空虚な椅子と、歪な礎石 其十一
この物語はフィクションです。
この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。
ようこそ、東京の影の中へ。
ここは、光が滅び、影が支配する世界。
摩天楼が立ち並ぶ、華やかな都市の顔の裏側には、深い闇が広がっている。
欲望、裏切り、暴力、そして死。
この街では、毎夜、人知れず罪が生まれ、そして消えていく。
あなたは、そんな影の世界に生きる、一人の女に出会う。
彼女の名は、エミリア・シュナイダー。
金髪碧眼の美しい姿とは裏腹に、冷酷なまでの戦闘能力を持つ、凄腕の「始末屋」。
幼い頃に戦場で、彼女は愛する家族を、理不尽な暴力によって奪われた。
それは、彼女が決して消すことのできない傷となり、心を閉ざした。
今もなお、彼女は過去の悪夢に苛まれ、孤独な戦いを続けている。
「私は、この世界に必要とされているのだろうか?」
「私は、幸せになる資格があるのだろうか?」
深い孤独と絶望の中、彼女は自問自答を繰り返す。
だが、運命は彼女を見捨てなかった。
心優しい元銀行員の相棒、エミリアの過去を知る刑事、そして、エミリアの過去を知る謎めいた女ライバル。
彼らとの出会いが、エミリアの運命を大きく変えていく。
これは、影の中で生きる女の物語。
血と硝煙の匂いが漂う、危険な世界への誘い。
さあ、ページをめくり、あなたも影の世界へと足を踏み入れてください。
そして、エミリアと共に、非日常の興奮とスリル、そして、彼女の心の再生の物語を体験してください。
あなたは、エミリアに、どんな未来を見せてあげたいですか?
…この物語は、Gemini Advancedの力を借りて、紡がれています。
時に、AIは人間の想像を超える unexpected な展開を…
時に、AIは人間の感情を揺さぶる繊細な表現を…
Gemini Advancedは、新たな物語の世界を創造する、私のパートナーです。
この作品はカクヨムにて先行公開しており、こちら(小説家になろう)では遅れて公開となります。あらかじめご了承ください。
ただし、どうか忘れないでください。
これは、あくまでフィクションだということを。
This is a work of fiction. Any resemblance to actual events or persons, living or dead, is purely coincidental.
Ceci est une œuvre de fiction. Toute ressemblance avec des événements réels ou des personnes, vivantes ou mortes, serait purement fortuite.
Dies ist ein Werk der Fiktion. Jegliche Ähnlichkeit mit tatsächlichen Ereignissen oder lebenden oder verstorbenen Personen ist rein zufällig.
นี่คือนิยายที่แต่งขึ้น บุคคล สถานที่ หรือเหตุการณ์ใดๆ ที่ปรากฏในเรื่อง หากบังเอิญคล้ายคลึงกับบุคคล สถานที่ หรือเหตุการณ์จริง ทั้งที่ยังมีชีวิตอยู่หรือเสียชีวิตไปแล้ว ถือเป็นเรื่องบังเอิญทั้งสิ้น
(この作品はフィクションです。実在の出来事や人物、存命・故人との類似はすべて偶然です)
荒廃した路地裏の重苦しい空気から抜け出し、二人は足早にコインパーキングへと戻った。
月明かりの下、そこだけが異空間のように、流線形の赤いボディが艶めかしい光を放っている。
桜井がスマートキーでロックを解除すると、スポーツカーは短い電子音と共に二人を迎え入れた。
静かにドアを閉め、上質な革のシートに身を沈めると、先ほどまでの張り詰めた緊張が、どっと疲労感に変わって押し寄せてくるのを松田は感じた。
桜井が静かにエンジンを始動させる。
低い、しかし力強いエンジン音が心地よく響き、車内には計器類の柔らかな光が灯った。
車内の空気は、外の冷たさとは別世界のようだ。
ゆっくりとパーキングを出て、車は再び夜の幹線道路へと滑り出した。
窓の外には、いつの間にか、無数の光が瞬く東京の夜景が広がっていた。
高層ビルの窓明かり、光のサイン、車のヘッドライトとテールランプが織りなす光の川。
それは、息をのむほどに美しく、同時に、この大都会に潜む無数のドラマと、そして闇をも内包しているかのようだった。
しばらく、車内にはエンジン音と、タイヤがアスファルトを捉える音だけが響いていた。
先に口を開いたのは、松田だった。
「……大きな収穫、だったな。まあ、かなり危ない橋だったが」
その声には、安堵と、まだ残る興奮、そして疲労が混じり合っていた。
「ええ。本当に…肝が冷えました」
桜井も、前方を注視しながら、静かに同意した。
その横顔には、まだ緊張の跡が残っている。
「それで…」
松田は、シートに深くもたれたまま、思考を整理するように話し始めた。
「さっきの連中の話だが…やはり、『先生』というのは、エミリアが言っていた指示役と見て間違いないだろうな」
「はい。会話のニュアンスからも、かなりの大物、あるいは計画の中心人物である可能性が…」
「問題は、『村田のアニキ』だ」
松田は、眉間に皺を寄せた。
「一体、どこの誰だ? あのチンピラたちから『アニキ』と呼ばれているということは、ある程度の立場なのだろうが…心当たりは、今のところない。『爺さんの金』というのも引っかかる。我々が追っている加藤さんのことなのか、それとも…まだ我々が知らない別の被害者がいるのか…」
桜井も、ハンドルを握りながら頷く。
「あの会話だけでは、断定できませんね。ですが、エミリアの言っていた『過去の亡霊』…その線で考えるなら、やはり引退した地面師や地上げ屋関係は、徹底的に洗う価値がありそうです」
「ああ」
松田は、窓の外の、流れる光の帯に目を向けた。
「明日、本庁に戻ったら、まず『村田』という名前でデータベースを徹底的に洗ってみよう。それと並行して、過去のリストとの照合もだ。何か、繋がる情報が出てくるかもしれん」
「『鬼塚』という名前もですね。源さんが仰っていた、スナックの件も含めて、所轄に情報提供を依頼してみましょう」
「そうだな。まずは、やれることから一つずつ潰していくしかない」
具体的な捜査方針がまとまり、車内には再び短い沈黙が訪れた。
だが、それは先ほどまでの重苦しいものではなく、次へのステップが見えたことによる、わずかな安堵と、共有された目標に向かう意志のようなものが感じられる、不思議な静けさだった。
「……改めて、すまなかったな、桜井君」
松田は、少し照れたように、しかし真摯な声で言った。
「今日は、結局、私の個人的な事情に、一日中、付き合わせてしまったようなものだ。危険な目にも遭わせたしな」
「いえ」
桜井は、ふわりと微笑んで首を横に振った。
「刑事ですから。それに…」
彼女は、一瞬だけ助手席の松田に視線を送った。
「松田さんと一緒なら、大丈夫だと思いましたし。それに、今日の『散歩』、意外と…悪くなかったですよ?」
その言葉には、からかいとも、本音とも取れる、絶妙な響きがあった。
松田は、その言葉にどう返すべきか迷い、結局、「…そうか」とだけ、ぶっきらぼうにならないように、穏やかに呟くのが精一杯だった。
スポーツカーは、夜の首都高速へと滑らかに合流した。
眼下には、宝石箱をひっくり返したような、壮大な夜景が広がる。
無数の光の点が、闇の中に吸い込まれては、また現れる。
その美しい光景とは裏腹に、二人の刑事の胸には、今日得た断片的な情報と、それによって見え始めた事件の底知れない闇、そして明日からの、さらに厳しくなるであろう捜査への、静かな決意が宿っていた。
桜井は、隣で再び襲ってきたらしい睡魔と闘うように、時折こっくりと舟を漕ぎ始めている松田の様子を横目で見やりながら、アクセルを踏む足を、ほんの少しだけ緩めた。
この夜景の下で、一体どれだけの人間が、それぞれの思いを抱えて眠りにつくのだろうか。
そして、自分たちは、明日、あの『過去の亡霊』の尻尾を掴むことができるのだろうか。
答えはまだ、誰にも分からない。
赤いスポーツカーは、ただひたすらに、光の川の中を走り続けていた。
***
木曜日の夜は、しんしんと更けていく。
お店の喧騒もようやく収まり、階下からは源さんと女将さんが食器を片付ける水の音や、テレビの音が微かに聞こえてくるだけだ。
二階の、陽菜と澪に割り当てられた六畳の和室。
壁の少ないコンセントでは、二つのスマートフォンの充電器が、まるで陣取り合戦のように場所を占拠していた。
エアコンが、ゴォーと唸りながら、乾燥した冬の空気を温めているが、畳と古い木材の匂いが混じった空気は、どこかひんやりとしている。
「…マジで、なんなのよ、あのペナルティ…」
敷かれた布団にごろりと寝転がりながら、陽菜が天井を睨んで悪態をついた。
声は、階下に響かないように、ひそひそ声に抑えられている。
「『友達になって、深夜集会やめさせろ』って…アタマおかしいんじゃないの、あの女!」
「…まあ、エミリアさんの考えそうなことではあるけど」
ちゃぶ台で、膝を抱えるように座っていた澪が、冷静に、しかし同じくひそひそ声で応じた。
彼女は、自分のスマートフォンの充電がまだ十分でないことを確認し、小さく溜息をつく。
「でも、どうすんのよ!? いきなり行って、『友達になろうぜ!』とか言うわけ!?」
「…それは、さすがに警戒されるでしょ。まずは、やっぱり情報収集…あの子たちが普段どこにいるかとか…」
「あー! もう! めんどくせえ!!」
陽菜が、苛立ち紛れに布団を蹴った、その時だった。
コンコン、と控えめなノックの音と共に、部屋の古びた襖が、数センチ、そっと開いた。隙間から覗いたのは、小林陽子の、不安げに揺れる大きな瞳だった。
その明るい髪は少し乱れ、顔にはまだ昨夜の恐怖の色が残っている。
「…あの、ごめん、今、いいかな…?」
その、か細い声に、陽菜と澪は顔を見合わせる。
「…なに?」
陽菜が、ぶっきらぼうに、しかし少しだけ警戒を解いて尋ねた。
「あのね、みんな、怖がっちゃって…一人でいるのが、すごく不安みたいで…」
陽子は、おずおずと言った。
「もし、よかったら…少しだけ、あたしたちがいる部屋に来て、話、聞いてくれないかな…? 昨日の、お礼も、ちゃんと言いたいし…」
陽菜は、一瞬、面倒くさそうな顔をしたが、澪が小さく頷くのを見て、渋々といった体で立ち上がった。
ペナルティ(任務)のことを考えると、これはむしろ好都合な『接触』の機会なのかもしれない。だが、気は重かった。
二人が陽子に案内されて向かったのは、廊下の突き当りにある、もう一つの和室。
おそらく、普段は物置か、あるいは予備の客間として使われているのだろう。
陽菜たちの部屋より少しだけ広く、八畳ほどだろうか。
しかし、こちらも同じように、年季の入った畳と障子、壁にはカレンダーがかかった、昭和の空気が色濃く残る部屋だった。
真ん中には大きな座卓が置かれ、その周りに、夜組のメンバー――美咲、詩織、そしてもう一人の少女――が、座布団の上で身を寄せ合うように座っていた。
部屋の隅では、これまた古い石油ファンヒーターが、コォーという音と共に、温風と、わずかな灯油の匂いを漂わせている。
陽菜と澪が入ってくると、少女たちの間に緊張が走った。
美咲が、警戒心を隠さない目で二人を見つめる。
詩織は、びくりと肩を震わせ、さらに小さくなった。
「…あの、昨日は、本当にありがとう」
美咲が、代表して口を開いた。
その声は、しっかりしているようでいて、わずかに震えている。
「助けてもらって…なんとお礼を言ったらいいか…」
「…別に。気にすんな」
陽菜は、壁に寄りかかるようにして、短く答えた。
澪は、黙って部屋の隅に立ち、冷静に少女たちの様子を観察している。
「でも…!」
陽子が、堰を切ったように話し始めた。
「今日、また怖くて…! あの後、みんなで集まるのもやめようかって話してたんだけど、やっぱり、一人でいるのが怖くて…!」
「『鬼塚』って名前…聞いたことある? あいつら、その名前出してきて…」
美咲が、意を決したように尋ねる。
「あたしたち、どうしたらいいか、全然わかんなくて…警察に言うのも怖いし…」
陽子の声が、再び涙声になる。
詩織は、ただ俯いて、小さく嗚咽を漏らしている。
もう一人の子も、不安そうに唇を噛んでいた。
彼女たちの、剥き出しの恐怖と、切羽詰まったヘルプ。
それは、陽菜と澪が予想していた『偵察』や『説得』とは、全く質の違う、重い現実だった。
(クソッ…! だから、関わりたくなかったんだよ…!)
陽菜は、内心で舌打ちした。
この子たちの気持ちは痛いほど分かる。
だが、自分たちに何ができる?
二人はどうして良いかわからなかった。
古い石油ファンヒーターがコォー、と低い唸りを上げ、不規則に温風を吐き出す音だけが、やけに大きく響いている。
年季の入った八畳の客間。
真ん中の座卓を囲むように座る『夜組』の少女たちは、恐怖体験の衝撃から抜け出せず、言葉少なに俯いたり、互いの肩に寄りかかったりして、小さく震えていた。
詩織のかすかな嗚咽が、時折、重い沈黙を破る。
微かに聞こえていた片付けの音も、もう聞こえない。
深夜の静寂が、部屋全体を支配していた。
その、助けを求めるような、怯えた視線が一斉に向けられている先――橘陽菜と藤井澪の間にも、言葉にならない重圧感が漂っていた。
「どうしたらいいかわからない」という夜組の切実なSOSは、そのまま、陽菜と澪の心にも突き刺さっていた。
(どうする…?)
(どうしようも、ない…)
二人の間に、視線だけの会話が交わされる。
陽菜の眉間には深い皺が刻まれ、澪の大きな瞳は、感情を殺したように静かに状況を見つめている。
選択肢は、驚くほど少ない。
まるで、出口のない暗い迷路に迷い込んだようだ。
まず、この怯える少女たちを、このまま見捨てる?
――無理だ。陽菜の、曲がったことが許せない性分が、それを許さない。
澪も、表情には出さないが、かつての自分たちと同じように、居場所がなく、ただ寄り集まるしかない彼女たちの姿に、無視できない何かを感じていた。目の前の震える肩を見れば、『知らない』と背を向けることなど、到底できなかった。
では、世話になっている保護司の夫妻――源さんと女将さんは?
確かに、あの二人なら、親身になってくれるだろう。
人情に厚く、頼りになる大人だ。
だが、相手は『鬼塚』という名前をちらつかせている。
もし、この店にまで嫌がらせが及んだら? この老夫婦を、自分たちの問題に巻き込むわけにはいかない。
恩を仇で返すような真似は、絶対にしたくなかった。
ならば、自分たちをここに連れてきた、あの刑事――松田は?
彼の顔が脳裏をよぎる。
昨夜、結局はこの刑事のおかげで助かったのだ。
だが…。陽菜は、怯える夜組の少女たちの顔を見た。
彼女たちの目に浮かぶ、警察という存在への不信感、あるいは無関心。
そんな彼女たちに、『警察に頼れ』と、自分たちが言えるだろうか。
そもそも、自分たち自身が、警察を全面的に信用しているわけではないのだから。
残る選択肢は――自分たち、二人だけで何とかする?
陽菜の拳が、ポケットの中で固く握りしめられる。
もし、プロのような連中だったら? 自分たちの喧嘩慣れなど、赤子の手をひねるように、いとも簡単にねじ伏せられてしまうだろう。
知識も、経験も、そして何より、圧倒的な『力』が足りない。
非力すぎる。数日前、あのエミリアに、赤子のようにあしらわれた屈辱的な記憶が、脳裏に焼き付いている。
そうだ、エミリア――。
考えうる選択肢が、一つ、また一つと消えていくたびに、陽菜の思考は、不本意ながらも、どうしても、あの忌々しい女へと辿り着いてしまう。
あの、自分たちを便利な駒のように扱い、面倒くさそうな指示を出し、けらけらと笑う、金髪の女。
(アイツだけは…! アイツにだけは、絶対に頼りたくない…! いつか、必ず、一発殴ってやるって決めてるのに…!)
陽菜の奥歯が、ギリ、と音を立てた。
プライドが、怒りが、全身を駆け巡る。
だが、隣に立つ澪の、静かだが、有無を言わせぬ視線が、それを制した。
澪の目は語っていた。『他に方法があるの?』と。そうだ、他に道はないのだ。
この子たちを守るため、そして、何より、自分たちが生き残るために。
何度、頭の中でシミュレーションを繰り返しても、何度、他の可能性を探っても、結論は、いつも同じ場所に行き着いた。
それは、最も選びたくない、しかし、唯一残された道だった。
陽菜は、深く、深く、息を吸い込んだ。
それは、諦めと、屈辱と、そして、わずかな決意が混じり合った、重い息だった。
彼女は、ゆっくりと顔を上げ、隣の澪と視線を合わせた。澪もまた、静かに、しかし力強く頷き返す。
結論は、一つしかなかった。
陽菜は、震える指を叱咤するように、ポケットからスマートフォンを取り出した。
画面に表示された、あの特殊な通信アプリのアイコンを、まるで重い鉛でも持ち上げるかのように、ゆっくりとタップした。
部屋の隅で、ファンヒーターが立てる単調な音だけが響く中、呼び出し音が鳴り始めるのを、そこにいる全員が、固唾を飲んで見守っていた。
***
『Emilia S.』――オンライン表示。陽菜は、短く息を吸い込むと、震える指でメッセージを打ち込み始めた。
『エミリアさん、陽菜だけど。大変なことになった。助けてほしい』
送信。既読の表示はすぐについた。
だが、返信はない。息詰まるような数秒、数十秒。
部屋の空気が、さらに重く冷たく感じられる。
階下からはもう何の物音も聞こえない。
ただ、ファンヒーターの燃焼音だけが響く。
(…まさか、無視かよ!?)
陽菜の苛立ちが頂点に達しようとした、その時、ようやくスマホが短く震えた。
画面に、素っ気ないメッセージが表示される。
『どうしたの? 私、今から寝るのだけど? 随分と遅いじゃない』
その、あまりにも他人事のような、面倒くさそうな文面に、陽菜の額に青筋が浮かんだ。隣の澪も、眉をひそめているのが分かった。
陽菜は、込み上げる怒りを必死で抑え込み、震える指で、冷静に、しかし切実に、状況を報告した。
『昨日の子たちが、すごく怯えてて、あたしたちじゃどうしようもない! どうしたらいいか教えて!』
送信。今度も、既読はすぐについた。
だが、返信は、先ほどよりもさらに遅い。
まるで、エミリアがメッセージを一瞥し、ため息をつき、それから、億劫そうに指を動かしているかのような…そんな時間だった。
そして、ようやく表示された返信は、陽菜の怒りの導火線に火をつけるには、十分すぎる内容だった。
『あらあら、大変だったわね。でも、大丈夫よ。ちゃんと戸締りして、お風呂に入って、歯を磨いて、温かくして寝なさいな。それが一番よ』
「…………は?」
陽菜は、スマホの画面を凝視したまま、凍りついた。
隣の澪も、信じられないといった表情で画面を覗き込んでいる。
後ろでは、夜組の少女たちが、不安そうにこちらの様子を窺っている。
(…ふざ、けんな……)
じわじわと、腹の底から、熱い怒りが込み上げてくる。
自分たちは、こんなに怖くて、必死で、助けを求めているのに。
この女は、なんだ? この、子供をあやすような、完全に馬鹿にしきった返信は!?
「私たちが! こんなに不安で怯えているのに! その返信は、何なんだよ!!」
陽菜は、もはや声を抑えることも忘れ、怒りに任せて、スマホの画面を叩きつけるようにメッセージを打ち込んだ。
その指は怒りで震え、タイプミスすら気にしていられない。
送信ボタンを、憎しみを込めて叩きつける。荒い息が、静かな部屋に響いた。
今度の返信は、比較的早かった。
しかし、その内容は、陽菜の怒りを、絶望へと叩き落とすものだった。
『あら、怒ったの? だって、仕方ないじゃない。そんな無名の組織なんて、聞いたこともないわ。大方、名前だけのハッタリでしょ? そんな、そこらの素人より弱そうなチンピラに、本気で怯える方が、私には滑稽に見えるけど? それに…』
メッセージは続く。
『そもそも、そこのお店って、すぐ近くに交番もあるんでしょう? 地図で確認したわ。何か本当に危険なことがあったら、そこに駆け込めばいいじゃない。大丈夫よ、きっと。日本の警察は、優秀なんでしょう?』
最後の一文には、明らかに皮肉の色が滲んでいた。
(………………)
陽菜は、そのメッセージを読み終えると、全身から力が抜けていくのを感じた。
怒りは、もう感じなかった。
ただ、冷たい、底なしの絶望感が、彼女の心を支配していた。
スマホを持つ手が、カタカタと震える。
画面の青白い光が、涙で滲んだ彼女の瞳に、虚しく反射していた。
(…間違い、だったんだ……)
心の中で、か細い声が響く。
(あの女に…エミリアなんかに、頼ろうとした、あたしが……馬鹿だったんだ……!!)
助けは、来ない。
この、冷たくて、理不尽で、危険な夜に、自分たちは、この少女たちは、見捨てられたのだ。
陽菜は、崩れ落ちそうになる体を、かろうじて壁で支えた。
隣で、澪が固く唇を結び、その顔にも深い絶望の色が浮かんでいる。
背後では、夜組の少女たちの、不安そうな、そして、すがるような視線が、痛いほど突き刺さっていた。
石油ファンヒーターの、単調な燃焼音だけが、重く、冷え切った沈黙の中に響き続けていた。
その、息も詰まるような沈黙を破ったのは、階下から響いてきた、唐突なインターフォンの電子音だった。
ピーンポーン…
その場にいた全員の肩が、びくりと跳ね上がる。
恐怖に支配された神経は、些細な音にも過敏に反応してしまう。
「…はいはい、どちら様でしょうか?」
階下から、源さんの、少し訝しげな声が聞こえる。
「夜分遅くに申し訳ありません! 配達業者です! こちら、橘 陽菜様宛てのお荷物なのですが、ご在宅でしょうか?」
「橘…? ああ、はいはい、いますけど…」
「ありがとうございます! すみません、置き配指定でしたので、このまま玄関先に置かせていただきますね! 失礼しまーす!」
配達員の、やけに明るい声が遠ざかり、続いて、エンジンをかけて走り去っていく車の音が、夜の静寂の中に消えていく。
しばらくして、源さんの慎重な足音。
そして、座敷の襖がそっと開けられた。
「陽菜ちゃん、あんた宛に荷物が届いてるぞ。…差出人が、『橘 陽菜のファン一同』、だってよ。…心当たり、あるのか?」
源さんは、怪訝そうな顔で、中くらいの大きさの、何の変哲もない茶色い紙袋を陽菜に差し出した。
「え…? ファン…? あたしに…?」
陽菜は、全く心当たりがなく、戸惑いながらも、その紙袋を受け取った。
ずしり、というほどではないが、何か硬質なものが入っているような、奇妙な重さがある。
夜組の少女たちも、不安そうな、しかし好奇の色を浮かべた目で、その紙袋を見つめている。
陽菜は、澪と顔を見合わせた。
澪も、わずかに眉をひそめ、警戒するように小さく頷く。
陽菜は、唾を飲み込むと、全員が見守る中、疑心暗鬼になりながら、慎重に紙袋の封を開けた。
中から出てきたのは、予想外にも、実用的なのか悪趣味なのか判断に困るような、奇妙な組み合わせの品々だった。
手のひらサイズの、冷たい金属光沢を放つ、首からかけられるタイプの笛が十個ほど。そして、折り畳まれた、少し古い質感の、この辺りの詳細な地図。
最後に、一枚だけ、何か書かれているメモ。
…それだけだった。
「……は? 何、これ…笛?」
「地図…?」
「ど、どういうこと…?」
夜組の少女たちが、困惑の声を上げる。
陽菜もまた、目の前の奇妙な『贈り物』を前に、完全に呆気に取られていた。
この、絶望的な状況で、一体誰が、何の目的で、こんなものを…?
その時、隣にいた澪が、すっとメモを手に取った。
その大きな黒い瞳が、素早くメモの文字を追う。
他のメンバーが呆然とする中、澪だけが、冷静に、あるいは必死に、この不可解な状況の意味を読み解こうとしていた。
(…『橘 陽菜のファン一同』? ふざけてる。この悪趣味なやり方、それに、このタイミング…間違いない、あの人だわ…エミリアさん…)
澪は、内心で差出人を特定しながら、メモの内容を目で追っていく。
その内容は、エミリアの、あの人を食ったような、しかし妙に実践的な口調そのものだった。
(…笛は、声が出せない時のヘルプ用…『感謝しながら吹け』、ね。地図は、避難場所の暗記と、情報収集の継続指示…『自分だけの地図を作れ』か。寝る時は…『一つの部屋で円陣』? 夜襲対策…? まるで、戦場の心得みたい…そして、『合法的に行動すること』…これは、陽菜への釘刺しと、今後の行動への指示…)
澪の頭の中で、パズルのピースが、少しずつ、しかし不気味な形に組み合わさっていく。
(…直接助ける気はない。でも、完全に見捨てたわけでもない…? これは、ペナルティであり、同時に、自分たちで考えて生き延びろ、という試練…? あの人は、この状況すら『訓練』の一環だとでも言うつもりなの…? それとも、単に、私たちの反応を見て楽しんでるだけ…?)
エミリアの真意は、掴みきれない。
だが、少なくとも、彼女がこの状況を把握し、何らかの意図を持って、これらの物を送ってきたことは確かだった。
「…澪? 何て書いてあんの?」
陽菜が、訝しげに尋ねる。
澪は、内心の思考を悟られないよう、努めて平坦な声で、メモの内容を読み上げ始めた。
「…この荷物、多分、エミリアさんからの『贈り物』だと思う」
「はあ!?」
陽菜が、信じられないという声を上げる。
「メモにはこう書いてあるわ…『人は恐怖で動けなくなると声も出せなくなるから、助けを求めるのに、笛を特別にプレゼントするわ。感謝しながら吹いて使うのよ。紙の地図は、万が一に備えて、避難場所を暗記するために使う…。自分の足で得た情報を書き足して、自分だけの地図を作るのよ。後は、寝る時は、一つの部屋で、みんな仲良く円陣を組んで眠れば、敵が襲ってきても、仲間同士連携できるから強いわよ』…それと、最後に一言、『合法的に行動する事』って」
澪が淡々と読み上げる、あまりにも場違いで、どこかふざけているような、しかし無視できない重みを持つエミリアからのメッセージ。
それを聞いた陽菜は、怒りを通り越して、もはや呆然としていた。
夜組の少女たちも、顔を見合わせ、「何それ…」「意味わかんない…」「ふざけてるの…?」と、困惑と不安の声を漏らす。
「…………」
陽菜は、言葉を失い、ただ、目の前に転がる金属製の笛と、地図を眺めていた。
エミリア・シュナイダー。
あの女は、一体、何を考えているんだ…?
さっぱり、分からなかった。
ただ、この奇妙な『プレゼント』が、自分たちに委ねられた、重く、そして危険な、次なる一手であることだけは、嫌というほど理解できた。
客間には、再び、重たい沈黙が落ちた。
石油ファンヒーターの音だけが、虚しく響いている。
澪は、黙って地図を広げ、そこに描かれた見慣れない街並みを、真剣な眼差しで見つめ始めていた。
(…このままじゃ、ダメだ)
その重苦しい空気を破ったのは、藤井澪だった。
彼女は、膝を抱えて座っていた姿勢から、すっくと静かに立ち上がると、怯える少女たちを見回した。
その大きな黒い瞳には、普段の冷静さに加え、今は、皆を何とかしなければならない、という強い意志の光が宿っていた。
「…みんな、聞いて」
澪の声は、ひそひそ声に近いほど小さかったが、不思議と芯があり、その場の全員の注意を引きつけた。
陽菜も、ハッとしたように顔を上げる。
「エミリアさんに…連絡しても、今は、たぶん、これ以上の返事は期待できないと思う」
澪は、事実だけを淡々と告げた。エミリアの最後のチャットが、それを物語っていた。
絶望的な言葉のはずなのに、澪の口調は不思議と落ち着いている。
「でもね」
彼女は、少しだけ声のトーンを和らげ、努めて穏やかな表情を作った。
「あの人が、前に…ほら、チャットで言ってたじゃない? 『ちゃんと戸締りして、お風呂に入って、歯を磨いて、温かくして寝ましょう』って。…ふざけてるみたいだけど、でも、まずは落ち着くために、今、あたしたちができることを、一つずつやらない?」
その、あまりにも場違いな引用に、夜組の少女たちは、きょとんとして顔を見合わせる。
陽菜は、何か言いたげに、眉をひそめて澪を見つめた。
澪は、そんな皆の反応を意に介さず、座卓の上に置かれた、例の奇妙な『贈り物』――金属製の笛と、地図、そして一枚のメモ――を手に取った。
「この荷物…」
澪は、メモを広げながら、皆に語りかけるように続けた。
その声には、不安を打ち消すような、確かな響きがあった。
「これも、きっと、あの人なりの…メッセージなんだと思う。ふざけてるように見えても、多分…これが、今、あたしたちができる、最善のことなんだって」
彼女は、メモの内容を指し示した。
「『この部屋で円陣』は、さすがに、この広さじゃ無理そうだけど…」
澪は、そこで少しだけ口元を緩め、場の空気を和らげようとした。
「でも、『一つの部屋で寝ましょう』って。今夜は、この部屋で、みんなで一緒に寝ない? 一人より、ずっと心強いはずだよ」
彼女は、次に金属製の笛を一つ手に取り、その冷たい光沢を皆に見せた。
「それから、これ。『何かあった時のために』って。笛なら、怖くて大きな声が出せなくても、息を吹き込めば、すごく大きな音が出るから。これを、今夜は、みんな首から下げて寝るの」
澪は、夜組の少女たちの顔を一人一人見つめ、力づけるように言った。
「もし…もし、万が一、また変な奴らが来ても、みんなで一斉に、力いっぱい、この笛を吹くの。そしたら、ほら、すぐそこの交番のお巡りさんだって、何事かと思って、きっとすぐに飛んできてくれるはずだよ。大丈夫」
その言葉には、確かな自信(あるいは、そう見せようとする強い意志)が込められていた。
澪は、内心では、エミリアの真意を測りかね、その突き放すような態度に冷たい怒りすら覚えていたが、今は、目の前の怯える少女たちを安心させることが先決だった。
そして、奇妙なことに、エミリアの残した、この一見ふざけたような指示の中にしか、今は、か細い希望の光が見いだせないのも事実だったのだ。
(これが、あの人のやり方…試練、なのかもしれない。直接手は貸さない。でも、生き残るための最低限の知恵と道具だけは与える…そして、あたしたちがどうするかを、試している…? …だとしたら、やるしかない。あたしが、しっかりしないと…!)
澪は、内心で自らを鼓舞した。
エミリアが投げかけた、この理不尽で難解な問いに対する答えは、おそらく、『諦めずに、与えられた状況の中で、仲間と協力し、知恵を絞って、自分たちの力で危機を乗り越えろ』ということなのだろう、と。
そう確信することでしか、今は前に進めなかった。
澪の落ち着いた、そして力強い言葉に、夜組の少女たちの嗚咽が、少しずつ収まってきた。
陽菜も、まだ納得できない表情は崩さないものの、激しい反発の代わりに、複雑な思いで黙って成り行きを見守っている。
「…さ、決まりね」
澪は、テキパキとした口調で言った。
「まず、交代でシャワー浴びて、歯磨きして。それから、この部屋の戸締りをしっかり確認して。布団、こっちに運んでこようか。なるべく、みんなで固まって寝られるように」
彼女は、そう言うと、自ら座布団を部屋の隅に寄せ始め、寝るためのスペースを作り始めた。
その迷いのない行動に、他の少女たちも、おずおずと、しかし、少しだけ不安が和らいだ表情で、動き始める。
重く、冷たい絶望が支配していた客間に、ほんの少しだけ、「今夜を乗り切るための具体的な行動」という、小さな灯りがともった瞬間だった。
ファンヒーターの温風が、心なしか、先ほどよりも暖かく感じられた。




