  作者: ミルティア


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空虚な椅子と、歪な礎石 其十三

この物語はフィクションです。

この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。


ようこそ、東京の影の中へ。

ここは、光が滅び、影が支配する世界。

摩天楼が立ち並ぶ、華やかな都市の顔の裏側には、深い闇が広がっている。

欲望、裏切り、暴力、そして死。

この街では、毎夜、人知れず罪が生まれ、そして消えていく。

あなたは、そんな影の世界に生きる、一人の女に出会う。

彼女の名は、エミリア・シュナイダー。

金髪碧眼の美しい姿とは裏腹に、冷酷なまでの戦闘能力を持つ、凄腕の「始末屋」。

幼い頃に戦場で、彼女は愛する家族を、理不尽な暴力によって奪われた。

それは、彼女が決して消すことのできない傷となり、心を閉ざした。

今もなお、彼女は過去の悪夢に苛まれ、孤独な戦いを続けている。

「私は、この世界に必要とされているのだろうか?」

「私は、幸せになる資格があるのだろうか?」

深い孤独と絶望の中、彼女は自問自答を繰り返す。

だが、運命は彼女を見捨てなかった。

心優しい元銀行員の相棒、エミリアの過去を知る刑事、そして、エミリアの過去を知る謎めいた女ライバル。

彼らとの出会いが、エミリアの運命を大きく変えていく。

これは、影の中で生きる女の物語。

血と硝煙の匂いが漂う、危険な世界への誘い。

さあ、ページをめくり、あなたも影の世界へと足を踏み入れてください。

そして、エミリアと共に、非日常の興奮とスリル、そして、彼女の心の再生の物語を体験してください。

あなたは、エミリアに、どんな未来を見せてあげたいですか?

…この物語は、Gemini Advancedの力を借りて、紡がれています。

時に、AIは人間の想像を超える unexpected な展開を…

時に、AIは人間の感情を揺さぶる繊細な表現を…

Gemini Advancedは、新たな物語の世界を創造する、私のパートナーです。


この作品はカクヨムにて先行公開しており、こちら(小説家になろう)では遅れて公開となります。あらかじめご了承ください。


ただし、どうか忘れないでください。

これは、あくまでフィクションだということを。

This is a work of fiction. Any resemblance to actual events or persons, living or dead, is purely coincidental.


Ceci est une œuvre de fiction. Toute ressemblance avec des événements réels ou des personnes, vivantes ou mortes, serait purement fortuite.


Dies ist ein Werk der Fiktion. Jegliche Ähnlichkeit mit tatsächlichen Ereignissen oder lebenden oder verstorbenen Personen ist rein zufällig.


นี่คือนิยายที่แต่งขึ้น บุคคล สถานที่ หรือเหตุการณ์ใดๆ ที่ปรากฏในเรื่อง หากบังเอิญคล้ายคลึงกับบุคคล สถานที่ หรือเหตุการณ์จริง ทั้งที่ยังมีชีวิตอยู่หรือเสียชีวิตไปแล้ว ถือเป็นเรื่องบังเอิญทั้งสิ้น


(この作品はフィクションです。実在の出来事や人物、存命・故人との類似はすべて偶然です)


金曜日の昼下がり。荒垣砕という、嵐のような弁護士との接触を終え、エミリアの白いコンパクトカーは、再び都心の喧騒の中を滑るように走っていた。

助手席の佐藤は、まだあの事務所の異様な雰囲気と、エミリアの常識外れの『勝負』の衝撃から完全には抜け出せずにいたが、エミリア自身は、既に次の思考へと切り替えているようだった。

彼女は、ハンドルを握りながら、ふと、真剣な眼差しで佐藤に向き直った。


「…健ちゃん。昨夜の、陽菜と澪、それにあの子たち…『夜組』だったかしら? あの件だけど」

「あ、うん…」


佐藤は、少し身構える。昨夜の出来事は、彼にとっても気がかりだった。


「私が、なぜ、松田刑事を叩き起こして行かせたか、そして、今も直接あの子たちに接触しないか、理由、分かる?」

「え…? それは、面倒だから…とかじゃなくて?」


佐藤は、正直な感想を口にしてしまい、慌てて口をつぐんだ。


「それもゼロとは言わないけど」


エミリアは、ふふ、と悪戯っぽく笑った後、すぐに真剣な表情に戻った。


「一番の理由は、リスク管理よ。今の状況で、私が不用意にあの子たちの周りをうろつけば、面倒な連中の注意を引いてしまう可能性がある。そうなれば、あの子たちを、もっと危険な状況に追い込みかねないわ」


その声は、冷静で、合理的。

プロとしての用心深さが滲んでいた。


「だから、直接手を出すのは得策じゃないの。できる限り、今は遠くから、静かに見守るのが最善だと判断したわ」

「…なるほど。確かに、エミリアが動くと、事が大きくなりすぎるかもしれないね…」


佐藤は、彼女の説明に、深く納得した。

彼女の行動には、常に計算された理由があるのだ。


「…というわけで」


エミリアは、そこでふっと話題を変えた。

その切り替えの早さに、佐藤はいつも少し戸惑う。


「少しお腹が空かない? ちょうど帰り道だし、あの二人が働いている定食屋で、テイクアウトをお願いしてきてもらえないかしら」

「え? ああ、うん、いいけど…」

「メニューは決めてあるの」


エミリアは、にっこりと微笑む。


「レバニラ炒めと、鶏むね肉の蒸し鶏(ネギ塩だれで)、それから野菜炒めも大盛りで。あ、ご飯は要らないわ。これを、きっちり三人分ね。良質なタンパク質とビタミン…身体作りに良さそうなメニューを選んでみたのだけれど、どうかしら?」


(また、面倒な注文を…しかも三人前? サスキアさんの分も、ということかな…?)

佐藤は内心で思いつつも、「わ、分かったよ。買ってくる」と頷いた。


「ありがとう、助かるわ」


エミリアは、車のスピードを少し落とし、定食屋近くの路肩に寄せた。


「それでね、健ちゃん。お願いついでで、本当に申し訳ないのだけど…」


彼女は、あくまで「ついで」を装って続けた。


「お店に行った時、陽菜と澪、それと、もしかしたら奥の座敷にいるかもしれない、例の女の子たちの様子、それとなく見てきてくれる? 無理に話しかけたり、探ったりする必要はないから。ただ、元気にしてるかどうか、どんな様子か、それだけでいいの」

「…うん、分かった。見てくるよ」


佐藤は、彼女の真意を察しつつ、頷いた。

やはり、心配なのだろう。


佐藤は、車を降りると、少しだけ緊張した面持ちで、定食屋の暖簾をくぐった。

昼のピークは過ぎ、夕食にはまだ早い時間帯。

店内には、数人の学生が遅い昼食をとっているだけで、比較的落ち着いている。

カウンターの中では、源さんと女将さんが、夕食の仕込みだろうか、黙々と作業を進めていた。香ばしい油の匂いと、出汁の香りが漂っている。


ホールの奥では、見慣れた二人の少女の姿があった。

陽菜が、少しむっとした表情でテーブルを拭き、澪が、無表情に食器を棚に戻している。

二人とも、口数は少なく、どことなく疲れているように見えたが、サボっているわけではなく、黙々と、しかし確実に、与えられた仕事をこなしているようだ。


(…とりあえず、ちゃんと働いてはいるみたいだな…不満そうだけど)


佐藤は、安堵しつつ、カウンターへ向かい、女将さんにエミリアから頼まれたメニューを注文した。

彼はさりげなく、店の奥にある座敷の方へ耳を澄ませた。

すると、閉められた襖の向こうから、微かに、若い女性たちのひそひそとした話し声と、時折、不安そうな、あるいは無理に明るく振る舞うような、小さな笑い声が聞こえてきた。

姿は見えない。だが、保護された『夜組』の少女たちが、まだこの店にいるであろう気配は、確かに感じられた。


(…あの子たちも、ここにいるんだな。保護司の夫妻が、ちゃんと見ててくれてるのか…)


やがて、テイクアウト用の大きなビニール袋に詰められた、温かい料理が出来上がった。

ずしりと重く、レバニラと野菜炒めの食欲をそそる匂いが漂ってくる。

佐藤は、財布から現金を取り出し、少し多めに代金を支払った。

「お釣りは、あの子たちに何か温かい飲み物でも」と小声で女将さんに告げる。

女将さんは、一瞬驚いた顔をしたが、すぐに優しく微笑んで頷いた。


温かい料理の入った袋を抱え、佐藤は足早に車に戻った。

助手席のドアを開けると、エミリアが待っていたかのように顔を上げる。


「おかえりなさい、健ちゃん。どうだった?」

「うん」


佐藤は、シートに座りながら報告した。


「陽菜さんたち、ちょっと疲れてるみたいだったけど、ちゃんと働いてたよ。不満そうではあったけどね。それから、奥の座敷に、多分、夜組の子たちがいたみたいだ。声が聞こえたから」

「そう…」


エミリアは、佐藤の報告を聞くと、それまで彼女の表情にわずかに残っていた緊張 のようなものが、ふっと解けるのを感じた。


「元気そうなら、良かったわ。別に、怪我とかしてるわけでもなさそうね。なら、特に、今すぐ私が出る幕はなさそうね」


彼女は、どこか肩の荷が下りたように、あるいは、面倒事が増えずに済んだと、心から安心したような、穏やかな表情を見せた。


「さ、事務所に戻りましょう。健ちゃん、お腹空いたでしょう? この美味しいテイクアウト、冷めないうちに、サスキアも一緒に、三人でいただきましょうか」


エミリアは、先ほどまでの複雑な表情とは打って変わって、明るい声で言うと、白いコンパクトカーを滑らかに発進させた。

車内に満ちる、定食屋の温かく、どこか懐かしい料理の匂いが、ようやく訪れた穏やかな午後の空気を、優しく包み込んでいた。


                    ***


金曜日の午後、太陽が西のビル群の向こうに傾きかけ、空に複雑な色のグラデーションを描き出し始めた頃。

都心の一角、けばけばしい光のサインと、いかがわしい呼び込みの声が昼間から交錯する、猥雑な空気が支配する路地裏。

安キャバクラや風俗店が軒を連ね、アスファルトには乾いたシミがこびりつき、ゴミの収集場所からは酸っぱいような腐敗臭が漂っていた。


その路地裏の一角、派手な電飾がチカチカと点滅する安キャバクラの入り口脇に、まるで古びた石像のように、一人の大男が壁に寄りかかって立っていた。


荒垣 砕。


着古した黒のスウェット上下という、場違いにもほどがあるラフな格好。

しかし、その分厚い胸板と丸太のような首、そしてスウェットの上からでも分かる規格外の筋肉は、周囲のチンピラな呼び込みたちでさえ、思わず視線を逸らすほどの威圧感を放っていた。

鋭い三白眼は、虚空の一点を見つめているようでいて、その実、周囲の全ての動きを捉えている。


ガヤガヤとした騒がしい声と共に、キャバクラのドアが開き、三人の若い男が、千鳥足で、しかし虚勢を張って肩で風を切るように出てきた。

中心にいるのは、間違いなく村田健二だ。

安物の光る生地のシャツを着て、顔は昼間からの酒で赤くなっている。

隣には、昨日、松田たちが聞き込みに行った際にいた、痩せた男と猫背の男たちもいる。

彼らは、おそらく村田に奢らされたのだろう、無理に笑いながらも、その目には疲労と、どこか怯えたような色が浮かんでいた。


「へへ、やっぱ昼キャバは最高っすね、アニキ!」

「おうよ! 金なんてなぁ、こうやってパーッと使わねえと!」


村田は、財布の中身も顧みず、大言壮語を吐く。

その彼らの行く手を、音もなく、しかし巨大な壁のように、荒垣砕が塞いだ。


「…!?」


村田たちは、突然現れた巨漢に、一瞬で酔いが醒めたかのように凍りついた。

特に、村田は、目の前の男から発せられる、尋常ではないプレッシャーに、本能的な恐怖を感じていた。


「…村田、健二だな?」


荒垣は、低い、地響きのような声で、確認するように言った。

その声には、温度というものが全く感じられない。


「な、なんだ、テメェ…?」


村田は、震える声を必死で抑え、虚勢を張って睨み返した。


「俺か? 俺は、しがない弁護士だ」


荒垣は、表情一つ変えずに答えた。


「依頼人に代わって、お前に少々、お話があって来た」


彼は、懐から一枚の紙を取り出した。それは、びっしりと文字が書き込まれた書類――公正証書の原案のようなものだった。


「手短に済ませよう」


荒垣は、その書類を村田の目の前に突きつけるようにして言った。


「ここに書いてあることに、速やかに署名捺印してもらいたい。『小野寺幸三氏に対し、隠し子であると偽ったことを認め、今後一切接触しないこと』『精神的苦痛及び名誉毀損に対する慰謝料として、指定の期日までに指定の金額を支払うこと』『本件に関する全ての事実を認め、和解する旨を記した公正証書を作成すること』『今後、同様の虚偽を申し立てた場合、その都度、追加の慰謝料を支払うこと』…以上だ」


淡々と、しかし有無を言わせぬ口調で告げられる要求。

そのあまりの迫力と、内容の具体性に、村田だけでなく、男たちも、完全に顔面蒼白になって後ずさった。


「ふ、ふざけるな! なんで俺がそんなもん…!」


追い詰められた村田は、しかし、ここで引き下がれば全てが終わるという焦りからか、あるいは酒の勢いか、逆上して叫んだ。

そして、震える手でポケットを探り、安物の、鈍い光を放つナイフを取り出し、刃を開いて構えた。


「…ごちゃごちゃ言ってねえで、さっさと消え失せろや、この野郎が!」


ナイフを構え、必死で威嚇する村田。

だが、その行為は、目の前の『怪物』の、待ち望んでいたスイッチを押すことにしかならなかった。


「ほう…」


荒垣の口元に、初めて、獰猛な笑みが浮かんだ。


「ナイフか。結構な度胸だな。だが、それは悪手だ」


彼の纏う空気が、一変した。殺気にも似た、圧倒的な闘争心が、路地裏の淀んだ空気を支配する。


「銃砲刀剣類所持等取締法違反、及び脅迫罪。現行犯だな。弁護士権限、及び刑事訴訟法第213条に基づき、これより貴様を私人逮捕する」


冷静に、しかしその目は獲物を前にした獣のように爛々と輝き、荒垣はそう宣言した。

村田が「な、なにを…」と言い終わる前に、荒垣の巨体が、信じられないほどの速度で動いた。

一瞬で間合いを詰め、村田がナイフを振りかざすよりも早く、その手首を外側から鷲掴みにすると、人体構造を熟知した的確な動きで捻り上げる。


「ぐぎゃっ!」


骨が軋む鈍い音と、村田の短い悲鳴。

ナイフが、カラン、と音を立てて汚れたアスファルトに転がった。

抵抗する間もなく、村田は強烈な膝蹴りを腹部に受け、呻きながら前のめりに崩れ落ちる。

荒垣は、その村田の腕を背後に回して関節を極め、アスファルトに顔面を押し付け、完全に動きを封じた。

仲間二人は、恐怖に竦み上がり、声も出せずに立ち尽くしている。

暴力は一瞬で、しかし圧倒的だった。

必要最小限の動きで、相手の戦意と抵抗力を完全に奪い去る、まさしくプロの『制圧』だった。


「…さて」


荒垣は、アスファルトの上で苦痛に呻く村田の頭を、ブーツの底で軽く踏みつけながら、冷たく見下ろした。


「このまま、その可愛いナイフと一緒に、お前を警察に突き出すこともできる。そうなれば、お前さんの過去の『ご活躍』も鑑みれば、実刑は免れんだろうな。…だが」


彼は、わざとらしく間を置いた。


「お前が、ここで、素直に『誠意』を見せるというなら、俺も鬼じゃない。この件は、この場で『示談』として処理してやらんこともない。…どうする? 村田健二君」


それは、交渉というよりは、最終通告だった。

絶望的な状況、抗うことのできない力の差、そして、目の前にちらつく『逮捕』という現実。

村田の心は、完全に折れていた。

涙と鼻水と、アスファルトの砂埃で顔をぐしゃぐしゃにしながら、彼は、か細い、聞き取れるかどうかの声で、ただ「…わ、わかり…ました…書きます…から…」と、繰り返すことしかできなかった。


数十分後。

全ての後始末を終え(公正証書の作成手配や、依頼人への簡単な報告連絡は、おそらく裏で手配済みなのだろう)、荒垣砕は、一人、夕闇が迫る猥雑な路地裏を、ゆっくりと歩いていた。

今日の『仕事』は、終わった。

結果は、依頼人の望み通り。

報酬ファイトマネーも、おそらく手に入るだろう。


だが、彼の内には、満足感よりも、むしろ、燻るような渇望感が渦巻いていた。

村田健二のような『素人』を、一方的に、しかも手加減して制圧するだけでは、彼の、底なしの闘争本能は、全く満たされない。

むしろ、あの程度の抵抗が、さらに強い相手との、本気の『戦い』への渇望を、激しく煽るだけだった。


彼の足は、自然と、より深く、より暗い街の奥へと向かっていた。

光のサインが怪しく明滅し、非合法な匂いが色濃く漂う一角。

そこには、彼のような『飢えた獣』が集う場所がある。

金と、血と、暴力が渦巻く、裏社会の闘技場。


(…少し、ウォーミングアップが必要だな)


荒垣砕の口元に、再び、獰猛な笑みが浮かぶ。

彼の目は、次の『獲物』、本気の『戦い』を求めて、飢えた獣のように、暗く、そして危険な光を放っていた。

今日の昂ぶりを冷ますためには、もっと純粋な、命のやり取りに近い興奮が必要だった。


                    ***


金曜日。

今日も変わらず、突き抜けるような冬晴れの空が広がっている。

しかし、その陽光も、松田が今着ている窮屈な警察官の制服の前では、どこか皮肉めいて見えた。

彼は、指定された私鉄の駅前で、山のような『特殊詐欺被害防止』のチラシの束を抱え、行き交う人々に声をかけ続けていた。

駅前は比較的落ち着いているが、それでも人の流れは途切れない。


「おはようございます、警察です。特殊詐欺にご注意を…」

「はい、どうぞ。簡単な注意点です…」


内心の苛立ちや屈辱感とは裏腹に、松田の対応は、昨日よりもさらに手慣れて、そして驚くほど真摯だった。

特に、足早に通り過ぎようとする若者よりも、ゆっくりと歩く高齢者に、彼は自ら近づき、腰を屈めて丁寧に声をかける。

その姿は、もはやベテランの地域課警察官のようにも見えた。


「あら、松田さーん! こんな所で元気にご活躍ですね!」


不意に、人懐っこい、しかしどこかジャーナリスト特有の鋭さを含んだ声が、すぐ近くから飛んできた。

松田が顔を上げると、そこには、ダウンジャケットにジーンズというラフな出で立ちの、見知った顔があった。

数年前に週刊誌を辞めたはずの、フリーの女性記者だ。

肩には大きなトートバッグ、手にはICレコーダー。相変わらず、嗅覚だけは鋭そうだ。


「おお、君か。また会ったな。今日はこっち方面の取材か?」


松田は、少しだけ表情を和らげた。


「まあ、そんなところです。下の子が少し大きくなったんで、最近またアルバイトで記事書かせてもらってるんですよ。で、松田さん、本当にどうしちゃったんです? その制服。まさか、あのカタブツの松田さんが、ついに何か大きなヘマを…?」


彼女は、好奇心丸出しの目で、松田の制服姿をジロジロと見ている。


「…余計な詮索はするな。こっちも色々あるんだよ」


松田は、ため息交じりに答えた。


「それで、何か面白いネタでも見つかったのか?」

「それが、さっぱりで」


彼女は、大げさに肩をすくめた。


「だから、松田さんから何かおこぼれでも頂戴できないかなー、なんて。最近、何かピリッとするような事件、ありません? 半グレとか、そういう系の…」


探るような視線。松田は、内心(相変わらずだな…)と思いつつ、軽く首を振った。


「生憎だが、俺は今、ご覧の通りの平和維持活動中だ。物騒な話は管轄外だな」

「ちぇー、残念。…あ、でも、そういえば」


彼女は、何か思い出したように、声を潜めた。


「松田さん、最近この辺りで、『鬼塚オニヅカ』って名前、耳にしません?」


その名前に、松田の動きが一瞬止まった。

しかし、彼はすぐに平静を装い、訝しげな表情を作って聞き返す。


「…鬼塚? いや、知らんな。どんな奴なんだ、そいつは?」

「それが、私もまだ噂レベルでしか掴めてないんですけどね」


彼女は、少し残念そうに、しかし得意げに情報を話し始めた。


「なんでも、最近この辺りで幅を利かせ始めた、チンピラグループのリーダーらしいですよ。見た目も、いかにもって感じで、結構派手な格好してるとか」

「ふーん…」

「でね、妙に羽振りがいいんだか、悪いんだか…とにかく金遣いが荒いって話で。でも、その金の出所がどうも怪しいらしくてね。結構、危ない橋も渡ってるんじゃないかって、もっぱらの噂なんですよ」


彼女が話す内容は、具体的ではなかった。

外見、グループ、金遣い、危ない噂…どれも、この界隈のチンピラにはありがちな話だ。

だが、松田にとっては、『鬼塚』という名前自体が、昨夜聞いたキーワードと重なり、無視できない情報だった。


「…それで、そいつが何か具体的にやらかしたって話は?」


松田は、あくまで興味なさそうに尋ねる。


「いえ、まだそこまでは…だから、何かご存じないかなーって」


彼女は、期待するような目で松田を見た。


「松田さんなら、そういう情報、早いですもんね?」


(…やはり、俺から情報を引き出したいだけか)


松田は、彼女の下心を見抜きつつ、肩をすくめた。


「さあな。俺は、チラシ配りで忙しいんでね。君も、しっかり裏付け取ってから記事にしないと、またどこかから怒られるぞ」

「もー、分かってますって! でも、もし何か掴んだら、絶対! 絶対に教えてくださいね! 待ってますから!」


彼女は、念を押すように言うと、手を振りながら、次のネタを探しに人混みの中へと消えていった。


一人残された松田は、配っていたチラシの束を眺めながら、深く息をついた。


(鬼塚…か。やはり、黒か…)


元記者の話は噂レベルだったが、源さんの話と合わせれば、その存在はほぼ確実だろう。

そして、昨夜聞いた『先生』や『村田のアニキ』といった言葉と、どう繋がってくるのか…。


断片的な情報が、頭の中で、まだ形にならないパズルのピースのように散らばっている。


(…桜井にも、この情報は伝えておく必要があるな)


松田は、チラシ配りの手を一旦止め、ポケットからメモを取り出した。

刑事としての仕事は、たとえ制服を着ていても、否応なく彼を追いかけてくる。


                    ***


金曜日の午後、時計の針が三時を回った頃。

場末のスナックの、紫とピンクのけばけばしい照明に照らされた店内には、昼間だというのに、重く、淀んだ空気が充満していた。

一番奥のボックス席では、鬼塚竜二が、一人、安いウイスキーの水割りを呷っていた。

派手な柄シャツのボタンは胸元まで開けられ、首の金のネックレスが鈍く光る。

しかし、その虚勢を張った姿とは裏腹に、彼の目には焦りの色が浮かび、落ち着きなくテーブルの上の空になったグラスを指で弄んでいた。

昼からの酒は、決して心地よい酔いをもたらしてはいない。

むしろ、現実から目を背けるための、苦い逃避に過ぎなかった。


店の入り口のドアが、勢いよく、しかし怯えたように開け放たれた。

息を切らして飛び込んできたのは、村田健二の子分である、痩せた男と猫背の男だった。

その顔は土気色で、明らかに尋常ではない事態が起こったことを物語っていた。


「お、鬼塚の…アニキ…!」

「た、大変です…! 村田のアニキが…!」


二人は、カウンターの隅で小さくなっているママの存在も忘れ、鬼塚のいるボックス席に転がるように駆け寄ると、震える声で報告を始めた。

昼下がりのキャバクラ前で、弁護士を名乗る、とんでもなく腕の立つ大男に襲われたこと。

村田がナイフを出したが一瞬で捻じ伏せられたこと。

そして、「こうせいしょうしょ?」とかいう、よく分からない書類に無理やりサインさせられ、どこかへ連れて行かれた(あるいは、恐怖でそのまま逃げ出した)こと…。


「――はぁ!? 村田がやられた!? どこのどいつだ、そりゃあ!」


報告を聞き終えた鬼塚は、顔を真っ赤にして激高した。

手近にあった灰皿を掴むと、壁に向かって力任せに投げつける!

ガシャーン!とけたたましい音を立てて灰皿が砕け散り、吸殻が床に飛び散った。


「弁護士だと!? ふざけたこと抜かしやがって! どこの組織のもんだ、そいつは!?」

「そ、それが…どこの誰なのか…全然…」

「使えねえ奴らだな、オイ!!」

鬼塚は、報告に来た男たちの胸ぐらを掴み上げ、壁に叩きつけた。


「テメェら、見てただけか!? あぁん!?」

「ひぃっ! す、すみません!」


激しい怒り。

当てにしていた隠し子騒動からの『上がり』が、完全に潰えたことへの焦り。

そして、自分の『縄張り?』で、自分の手下(村田)が、どこの馬の骨とも知れない奴にやられたという、メンツを潰されたことへの屈辱。

それらが、彼の短い思考回路を焼き切る。


だが、その激高は、長くは続かなかった。

ふと、彼の脳裏に、あの、穏やかだが冷たい目をした老人の顔が浮かんだからだ。――古柴先生。


(ヤベェ…! このこと、先生に知られたら…! 村田の件、先生が筋書き考えたってのに…! 金が入らねえどころか、ヘマしたってバレたら…詰められる…!!)


鬼塚の顔から、急速に血の気が引いていくのが分かった。

額には、脂汗が滲み出す。

先生への恐怖は、目の前の手下への怒りなど、比較にならないほど根深いのだ。

法の裁きよりも、警察よりも、彼にとっては古柴からの『処分』の方が、よほど現実的な恐怖だった。


「…おい! お前ら!」


鬼塚は、木村を突き放すと、周りにいた他の手下たちに向かって、今度は焦りを隠せない声で怒鳴った。


「何かねえのか!? すぐに! 今すぐにだ! デカい金になる話はねえのかよ!? ああ!?」


彼の声は、裏返っていた。


「先生への…いや、その、なんだ、とにかく金が要るんだよ! 手っ取り早く、確実に稼げる、なんかいい金策はねえのかって聞いてんだよ!」


手下たちは、突然の剣幕に顔を見合わせるばかりで、誰も答えられない。

彼らが知っているような『金策』は、どれもこれも、小銭稼ぎにしかならないようなものばかりだ。


その、重苦しい沈黙を破ったのは、隅の方でスマホをいじっていた、一人の若い手下だった。


「あ、あの…鬼塚さん」


彼が、おずおずと口を開いた。


「この前、ネットの裏掲示板で見た噂なんスけど…」

「あぁ!? 噂ぁ? そんなもんどこまで信用できんだよ!」

「い、いや、でも、結構マジっぽい話で…なんでも、関西の方から、若い女が二人、こっちに逃げてきてるらしくて…そいつらに、結構な懸賞金がかかってるって…」

「懸賞金だと!?」


鬼塚の目が、ギラリと光った。


「女二人? それは、どういう…」


手下は、知っている限りの情報を話した。

関西で何か大きなトラブルを起こして逃げてきたらしいこと、まだ若いが気が強そうだということ、そして、捕まえれば、関西の『とある筋』から、かなりの額の礼金が出るらしい、ということ…。

情報の真偽は定かではない。

だが、今の鬼塚には、それがまるで天啓のように聞こえた。


「それだ!!」


鬼塚は、テーブルをバン!と叩いて立ち上がった。


「それしかねえ! 女二人捕まえるくれえ、わけねえだろうが!」


彼の頭の中では、既に、皮算用が始まっていた。


(よし! これしかねえ! あの懸賞金の女二人を捕まえりゃ、詫び料も、俺の借金も、全部チャラだ! …だが、問題は、そいつらが今どこにいるか、だ。関西から逃げてきた…? 東京のどこかに潜んでるはずだが…)


鬼塚は、焦りで混乱しかけた頭を必死に回転させた。


何か、手がかりはなかったか? そういえば、この前、パシリに使ってる手下の誰かが、くだらない噂話の中で言っていたような気がする…。


(…たしか、あの辺の、大学の近くだとか言ってたか? なんか、やけに気の強そうな、関西弁の二人組の女が、学生街で妙に目立ってた、とか…? そうだ、それっぽい! で、そいつら、どこかの店でバイトしてるって話じゃなかったか? 古くて、デカ盛りで有名な…なんだっけな、あの定食屋…? 何とかとかいう、ダセェ名前の店…!)


確証は何もない。

単なる手下の噂話と、うろ覚えの記憶の断片だ。

だが、他にアテのない鬼塚にとって、その不確かな情報が、まるで暗闇に差し込んだ一筋の光のように思えた。


(…かもしれん! いや、きっとそうだ! あそこに違いねえ! あの定食屋に、その女どもが潜んでるんだ!)


憶測は、彼の焦りと欲望によって、あっという間に確信へと変わる。


(だったら、話は早えじゃねえか! 今夜だ! 今夜、ありったけの手下どもを集めて、あのクソ定食屋に乗り込んでやる! ごちゃごちゃ抜かしやがったら、問答無用で力づくで引っ張り出して、縛り上げて、関西の連中に突き出してやればいい! そうすりゃ、懸賞金は俺様のもんだ! 先生への面目も立つ! 完璧じゃねえか、ガハハ!)


「おい、お前ら! 今すぐ全員集めろ! デカいヤマだ! 今夜、決めるぞ!」


鬼塚は、興奮で顔を紅潮させ、手下たちに喚き散らす。

その目は、既に獲物を捕らえたかのように、ギラギラと欲に輝いていた。

しかし、その姿は、破滅へと向かう坂道を、自ら猛スピードで転がり落ちているようにしか見えない。


スナックの、淀んだ空気の中。彼の命運を告げる砂時計の砂は、もう、残りわずかになっているのかもしれない。

法の裁きの足音が、すぐそこまで近づいていることにも気づかずに、鬼塚は、ただ、最後の、そして最も愚かな賭けに出ようとしていた。

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