空虚な椅子と、歪な礎石 其十二
この物語はフィクションです。
この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。
ようこそ、東京の影の中へ。
ここは、光が滅び、影が支配する世界。
摩天楼が立ち並ぶ、華やかな都市の顔の裏側には、深い闇が広がっている。
欲望、裏切り、暴力、そして死。
この街では、毎夜、人知れず罪が生まれ、そして消えていく。
あなたは、そんな影の世界に生きる、一人の女に出会う。
彼女の名は、エミリア・シュナイダー。
金髪碧眼の美しい姿とは裏腹に、冷酷なまでの戦闘能力を持つ、凄腕の「始末屋」。
幼い頃に戦場で、彼女は愛する家族を、理不尽な暴力によって奪われた。
それは、彼女が決して消すことのできない傷となり、心を閉ざした。
今もなお、彼女は過去の悪夢に苛まれ、孤独な戦いを続けている。
「私は、この世界に必要とされているのだろうか?」
「私は、幸せになる資格があるのだろうか?」
深い孤独と絶望の中、彼女は自問自答を繰り返す。
だが、運命は彼女を見捨てなかった。
心優しい元銀行員の相棒、エミリアの過去を知る刑事、そして、エミリアの過去を知る謎めいた女ライバル。
彼らとの出会いが、エミリアの運命を大きく変えていく。
これは、影の中で生きる女の物語。
血と硝煙の匂いが漂う、危険な世界への誘い。
さあ、ページをめくり、あなたも影の世界へと足を踏み入れてください。
そして、エミリアと共に、非日常の興奮とスリル、そして、彼女の心の再生の物語を体験してください。
あなたは、エミリアに、どんな未来を見せてあげたいですか?
…この物語は、Gemini Advancedの力を借りて、紡がれています。
時に、AIは人間の想像を超える unexpected な展開を…
時に、AIは人間の感情を揺さぶる繊細な表現を…
Gemini Advancedは、新たな物語の世界を創造する、私のパートナーです。
この作品はカクヨムにて先行公開しており、こちら(小説家になろう)では遅れて公開となります。あらかじめご了承ください。
ただし、どうか忘れないでください。
これは、あくまでフィクションだということを。
This is a work of fiction. Any resemblance to actual events or persons, living or dead, is purely coincidental.
Ceci est une œuvre de fiction. Toute ressemblance avec des événements réels ou des personnes, vivantes ou mortes, serait purement fortuite.
Dies ist ein Werk der Fiktion. Jegliche Ähnlichkeit mit tatsächlichen Ereignissen oder lebenden oder verstorbenen Personen ist rein zufällig.
นี่คือนิยายที่แต่งขึ้น บุคคล สถานที่ หรือเหตุการณ์ใดๆ ที่ปรากฏในเรื่อง หากบังเอิญคล้ายคลึงกับบุคคล สถานที่ หรือเหตุการณ์จริง ทั้งที่ยังมีชีวิตอยู่หรือเสียชีวิตไปแล้ว ถือเป็นเรื่องบังเอิญทั้งสิ้น
(この作品はフィクションです。実在の出来事や人物、存命・故人との類似はすべて偶然です)
時計の針は、とうに午前様を回り、街が最も深い眠りに沈む時間。
普段は使われていない八畳の客間には、しかし、眠りとは程遠い、張り詰めた空気が満ちていた。
古い畳の上には、窮屈そうにいくつかの布団が並べられ、六人の少女たちが身を寄せ合っていた。
陽菜と澪、そして、恐怖に打ち震える夜組の四人。
部屋の隅で、石油ファンヒーターがコォー…と最後の唸りを上げていたが、やがて澪が「…危ないから、消しておくね」と静かに告げ、スイッチを切ると、その音も途絶えた。
途端に、しん、とした静寂と、じわりと忍び寄る冬の夜の冷気が、部屋を支配し始める。
障子窓には、冷たく冴え渡る月光が差し込み、畳の上に青白い光の筋を描いていた。
布団に入っても、ほとんどの少女は眠れずにいた。特に夜組のメンバーは、恐怖体験が生々しく蘇るのか、小さな衣擦れの音や、遠くで鳴る車のクラクションにも、びくりと肩を震わせる。
詩織のかすかなすすり泣きが、暗闇の中で痛々しく響いた。
陽子が「ね、ねえ、昨日のドラマ見た?」などと、無理に明るい話題を振ろうとしたが、誰もそれに乗る気力はなく、気まずい沈黙が戻るだけだった。
美咲は、リーダーとして気丈に目を閉じているが、その呼吸は浅く、眠りに落ちていないのは明らかだった。
壁際に布団を敷いた陽菜と澪もまた、眠れずにいた。
二人は、暗黙の了解で、交代で見張りをしようと決めていたわけではないが、自然と、どちらも完全には意識を飛ばせずにいた。
陽菜は、壁にもたれるようにして座り、膝を抱えている。
澪は、布団の中で横になってはいるものの、その大きな瞳は、暗闇の中でじっと天井の木目を見つめていた。
「……なあ、澪」
陽菜が、蚊の鳴くようなひそひそ声で囁いた。
「…マジで、これで大丈夫なのかね…?」
「……」
澪は、答えなかった。代わりに、小さく息を吐く音が聞こえる。
「…今は、こうするしかないって、さっき決めたでしょ」
しばらくして、同じくらいの小声で返ってきた。
「…分かってるけどよ…。あの笛、本当に役に立つのか?」
陽菜は、自分の首にかかった、ひんやりとした金属製の笛に指で触れた。
夜組の少女たちも、同じものを、まるで御守りのように首から下げている。
「…どうかな」
澪の声は淡々としていた。
「でも、何も無いよりは、ずっとマシだと思う。それに、大声が出せない状況だって、あり得るから」
「……試しに、ちょっとだけ吹いてみ…」
「やめなよ」
澪が、ぴしゃりと言った。
「夜中に大騒ぎになるだけ。本当に必要な時まで、使っちゃダメ」
「……だよな」
陽菜は、バツが悪そうに黙り込んだ。
ファンヒーターが消えた部屋の空気は、徐々に温度を失い、肌寒さが身に染みる。
畳と、古い家の柱の匂い、そして、消えたはずの灯油のわずかな残り香が、少女たちの緊張した息遣いと混じり合っていた。
不意に、隣の布団から、美咲の、同じように潜めた声が聞こえた。
「…あの…陽菜さん、澪さん」
「…ん?」
陽菜が応じる。
「…さっきは、…その、いきなりごめんね。頼っちゃって…」
「…別に。気にしてねえよ」
「……あなたたちって、いつもあんな風に…強いの?」
美咲の声には、純粋な疑問と、わずかな憧れのような響きがあった。
「不良追い払った時も…すごかったし…」
その問いに、陽菜は答えに窮した。強い? 自分たちが? エミリアにあっけなく捻られたばかりだというのに? 皮肉なものだ、と思った。
「…別に、強くなんかないよ」
陽菜は、吐き捨てるように言った。
「ただ、ムカつく奴らに、我慢できねえだけだ」
「……」
美咲は、それ以上は何も言わなかった。
だが、その沈黙の中に、彼女自身の抱える無力感や、陽菜たちへの複雑な感情が滲んでいるように、澪には感じられた。
育ってきた環境も、見てきた世界も違う少女たち。
恐怖という一点で繋がった、この奇妙な夜。言葉は少なく、ぎこちない。
それでも、同じ部屋で、同じ不安を共有しているという事実だけが、冷たい空気の中で、かすかな、しかし確かな『繋がり』のようなものを生み出しているのかもしれなかった。
澪は、そっと体を起こし、障子窓の外を見た。
ガラスのように澄み切った冬の夜空には、数えきれないほどの星が、凍てつく光を瞬かせている。
まるで、この地上で起こっている小さな恐怖や混乱など、全く意に介さないかのように、ただ、冷ややかに輝いている。
(…朝は、まだ遠い…)
長く、そして不安な夜。早く、この息苦しい闇が明けてほしい。
澪だけでなく、おそらく、この部屋にいる全員が、今はただ、東の空が白み始めるのを、息を殺して待っている。
首にかけた笛の、金属の冷たさだけが、眠れない夜の、確かな感触だった。
***
関東地方は、まるで空の底まで見通せそうな、突き抜けるような冬晴れが続いていた。
金曜日の午前中。乾燥しきった外気とは裏腹に、雑居ビル三階にあるオフィス内は、高性能な加湿器が静かに白い蒸気を吐き出し、常に快適な湿度が保たれている。
窓から差し込む柔らかな朝日が、整然と並べられたデスクや、艶やかな観葉植物の葉を優しく照らし出していた。
受付カウンターでは、サスキア・デ・フリースが、音もなくキーボードを叩いている。
その完璧な姿勢と、一切の無駄がない所作は、彼女が単なる受付担当者ではないことを雄弁に物語っていた。
「ただいま戻りました、エミリア」
佐藤が、小野寺家への訪問を終え、事務所のドアを開けて声をかけた。
手には、正式なDNA鑑定書が入った封筒を抱えている。
「あら、お帰りなさい、健ちゃん。ご苦労さま」
デスクでタブレット端末を見ていたエミリアが、顔を上げて微笑んだ。
しかし、その表情にはどこか晴れないものが浮かんでいる。
彼女は、ふぅ、とわざとらしく溜息をつくと、佐藤を手招きした。
「ねえ、健ちゃん。ちょっと、私、悩みがあるのだけど、聞いてもらえるかしら?」
「悩み? エミリアが? 珍しいね。どうしたの?」
佐藤は、鑑定書の入った封筒をエミリアに手渡しながら、少し驚いて聞き返した。彼女が『悩み』を口にするのは、あまりないことだ。
エミリアは、心底困ったという風な、しかしその碧眼の奥にはどこか面白がっているような光を隠して、言葉を続ける。
「それがね、例の弁護士さんよ。これから、健ちゃんと一緒に、正式にお仕事の依頼をしに行こうと思ってるんだけど…」
「ああ、あの…バトルジャンキー、らしいっていう」
「そう、その人。そういう、ちょっと…特殊な方に、初対面でご挨拶する時って、何を手土産に持っていくのが、スマートなのかしら?」
エミリアのため息の原因は、またしても、佐藤の予想の斜め上を行くものだった。
「うーん…」
エミリアは、自分の手入れの行き届いた指先を見つめながら、続ける。
「羊羹なんて、どうかしら? 最近、筋トレしている方々の間では、高タンパク低脂質で、エネルギー補給にもなるから人気だって、何かで読んだ気がするのだけど」
「へえ、羊羹? 筋トレしてる人に人気なんだ? それは知らなかったな…」
佐藤は、内心(本当にそうなのかな?)と首を傾げつつも、笑顔で応じた。
「でも、まあ、羊羹なら老舗の美味しいものも多いし、定番の手土産だから、悪い気はしないんじゃないかな?」
「そう? なら、それで決まりね!」
エミリアは、あっさりとそう言うと、すっくと立ち上がり、受付カウンターのサスキアに向かって声をかけた。
その声は、先ほどの悩ましげな響きとは一転、いつものようにクリアで、指示を出す者のそれに戻っていた。
「サスキア」
「はい、エミリア様」
サスキアは、キーボードを打つ手を止め、完璧な角度でエミリアに向き直る。
「今から健ちゃんと、例の弁護士の先生のところに、お仕事の依頼に行ってくるわ。事務所のことはお願いね」
「承知いたしました」
「それと…」
エミリアは、ほんの少しだけ声を潜め、サスキアと視線を交わした。
二人の間にだけ通じる、暗黙の了解のような空気が流れる。
「万が一、の話だけれど。陽菜と澪、それと、一緒に保護されているかもしれない女の子たちの身に、本当に、『危機的状況』が迫ったと判断した場合は…もう、『あれ』、使ってしまって構わないから。あなたの判断に任せるわ」
『あれ』。
その言葉に、佐藤は内心で首を傾げた。
エミリアとサスキアの間だけで通じる符丁。
それは一体何を意味するのだろうか。
サスキアは、エミリアの言葉に、微かに口角を上げたように見えた。
それは、完璧な受付嬢の微笑みでありながら、どこか底知れないプロフェッショナルの自信を覗かせる表情だった。
「承知いたしました、エミリア様。お二人とも、お気を付けて」
そして、彼女はこう付け加えた。
「…ええ、『あれ』を使うのは、久しぶりですが。…ご期待には、必ず」
その言葉に、佐藤の背筋を、ぞくりとした悪寒のようなものが走った。
(『あれ』って、やっぱり何かの武器とか…? 久しぶりって…サスキアさん、一体何を…?)
疑問符が、彼の頭の中をぐるぐると駆け巡る。エミリアとサスキアの間には、自分の知らない、深い繋がりと、そしておそらくは危険な過去がある。
その事実を改めて突きつけられ、彼は言いようのない不安を感じた。
「さ、行きましょう、健ちゃん!」
そんな佐藤の戸惑いなどお構いなしに、エミリアは、どこか楽しげに、彼の腕を軽く引っ張るようにして、事務所のドアへと向かった。
「え、あ、はい!」
佐藤は、頭の中に疑問符を大量に浮かべたまま、それでもエミリアに促される形で、慌てて彼女の後に続いた。
加湿器が静かに白い蒸気を吐き出す、快適なオフィス。
その背後で、サスキアは、再び静かにモニターに向き直り、その表情からは、先ほどの微かな笑みは消え、完璧な無表情に戻っていた。
金曜日の午前。
冬の明るい陽光の下、新たな依頼と、不穏な伏線を抱えて、エミリアと佐藤の時間が、また動き出す。
***
金曜日の午前中。連日の冬晴れが続く東京の空の下を、エミリアの運転する白いコンパクトカーは、まるで猫のようにしなやかに、しかし目的地を正確に見据えて走り抜けていた。
ナビが示したのは、都心から少し外れた、再開発の波に取り残されたような、どこか煤けた空気の漂う一角だった。
「…この辺りね」
エミリアは、目的地の古い雑居ビルが見える、少し離れたコインパーキングに、慣れた手つきで車を滑り込ませた。
エンジンを切ると、車内には一瞬、街の喧騒から切り離されたような静寂が訪れる。
「健ちゃん、例の『手土産』、お願いね」
「あ、うん…」
佐藤は、後部座席に置いてあった、老舗和菓子店のものと思われる、上品だがこの場には不似合いな紙袋を手に取った。
中身は、エミリアが『筋トレしている人に人気らしい』という理由だけで選んだ、ずっしりと重い高級羊羹だ。
本当にこれで良かったのだろうか、という疑問が、再び彼の胸をよぎる。
車を降りると、ひやりとした乾燥した空気が肌を刺した。
歩き始めると、すぐにこのエリアの独特な雰囲気に気づく。
シャッターが下りたままの商店、色褪せた看板を掲げる場末のスナック、そして、昼間だというのにどこか猥雑な空気を漂わせる雑居ビル群。
道端にはゴミが散乱し、壁の落書きも新しいものと古いものが無秩序に混在している。
歩く人もまばらで、すれ違うのは、皆どこか疲れたような、あるいは猜疑心に満ちたような表情をしていた。
「……すごい場所、だね」佐藤が、思わず小声で呟く。
「ふふ、そうでしょ?」エミリアは、しかし、この荒んだ風景を、まるで珍しい展示物でも見るかのように、楽しんでいるようにも見えた。
「こういう場所にこそ、『面白い』ものが隠れていたりするのよ」
彼女の言う『面白いもの』が、果たして一般的な意味と同じなのか、佐藤には判断がつかない。
彼は、ただ、エミリアの数歩後ろを、羊羹の入った紙袋を大事そうに抱えながら、不安な気持ちでついていくしかなかった。
やがて、二人は目的地の雑居ビルの前にたどり着いた。
築数十年は経っているであろう、くすんだ茶色のタイル張りの外壁。
一階には、埃っぽいショーウィンドウの古本屋と、昼間から怪しげな灯りを灯す小さなバーが入っている。
入り口の自動ドアは壊れているのか、常に半開きになっており、隙間から、カビ臭いような、淀んだ空気が漏れ出してきていた。
「…ここね」
エミリアは、ビルの案内表示板(それもまた、文字が掠れ、いくつかプレートが剥がれ落ちている)を確認すると、躊躇なくビルの中へと入っていった。
佐藤も慌てて後に続く。
ビルの中は、外観以上に薄暗く、ひんやりとしていた。
照明はいくつか切れており、足元もおぼつかない。
エレベーターは設置されていないのか、二人は軋む音を立てる鉄製の階段を上り始めた。
壁には、意味不明な文字やマークが殴り書きされ、手すりには長年の埃がこびりついている。
各階の廊下も薄暗く、いくつかの事務所のドアには、『差し押さえ』の赤い紙が貼られたままになっていた。
目的の三階にたどり着くと、廊下はさらに薄暗く、空気も重く感じられた。
一番奥まった場所に、目的のドアがあった。
何の飾り気もない、ペンキが剥げかけた鉄製のドア。
そこに、申し訳程度に、雨風に打たれて文字がほとんど消えかかった、小さなプラスチック製のプレートが取り付けられている。
辛うじて、『荒垣法律……』と読めるような気がした。
ドアの向こうからは、何の音も聞こえてこない。
しかし、なぜだろうか、そこだけが、周囲の澱んだ空気とは違う、濃密で、どこか鉄臭いような、異様な気配を放っているように感じられた。
佐藤は、ゴクリと唾を飲み込んだ。
本当に、この先に、弁護士がいるのだろうか?
エミリアは、しかし、その異様な気配を意に介する様子もなく、むしろ、その碧眼に好奇の光を宿し、面白そうに口元をわずかに歪めると、ためらうことなく、冷たい鉄のドアノブに手をかけた。
ギィ…という、錆びついた蝶番が軋む、耳障りな音を立てて、ドアがゆっくりと内側へ開いた。
開いたドアの隙間から、まず鼻をついたのは、埃っぽさやカビ臭さとは違う、濃密な男の汗の匂いと、金属が擦れるような匂い、そして、微かに漂う湿布のような薬品の匂いだった。
次に目に飛び込んできたのは、法律事務所という言葉からは到底想像できない光景だった。
部屋の中央には、使い込まれて革が剥げたサンドバッグが天井から吊り下げられ、床には無造作にダンベルやバーベルが転がっている。
壁際には、法律書らしきものはほとんど見当たらず、代わりに、人体解剖図や、古今東西の格闘技に関する分厚い専門書が、ぎっしりと詰め込まれた古びた書棚が鎮座していた。
窓は小さく、しかも汚れていて、外からの光はほとんど入ってこない。
部屋全体が、薄暗く、乱雑で、そして、圧倒的な『力』と『闘争』の気配に満ち満ちていた。
そして、その部屋の奥。窓からのわずかな逆光を受けて、巨大なシルエットが浮かび上がっていた。
机に向かっているようだが、その背中は、屈強という言葉では生ぬるいほどに分厚く、隆起した筋肉が、着ているであろうスウェット(あるいはタンクトップかもしれない)を、今にもはち切れんばかりに押し上げている。
短く刈り込まれた首は、丸太のように太い。
その影が、ゆっくりと、こちらを振り返ろうとしている気配がした。
エミリアは、その異様な空間と、これから相対するであろう存在を前にしても、臆するどころか、むしろ、その唇に、獰猛な肉食獣のような、好戦的な笑みを浮かべていた。
一方、佐藤は、その圧倒的な『暴力』の気配に完全に気圧され、手に持った羊羹の紙袋を握りしめたまま、ただ、エミリアの後ろで立ち尽くすしかなかった。
「……」
部屋の主が、完全にこちらを向く。
その鋭い、三白眼気味の目が、エミリアと佐藤を、まるで獲物を値踏みするかのように、捉えた――。
***
荒垣 砕。
弁護士バッジがなければ、誰も法曹関係者とは思わないであろう、現役のヘビー級格闘家と見紛うばかりの筋骨隆々たる体躯。
分厚い胸板、丸太のような首、そして、着ているであろうグレーのスウェットの上からでも分かる、
規格外の筋肉量。
短く刈り込まれた頭、顔や腕に刻まれた生々しい古傷、そして、こちらを値踏みするように細められた、鋭い三白眼。
その目には、常に飢えた獣のような、好戦的な光が宿っている。
佐藤健は、その圧倒的な存在感と、部屋全体から発散される、濃密な暴力の匂いに、完全に気圧されていた。
手に持った老舗和菓子店の羊羹の紙袋が、場違いにもほどがある。
足が竦み、呼吸すら浅くなるのを感じた。
しかし、隣に立つエミリアは、そんな異様な空間と相手を前にしても、全く動じる様子を見せない。
それどころか、その美しい顔に、完璧なビジネススマイルを浮かべると、優雅な、しかし凛とした声で口を開いた。
「荒垣先生、突然のご訪問失礼いたします。ご紹介に預かりました、シュナイダーと申します。本日は、貴重なお時間をいただき、誠にありがとうございます」
その丁寧な口調と、場の雰囲気にそぐわないほどの礼儀正しさに、佐藤は内心(エミリア、この状況でよくそんな…!)と、別の意味で冷や汗をかいた。
エミリアは、佐藤が差し出した(というより、半ば奪い取るように受け取った)羊羹の紙袋を、軽くテーブルの上に置きながら、依頼内容――小野寺家の隠し子騒動の後始末、特に村田健二とその背後への『説得』――を、手短に、しかし要点を押さえて説明し終えた。
荒垣は、その間、一言も発さず、ただ、エミリアの顔を、そして時折、その後ろで小さくなっている佐藤を、値踏みするような鋭い視線で見つめていた。
ゴキリ、と太い指の関節を鳴らす音が、静かな室内に響く。
やがて、エミリアが話を終えると、荒垣は、低い、地響きのような声で、ゆっくりと口を開いた。
「…話は分かった」
その声には、一切の感情が乗っていないように聞こえた。
「だがな、嬢ちゃん。俺が仕事を引き受けるかどうかは、一つ、基準がある」
「…と、仰いますと?」
エミリアが、表情を変えずに問い返す。
荒垣の三白眼が、ギラリと好戦的な光を宿した。
「――俺より、強い奴の依頼しか、受けねえ」
その、あまりにも突拍子もない言葉に、佐藤は耳を疑った。
弁護士が? 依頼の基準が? 腕力?
「だから、アンタ」
荒垣は、エミリアを真っ直ぐに見据え、顎でしゃくるように示した。
「俺に依頼したいってんなら、まずは、アンタが俺より強いってことを、ここで証明してみせな」
(む、無理だ! 絶対に無理だ!)
佐藤は、心の中で絶叫した。
目の前の、まるでヒグマのような大男と、隣に立つ、華奢で、美しいエミリア。
体格差は歴然。
確かにエミリアは常人離れした強さを持っている。
射撃の腕も、格闘技術も、佐藤の想像を超えるレベルだ。
だが、それは、あくまで裏の世界での話。
こんな、正真正銘の『怪物』のような男相手に、ましてや白昼の事務所で、どうやって強さを証明するというのか? 射撃? 格闘? 馬鹿げている!
(エミリア、ここは諦めて、すぐに退散しよう! こんなヤバい奴、関わるだけ無駄だ!)
佐藤は、必死の思いでエミリアに視線を送った。
当然、彼女もこの無茶な要求を断り、呆れて立ち去るだろう、と。
しかし――。
「あらあら?」
エミリアは、佐藤の絶望的な予想を裏切り、まるで面白い冗談でも聞いたかのように、けらけらと、楽しそうな声をあげたのだ。
先ほどまでの丁寧なビジネススマイルは消え去り、そこには、好奇心と、挑戦的な光、そして、底知れない自信に満ちた、いつもの小悪魔的な笑顔が浮かんでいた。
「強さの証明、ですか。ふふ、面白いことを仰るんですね、荒垣先生」
彼女は、荒垣の鋭い視線を真っ向から受け止め、一歩も引かずに続けた。
その声は、軽やかで、しかし、有無を言わせぬ響きを持っている。
「いいでしょう。その条件、飲みますわ。でも、ただ殴り合うなんて、野蛮で、非効率的でしょう? せっかくですから、もっと、こう…『技術』で勝負しませんこと?」
佐藤は、自分の耳がおかしくなったのかと思った。
(勝負!? この状況で!? しかも技術!?)
「それなら、そうねぇ…」
エミリアは、楽しそうに顎に指を当て、少し考える素振りを見せた。「『閉眼片足立ち』と、そこの『ダンベル水平キープ』で、どうかしら?」
彼女は、部屋の隅に転がっているダンベルを指さした。
「目をつぶって片足で立つのと、そのダンベルを水平に持ち続けるの。どっちも、ただの力任せじゃできませんわよね? 筋肉の、繊細なコントロールと、持続力が試される。…ふふ」
そして、エミリアは、極めつけの一言を、悪戯っぽく笑いながら、荒垣に叩きつけた。
「どうせ、どちらの勝負でも、荒垣さん、あなた、私に負けちゃうと思うけど。…どうする? なんなら、両方で、まとめて負けてみる?」
その、あまりにも大胆不敵な、そして挑発的な提案。
事務所の空気は、一瞬で、ピリピリとした、尋常ではない緊張感に包まれた。
佐藤は、もう、何が何だか分からなかった。
弁護士事務所での、ありえない条件提示。
それを、さらにありえない勝負で受け、あまつさえ相手を挑発するエミリア。
そして、目の前で、その挑発を受けて、明らかに目の色を変えた、巨大な戦闘狂弁護士。
(なんなんだ、この人たちは!? まともじゃない! 早くここから逃げ出したい…!)
混乱と恐怖で、彼の思考は完全にショートしていた。
ただ、自分の心臓が、破裂しそうなほど激しく脈打つのを感じるだけだった。
***
鉄と汗と、そして濃厚な闘争心の匂いが充満する、あの異様な弁護士事務所を後にした時も、佐藤健の頭の中は、まだ目の前で起こった信じられない出来事でいっぱいだった。
まるで現実感がなく、夢でも見ていたかのようだ。
隣を歩くエミリアは、しかし、先ほどまでのビジネスライクな仮面も、勝負の際に見せた冷徹さとも違う、実に晴れやかで、上機嫌な表情を浮かべていた。
まるで、難易度の高いパズルを解き明かした後のような、あるいは、面白いゲームに勝利した後のような、満足げな微笑みがその美しい唇に浮かんでいる。
彼女の軽い足取りとは対照的に、佐藤の足取りはまだ少し覚束ない。
コインパーキングに戻り、エミリアの白いコンパクトカーに乗り込む。
来た時と同じように、エミリアが運転席、佐藤が助手席だ。
エミリアは、慣れた手つきでエンジンをかけ、軽やかに車を発進させた。
古びた雑居ビルが立ち並ぶ、陰鬱な雰囲気の路地裏を抜け、やがて交通量の多い幹線道路へと合流する。
金曜日の午前中、太陽は高く昇り、冬晴れの空の下、街は活気に満ちている。
車内には、明るい陽射しと、カーエアコンの穏やかな送風音が満ちていた。
その、あまりにも日常的な光景の中で、佐藤はようやく、先ほどまでの出来事を反芻し、抑えきれない疑問を口にした。
声が少し上ずっているのを、自分でも感じた。
「エ、エミリア! さっきの、一体…!? どんな、どんなテクニックを使ったら、あの、岩みたいな…荒垣砕とかいう人に、あんな…勝てるんだ!? しかも、二つとも!」
『閉眼片足立ち』では、微動だにせず、まるで彫像のように立ち続けるエミリアに対し、荒垣は開始数十秒で巨体をぐらつかせ、あっけなく足をついた。
『ダンベル水平キープ』に至っては、エミリアが涼しい顔で指定された重さのダンベルを水平に保ち続ける横で、荒垣は顔を真っ赤にし、プルプルと腕を震わせ、一分も経たずにダンベルを取り落としたのだ。
まさに『圧勝』だった。
エミリアの、あの華奢な体のどこに、あれほどのバランス感覚と持久力が隠されているのか、佐藤には全く理解できなかった。
運転席のエミリアは、ハンドルを軽やかに操作しながら、バックミラーで後方を確認すると、くすくすと喉を鳴らして笑った。
その声は、上機嫌そのものだ。
「ふふ、テクニック、なんて大袈裟なものじゃないわよ、健ちゃん。あれはね…至極、当然の結果よ」
「と、当然の結果!?」
「ええ」
エミリアは、信号待ちで停車すると、助手席の佐藤に向き直り、悪戯っぽく目を細めた。
「分かりやすく、解説してあげましょうか?」
彼女は、再び前方を向いて車を発進させながら、落ち着いた、しかし自信に満ちた声で語り始めた。
「まずね、私は、射撃訓練でも実戦でも、常に『リコイル』…つまり、銃の反動を、ミリ単位で完全に制御して撃っているのよ? 分かるかしら? 発射の瞬間に発生する、あの強い衝撃とブレを、体幹と、全身の筋肉を瞬時に連動させて、完璧に抑え込む。そのために、どれだけ精密な身体コントロールと、集中力が必要とされるか」
彼女の言葉には、圧倒的な経験に裏打ちされた、揺るぎない響きがあった。
「それにね」エミリアは続ける。「戦場では、何十キログラムもの装備や荷物を背負って、何日も、時には何週間も歩き続ける(行軍する)ことだって珍しくないわ。ただ歩くだけじゃない、どんな悪路でも、どんな天候でも、音もなく、気配を殺して、神経を研ぎ澄ませながら移動するの。下半身や体幹の、地味だけど絶対的な持久力がなければ、まず生き残れない」
車窓の外では、オフィスビルや商業施設が目まぐるしく流れていく。
その、平和な都会の風景と、エミリアが語る過酷な現実とのギャップに、佐藤は眩暈を覚えた。
「そして、狙撃。…必要なら、何時間でも、飲まず食わずで、息を殺して、同じ姿勢で銃を構え続けなければならない時だってあるのよ。指一本、ミリ単位の狂いも許されない極限状態で、ただ一点に意識を集中させ続ける。それが、どういう精神力と、静的な筋持久力を要求するか、健ちゃんにも想像できるでしょう?」
エミリアは、そこで言葉を切り、ちらりと佐藤を見た。
その碧眼には、上機嫌な光の中に、彼女が経験してきたであろう、想像を絶する過去の断片が、一瞬だけ、冷たく揺らめいたように見えた。
「…それに比べて、あの荒垣さん? 確かに、筋肉は凄いし、喧嘩も強いんでしょうね。でも、それは、ただ、がむしゃらにウェイトを上げて、サンドバッグを叩いて、せいぜい、そこらのチンピラ相手に暴れて身につけた程度のものよ。私から言わせれば、悪いけど、ただ筋肉を鍛えて、多少格闘経験を積んだくらいの『素人』と、何も変わらないわ」
彼女は、フン、と軽く鼻を鳴らした。
「私が培ってきたのは、見た目のパワーじゃない。もっと精密で、持続的で、効率的な、『生き残るための身体の使い方』なの。だから、あんなバランス感覚や、特定の筋肉の持久力だけを競うような勝負じゃ、そもそも、彼が私に敵うわけがないのよ。勝負にもならないわ」
エミリアは、全てを言い終えると、とても満足そうに、小さく笑みを浮かべた。
佐藤は、もう、言葉もなかった。ただ、隣でハンドルを握る、この美しく、そして恐るべき女性の横顔を、畏敬の念と、そして、かすかな恐怖と共に、見つめるだけだった。
彼女の言う『素人』レベルにすら、自分は遠く及ばないのだ。
エミリア・シュナイダー。
彼女の強さの根源は、自分が考えていたよりも、ずっと深く、そして壮絶なものなのかもしれない。
白いコンパクトカーは、冬の明るい陽射しの中を、何事もなかったかのように、滑らかに走り続けていた。




